後悔させない男

▶▶婚前旅行編(R)


最初の滞在地、アフリカまでは良かった。
食うか食われるかの世界は二人をありきたりな日常から完全に切り離してくれる。

荒々しいライオンの生態。
しなやかなチーターの走り。
そして悠大な大地を行く、バッファローの群。
そのどれもが美しく、自然だった。

そんな日中の余韻は明け方まで続き、二人は酒を飲まずとも盛り上がることが出来た。
蘊蓄まじりの授業に目を輝かせる悠理は珍しい。
興奮冷めやらぬ彼女の好奇心を、清四郎だけが満たす。

だが次の目的地───南極大陸へ移動した頃から、清四郎の様子に変化が見られる。
何かに追われているような険しい表情。
触れればビクッと身を固くする。

「せぇしろ?」

「触るな……いや、触らないでください。」

「なんで?あたい、なんかした?」

「いえ………僕こそが………しでかしそうなだけですから。」

「???」

悠理には分からない。
清四郎の背後に控える欲望という名の大きな枷を。
二人は未だ、清い関係であったからして。



高校最後の冬。
菊正宗清四郎は剣菱悠理に告白した。
奇跡の一手はものの見事に実を結び、悠理の気持ちを前向きにさせる。

当然男女交際などしたことのない二人。
清四郎は男としての実力を付けるため、ほどほどの付き合いこそあったが、悠理はもちろん、全くのゼロである。
男は全員ダチ、と割り切ってきた彼女にとって、清四郎は初めて出来た特別な異性。
愛と恋の差も解らぬ“おぼこい”少女は、彼にすべてを任せるしかなかったのだ。

甘く楽しいデートも、
囁かれる愛の言葉も、
繋いだ手の温もりも、
全部、初めて。

キスは卒業式前日の部室で行われた。
皆が片付けと大掃除に疲れ、ほどほどの時間に帰宅した後───其処に残ったのは二人。
購買部でお茶でも買ってこようか、と立ち上がる悠理の手を清四郎が唐突に引き寄せた。

たくさんの思い出が詰まった空間。
馴染みきった匂い。
じっとりと絡み合う視線。

悠理は金縛りにあったかのように動けず、ごくっと喉を鳴らした。
それは一つの合図だったのかもしれない。
清四郎の唇がそっと額に、そしてゆっくりと頬へ移動し、とうとう唇に触れた。
しっとりとした感触が数秒間続き、悠理はその心地よさに驚く。

────清四郎の唇。
────初めての口付け。

思いの外柔らかく、瑞々しく感じた。


「き、キス………しちゃったな。」

「ええ、しましたね。」

「あたい、一生キスなんかしないって思ってた。」

「………何故?年頃になれば、おまえも恋する可能性はゼロじゃなかったろう?」

「ううん…………ゼロだと思ってたよ。あたいなんて男受けも悪いし、女に扱われる事もないし………恋愛なんか必要ないって………そんな風に決めつけてたから。」

どこか卑屈な台詞だったが、清四郎はその一端を自分が握っていると知っていた。
昔、照れ隠しに吐いた暴言。
今は言うべきでなかったと猛省する。

「馬鹿ですね……。これほど綺麗に生まれついておいて勿体ない。だけどもう………」

清四郎の唇が再び悠理を覆い、触れたままの状態で呟かれる。

「悠理は………僕だけのものだ。」

それからは長い長いキスだった。
何度も触れては離れ、また触れる。
その繰り返し。
何も知らない悠理はそれが映画よりもずっと濃厚なものだと解っていたが、陶酔した頭のせいでろくな抵抗も出来ず、結局身を任せてしまった。

弾む鼓動。
血流が全て逆になったような感覚に陥る。
深く触れ合う度、背筋を這う甘やかな戦慄に脅かされる。

清四郎のキスは情熱と優しさに満ちていた。
心がふわふわと温かく、身体は宙に浮いた感じがする。
いつの間にか自らも唇を突き出すようにしていて、悠理はほんのり恥ずかしくなった。

────気持ちいいな。

うっとりと目を瞑り、抱き寄せられた腕の力に男を感じる。
清四郎の逞しさが、その強引さが、悠理の全てを心地良く包んでいた。
まるで繭玉に居るかのような安らぎと共に。

清四郎が好きだ。
こんな経験、彼だけでいい。

悠理はようやくそうした結論にたどり着いた。
射し込む夕陽が二人を染め上げてくれたおかげで、真っ赤な顔がバレることはなかったと思う。




それから無事卒業式を終え───
仲良し六人組は卒業旅行へと出かけた。
長い春休みの序盤は北海道に。
其処は剣菱所有の贅沢な保養施設だった。
温泉、蟹付きとくれば自ずとテンションもあがる。
何故か万作と百合子も参加し、皆で大いに盛り上がった。

そんな中────

「婚約」の二文字が清四郎と悠理に降りかかる。それはもちろん母、百合子の口から発せられ……

「清四郎ちゃん。うちの子とお付き合いするということは当然、最後まで面倒見てくれるのよね?」

迫る百合子の微笑みに、もちろん否とは言えぬ。
彼自身、その覚悟もなく交際を申し込んだりしないだろうが…………にしてもいきなりすぎる展開である。
しかしさすがは清四郎。
真っ直ぐな視線でこう答えた。

「はい。一生大切にするとお約束します。おばさん、おじさん、どうか悠理を僕に任せてください。」

「んまぁ!!あなた!これで剣菱も安泰ですわね!」

置いてけぼりの悠理に反論する余地はなく、それでも酒の回った頭で「ま。いっか。」くらいには清四郎との未来を受け入れていた。
結婚に対する現実味が薄いのかも知れないが、それもこれも全て、昔の婚約騒動が原因である。

