ミラノの夕暮れ───
少し肌寒くなってきたトラットリア・ダンテのテラス席では、悠理と清四郎が楽しげに歓談している。
久々のイタリアに悠理のテンションも上がりっぱなしであるからして……

ミラノ風カツレツを最後の一口まで綺麗に平らげると、彼女は満足げにカトラリーを置いた。
「美味しかったぁ!さっすが老舗!」
「それは良かった。どうせデザートは別腹なんでしょう?」
清四郎は苦笑しながら、自分のエスプレッソに手を伸ばす。
悠理の食欲は、結婚してから10年、少しも衰えていない。むしろ、年々逞しくなっている気がする。
「当然!おまえだって、まだ何か食えるだろ?」
「僕はこのワインで十分です。それより、明日の予定を話しますか。」
清四郎は胸のポケットからスマホを取り出すと、指で軽く叩いた。
明日は二人の、結婚10周年の記念日だ。
特別な日にしたい。
「そーだなぁ……ナポリでピザとかどう?」
悠理が、真っ直ぐな瞳で清四郎を見つめた。清四郎は思わず吹き出しそうになる。
(記念日にピザ?)
彼は内心、呆れていたが、その顔は、呆れているというよりは、微笑ましく、そして愛おしそうに見えた。
妻の喜びが自分の喜びでもある。
彼は心の中でそう呟くと、悠理の提案をあっさりと受け入れた。
「オーケー。それから車を借りてどこか、夜景の綺麗なところへでも行きましょう。ホテルは海のそばにして……」
「じゃあ、美童に教えてもらったホテルにする?インクルーシブだから、飲み放題食い放題!」
「はいはい……お好きなように……」
清四郎はそう言って、悠理の頬にそっと手を伸ばした。
食欲が変わらないということは健康なこと。
いつまでもこの笑顔を失いたくはない。
「悠理……おまえを愛してる。僕はこの上なく幸せです。」
改めての告白に、悠理はポッと顔を赤らめ、小さな声で「あ……あたいも……」と呟いた。
二人の間には、温かくて幸せな空気が流れ、ミラノの冷えた空気も感じられない。
そしてまた次の十年へ、不変の愛は固く結ばれるのであった。