揺れる心は恋未満

太陽眩しい朝。

ゆっくり瞼を持ち上げると、目に飛び込んできたのは、見慣れた友人の寝顔。

そう……清四郎の穏やかな寝顔だった。

​「はっ……??」

​悠理は自らの目を疑い、一度ぎゅっと瞑ってから再び開いた。だが、現実が変わることはなく、清四郎は相変わらず穏やかな寝息を立てている。

​長いまつげ。

固く結ばれた口元。

そしてサラサラの黒髪。

いつもは見慣れたはずのその顔が、なぜか今朝はとても新鮮に見えてしまう。

​「な、なんで??」

​悠理の頭の中は疑問符でいっぱいだった。

昨日の記憶を必死にたどるが、最後に覚えているのは、清四郎と二人で遅くまで勉強会をしていたことだけ。

その後、二人で眠ってしまった記憶はない。

​もしかして、ヤッちゃった?

いや、そんな記憶はもちろん、欠片もない。

馬鹿な妄想が過ぎり、​心臓が早鐘を打つ中、悠理はゆっくり体を起こそうとした。

しかしその瞬間、清四郎が寝返りを打ち、こちらへと顔を向ける。

​「うわっ!!」

​悠理は驚きのあまり、大きな声を上げてしまった。すると清四郎は、気だるそうに目を開け、悠理を見つめる。

​「おはよう……悠理。」

​「お、おはよう………」

反射的に挨拶したものの動揺を隠しきれず、悠理はしどろもどろになってしまった。

清四郎はそんな彼女を見て、くすりと笑う。

​「なんです?そんなに真っ赤になって。」

​「な、なんでもない!」

​悠理は慌てて顔を隠した。

しかし、その動揺が逆に清四郎を面白がらせたようで……

 

​「もしかして、よからぬ想像をしましたか?」

​「は?……んなわきゃねぇだろ!! ……ただ、びっくりしただけで……」

赤面する悠理をからかうのは清四郎の趣味である。

​「一つのベッドで眠ったのに……何も感じないんですか?まさか覚えてない?」

​あからさまなからかいに暴発寸前の悠理。

清四郎はまたくすりと笑った。

​「冗談ですよ。遅くまで単語を詰め込んだから、おまえは気絶するように寝たんです。」

​「そっか……気絶したのか……」

​「僕にしがみつくように寝てましたけど、それも覚えてない?」

​「う、嘘だろ!?」

​悠理は清四郎を睨みつけたが、彼は悪びれる様子もなく笑っている。

「可愛い寝顔をごちそうさまでした。ヨダレも付けられましたけどね。」

もはやキャパオーバーの悠理は、目の前の悪魔へ枕を投げつけ、トイレへと駆け下りてゆく。

一体どういうつもりだ!と問い詰めたいのに、何故か照れが襲ってきて、それも出来ない。

​その後、二人はいつも通りの朝食をとった。しかし、悠理の心には清四郎の寝顔や、からかう言葉がずっと残っていた。

​果たしてこの胸の内のさざ波は一体何なのだろう。

​悠理はまだ、清四郎に対する自分の気持ちに気づいていない。

しかし、今朝の出来事をきっかけに、心に中に何かが芽生え始めたのは間違いなかった。

 

 

バタバタとトイレへ駆け込む悠理の背中を見送りながら、清四郎は小さく息を吐いた。

布団の中には彼女の温もりが残っている。

​「やれやれ、単純な奴です。」

​彼はつぶやき、サイドテーブルにある水を一口飲んだ。悠理の動揺は、彼にとっては何よりの娯楽であり、愛おしさの源泉でもある。

しかし、今朝のそれは少しだけいつもと違った。

​(そう、何もなかった………)

​清四郎は、昨夜のことを思い出す。

深夜まで詰め込んだ英単語が原因で悠理は机に突っ伏してしまった。何度か声をかけたが、全く起きる気配がない。

仕方なく彼女をベッドへ運ぼうとしたのだが、その瞬間……​悠理は彼の手を掴み、信じられないほどの力で自分の胸へと引き寄せたのだ。

​「っ……!」

​あまりの勢いに、清四郎はそのまま彼女と一緒にベッドへと倒れ込んでしまった。

そして、悠理はそのまま清四郎にすがりつくような体勢で眠り込んでしまったのである。

 

 

​腕の中に収まる、温かくて柔らかな体。

美少年に形容されるだけあって、寝顔は美しかった。イビキはうるさいが……。

​彼女は眠りながら何かを呟き、彼のシャツをぎゅっと握りしめていた。恐らく覚えたばかりの英単語だろう。

その表情は、普段の勝気な彼女とは裏腹に、子供のように無防備で、不思議と愛くるしかった。

​胸に悠理を抱きながら、清四郎はやがて、心臓が早鐘を打つのを感じた。

いつもならば、「面倒くさいやつだな……」と放り投げて終わるはずなのに。

───いったい​この想いは……何だろう。

​彼は、悠理の赤面した顔を思い出し、またしても口元を緩める。

彼はまだ気づいていない。

この胸のさざ波が、一体何を意味するのか。

そしてその想いが膨らみ続けるであろうことも予期できなかった。

ともあれ………

​「さあ、どう料理してやりましょうか。」

​清四郎はいたずらっぽく笑うと、残りの水を一気に飲み干した。

彼の目には、これから始まるであろう刺激的なゲームが、待ち遠しい光景として映っていた。