「これは何とも、めでたいだがや!」

「ようやく元鞘に収まったって感じだね!」

「強引な感じも否めませんけど、二人が幸せならそれで…………」

「すっかり親公認の仲なんだし、婚前旅行でもしてきなさいよ。」

「あ、それいいね!」

「”こんぜん旅行“?なんだそれ?」

「ま、一言で言えば、清四郎との仲を深めるってこった。」

「???」

悠理は酒に冒された頭を傾げ、疑問符を浮かべるが、そのありがたーーーい提案に乗らぬ清四郎ではない。

「いいですね。どうせならたっぷり時間をかけて色んな国を訪問しましょう!悠理、まずはどこに行きたい?」

旅となれば俄然燃える性格である。
悠理は色々考えた挙げ句ニカッと笑い、「世界一周!」と大きく答えた。

「あら、いいわね。行ってらっしゃいな。清四郎ちゃん、呉々も───“よろしく”。」

満面の笑みで語気を強める百合子。
その裏に潜んだ目論見は当然、『可愛い孫ゲット!』───に尽きる。
彼らがまだまだ学問の徒であろうと、そんなことに頓着はしない。
出来ればお人形のような女の子をわんさか。
夢見る母の願望は未だ根強かった。

そうこうしている内に準備が整い、数日後には専用ジェット機に乗り込む二人の姿があった。
野梨子は流石に複雑な表情を浮かべていたものの、他の三人は大きく手を振り、彼らをにこやかに見送った。

帰国後の変化を心から楽しみにしつつ───


というわけで、二人きりの旅は始まった。
南極大陸は剣菱のクルーも同行し、安全を考慮した上で三日間滞在することとなった。

悠理の大好きな地球という大地はいつも新鮮な驚きを与え、その大きな懐で出迎えてくれる。
モニターでしか見たことのない壮大な景色に、テンションは常にマックス状態。
そしてそんな恋人の姿が、清四郎の心を和ませ、より愛しさを募らせるのだ。

しかし彼は密かに悩んでいた。
キスを交わし、抱きしめたその瞬間から、先へと進むタイミングを思い悩んでいた。
口付けを許された、ということは、その先の道筋もまた生まれたということ。
二人はもちろん、恋人同士だからして──

悠理の純粋さを大切にしたいと思う一方で、一刻も早く自分のものにし、決して逃げられぬよう、自らの色に染め上げてしまいたい。
そんな我欲が湧き上がる。

彼女にだけ発動する非常識な独占欲。
そんな幼稚過ぎる所有意識は、いったい何処から来るのだろう。
他の女ならこうも悩まなかっただろうことを、清四郎は大きく抱え込んでいた。

アフリカの熱い大地で本能のままに絡み合いたいとも感じた。
が、そこは渾身の我慢で乗り切る。
しかし南極大陸に降り立った時、身の危険を感じるほどの低い気温と、ほぼ氷しかないその地に、彼の中にある種の生存本能とやらが活発化し始めたのかも知れない。

喉が渇く。
悠理という、この世でただ一人の愛しき女を欲して、抑え込んできた欲がもぞもぞと蠢き出す。
純粋さとは程遠い感情。
生臭さすら漂う欲望に、清四郎自身戸惑いを隠せずにいた。


「明日犬ぞりさせてくれるって!ほんの20分だけらしいけど。」

南極大陸といえどホテルはある。
それもアラブの大企業が出資した立派な建物が。
刺激を求める世界中のセレブ達の多くは、出来るだけ安全かつ快適な旅を望んでいる。 僻地であろうと荒野であろうと、普段の生活をそのまま持ち込みたい、と考えているのだ。
それもこれもセレブだからこその我が侭。

そんな需要に応えたのがアラブの王族達で、今、南極のあらゆる場所には、彼らの国旗と共に素晴らしいホテルが建設中なのだ。
金に糸目をつけない美しく機能的な建物。
その中の一つ。
唯一完成された場所に悠理達は泊まることとなっていた。

スリーピングポッドと呼ばれる六つの丸いドーム。
其処では気温調整のされた寝室とバスルーム、リビングルームそして、ジャグジーまで付いている。
凍てつく景色を暖かな場所から眺める贅沢は、ごく僅かな特権階級にのみ許されたもの。
もちろん悠理は剣菱の名を最大限に使い、その一部屋を予約した。
世界の果てで、これほどゴージャスな滞在が出来るとは、清四郎とて思ってはいなかっただろう。

「わー!ペンギンのぬいぐるみだ!」

大きなソファに点在するそれらを悠理は無邪気に抱きしめる。
まだまだ子供っぽい彼女を見て、もたげていた欲が少しだけ削がれたが、それもほんの僅かな時間だった。

厚みあるパーカーや目の詰まったセーター。
寒冷地特別仕様のごついブーツを脱ぎ去った悠理が、バスルームへと一目散に向かう後ろ姿に、清四郎は心拍数を上げる。

薄手のシャツに、うっすらと透けて見えるブラジャーの影。

最先端の技術が詰め込まれたあったかレギンスは、腰から下のしなやかなラインを強調していて、なるほど着膨れしないはずだ、と納得出来る。

美しい括れ。
野生のガゼルを彷彿とさせる健康的な足。

────まだ、早いか。いや………しかし………

彼女は気付いていないのだ。
キスはしたけれど、友人の延長線にあるような付き合いに留まっている自分たちが、いつ、どんなきっかけで先に進むことになるかわからないという事実を。

アフリカでは出来なかった。
動物好きな彼女の興奮を優先させ、清四郎は聞き手へと回ったから。
もちろん黙ってばかりではない。
昼間目にした多くの写真や動画をテレビモニターに映して、それらの生態系についてまで事細かに話したりもした。
勉強嫌いな悠理が唯一目を輝かせる授業。
そんな純粋な目を見ていたら、自分の性欲など些細な問題にしか思えなかった。

しかし───

ここに来て、我慢の限界を感じ始めている。
焦るつもりはなかったが、身体は本能のままに悠理を欲しているのだ。
鍛錬してきた精神で己を制御する自信はあったけれど、今、こうして二人きりになれば、いつ暴走し始めてもおかしくないくらいの熱情がこみ上げてくる。
恋情を、獣じみた欲情が凌駕しそうで恐ろしい。

