初めての夜(R)
抱きかかえられ向かったのは、清四郎の為に用意されたベッドだった。
もちろん、寸暇を惜しんで働く彼が、そこで眠ったことは一度もない。
いつも三人掛けのソファをベッド代わりにし、仮眠程度の睡眠しかとっていなかったのだから。
フランス製のダブルベッドは、悠理が寝ている物よりも少し低く、シンプルな、しかし最高級のエジプトコットンで作られたカバーリングで統一されていた。
色味は清四郎が好むダークグリーン。
大きな枕と小さな二つのクッション、そして円柱形の抱き枕が一つ、ホテルのそれを模して配置されている。
「なぁ、自分で歩けるってば!」
「最初くらい、男に任せておきなさい。」
悠理がこんな風にお姫様抱っこされるのは初めての事。
ベランダに続く大きな窓にはそんな有り得ない姿が映し出されていて、それを見た彼女は慌てて顔を背けた。
こみ上げる羞恥と現実感の無さ。
そんな中でも、『確か簀巻きにされて、運ばれた事はあったよな?』と苦い過去を思い出す。
複雑な様子で百面相する悠理を、清四郎はそっと、まるで大切な物を扱うようシーツの上に横たえた。
彼の言いつけを守っているわけでは無いのだろうが、彼女は淡いピンク色のトレーナーに、もこもこの黒いレギンスを身につけている。
以前のような隙は見当たらない。
「明かりを、落としますね。」
「あ、うん。」
ベッドサイドにあるコントロールパネルで、部屋の照明を最小限にまで暗くする。
洒落たフロアスタンドが天井を仄かに照らしているため、まったくの闇というわけではなかったが、それでも互いの表情が読みづらい状況であることに違いない。
沈殿する空気。
徐々に慣れ始める視界。
照れを払拭する為か、それとも怖じ気づいたのか、悠理は訴えかけるような目で清四郎を見つめた。
「あ、あのさ………このまま横になって一緒に寝るだけ……ってわけじゃ、ないよな?」
彼女自身、どちらを求めているのかは解らなかった。
ただ、清四郎と、あれほど嫌がっていた男と二人ベッドに居ることが不自然に感じ、これからイケナイことをするのだと思えば、じわり、妙な汗が流れる。
「怖いんですか?」
挑戦的な問いかけにも、いつもの勢いで反発できない。
図星だったからだ。
「こ、怖いって言うか………なんか緊張するっていうか…………」
言葉を濁す悠理に清四郎はふ、と頬を緩め、彼女の隣に横たわると、お互い天井を見つめた格好でリラックスした。
「僕も緊張してますよ。そうは見えないでしょうが。」
「見えないよ。だっておまえ、いっつも余裕綽々なんだもん。」
不満げな言葉が溢れる。
しかし彼の表情には変化が見られない。
清四郎は静かに息を吐き出すと、言い訳するように続けた。
「これはね、僕なりの防御方法なんですよ。人に隙を与えないための処世術です。おまえや他の人間にとっては腹立たしいのかもしれませんが。」
視線が絡まないせいか、悠理は心穏やかに清四郎の話を聞くことが出来ている。
少し低音の、優しい声。
先程まで高ぶっていた緊張が、ようやく解れていく。
「こう見えて、僕の中にも色んな感情が渦巻いていますしね。処理しきれない、面倒な類いの物も。」
「ふーん。たとえば?」
「・・・・聞きたいんですか?」
身を起こし、肩肘で自らの頭を支えた清四郎は、悠理の顔を覗き込むよう体勢を変えた。
悠理も自然とそちらへ、目線を移動させる。
温かみのある光の中、彼の表情はとても穏やかで、思わずホッと息を吐く。
「……………聞きたい、かも。」
「後悔しませんか?」
「たぶん。」
「たぶん、ね。」
そんなあやふやな答えを嗜めるかのように、清四郎の指は悠理の唇を摘まんだ。
「むぐっ!」
「覚悟を決めなさい、悠理。僕もおまえにだけは全てをさらけ出す準備がある。だから、おまえも僕に全てを見せるんだ。」
ゆっくりと離れた二本の指が、悠理の前で清四郎の舌に舐めとられる。
淫靡で、どこか倒錯した光景。
視線を奪われたまま、体の奥深くがじっとりと濡れ出す。
「や、やらしい顔!」
