本編

大学を卒業したその年の春。

清四郎は悠理と、魅録は野梨子と式を挙げた。
新緑が眩しい、最高の空の下で行われた合同結婚式。
剣菱百合子主導のもと、それはそれは盛大な挙式であった。

「はぁーーーつっかれたぁ!!」

二組の新婚カップルをはじめ、可憐や美童も連れだっての大型旅行。
選んだ先はエーゲ海に浮かぶギリシャの小島だ。
そこには万作が建てたばかりのリゾートホテルがあり、当然ながら貸し切り状態で楽しめる。

ゴージャスな白亜の建物には、様々な形のプールや噴水が至る所に設置され、潮風を和らげる為に植えられた等間隔の椰子の木には、お馴染みのハンモックがこれまた優雅にぶら下がっている。
強い日差しを遮る、快適な寝床。
泳ぐ合間の休息にはもってこいの場所だ。

青空と海。

誰よりも興奮するのはもちろんこの人で───

「悠理………泳ぎすぎですよ。日に焼けて真っ赤だ。」

そう言う清四郎もまた、鍛えられた体をほんのり焦がし、いつもよりぐっと野性的に見える。

ここは新婚カップルには丁度良いコテージ。
もう一組のカップルもまた、海沿いの夕陽が望める部屋に腰を落ち着けている頃だろう。

真っ白なシーツと赤い薔薇が浮かんだジャグジーもお誂え向きだ。
極上のシャンパンと厳選されたチョコレートはホテルからの粋な差し入れ。

それをあっという間に平らげた悠理は、ふかふかのベッドに俯せとなり、夫となった男を見上げた。

「そんなに?自分じゃ見えないや。ならさ、そこにあるローション塗ってくれよ。」

「O.K.」

お互いの全てを知る二人にとって、裸体を晒したままでいることは極々自然。
悠理は解いたビキニをパラリと床に落とし、美しい背中を晒した。

「ふむ。なかなか色っぽく焼けてますよ。」

「………スケベ。」

アロエたっぷりのローションは以前沖縄で購入したもの。
可憐や野梨子にもすこぶる評判が良かった品だ。

清四郎はそれをたっぷり手に取り、首筋から腰にかけて擦り込むよう滑らせる。
マッサージが得意な彼は、筋肉をほぐすよう適度な強弱をつけて、悠理の体にくまなく触れていった。