「やったね。お風呂、わりと広い。」

悠理が嬉しそうな声をあげ、戻ってくる。
南極とはいえスイート仕様の部屋だ。
温かなお湯がたっぷりと溜められていた。

まとわりつく仄かな薫りは薔薇の入浴剤。
清四郎は動けない。
動けば、何かをしでかしそうで。
求める言葉を吐き出してしまいそうで、一歩も動けない。

「ん?どした、せーしろ?」

悠理がその腕に触れようとした瞬間、強ばった声が、苦痛を感じたかのように響く。

「触るな……いや、触らないでください。」

「え、なんで?あたい、なんかした?」

「いえ………僕こそが………しでかしそうなだけですから。」

きょとんと目を丸くしたまま、停止する悠理。
恋人の唐突な変化に驚きが隠せない。

「なんだよ。寒すぎて、頭凍っちゃったんじゃないの?とにかく先に風呂、入ってきたら?」

悪意のない“からかい”は、しかし清四郎のストッパーにはなり得なかった。

喉が灼ける。
じわじわと炙られる情念が、心を突き動かす。

「一緒に、入りませんか?」

「は?」

「おまえも冷えてますよね?一緒に入りましょう。」

「え…………な、なに言ってんだよ……って、わわっ!」

そんな意味すら理解できない悠理を一気に抱え上げた清四郎は、彼女が来た道をスタスタと歩き始める。
突然の行動に驚く悠理が頭を殴っても、痛くも痒くもなかった。

長い足で真っ直ぐにバスルームへと向かう。
そして………
着衣のままの悠理を湯船にそっと沈めると自らは素早く裸となり、その円形の中へ筋肉質な脚で踏み入れた。
直立不動の、それも裸体の男が悠理の前に聳え立つ。

「ぎゃっ!!何考えてんだ!?変態!」

「抱きたいんです!いいでしょう?僕たちは親公認の恋人同士で、婚約までしてるんですから!」

「ふへっ??」

脳味噌の足りない悠理にそんな理由が通じるはずもない。
清四郎の裸がすぐ目前にまで迫り、目のやりどころが無いまま、ただただ視線を彷徨わせる。
特に局部から目を逸らそうと必死の形相を見せていた。

「悠理………僕を見て。」

「やだ!!見れない!!」

「見ろ!いつかは夫となる男の体ですよ?しっかり見て、触れて、僕でいいか………本当に間違ってないのか、確かめてください!」

半ばパニックだった悠理がその一言で目が覚めたようにおとなしくなる。
そしてゆっくりと清四郎の顔を見上げ、恐る恐るではあるが、鍛え上げられた美しい体を眺めてゆく。

太い首から広い肩は、悠理がどれほど力一杯しがみついてもビクともしない逞しさだ。
ほどよい厚みの胸板。
引き締まった腰。
長年鍛えられ割れた腹筋は、心底羨ましいと感じるほど完成されていた。

そこから先は…………

「あ…………や、やだ。」

黒い茂みからそびえる完全に屹立したソレ。
初めて目にする、男のシンボル。
多くの男友達がいる悠理だが、もちろんこんなモノを見せられたことはない。
見せたが最後、魅録の鉄槌が下ること間違いなしだ。

「ほら、見て………悠理。僕の全部を見てください。」

「清四郎………」

長く、まるで抜かれたばかりの剣のように鋭く、そして艶めかしさすら漂うその肉茎に、悠理は一旦目を逸らそうとするが、どうしても惹きつけられてしまう。

ショックよりも興味が勝った瞬間。
強すぎる刺激は心を波立たせる。

男としての清四郎を露わにされ、膨れ上がる好奇心に、悠理は辿々しく口を開いた。

「こ、これって…………こんなになるんだ。」

「まだまだ硬くなりますよ。これでおまえの中をかき混ぜるんです。」

「い!?かき混ぜる?」

「ええ。お互いが気持ちよくなるためにね。」

「……………気持ち、いいの?やっぱ………」

「そう感じさせる自信はありますよ。」

なんで?とは聞けず俯いていると、清四郎がそっと湯の中に腰を落とし「キス、していいですか?」とお伺いを立ててきた。

情熱を孕んだ瞳が悠理を射抜く。
否は許さないとばかりに。

考えた挙げ句、「………いいよ。」と答えれば、いつもより強めに押しつけられた唇が、堰を切ったように貪り始めた。

「ん………っ!んんっ!」

抱きしめられ、片方の手が後頭部を掴む。
逃さない、とする意志が垣間見え、悠理は身を震わせた。

こんなにも直情的に求められたことは初めてだ。
優しく啄むようなキスから始まるロマンティックなはずの行為が、今はその全てが上書きされるほど荒々しく激しい。
清四郎の熱い吐息が頬にかかり、全身がじわじわと熱を帯びてゆく。
それはけっして、湯に浸かっているせいなどではなく───
張り付いた衣服の不快感すら飛んでいってしまうかのような、エロスに満ちたキスだった。

互いの息が上がり、悠理の胸にジワッと広がる官能の灯火。
キスは何度もしたけれど、こんなにもダイレクトに身体を痺れさせる経験は無かったように思う。
それは全て彼の手加減によるものだが、悠理はもちろん其の事実を知らない。

「悠理………」

「せ、しろ………」

離れてもすぐに求められ、頭がぼぉっと霞み出す。
先ほど暴露された清四郎の本音は、この先に待ち構えている大人への階段を予感させ、悠理は不安に胸を締め付けられた。

「そ、その…………どーしても、シたい?」

「はい。もう、我慢出来ませんから。」

「こ、ここで?」

「え………いや、最初くらいはきちんとベッドで……するつもりです。」

「あ、そう。」

なら、なんなんだ?この事態は!?
と尋ねることも出来ず、悠理は清四郎の胸板に抱き寄せられる。
恐らくは納得したと思ったのだろう。
安堵のため息が頭上に降りかかってきた。