雰囲気にのまれそうになり叫ぶが、それでも逃げ出すことは出来なかった。
清四郎のそんな行為があまりにも魅力的に感じてしまったから。
「やらしいことを考えてるんです。当然でしょう?おまえの身体をどう割り開いて、どう愛撫して、どう啼かせてやろうか、頭の中はそんなことだらけですよ。」
赤裸々な告白。
悠理はカッと目尻を染めた。
「へ、変なこと言うな!!」
「じゃあ、おまえはどうなんです?」
「━━━━え?」
「僕にもっと触れられたいと思いませんか?あの時よりももっと感じてみたいと、望んでいませんか?」
清四郎の顔がゆっくりと近付いてくる。
悠理は瞬きも出来ないまま、その様子をただただ見つめていた。
「キス………しますよ?」
彼がそう告げた時には、既に薄い唇が自分の物を覆っており、首の下にはさらりと手が差し込まれ、より深く密着するように頭を持ち上げられた。
「んっ………!」
押し付けるようなキスが、何度も繰り返される。
触れて、離れて、また触れる。
僅か数ミリ程度の隙間。
「目を閉じて………悠理。」
聞いたことがないほど甘い声が、そんな隙間を狙って忍び込む。
言われた通りにすれば、五感の全てが唇だけに集中し、そこからピチャと濡れた音が漏れ出していることに気付かされた。
━━━あ、あたい、キスしてんだよな?
清四郎の舌は、悠理の閉じられた薔薇色の皮膚を何度も滑る。
青みの残った果実を味わうかのように、慎重に繰り返される愛撫のようなキス。
「少しだけ、口を開いてください。」
どうして従ってしまうのか。
魔法の声に操られた悠理は、すっかり濡れた唇を恐る恐る開いた。
「………いい子だ。」
深く合わさった互いの粘膜。
気付けば彼の舌が縺れる様に、自分の物と絡まっていた。
「んっ!んん…………!」
呼吸が出来ず目を開けば、清四郎の閉じられた瞼が目前に迫っている。
綺麗な形の眉の下で、恍惚と震える長い睫毛。
美丈夫と評判の男は肌も美しく、すだれた前髪にも艶があり、高い鼻梁は日本人離れしていた。
悠理は握りしめていたシーツを離すと、清四郎の背中に恐る恐る手を伸ばす。
一人、取り残される不安から逃れるために。
そんな悠理を感じて、清四郎にもまた熱がこもる。
熱い口腔内を余すことなく味わい尽くし、溢れる唾液は残らず啜った。
「………はぁ………これって………キスなのか?」
「ええ。少し激しいタイプの、ね。」
「…………おまえ、ほんとに………慣れてんだな。」
「美童ほどじゃありませんよ。」
嫌味のつもりで言ったのに、清四郎は飄々と答える。
まったくもって小憎たらしい。
過去いつかも思ったが、清四郎には隠されたボックスが幾つもある。
決して秘密にしているわけではないのだろうが、彼は水面下で色んな分野に通じながら、表立ってはそれを見せない性格だ。
ようするに、全てを格好よく、そつなくこなしたいタイプなのである。
もちろん、隠された全部を知る必要は無いのかもしれない。
知れば知るほど彼との距離に悩まされ、困惑し、意地を張って遠ざけようとしてしまう。
清四郎の過去に、激しく嫉妬する可能性を思い浮かべた悠理もまた、そんな自分の性格を良く理解していた。
「何を考えているんです?」
「…………なんか、悔しいんだ。」
「悔しい?」
「うん。悔しい。どうやったって、おまえを理解するのは難しいって分かったから。」
「どういう、意味です?」
「・・・・・。」
真っ赤な顔で無言になった婚約者を、清四郎は我慢強く待ち続けた。
本当は熱に浮かされた状態で、雪崩れ込むように身体を開きたかったのだが………。
かといって閉ざされた心を無視するわけにはいかない。
「………なんで、あたいが初めてじゃないの?」
彼女の瞼が震える。
「…………それは…………」
清四郎は絶句する。
思いもかけなかった嫉妬まじりの質問に、しかし心は歓喜していた。
「こんな‘やらしい清四郎’なんか………知りたくなかったよ。」
その台詞が本心じゃないことくらい、恋に疎い彼にだって分かる。
悠理は明らかに嫉妬しているのだ。
自分の過去に!
