紅葉が色づき始めた老舗料亭の庭園。
喧騒を離れ、石畳の小道を二人は静かに歩いていた。
今しがた「両家顔合わせ」を無事に終え、形式張った空気からの解放。
もちろん剣菱万作はこの上なく贅沢な酒宴でもてなし、菊正宗家の面々を驚かせたことだろう。

「 結納なんて要らないって言ったのに……」
絢爛豪華な帯が胸を締め付ける息苦しさに、悠理は大きく息を吐き出し、ぼやいた。
彼女にとって、格式ばった席での長時間の正座は相当な苦行だったらしい。何度も足を抓りながら、一連の流れを恨みがましく見つめていた。
反面、落ち着いた藍色の着物を着こなす清四郎は、手にした扇子をパチンと軽く閉じる。
彼にとってこの日は非常に大切な一日となり、ようやくここまで辿り着いたという安堵感で胸が満たされていた。
「お疲れ様。よく我慢しましたね。これで半年後の挙式に向けて、準備するだけですよ。」
「はぁ……式はどーでもいいけど、新婚旅行はドカンと派手に行きたいなぁ。」
「おまえは剣菱の令嬢なんですから、さすがに式はそれなりのものになるでしょうな。ま、僕たちの入る余地はありませんよ。きっと……」
清四郎はこの先の混沌とした状況を思い浮かべながら微笑んだ。
その目元には優しい光が宿っていて、悠理の心を幾分か癒す。
「そっか…………あたいら、結婚するんだよな。なんかまだ夢みたいというか……変な感じ……。」
少し照れくさそうに呟く悠理の言葉に、清四郎は足取りを緩め、隣を歩く彼女を静かに見つめた。
「変な感じ、か。確かに僕たちが結婚するなんて、非現実的かもしれませんね。」
ふっと表情を柔らかくした婚約者は、優しく語りかける。
「しかし……僕にとってこれ以上ない幸せであることに違いない。おまえの破天荒さに振り回される覚悟は、とうの昔にできていますしね。」
「ふん!そりゃおまえは【剣菱の力】を手に入れたも同然だしな。父ちゃんにこき使われる覚悟もしとけよ。」
おどけるように笑う悠理と、苦笑しながらも頷く清四郎。
「もちろん覚悟してますよ。剣菱を世界一にする覚悟もね……」
「そりゃ壮大な話だな……」
「おまえとなら……不可能なことはない。」
そう言って悠理の顎を捉えると、彼の優しく黒い瞳に、ほんの少しだけ欲望が浮かんだ。
「………跡取りもしっかり作りましょうね。」
「気が早いっ!!」
「そうですか?」
クスクスと笑う男の唇がそっと触れてくる。
悠理は諦めたように力を抜くと、彼の腕の中に大人しく包まれ、静かにまぶたを閉じた。
秋の柔らかな日差しの中、二人を包む空気はどこまでも穏やかで優しく………
遠くからモズの高鳴きが二人を祝福するかのように届いた。