しなやかで程良い柔らかさを持つ胸筋。
押せば跳ね返す弾力の其処に、 何故か安心感を得てしまう。
自分がどれほどこの男に依存してきたかがわかり、悠理は思わず恥ずかしくなった。
美しい素肌に押しつけられた頬が熱い。
ドクドクと音を立てて奏でる清四郎の欲望に自分自身も煽られる。

「脱がせてもいいですか?」

濡れたシャツとレギンスを指し示すその言葉。
悠理は躊躇いながら、「自分でする」と答えた。
しかし湯で貼りついた布はなかなか思うように脱げず、結局は清四郎の手助けでようやく下着姿となる。
白く、飾り気のないスポーティーな上下。
小さなタマフクがピンク色の薄い塗料で印刷されているが、湯煙の中では見えない。

ほぼ水着と変わらない出で立ちながら、清四郎の目は血走り始めていた。
湯に濡れたブラジャーに小さな突起を見つけ、そしてショーツの中身を具体的に想像してしまったからだ。
異性に対し、これほどまで欲情を露わにしたことはなく、清四郎は戸惑っていた。
いつもはもっとスマートに対応してきたはず。
これではあまりに未熟すぎる。

とはいえ、興奮は駈け上がる一方で───喉に流れる唾液は焼くように熱かった。

────もはや、一刻の猶予も与えてはくれないのか。

清四郎は自分の昇りを見て苦笑した。

悠理は目を瞠る。
先ほどの角度を更に超えてきた男のシンボル。
目を逸らそうとしても、出来ないほど誇示している。
恐る恐るもう一度視線を絡ませると、ピクピクと僅かながらに痙攣した。
その意味はいったい?

「胸、あんま見るなよ。」

空気を変える為、おどけるように言えば、

「見るだけで済むと思っているなら、大間違いですよ。」

真顔での返事が返ってきた。

「え?」

聞き返すや否や、清四郎の手がブラジャーをたくしあげ、呆気ないほど簡単にその布は引きちぎられてしまう。
フルン
まるでプリンを皿に落としたような軽やかな揺れが見て取れ、興奮は恐ろしいまでに跳ね上がった。
悠理は慌てて手で覆う。

「やっ………あ、やだっ!」

「隠すな!あぁ、僕はこれに、………この胸に触れたかったんだ。」

悠理の小さな手をはねのけ、大きく優しい手のひらがそっと包み込む。
その瞬間、茹で蛸のように赤くなっていた悠理は、思わず声をあげてしまった。
自分でも聞いたことのない、甘ったるい声。

「あ……っん!」

何の覚悟もなく洩れた艶声は、彼女が紛れもない女であった証。
清四郎の最後の砦が、音を立てて崩れてゆく。

「悠理っ!」

切羽詰まった叫びは、浴室に響いた。
反射的に身を震わせる悠理の薄紅色の先端を清四郎の指が捉える。
大した力も加えてはいないのに、反応だけは人一倍。

「ひゃあ………ん!」

その可愛く弾けるような声は、死んでも他に聞かせたくはなかった。

「可愛い、声ですね。」

「………せぇしろ………」

指でこね回されていたと思えば、いつしか柔らかな口の粘膜に包まれ、舐め回されている。
チュパチュパ……と聞いたこともないような湿った音が浴室に響き、熱い舌の上で転がされる刺激に身体中が震えた。

「あ、あ、あっ………せ、せぇしろ!!」

こんな行為を受け入れるつもりはなかった。
だけど、清四郎の情熱に刃向かう事も出来ない。
好きだから。
彼が与えてくれる想いに答えたいと、心の奥底では思っていたから。

「ダメだ………我慢出来ない………」

汗に濡れた前髪をかきあげ、清四郎は悠理の脇を両手で持ち上げると湯船の端に座らせる。

「な、なに?」

そしてやや乱暴にその長い脚を開かせると、躊躇うことなく顔を埋めた。

「ひゃあああ!」

さっきまで胸を吸っていた口が今度はショーツの上から啜っている。
舌を強めに押し込まれ、グリグリと抉られ、薄い布が悠理の襞に食い込んでゆく。

「せ………ぇしろ………!や、な……んでぇ?」

清四郎は答えなかった。
いや、聞いていなかった。
欲情に身を任せた男はそれどころではないのだ。

濡れたショーツには彼女の形がしっかりと浮かび上がっていて、それがより艶めかしさを感じさせる。
髪色と同じ恥毛はあまりにも薄いのだろう。
はみ出ることもなく肌に張り付き、清四郎の目に捉えられた。

「綺麗だ………」

クロッチの部分をゆっくりとずらせば、そこには花のような色の、幼い性器が存在する。
色素は薄い。
まるで子供のようなそれ。

「や、やだ!見るな!!」

思わず黒髪の頭を叩くも、彼は堪えない。
わざとらしいほどゆっくり伸ばされた舌が、花の中心を擽るように抉ってゆく。

悠理は眩暈を感じた。
これが、 こんなことが、セックスだとは………思いも寄らなかった。
それも、清四郎のような男がする行為とは到底思えない。
どこかしら潔癖な風情を醸し出していて、糞尿関係にもとことん弱くて………

それとも、女のあそこはそんなにも魅力的なのだろうか?

