冷たく澄んだ夜気が、豪華客船「オーロラ.スターズ」のデッキを撫でていた。
岸を離れて数時間、フィヨルドの深い入り江を進む船は、まるで時間が止まったかのような静寂の中にある。
手すりに身を預け、悠理は空を見上げていた。
まさしく満点の星空が広がっているからだ。
時折、流れる星達を見て、ここが日本から遠く離れた北欧の地であることを実感させる。
悠理は息を白くさせながら、口元に笑みを浮かべた。
「ほら!すごい!あんなたくさんの星……!」
漆黒の空には、宝石箱をひっくり返したような無数の星々がきらめき、その合間をいくつもの流星が長い尾を引いて滑り落ちていた。
月の光が水面を銀色に輝かせ、遠くに見える港町の明かりが、まるでおとぎ話の国の灯りのように揺らめいている。
毛皮のコートが、風に揺れて少し音を立てた。
寒さ厳しい地。
外は当然氷点下である。
身を震わせた瞬間、背後から温もりが包み込んだ。

清四郎が、コートの上から優しく、しっかりと悠理を抱き寄せたのだ。
彼の襟元が、悠理の頬に柔らかく触れる。
「本当に……綺麗ですね。ここまではっきり見えると、知っている星座以外にも見つけられそうだ。」
低く蕩けるような声が耳元で響く。
彼の腕の中は、外の冷気とは対照的に信じられないほど温かかった。
悠理は体を預け直し、見上げていた星空から少しだけ視線を落とすと、清四郎が自分だけを見ていると気付き、思わず頬を赤らめる。
「星、見てないじゃん………」
「見てますよ?おまえの目の中で煌めいている……」
「き、キザなこというな!美童かよ!」
照れ隠しもできないまま悪態を吐くと、清四郎がニヤっと笑みを零した。
「キザでしたかね?最近、恋愛小説も読んでいるので……どうしても口から出てしまう。」
「レンアイ小説ぅ?おまえが?」
「そりゃ……恋愛中の人間にすれば、いい勉強材料ですから……。」
恋愛………未だに慣れないワードだが、確かに清四郎は恋をしている。
目の前の女に……。
昔は子猿扱いしていたわんぱく少女に、心奪われてしまっている。
「あたいにそんな台詞似合わないんだから……普通でいいんだって。フツーで……」
それを聞いた清四郎は少し目を瞠った後、愛しそうに悠理の細い身体を抱きしめ直した。
「そうですか?おまえにもたくさんのロマンチックな口説き文句を伝えたいんですがね……。」
「ふん!軟弱な口説き文句は美童だけで良いんだって!日本男児ならドーンと『好きだ!』『愛してる!』でいいだろ?」
口を尖らせた恋人へ、思わず破顔する清四郎。彼女のそんな真っ直ぐさに惚れたわけで、確かにそれが相応しいと感じる。
「では………毎日そう告げるとしましょう。」
「ば、バカ!毎日は要らないってば!」
二人は再び空を見上げた。
幾千もの星々に見守られる恋人たち。
その美しすぎる星空よりも、互いの体温と未来への期待に胸を高鳴らせ、どちらからともなく唇を合わせる。

静かなフィヨルドに、オーロラのような輝きを放つ人生が待っていることを願って……