青い月明かりが寝室の窓ガラスを照らしていた。
剣菱邸の一角。
深夜の静寂に包まれた新婚夫婦の部屋。
深い疲労を色濃く浮かべた清四郎は、ジャケットのボタンを荒々しく外しながらベッドへ倒れ込むよう身を預けた。
今日も限界まで神経をすり減らすような激務だった。頭の奥が重く鈍く痛み、思考の輪郭が曖昧になっていく。
「おっつかれ!清四郎。」
ふと、心地よい甘い香りと共に、温かな気配が覆いかぶさった。
見上げると、妻の悠理がそこにあった。
淡い光の中で、ひときわ美しく揺れる瞳は、僅かな心配を孕み、彼を見つめている。
そんな彼女の手が、そっと清四郎の頬に触れた。細い指先から伝わる体温があまりにも心地よく、清四郎は思わず目を細めた。
「ボロボロになってんじゃん。またジジイたちにいじめられたのか?」
言葉こそ乱暴だが、妻の瞳には愛する夫を、それを包み込むような無条件の慈愛が満ちていた。
彼女はシャツの襟元を緩めながら、まるで子供をあやすかのように優しく彼の頭髪を撫で上げる。サラリと指の間をすり抜ける黒髪の感触を確かめながら、悠理は愛おしさを噛み締めていた。
外でどれだけ冷酷な社会の荒波に揉まれ、どんなに気丈に振る舞っていようとも、この部屋の、この温もりの中だけは違う。夫にとって、妻の存在そのものが唯一無二の救いだった。
「……悠理」
掠れた低い声で名を呼ぶと同時に、清四郎の腕が伸び、悠理の背中をしっかりと引き寄せた。
拒絶ではなく、縋るでもない。
ただ、枯渇しかけた心にその愛を注ぎ込んでもらうように、彼は妻の体に自分の体温を重ね合わせる。
ベッドの豪奢なクッションと、重なり合う二人の影が、優しい沈黙とともにゆっくりと溶け合っていく。
悠理は清四郎の耳元に唇を寄せると、吐息混じりに甘く囁いた。

「今夜はあたいに任せとけよ……気持ちよくしてやるから……」
そんな魅惑的なセリフに背中を押されるよう、清四郎は長いため息と共に、すべての緊張の糸をプツリと手放した。
張り詰めていた理性が心地よく溶けていき、彼はただ愛する妻の温もりに身を委ねる。
「それはそれは……楽しみですね………。」
この広いベッドで交わされる二人の愛だけは揺るぎない。
薄闇の中、互いの呼吸が完全に重なり合い、甘美な夜の時間はどこまでも深く、静かに満ちていった。