舐められながら、悠理は現実逃避を始めてしまった。
羞恥心がマックスにまで到達し、全ての抵抗を放棄させられる。
まな板の上の鯉───其れが今の自分にはぴったりの例えだ。

「ひゃん!!」

広げられた肉襞の中に、愛らしく小さな粒が濡れ光っている。
清四郎はその場所が女にどんな効果をもたらすか知った上で、やんわりと剥き始めた。

「ひっ………んっ!!ぃやあああ!!!」

途轍もない刺激。
目に星が舞うような感覚が悠理を襲う。

清四郎もそこだけは急かず、ゆっくりと解すように撫で回したが、彼女を捕らえた恐ろしいまでの快感はなかなか引こうとはしない。
初めての、自分で触れたこともない場所への強烈な刺激はむしろ苦痛にすらなるだろう。
悠理はひたすら泣き叫んだ。

尖った舌先がむき出しになった粒の周りをぐるっと舐め回す。
何度も何度も、優しさを伴って。
そしてとうとう、そのか弱き花芽に食らいつくと、清四郎は高い音を立てながら啜り始めた。

「ひぃ………ぐっ!や、や、や、やぁ!!」

その声はもはや苦悶でしかない。
跳ねる腰を逞しい腕が押さえつけ、更に顔を擦るよう股間で動かす。
逃げることを許されぬまま、与え続けられる強制的な愛撫。
頭も身体も痺れ始め、悠理は宇宙空間へ放り投げられるような錯覚を起こし始めた。

「せ、しろ………せぇしろ………助けて!」

「悠理……大丈夫。そのまま、イきなさい。」

一旦離れた口が再びぷっくりと膨らんだ真珠を捉える。
舌の全てを使い、捏ねるように絡ませ、押し込んでは吸い出すと、柔らかな弾力を持つ其れは形を変え、充血し、細かな神経がヒリヒリと立ち上がってしまう。
そんな技を繰り返されれば、どんな女もイチコロ。
初な身体を持つ悠理など、むしろ快楽地獄でしかない。

「んっああぁ!!!!」

浴室全体が共振するかのような絶叫。
初めてのエクスタシーに悠理の腰が湯船に滑り落ちようとする。
秘部から顔を離した清四郎は、ヒクヒクと痙攣する身体をぎゅっと抱きしめた。

「可愛いイき方だ。………最高に可愛い。」

それはいつもより優しい声色だった。
だが、気を飛ばした悠理にはその言葉も遙か遠くでしか聞こえず───
微睡んだ瞼を何度も瞬かせた後、気怠い身体を預けるしかない。

「後悔なんてさせませんよ。決して……」

清四郎の微笑みには、もはや取り繕うための仮面など見当たらなかった。
この先の享楽を、そしてたどり着く二人の未来を思い描き、口角を緩ませる。

こうして、新たなステージに突入した二人。
旅程はもちろん、入学式までの春休みをフル活用している。
ありがたいことに、この旅行を邪魔する者は誰一人としていない。
後は思うがまま悠理を味わうだけ。
欲望に火がついたままの清四郎は、前進あるのみと覚悟し、半ば気絶した状態の悠理をその腕に抱え上げた。

もちろん向かう先はただ一つ。
美しく整えられたキングサイズのベッドだけである。

パチパチ………
薪の爆ぜる音が耳に心地良い。
香ばしい薫りも、その穏やかな温もりも。

円形に整ったベッドルームの中心には、特殊な形をした薪ストーブがあり、それは部屋全体を効率よく暖める役割を果たしていた。
床にはトナカイの皮で作られた絨毯が敷かれ、底冷えを半減させる。
豪奢なベッドは大人三人分の広さで、光沢あるシルクのシーツとムートンで作られた大振りのベッドスプレッドがかけられていた。

とても南極とは思えない設え。
夢のような快適さだ。

裸のままバスタオルを肩から引っかけた清四郎は、のぼせたように脱力する恋人を見つめ、嬉しそうに微笑む。

しっとりと濡れた唇が、
自分の手で刻みつけた痕跡が、
そこはかとない色気を振り巻いていた。
たとえ大の字になっていようとも、今の悠理は明らかに“女”を意識させる。
清四郎が見たくて仕方なかった、そんな一面。

「悠理、水、飲みますか?」

「…………酒がいい。」

「最初くらい素面で相手してくださいよ。」

清四郎はペットボトルの蓋を開けると、わざわざバカラのグラスへと水を注ぎ、それを口に含んだ。
もちろん自分の口に。
そして慌てた悠理が顔を逸らす前に口付け、流し込む。
ひんやりと喉を潤す硬質な水。
のぼせた体が目を覚ます。
まるで儀式のように行われたそれが、悠理に最後の覚悟を決めさせた。

「…………優しくしろよ?あたいが嫌がることは絶対すんな!」

「ん~・・極力努力しますが…………」

言葉を濁す男に、何の信頼も置けない。
悠理は痺れたままの身体でゆっくりと手を伸ばし、清四郎の顔を掴んだ。

「さ、さっきみたいなの………まだ恥ずかしいから………普通にしろ。」

「え?あれ普通ですよ?」

「は?うそ!?」

「本当です。これからもっとやらしいことをするつもりですしね。」

一体何が正しいのか───
清四郎は混乱する悠理から濡れた下着を抜き取る。
すっかり生まれたままの姿となった二人。
こうなれば、ようやく同じラインに立った感じがして腹も据わる。

「好きです、悠理。この身体はもう僕だけのものだ。大切にします。だから信じて、身を預けてください。」

「清四郎…………」

熱を伴う視線が悠理をジリジリと灼いてゆく。
全てを見られ、
吐息に愛撫され、
もはや言葉なんかよりもずっと───心に沁みる気がする。

清四郎は仕切り直しとばかりに、再び情熱的なキスを始めた。
部屋の外は恐らく吹雪いているのだろう。
時折、ゴォという音が鳴り、建物を震わせる。

そんな中でも、清四郎とのキスに溺れてしまえば、何も気にならない。
全ての細胞が壊れそうなほど濃厚な口付け。
絡め合う舌が糸を引いて離れると、またすぐに求めてしまうのは、悠理にも不思議で仕方なかった。