「……っん………!清四郎!なんか手つき、やらしいぞ。」

「そんなつもりはありませんけど?」

言いながらも、際どい部分まで指を這わせ、妻の反応を興味深げに見つめる。
赤く熱を持った肌が、日焼けとは違う火照りを感じ始め、悠理は夫の策略を直ぐに感じた。

「あ………ん、もぉ!」

「悠理………」

滑らかに塗布する手が、今度は明らかな意志をもって悠理を翻弄する。
わざとらしく滑りこんだ指先が、可憐な膨らみを捉え、何度も甘く刺激するのだ。

「……せぇ………しろ………っはぁ………」

「気持ちいいんでしょう?ほら………もっと啼きなさい。」

意地悪な男の指に捏ねられ、悠理は官能の渦に溶け込んでいく。
心が見当たらなかった時よりもずっと感じやすくなった身体は、もはやこの男でしか満足できない。

「ぁ、あ……んっ………あぁ!!」

「ほら、もっと………」

しつこく捏ねられ、喉から絞るような喘ぎ声を引き出される身体。
どれだけ塗りたくられても、中から生まれる熱はちっとも冷めやしない。

清四郎の手は魔法の手。
悠理の全てを暴いてゆく。

「まだ日も高いが…………どうです?楽しみませんか?」

それはもちろん誘いの言葉。

「NOなんて…………言わせるつもりないくせに………」

荒い息を押し殺して、悠理は睨む。

「よく解ってるじゃないですか。」

二人は海で戯れる魚のようにシーツの上で絡み合った。
昔よりもずっと深く、互いの愛の在処を確かめるように激しく───

「せぇしろ………!」

悠理の胸は期待に膨らみ、波のように襲い来る快感に身を浸す。
清四郎との愛が………悠理の全身を隙間なく満たしてゆく。

繋がる瞬間、顎に触れた唇が首筋をゆっくりと滑り落ち、紅い痕跡を鮮やかに残した。
それはいつも清四郎が好む行為なのだが───

「ダメ………明日も水着着るのに………」

「新婚旅行なんですよ?誰も咎めやしません。」

しれっと答える夫に呆れ顔を見せる悠理。この男のこんな言葉だけは信用ならない。

「野梨子も…………魅録につけられちゃうのかな?」

「…………さあね。野梨子が許すかどうか………ほら、集中。」

グッと押し込まれた清四郎の力強さに悠理は声を失う。
それでも物欲しげに蠢く蜜口は夫の侵入をしっかりと受け止め、更に奥へと誘い込むのだ。
己の身体の淫らさを知り、情けなくなる瞬間、悠理の頭の中から余計な事は一切消え去ってしまう。

