いつも隣に……

琥珀色の液体が満たされたグラス。

高級と名の付くそれを傾けながら、清四郎は隣に座る妻の横顔を見つめていた。

古のジャズが流れる落ち着いたバーの薄暗い光の中で、彼女の髪は美しく輝き、ほんのり色付いた唇がグラスの縁に触れる仕草には、言葉を失うほどの艶やかさがあった。

彼女も25歳。

それなりの色気を纏い始めている。

​「清四郎?」

悠理は夫の視線に気づき、小首をかしげた。

「なんだよ?腹でも減ったのか?」

​「いえ……なんでも。」

清四郎は慌てて視線を少し逸らす。

毎日見る顔に見惚れているなんて、口が裂けても言えない。

 

彼はごまかすように、マティーニを持つ悠理の手元に視線を落とした。

細い指と華奢な手首。

喧嘩は強いが、悠理の身体は基本華奢なつくりだ。

「そろそろ、指輪とブレスレットを新調しましょうか。可憐から新作の誘いが来てましたよ。」

​「やった!ちょうど指輪がほしかったんだ!」

嬉しそうに笑う妻は、オリーブの入ったグラスを揺らした。

「僕もカフスが欲しいので、次の日曜でも出かけますか。」

「オーケー!」

​バーテンダーが静かに水を注ぎ足す。

ハイクラスな夫婦の会話を聞きながら、次、オーダーされる酒は何か、楽しげに予想していた。

「そういや、明日母ちゃんが、魅録の母ちゃんとギリシャに行くんだって。」

「またリゾート開発案件ですか。」

「そ!今回は相当でかいホテル建てるみたい。エステも本格的だし。」

「なるほど……」

松竹梅千秋のリゾート開発の手腕はかなりのものだ。彼女は遊びながら財を築く。

松竹梅家の財政を支える大きな柱。

「あたいもついて行こうかと思ったんだけどさ……」

チラと見上げるその意味深な視線は、何か言いたげな様子。

「……行かないんですか?」

「だって………おまえ、寂しがるだろ?」

意外な指摘、しかし的確なそれに清四郎は顔を赤くするほかなかった。

 

確かに……

 

確かに、妻の居ない寝床は寂しい。

たとえ寝相が悪くても、イビキが大きくても、隣にその存在を感じないと、眠りが浅くなる。

昔は静かな安眠を望む自分が居たはずなのに、いつの間にこんな風に変化したのか。

そしてそれを悠理に気付かれていたとは。

「ほら、うちの父ちゃんも、母ちゃんが旅行してる間、淋しいってうるさいだろ?だから……」

彼と同類項に括られた清四郎は一瞬、目を眩ませた。

が、しかし……妻の言う通り、一人寝の寂しさや不具合を感じるのは真実だ。

結婚して数年経つが、そんな変化が自分の身に訪れているとは……ついぞ気付かなかった。

「………なら、ずっと隣で眠ってください。僕が寂しくないように……。」

指と指を絡めながら、清四郎は請う。

素直すぎる夫の我儘に、悠理は小さく視線を彷徨わせ、結局はコクンと頷いた。

「あたいも……寂しいから……」

心の声を静かに暴露する妻が愛しくて……。

一気に酒を飲み干した清四郎は彼女の手をしっかり握ると、バーテンダーに会計を頼んだ。