深まれば深まるほど、さっき感じた強い痺れが蘇るような気がする。
清四郎の唇に翻弄され、どこかに放り出されたようなあの快感。
癖になりそうな………エクスタシー。

悠理が脚の付け根をもぞもぞし始めると、清四郎はすかさず、その間に手を差し入れた。
キスをしながらも、指先は花園へと伸ばされる。

「っんん……んむっ!!」

声が出せない。
清四郎の舌が口の中を舐め回しているから。
喉の奥深くまでをも掻き回されているから。

敏感過ぎる芽をやんわりと解され、瞼の裏で光が点滅を始める。
速まる指の動きが、悠理を否応なく快楽へと押し上げてゆく。

「んっ、んんんん!!!」

溢れる唾液を飲み干した瞬間、小さく破裂するような絶頂が訪れた。
痙攣を起こし、畏れから逃げようと捩る身体を、しかし清四郎の重みが許さない。

ようやく解放された口からは、荒い息が飛び出す。
耳元で騒ぐ鼓動は───恐ろしく速かった。

「すっかり、イき方を覚えましたね。えらいえらい。」

虚ろな視線を彷徨わせる悠理は、よしよしと頭を撫でられ、何故かホッと心を落ち着かせていた。
昔からこの手には弱い。
愛しげに抱き締めてくる腕のその温もりがあまりにも心地好くて、何だか涙がこぼれそうになる。

「気持ち、いいでしょう?」

「……………ん。」

「もっとイきたい?」

「────え?」

「おまえは快楽に弱そうだから、一度覚えれば直ぐに溺れると思っていましたよ。」

そう言って清四郎は、まだ濡れたままの指を悠理の胸へと這わせてゆく。
鎖骨を辿り、小さな丘をなぞり始める長い指。
それは欲望の在処を探すように、ゆっくりと行われた。

薄紅色の突起には触れないまま、何度も円を描き、時には臍の辺りを行き来する二本の指。
ぞわぞわとした悦びが身体を支配してゆく。

「…………せ、せぇしろ…………」

焦らされることには慣れない。
もっと、もっと、さっきみたいに感じさせて欲しい。
浴室で口に含まれた時の快感を思い出し、悠理は懇願するように視線を投げかけた。

「ん?どうした?」

「………っ。」

恥ずかしさを噛みしめ、視線だけで訴える。
だが相手は基本、意地悪な男で、なかなかその先へは進んでくれない。
そうこうしていると、彼は「ふっ」と息を吹きかけ、すでに勃ち上がっている蕾を軽く震わせた。

「アレ、して………さっきの………」

「アレ、とは?」

「清四郎!」

「はいはい。─────コレですね。」

言うや否や、憎たらしいほど魅力的な口が開かれ、突起がパクッと咥えられる。
瞬間的に反り返る身体を、清四郎の掌が優しく撫でてゆく。
温かい手。
男の口の中で溶けていくような感覚が、悠理を恍惚へと誘う。

「あ、あ………」

クチュッ
濡れた音が、無意識に擦り合わせた足の間から届く。
清四郎の耳も、もちろんそれを聞き逃しはしない。
嬉しいのか、少し強めに吸い上げ、さらに快感を煽ってゆく。

────なんて器用な舌なんだろう。

悠理は惚けた頭でそう思った。

唾液にまぶされた自分の尖りが、清四郎の舌先でさらに勃ち上がってゆく。
紅く充血したように。
まるで苺色になったそれを、旨そうに啜り続ける男の顔は、一度として見たことのないものだった。
ただひたすらむしゃぶりついている。
子供のようなその姿に心臓が速まる。

「せ………しろぉ………」

目を剃らせないのは何故だろう。
悠理は真っ赤な顔で、恋人の姿を視界に捉え続けた。
愛しさがこみ上げてくる。
悠理を可愛がる為、あの手この手で感じさせようとするその姿勢に、くらくらする。

「可愛い声ですね。もっと啼かせたいな。」

もう片方の胸へ移動した清四郎は、わざとらしく舌を見せた後、まだ勃ちきっていない乳首をプルプルと弾き始めた。

「やぁっ!」

あからさまな行為が、
目に届く清四郎のいやらしさが、
悠理の頭を灼き尽くす。
唾液を絡め、転がされる突起はすぐさま固くなり、感覚を刺激してゆく舌の蠢きにムズムズとした何かが腰を走り抜ける。

「あ、ぁ…………せぇ………んん!」

「ゆぅ………り!」

カリッと齧られた瞬間、トロッとした愛液が吹き出し、太股を伝った。
決してさっきのような絶頂を感じたわけではないのに、記憶した快感を身体が追い求めてしまう。
腰が震え、もどかしさに咽ぶ。
麻薬よりもタチの悪い、甘過ぎる呪縛。

ハァハァ………

「なんて素直な身体なんでしょうね。想像以上ですよ。」

胸からゆっくりと離れてゆく黒髪を追いかけたかったが、手に力が入らない。
悠理は四肢を投げ出したまま、視線だけで清四郎の動きを辿った。

腰の辺りに感じていたムートンの温もりが取り払われ、次にシルクの滑らかさが肌を捉える。
清四郎は浴室の時と同じ、またしても大きく脚を開き、悠理の全てをその目に映していた。
奇妙な格好だと思うけれど、彼は気にも留めていない。
屈み込むように背中を曲げ、悠理の腰をほんの少し浮かした上で、再びあの激しい愛撫が始まった。

男の舌が割れ目に潜り込み、零れ落ちた熱い蜜を舐め啜る。
押し広げられた脚の内側を大きな手が抑えつけるも、悠理に抵抗する気力などありはしない。

どうしよぅ、気持ちいい───
ほんとに溺れちゃいそうだ。

普通だと言い切った男の言葉を信じたわけではないが、それでもこの快楽から逃げられそうもない。
ねっとりと舐め上げられるその場所が女の弱点であることを、悠理はようやく知ったのだった。

秘裂を啜っていた清四郎の舌が、徐々に太股へと移動してゆく。
肩にかけられた片足の内股を、これまた執拗なほど舐め回し、時折甘噛みするような行動を見せる。

「な、なにしてんの?」

「悠理の身体を、隅々まで味わっているんですよ。」

「それって………ノーマルなのか?」

「さぁ?どうでしょうね。」

太股だけに飽きたらず、ふくらはぎを経て、遂には足の指まで舐め始める男。

ピチャ……クチュ……

一本一本、口の中で味わう清四郎の姿を、悠理は現実とは思えないまま、見つめ続けた。

「甘いな………どこもかも………」

陶然と呟くその目に、いつもの彼は見あたらない。
それとも欲望に駆られる男は皆、こんな目をするのだろうか?