━━━もっと嫉妬して欲しい。
呆れるほどエゴイスティックな感情。
それをぐっと押し殺し、ようやく口を開く。
「男は皆、やらしい生き物です。特に好きな女を前にしたら、鼻先にぶらさげられた人参に向かって疾走する馬ようなものだ。」
「馬?」
「ええ。僕は今、その馬の状態なんですよ。」
再び塞がれた口に、悠理は結局陥落するほかなかった。
━━━━清四郎が馬?ぷぷ………ありえねぇ。
・
・
・
しかし彼女の予想とは裏腹に、清四郎は飢えた様子をとことん見せつける。
慌ただしく脱がされた衣服。
下着姿となった悠理を見つめる男の目の色が、あからさまに変化していた。
清四郎の喉が鳴る。
平たく、凹凸の無い体が、眩しいほど美しく、そんな風に感じてしまう自分にすら驚きを隠せない。
浮き出た鎖骨から、頼りなく伸びる細い腕。
白い下着に覆われた膨らみは、本当に僅かしかないくせに、今すぐにでも布を剥ぎ取って、中身を確かめたくなる魅力を湛えていた。
細い腰と形のよい臍。
コットン素材のシンプルなショーツに隠された秘所は、一体どんな色形をしているのだろう。
逸る心を抑え込む辛さは、自制心に長けた男でも思わぬ苦労を強いられた。
━━━━しかし、なんと滑らかな肌だ。
前回触れた時と同じ感想を抱きながら、清四郎の指が悠理の形をなぞる。
頬から顎のライン。
首、そして柔らかな膨らみを通り、括れた腰を辿る。
細く長い脚はもう片方の手を使い、何度も撫で擦る。
悠理の何もかもが、男の理性を完膚なきまでに狂わせていた。
━━━━女に見えない?よく言ったものだ。
彼女は間違いなく、女じゃないか。
擽ったさに身を捩り、雰囲気にそぐわぬ笑い声をあげられても、清四郎はその行為を止められなかった。
喉が渇く。
悠理の蜜を求めて…………
「も、もう、やめろ!くすぐったいってば!」
「駄目だ。おまえの全てが知りたい。」
指だけでなく、唇と舌を使われ、悠理の幼い躰が暴かれていく。
自分でも知らない部分、例えば項や肩甲骨の隙間など、清四郎はありとあらゆる手を使い、隈無く愛撫した。
興奮に熱せられた蒸気のような吐息が、肌をなぞる。
とても普段の清四郎とは思えない情熱的な行為。
そうしてようやく、彼の手が胸を隠す下着にかかった。
焦る悠理は先に予防線を張る。
「ち、ちっちゃいからって、文句言うなよ?」
幼い抵抗。
清四郎は呆れた。
「言うはず………ないだろう。」
こんなにも興奮させられているというのに。
もう軽口を叩く余裕すら剥ぎ取られてしまっているというのに。
ギリギリまで昂る神経。
男の指が背中のホックを器用に外す。
悠理の顔は限界まで赤く染まっているが、構ってなどいられない。
清四郎はホロリと溢れ出た胸の、あまりにも可憐な姿に息をのみ、そのまま絶句する。
確かに、彼が知るどの女性よりも小さなサイズだろう。
しかし、その造形は見事としかいいようがなかった。
掌に余る、お椀型の綺麗な膨らみ。
真っ白な肌のてっぺんには薄い乳輪と、ツンと尖った薄紅色の乳首が存在する。
誰の手も触れたことのない聖域。
粟立つ感情。
我慢の限界もそこまでだった。
男は大きな手で柔らかな肉を鷲掴みにすると、赴くまま舐めしゃぶる。
獣のように息を荒げながら、きめ細かな白肌を無我夢中で蹂躙してゆく。
「ひ……ぁっ!!」
がむしゃらな行為。
悠理が初めて知る、オスの衝動。
清四郎にはいつもの余裕が全く見られない。
まるで何日も母乳を与えられなかった赤子のように、必死で食らいつく。
尖った先端を強く食まれると、身体中の神経がビリビリと震え、下半身をどろりとした欲望が包み込む。
━━━あ、また濡れちゃう!