「…………悠理…………なんです?この蕩け方は…………」

清四郎は目を細め、奥歯を噛みしめた。
あまりにも心地好く、あまりにも深い。

律動する度に溢れ出す愛液。

「わ、わかんな……い!だって………すごぃ……………ぁ、硬すぎるよぉ!!」

悠理は痺れるような快感に思わず叫んだ。

「確かに僕も………興奮しているな。おまえが僕だけのモノになったことに………胸が煮え立ちそうだ。」

顔中にキスの雨を降らせる唇は淡い笑みを浮かべていたが、その目だけは獰猛な獣のように光っている。

「なぁ………あたいが………欲しかった?」

「ええ………ずっと………」

「もう、おまえのもんだぞ?」

「当然です。決して離したりしない。」

激しさが増し、悠理の身体が大きく揺さぶられる。
ローションのぬめりが互いの肌をより密着させるのか、快感が止まらない。

「あ……んんっ!きもち……い……いよぉ……!」

「あぁ、僕もだ。悠理………ゆうり………」

清四郎の限界を感じ、悠理もまたその喜びに下腹部を締めつけた。
そうすると絶頂に似た感覚が生まれ、彼が達すると同時に満足感を得ることが出来る。

「っ………くぅ……!」

眉間に皺を寄せ、いつもより早く熱を吐き出す清四郎。
悠理の奥深くがぞくぞくするような震えを感じる。

たとえ一滴たりとも逃したくない愛しい子種。
実を結ばなくてもいい。
男の全てを吸収したい。

「………………おまえの胎内(なか)、善すぎます。 くそ、こんなにも早く出すつもりはなかったのに。」

息を整えるべく、何度も深呼吸をする清四郎の腰に足を絡め、悠理はより深くまで彼の分身を引き寄せた。

「ね。………このままで、居て?」

「このまま?」

「ん………」

恥ずかしそうに告げながらも、その行為はあまりに貪欲。
清四郎の雄を十二分に刺激する。

「………少し待てば、また天国を見せてやりますよ?」

「……………望むところ。」

甘く爛れた新婚旅行はこうして始まり、もう片方のカップルが想像も出来ないような絡み合いを彼らは繰り返す。

これぞ蜜月。
愛の褥は乾く暇もない。

空の青さも、海の煌めきも、この時ばかりは二人の目に届かなかった。

その頃の野梨子達は────

「魅録。夜は皆でビーチ沿いのレストランに行くんでしょう?」

荷解きを済ませた夫は「ああ」と頷くと、手にある雑誌へ軽く目を通しながら、「ほらここ。」と野梨子に指し示した。

「海鮮料理が旨いらしいぜ。悠理が喜ぶだろうな。」

「ふふ。でもギリシャ料理はオリーブオイルがたっぷりで………お腹を壊したりしないかしら?」

「そこはそれ。やっこさんがついてる。」

「───ですわね。」

白いワンピースが良く似合う妻を眩しそうに見つめていると、魅録の中の男がざわつき始める。
滅多に顔を出さないが、一度出現を許すとなかなか厄介なもので────

「なぁ、野梨子。」

彼は立ち上がり、野梨子の傍に立った。
開放された窓からは、日本とはまた違った潮風が運ばれてきて、非日常な空気へと変えていく。

「………魅録?」

小柄な彼女が見上げると、肩にまで伸びた黒髪が風に乗って魅録の首を掠めた。
目に灯る、情熱の光。

「………あの………」

戸惑う大和撫子の愛らしく大きな瞳は、それでもその先の何かを期待して揺れる。
いつも始まりは穏やかで───優しく慈しむように頬を撫でられると、それが合図となる。

「まだ真っ昼間だけどよ………こんな時くらい、な?」

「でも………あまり………激しくしないでくださいな。わたくし、悠理のように頑丈じゃありませんもの。」

「はは………難しい相談だ。」

触れるだけの口付けが物足りなくなるのは、いつだって野梨子の方。
それを知る魅録は新妻の黒髪をかき混ぜながら、ワンピースの上から胸を揉みしだく。

「ん…………」

控えめな、それでも愛らしい声が鼻から抜ける。
甘く蕩けた視線。
強請るような口元。

男嫌いだったはずの彼女に訪れた様々な変化は、魅録に驚きをもたらす。
無垢な肌に触れても良い男はこの世で一人。
それを許されたことに、彼は猛烈な喜びを感じるのだ。

「野梨子………好きだ…………愛してる。」

男気のある彼が、こうした気持ちを口にすることは滅多にないが、セックスの時だけは情熱的に伝え聞かせてくる。
野梨子は嬉しそうに微笑むと、「わたくしの方が……愛してますわ。」と囁くように答えた。

ワンピースが脱がされ、真っ白なベッドにそっと寝かされる。
ふわっと香る花の匂い。
恥ずかしそうに腕を交差する妻を、欲望に濡れた目が絡め取る。

白い肌を覆う繊細な下着に、魅録の無骨な指が忍び寄ると、野梨子はフルッと肌を震わせ肩を竦めた。
天井で回るシーリングファンの音だけが、二人の耳に届く。

「野梨子………俺、実は子供が欲しいんだ。」

「…………え?」

それは初めて聞く告白だった。
夢見心地に潤んだ野梨子の目が大きく見開かれる。

「出来れば早めに産んで欲しい。」

「魅録………でも………」

「ダメか?」

鼻先が触れ合うほどの距離に夫の真剣な顔。
野梨子は戸惑う瞳を揺らし、長い睫毛を瞬かせた。

「わ、わたくし………そんな覚悟、まだありませんわ。」

「…………俺だって無い。でも欲しいんだ。ガキ連れてさ、世界中旅したい。イケてる親父になりたいんだよ。」

「魅録………」

「だから…………是非とも前向きに考えて欲しい。」

頬を撫でられ微笑まれると、それから先は何も言えなくなる。

─────この人の思い通りにしてあげたい。

そんな優しさに支配されてゆく。

「…………分かりました。考えておきますわ。」

「ん、頼む。」

そこからはいつもの口付けが始まり、熱い吐息に惑わされ、瞬く間に官能の世界へと引きずり込まれていく。
お互い少し前までは初心者同士で、手順も解らずあたふたしていたのに───

────随分と慣れたものね

野梨子は小さく笑った。

夫の手がサイドテーブルに置かれた財布へと伸び、見慣れた小さな包みが摘まみ上げられる。
ホッとしてしまうのは、彼の思いに答えられない自分がのさばっているから。

まだ母親になんかなれない。
なれそうもない。
私たちは若くて、大人の入り口に立ったばかり。
学ぶべき多くのこと、そして成長すべき時間が必要なのだから。
きっと、悠理だって同じ思いのはず───

 

「わりぃ………気乗りしねぇか?」

カーキ色のシャツを脱ぎ去った魅録は、野梨子の前髪を梳くように撫で、不安げに瞳を細める。
人の心に鈍感だった彼も、多少は気が利くようになってきたらしい。

「そんなこと………ありませんわ。」

野梨子は慌てて首を振る。

「無理しなくていいんだ。もう夫婦になったんだし、言いたいことは全部言ってくれよ。」

「………いいえ、魅録。…………いつものように抱いて下さいな。」

引き締まった胸板に手を這わせ、野梨子はうっすら微笑んだ。

こんなにも遠い異国の地にやってきてまで、ギスギスした空気は残したくない。
何せこれは新婚旅行なのだ。
彼女とて、たくさんの幸せな思い出を作りたかった。

魅録もまた、そんな妻の気持ちを汲んだらしい。
お互いの指を絡ませ握りしめると、何度も慈しむようなキスを繰り返した。

情熱に満ちた口付け。今は何も考えずに溺れたい。

南国の温かい風が部屋の中を吹き抜ける。
白いシーツに描かれた日本人形の如き美しい女。

魅録はそんな愛しい妻を精一杯の愛で包み込み始めた。