ロサンゼルス国際空港の到着ロビー。
大きなガラス窓から温かな陽光が差し込んでいた。多くの観光客がフライトスケジュールを確かめるため、ボードを指さしている。
そんな乗客の流れの中に、悠理の姿はあった。派手なレオパード柄のファーコートに目を奪われるが、それよりも彼女自身の輝きが人々の視線を集めていた。周りの視線には構わず、悠理のキリっとした瞳はある一点を探し、彷徨う。
───どこだ?
そして、ようやく人混みの中に彼を見つけることが出来た。
「清四郎!」
歓喜の声を上げ、悠理は人混みをかき分けて走り出す。
それは見事な俊足で。
ステンカラーコートに身を包んだ清四郎は、荷物を受け取った場所で悠理を待っていた。
その表情は一見普段通りだったが、悠理の姿を認めた瞬間、明らかに目元が緩んだ。
猪の如き勢いで彼女が抱きつくと、清四郎はその衝撃をしっかりと受け止めた。

半年ぶりの再会。
「清四郎!会いたかったよー!」
悠理は清四郎の首に腕を回し、その頬に自分の頬をすりつけた。清四郎は、少し照れくさそうにしながらも、コート越しの背中に優しく手を回す。
息を吸い込めば馴染んだ香りが鼻に飛び込んでくる。どこよりも安心できる場所に帰ってきたと感じられる香り。
「僕も………」
そんな短い言葉の中に、半年分の思いが込められていた。再会の喜びが満ち溢れる抱擁に、行き交う人々は微笑ましく見つめる。
二人はしばらく抱き合ったまま、言葉を交わさなかった。
しかし、心は同じである。
悠理は、清四郎から少し離れ、その顔を見つめた。
「ちょっと老けた?」
悠理がからかうように言うと、清四郎は苦笑しつつ「半年では変わりませんよ。」と否定した。
二人は声を合わせて笑い、自然と肩を並べ、歩き始めた。
行き先は一つ。
二人きりになれる場所。
ロサンゼルスの夜は、昼間の喧騒とは裏腹に、深く妖艶な空気を纏っていた。
高級ホテルの夜は静かで、彼らが宿泊する部屋は最上階。物音一つ拾わない。
極上のシャンパンが二本、クーラーに突っ込まれていたが、彼らが今欲しいのはそれではなかった。悠理と清四郎は半年ぶりの再会を噛み締め、互いの熱を求めている。
仕事では責任ある立場を任され、日々戦場のようなオフィスで凌ぎを削っている清四郎。
片や悠理は社交界という荒波の中、知らぬ顔と対面し、剣菱の令嬢としての役割を何とか果たしていた。
半年という期間。
二人はなかなか会うことが出来ず、互いの声を電話越しに聞くだけ。
たまに送られてくる笑顔を頼りに、乗り切っていた。
ストレスは溜まる。
当然のことだ。
華やかな世界に隠れる闇を切り裂きながら進む妻を、夫である清四郎は尊敬していた。
「はやく…………キスしてよ…!」
ホテルに入った瞬間、悠理は強請った。
ようやくただの「愛し合う夫婦」に戻れる。
「少し痩せたか?」
抱き寄せた細い腰を手のひらに感じながら、夫は尋ねた。

「痩せてない…って。まさか他の女と比べてんじゃないだろうな……」
「まさか……。ありえませんよ。」
立派なヤングエグゼクティブに成長した清四郎が、巷でどれほどモテているか知らぬ悠理ではない。年頃の女は当然色めき立つ。それは彼が結婚してからも関係なく続いた。
「おまえこそ……他の男に口説かれてやしませんか?」
キスの合間に、清四郎は尋ねた。
美しい妻の、隠された色香を嗅ぎ取る輩が増えてきている。
特に海外では「ユウリ ケンビシ」の名が「東洋の美しいダイヤ」と評されることもあった。
そのダイヤは夫である清四郎だけが触れていいもの。他の誰にもそれは許さない。
ネクタイを乱雑に解きながら、清四郎は息を荒げ、ベッドへと妻を引き寄せた。

疲れているはずのその眼差しには、愛妻を見つめる強烈な熱が宿っている。
悠理はくるり、風のように体を翻すと、清四郎の膝の上に跨るよう腰を下ろした。
「ふん……口説かれたよ。18の若造から70のジジイまで色々とな。ヨーロッパの島をやるから、なんて馬鹿なことを言ってくる奴もいたさ……」
「悠理……。」
「おまえが隣にいないから、しゃーないだろ……!」
不貞腐れるように吐き出した悠理が、清四郎のシャツのボタンに指をかける。華奢な指先が彼の胸元をなぞると、清四郎の呼吸がわずかに荒くなった。
「不愉快ですな。そいつらがおまえをどんな目で見ていたのか……考えたらゾッとする。」
「お前ほどじゃないと思うぞ……」
クスクスと笑いながら、引き締まった腹筋へ指を這わせると、不意に大きな手が悠理の腰を強く引き寄せた。
「おや……僕の心が読めるんですか?半年もの間、妻の体に指一本触れられなかった夫の気持ちが?」
「あ……こら……!」
躊躇いなく破られた繊細な衣装。
剥ぎ取った下着の中を確かめるように清四郎の目が鋭く光る。
「ふむ……誰かに舐められたりしていないようですね……。」
「あるわきゃ…ない……!んっっ!!」
言葉での駆け引きはもう終わり。

互いを求める熱を放射し、二人はどろりとした闇の中、抱きしめ、そしてキスをした。
刺激的な夜の始まりを予感させる濃厚なキス。
悠理は少し悪戯っぽく微笑むと、
「半年分って……ちょっと燃えるよな。」
夫を挑発する言葉を発した。
甘い吐息が混ざり合う。
こうして若き夫婦が手に入れた、甘美でスリリングな逢瀬は、誰にも邪魔されることなく、静かに、そして激しく深まっていくのだった。
無論………彼らが数日もの間、部屋の外に出ることはなかった。