何度となく困惑したその現象に、悠理はもがくよう身を捩らせたが、完全に密着した大男を押し退けることなど不可能だ。
「せぇしろ、タンマ!………あたい、トイレに………」
「…………用を足したいんですか?」
乱れた前髪の中から、ギラギラとした瞳を覗かせ、清四郎は身を起こす。
こんな野性的な彼を誰も知らない。
きっと家族ですら━━━
悠理の胸が、またもやドクンと波打った。
「ち、ちがう………けど、その………ぱ、パンツ、替えたいなぁって。」
「…………なるほど。だがその必要はありませんよ。」
全てを見透かしながら、男はショーツに手をかける。
「や、やめろ!馬鹿!」
慌てて手を伸ばし、元に戻そうとするも、清四郎の素早い動きによって、それはあっけなく膝まで下ろされてしまった。
彼の目に全てが曝される。
体毛の薄い悠理の僅かな繁みも、医者にすら見せたことのない清らかな性器も。
そして、淫らである証かのような下着の痕跡も…………。
清四郎はピクリともしないまま、それらを凝視している。
「や…………見るな!」
悠理はせめてもとばかり、自らの手で性器を覆い隠そうとするが、彼は真顔でその動きを阻止した。
髪色と同じ恥毛の下に、ひっそりと閉じられた悠理の秘所。
二本の指でそこを開けば、淡いピンク色の肉襞が既にとろみを帯びた状態で待ち受けている。
まさしく楽園(エデン)。
「綺麗だ…………とても………」
飾り気のない称賛を告げる。
身を焼き尽くすような興奮に、清四郎の喉仏が上下した。
「み……見ないで…………お願い……」
そんな弱々しい懇願すら聞き入れられない。
それどころか彼は、吸い込まれるように顔を埋め、耳を塞ぎたくなるほど淫らな湿音を立て、しゃぶり始めたのだから。
「ひぃ……んっ!!」
目を疑う光景に頭が眩む。
膝に絡まっていたショーツが抜き取られ、二本の脚を大きく開いたそこで、彼の黒い頭が上下し始めると、悠理はとうとう呼吸を忘れた。
━━━清四郎がおしっこするとこ、舐めてる!!
