食べたいのはおまえだけ

横浜中華街の喧騒から一歩足を踏み入れたそこは、湯気と活気に満ちた別世界。

路地裏という立地ながらも人は行列を成す。

中国広東省出身の料理長は特級厨師の腕前と評判で、予約必須の店と名高く、今日も噂を聞きつけた客が、美味しそうな香りを嗅ぎながら店の前に佇んでいた。

 

いよいよ「食べ放題60分」という戦いの火蓋が切られる。

豪華な円卓には次々と美味しそうな料理が運ばれてきて、​悠理はキラキラと目を輝かせながら溢れ出るヨダレを拭っていた。

「点心どれにする?小籠包、いやニラ餃子も追加で頼んじゃおっと!」

 

空気をはらんだショートヘアが、彼女が顔を動かす度に楽しげに揺れる。

食欲魔神の名の通り、胃袋は何個あっても足りない。毎度胃薬を必要とするくせに、全く懲りる様子はない。

 

​そんな悠理の様子を、向かいに座る恋人は少し呆れたような、でもどこか愛おしそうな眼差しで見つめている。

 

「さっき頼んだ分もまだ残ってますよ?そんながっつかなくても料理は逃げません。」

 

と、落ち着いたトーンで箸を動かし、お気に入りの青菜炒めを口に運んだ。

 

​「だって美味いんだもん!ほら、これ食べてみろよ!」

 

​悠理は箸でとった焼売を、彼の皿へとひょいと乗せた。

その無邪気な仕草に、清四郎は思わずふっと笑みをこぼす。

普段は家庭教師として厳しく接してばかりだが、こうして二人で顔を突き合わせ、笑い合える時間は、彼にとっても何物にも代えがたい楽しみだった。

 

​「はい、あーんして?」

 

差し出されたは肉汁溢れる焼売。

​悪戯っぽく笑う悠理に、清四郎は一瞬たじろぎながらも、周囲の視線を気にしつつ口を開ける。

口いっぱいに広がる旨味よりも、彼女の屈託のない笑顔と、その行為が何よりのスパイスになっているようで……

 

​「……美味いな。」

​「だろ?次、何食べる?」

「では……」

 

一瞬の行為。

すかさずキスを落とす清四郎に、真っ赤な顔で抗議する悠理。

そんなやり取りを続けていると、60分という時間は、あっという間に過ぎ去っていった。

「くっそ……!おまえのせいだぞ!まだまだ食えたのに!」

「はいはい。次はどこにお供しましょうか?」