聖プレジデント学園の学生たちは、迎えの車に乗って帰宅の途についた頃だろう。
放課後の図書室。
静寂に包まれた空間で、清四郎は窓際の席に座り、分厚い洋書をめくっていた。
その隣で、悠理が頬杖をついて、退屈そうに天井を仰いでいる。
テスト前の彼女の勉強は清四郎が責任を持つこととなっている為、このような勉強会は日常茶飯時。
彼女が問題を解いている間、彼は自分の趣味に没頭する。
「はぁ……そんな難しそうな本、何が楽しいんだ?」
悠理の声は、静かな図書室に少しだけ大きく響いた。

「知識を得ることは刺激的ですよ。おまえには理解できないかもしれないが……」
清四郎はページから目を離さずに答える。
いつもと変わらぬ自信満々で、少し生意気な横顔。
「はいはい、あたいにはわかんねーよ。こんな数学も、将来役に立つとは思わないし。」
深い溜息を吐いた悠理は、清四郎の盤石な肩に頭を預けた。

いつもの馴れ合いの延長……。
しかしその瞬間、清四郎の鼓動が一瞬止まり、急速に早鐘を打ち始める。
だがポーカーフェイスな彼はそれを悟られないように、あえて平然と装い続けた。
「今度こそ、卒業したいんでしょう?確かにおまえの人生に役に立つ勉強ではないかもしれないが……。」
「だろ?だいたい清四郎ちゃんがいれば、大抵のピンチはなんとかなるし!頼りにしてるよ!」
悠理は清四郎の肩に寄りかかったまま、無邪気に笑った。そんな彼女の髪から、極上の薔薇の香りが漂う。
剣菱財閥の令嬢が使う全てのものは規格外の高級品だからして。
(二人きりだというのに、この距離感に何とも思わないのか……。まあ、思うわけないな。彼女に男女の意識は芽生えちゃいない。)
迷った末、清四郎は本を閉じると、寄りかかってくる悠理の肩を、ほんの少しだけ押し戻した。
数ミリの距離。
恋と呼ぶには未熟で、友情と呼ぶにはちょっと危うい境界線。
「なぁ、清四郎。」
「なんです?」
「…………別に。ただ、なんとなく。これからもずっと、こうやって一緒にいるんだろうなって思っただけ。」
悠理は顔を見せずにそう言った。
清四郎はそれには答えずに、ただ窓の外の夕焼けを見つめる。
まだ、言葉には出来ない。
この心地よい均衡が崩れることを、心のどこかで恐れているのかもしれない。
「……ああ。きっと……」
清四郎はようやく短く呟くと、悠理の解答用紙を手に取り、さらりとチェックを始めた。
「……三問しか合ってませんけど?」
「げっ!?マジ!?」
焦る悠理のひよこのような頭を撫でながら、清四郎は自分の心の位置を敢えて見ないように努める。
今はこのままでいい。
このお馬鹿な娘が気付くまで、このままで……。
図書室の窓を通り抜ける風は優しく、心地よい温度で二人を包んだ。
どんな関係に落ち着こうと、彼らがこの日のことを思い出すことはないだろう。
風のみが知る、ただ一つの記憶だからして。