しかしそんな疑問も、指の付け根に到達した舌が抉るような動きを見せ始めた頃、頭の中から消え去ってしまった。

「あっ………あぁ!」

おなかの底が熱く蠢く。
悠理の意志とは別に、身体は激しく身悶え、もう自分ではどうしようもないもないほど、仰け反ってしまう。

「せぇしろぉ……それ、やぁ!!」

何故こんな風になってしまうのか?
どうして清四郎はこんなことをするのか?
こんな───自分で自分をコントロール出来なくなるような行為を、どうして?



どれほど時間が経ったのだろう。
清四郎の愛撫はまだ終わらない。
しかし、与えられるもどかしいだけの快感に、悠理の体力は根刮ぎ奪われてしまっていた。

表も裏も、身体中隈無く彼の舌がなぞっていき、啼き疲れた悠理を宥めるように抱き締め、暫くはそのままの状態で時を過ごす。

もはやどこに触れられても、どこを弄られても、反応する身体。
清四郎の目的が悠理の身体を作り変えてしまうことだと解ったとて、今更どうしようもない。

「悠理………愛してる。」

下半身へ直結するほどの色気で、清四郎はそう告げた。
何度もイカされた蜜壷からは、止め処ない愛液が零れ、シーツを汚している。
シルクに描かれた地図は大きく広がり、悠理の脚に自分の太股を挟み込んだ清四郎は、そのままの体勢で再び唇を重ね合わせた。

清四郎のキスが降ってくる。
甘くて、優しくて、時々激しいキスが。

「せぇしろ………好き。」

「………………あぁ、可愛い。可愛すぎて、おかしくなりそうだ。」

煽られた分、力強さを増す分身に、手を伸ばしつまみ上げたそれを被せる。

「何?」

「いい、見なくても。」

「見せろよ。」

「だから………コンドームですってば。」

手早く装着したそれは、しかし清四郎の手の中でパチンと弾ける。

「あ…………まさか………」

「??」

どうやらローション付きコンドームが”あだ“となったようで────
氷点下で液体部分が一度凍り付いた所為か、ゴムが劣化。
そのまま破損してしまったのだ。

清四郎は滅多にない焦りを抱く。
正直、ここまでスムーズに事が進むとは思ってなかった為、避妊具は全部で三つしか持ち合わせていない。
その全てが同じ商品で、恐らくは再度チャレンジしたとて結果は目に見えていた。

「………悪い。ここまでにしましょう。」

悠理の足元で、大きな男は小さく丸まりながら、言葉を繋ぐ。

「え、何で?」

「…………僕のミスです。続きは南極を去ってから、たっぷりと………」

「…………………ヤだ。」

「悠理?」

誰よりも落ち込んでいるのはもちろん清四郎だ。
自分の頭を殴りたくなるほど意気消沈していたのだが、背後から呟かれたその一言に思わず顔を上げ、悠理を見つめる。

「…………ソレ、無くても出来るだろ?」

「え………いや、そんなこと…………もちろん出来ますけど…………しかし………」

珍しくしどろもどろな答えに、悠理は脱力していた身体でムクッと起き上がる。
自分で描いた地図を見て頬を染める姿は確かに初々しいが、次の台詞は清四郎の予想を遙かに越えたものだった。

「ならそのままでいい。……早くしよ?」

「……………コンドーム無しだと…………妊娠の可能性が高まりますよ?」

「だから何?だって、あたいら………どーせ………」

”結婚するじゃん“

そう耳元で囁かれれば、清四郎の苦悩など木っ端微塵に弾け飛ぶ。

「…………くそっ!知りませんよ!!」

再び押し倒された悠理はその激しさに思わず目を剥いた。
まるで襲いかかるような抱擁。
清四郎のねっとりとした口付けが、一度は冷めたはずの熱をあっという間に高めていく。

「んっん……ぁっ………んふっ!」

食べられる勢いで口内を舐められ、舌を絡ませてくる。
全身が震えるのは、本能的な怯えによるものか。

「悠理、いいか?繋がるぞ?」

「は………ぁ!……せ………しろ、まっ………」

“待って”の声はもはや聞き届けられない。
悠理の一言で天にも昇る悦びを得た男は、その気持ちを一刻も早く、目の前の身体にぶつけたくて仕方なかった。

ずぶっ………

散々濡らされたはずの其処が、その大きさの物を受け入れる時、やはり痛みを伴う。
しかし悠理は思っていたよりも苦痛を感じず、されるがままに身体を開いた。

硬くて長いそれがゆっくりと浸食してくる。
無理矢理ねじ込まれているはずなのに、悠理の肉はそれをまるで喜んでいるかのように迎え入れていた。

「………っく………なんて感触だ。」

「あっ………そ、そんな奥まで、あ………うそ………」

お互いギリギリのラインで呟く。
清四郎はあまりの快感に目を潤ませ、悠理は自分の深さを思い知り、目を瞬かせる。

「悠理、大丈夫か?」

「う、うん………あ、でも動くな………あ、や、やだ………」

ポタ………
清四郎の汗が首筋へと滴り落ちてくる。

赤らんだ顔。
張り付いた前髪。
荒ぶる吐息。

覆い被さっているのは清四郎のはずなのに、まるで自分が彼を抱き締めているような感覚に陥る。
不思議だった。

「もう少し…………いいですか?」

「あ………ちょ、まっ………!」

答えを聞かぬ内に、清四郎の肉杭が更に奥へと突き進んだ。
反射的に仰け反る身体が、またしても新たな汗を滲ませる。

「悠理……ゆうり……………好きだ、好きだ!」

少年のような咆哮。
心を震わせる魂の叫び。
悠理の胸へとまっすぐに届く、彼の想い。

「せぇしろぉ………」

細い腰を掴み、徐々に律動を始める清四郎。
それは目眩がするほど気持ちよくて、背中を甘美な痺れが走り抜ける。
悠理が痛がったなら、それは中断されたことだろう。
しかし彼の目に映る恋人は、まるで蕩けるような表情で清四郎を見つめていた。

「………おまえはどんな時でも………本当に美人ですね。」

真っ赤な顔でも、たとえ汗と涙にまみれていても、悠理の美しさは損なわれない。

「ば、馬鹿。……んなの、今………言うことかよ?」

「思ったことを口にしただけですよ。」

清四郎の腰が更に奥へと進んだ。
悠理は「ひっ!!」と声を上げたが、やはり痛みは伴わない。
その剛直な男の分身を、身体いっぱいで味わっている────そんな感覚だった。

「本気で動きますね。」

清四郎はそう言って一旦腰を引いた後、再度悠理の身体を引き寄せながら、一気に奥を突き上げる。
それを何度も繰り返しつつ、時折亀頭で側面を抉るように擦り付けると、悠理の中で未知の快感が広がり、声が止め処なく溢れ、もう全てがどうでもよくなってしまう。

「あっ…あん………あぁ………」

甘く漂う、女の香り。
脳に響きわたる、心地よい嬌声。

清四郎のよく利く鼻が、耳がそれらを捉える。
五感を刺激するその香りに、昇りがおさまらない。
悠理の可愛らしい唇から洩れるその声に、興奮が増してゆく。

「悠理…………」

「………っは…………ぁ……せぇしろ………!」

細く薄い身体で男の欲望を受け止めてくれるその健気さに、胸が熱くなる。

清四郎はひたすら腰を振り続けた。
汗で滑る身体を擦り合わせるように。
体液にまみれた箇所へ、更なる快感を与えるように。
悠理に刻みつける初めての絶頂に向かって、清四郎の動きは激しさを増してゆく。

「あっ………ああ……はぁっ、やっ、ああぁぁん、も、やだぁ……!」

揺れる視界と、競りあがる快感。
悠理の身体はもはやコントロールを失いつつあった。
無意識のまま、身体の奥を抉るモノをぎゅうっと締め付ける。

「……っく!………待て……そんな風にされると………」

「やぁ!も、苦しい………何とかしてぇ………せぇしろぉ!」

初めてのエクスタシーをどう受け入れたらいいのか分からず、悠理は悲痛に泣き叫んだ。
清四郎は哀れな恋人の願いを聞き届けるかのように、更なる律動で追い上げてゆく。
自分自身、猶予がないと分かっていた。
それでも悠理に与えたかった。
彼女の人生で味わった事のない、深い深い快楽を───

汗と涙が混在した顔に、不安が見え隠れする。
清四郎がそれを癒すように口付け、何度も「大丈夫だ。」と告げれば、悠理はようやく少しだけ身体の力を抜いて、微笑んだ。

一度引いた波は、しかしすぐに押し寄せてくる。
粘液に塗れた二人の其処がグチュグチュという卑猥な音を立て、その感覚が短く、そして速くなっていく。

「んっ………やぁ、怖いっ。なに………これぇ……」

「そのままでいいから、身を任せるんだ。」

グンと奥を強く擦られた瞬間、悠理は口を開けたまま息を止め、小刻みに痙攣する身体を清四郎に預けた。

それはあまりにも深い快感。
初めて感じる、白き世界。

絶頂の高みへと投げ出されたままの悠理は、闇雲に手を翳し、清四郎の腕を探した。
一人で達した寂しさを埋めるように。

そんな恋人の身体を優しく抱き留め、清四郎は息を吐き出す。
蕩けた表情とひくつく全身。
全てが愛おしくて仕方がない。

「どうだった?」

「……………なんか、訳わかんなくて………ちょっと怖かった………」

「おまえの身体が感じやすくて良かったです。もっと時間がかかると思ってましたから。」

「そんなもん?」

「………ええ。」

「ふ~ん………」

どれほどの経験があるのだろう?
知識欲旺盛な男が、未経験のまま過ごしたとは思えない。
悠理はムッとした感情を素直に顔に出してしまったが、それに気付かぬ清四郎ではない。

「…………好きです、悠理。これほど好きな女性と身体を重ねたことは一度もありません。欲しかった………ずっと、おまえが欲しくて仕方なかった。」

埋め込んだ杭が再び蠢き出す。
悠理とて清四郎の言葉を信じるしかないのだ。

後悔させない───

そう宣言した男の心を。

「余所見なんて絶対させないかんな。」

「しません。するわけがない。」

「あたいのこと………好きじゃなくなった、なんて許さないぞ?」

「有り得ませんね。これほど長く付き合ってきたんだ。おまえの短所すら愛しいですよ。」

「…………ずっと、一生?」

「ええ────神ですら、僕たちを引き裂くことなど出来ません。」

悠理はそんな芝居がかった台詞にすら、身体が震えるほどの愛情を感じていた。

────もう、絶対に離さない。

世界の最果てで、身も心も全てさらけ出した二人は、将来を固く誓い合った。
そしてその達成感により、清四郎の箍は少々緩んでいたのだろう。

南極の地で────
彼らは運命の子を授かることとなってしまう。

 

明らかとなったのは大学部へ入学を果たした後のこと。
仲間たちは呆れ、特に野梨子は真っ赤な顔で清四郎を糾弾した。

「この………人でなし!!!」

とにもかくにも、二人の婚約発表は盛大に行われ、剣菱一家は百年に一度の盛り上がりで世間を騒がせたのである。

おしまい