厳密には違うのだが、貪欲な舌は確かに悠理の全てを舐め啜っている。
そう、甘い香り漂う粘膜の全てを。
清四郎は基本潔癖だ。
過去の女性経験においても、積極的にクンニをしようと思ったことはない。
素性も知らぬ相手にそこまで濃厚な愛撫はしたくないし、何より病気が怖かった。
もちろん避妊具の装着は徹底していたし、定期的な性病検査も陰ながら行っている。
これらは女性へのエチケット。
強いては自分を守るためでもある。
しかし、悠理に対しての清四郎は違った。
ありとあらゆる愛撫をほどこし、感じさせ、トロトロになった彼女の中へ、剥き出しの肉茎を打ち込みたい。
そんな野蛮性を帯びた行為が思い浮かぶ。
柔らかい肉を激しく擦り立てて、奥の奥まで自分の匂いを染み込ませ、最後の一滴まで吐き出したい。
━━━それは、なんと甘美な誘惑なのだろう
清四郎はこの時、完全に勃起していた。
冷静さを取り繕うことなど出来ないまま、激しく。
婚約が決まった時には想像もしていなかった事態。
しかし今、彼の心を占拠しているのは、悠理を確実に自分の物にしたいという熱望。
二人して引き返せない場所まで、ただひたすら突き進むことだけだ。
「や………やだ…………ぁあ………なんか変になる………!」
執拗な舌に追いたてられるよう責められ、悠理は初めての感覚に戦いていた。
悶え苦しみながらも、混じり出した甘い痺れが彼女を狂わせる。
そんな声を聞いた清四郎は、まだ小さくも幼い花芽をそっと唇で挟んだ。
そこは何処よりも敏感な場所。
優しく左右に揺らし、肉厚な舌の上で転がす。
「ひぃっ………んっ!!」
仰け反る背中。
悠理の肌にミストのような汗が滲む。
もちろんそれは清四郎とて同じ。
しかし彼はまだ、一枚の服すら脱いでいなかった。
「やっ!も、やぁーー!!!」
脳内が白くショートし、喉の奥から絞り出される絶叫。
悠理は弾けるよう腰を上下に揺らすと、初めてのエクスタシーに一筋の涙を溢した。
・
・
・
とろんと崩れ落ちた身体が、濃色のシーツに沈む。
彼女の目には、清四郎が裸になっていく様子が映されていた。
何度も触れたことがある、その肩や背中。
逞しさは道着の上からでもはっきりと分かっていた。
彼は男。
それも、自分より強い男だ。
長年、武道で鍛えてきた身体は、悠理が憧れる肉体美を完璧なまでに備えている。
張り詰めた胸板。
見事に割れた腹筋。
背中には美しい肩甲骨が浮かび、柔軟な筋肉で覆われている。
「そんな風にマジマジと見ないでくださいよ。」
男も照れるのか━━
悠理は動けぬまま、くすっと笑った。
あれから立て続けに三回の絶頂を味わった彼女は、すっかり腰が抜けている。
今、自分が裸を晒し、足をだらしなく広げているのも気にならないほど、清四郎に全てを知られてしまっていた。
三度目は、彼の顔に腰を擦り付け、早くイキたいと懇願までしたのだ。
もう、何も怖くはない。
下着から解放された男のシンボルは、美しい姿をしていた。
真上へとそそり立つ見事な肉茎。
呆然と見つめる悠理の視線に、清四郎は苦笑いする。
「怖いですか?」
「ううん………」
幼い頃、父や兄と温泉に浸かったことは何度もある。
なのでそれは見慣れたものだったのだが、もちろんこんな状態は初めてで━━━
「なんか、ピクピクしてる……?」
「ええ。早くおまえに入りたくて、疼いているんです。」
彼は素直な思いを吐露する。
取り繕うこともしない。
「…………いいよ、も、入れて。あたいの躰、気持ち良いか分かんないけど………」
清四郎が与えてくれたような快感を返せるか、わからないけど……。
清四郎はそんな言葉に目を瞠る。
健気な言葉だが、どことなく卑屈だ。
「馬鹿なことを言うんじゃない。おまえは、これから痛みに耐えなきゃならないんだぞ?」
「げっ!痛いの!?」
「そりゃそうでしょう。コレが入るんですよ?いくら濡れているとはいえ……無痛では済みません。」
「う、うーん。歯医者さんで虫歯つつかれるくらい?」
「………さあ?経験がないのでなんとも。」
本当はもっと痛いのだろうが、そこは敢えて口を閉じた。
「出来るだけ優しくして?」
「ええ………」
頭を過ったのは、財布に隠されたコンドーム。
彼はベッドに膝をつき、美しく伸びる脚へキスを落としながら、試す意味で尋ねた。
「悠理……」
「なに?」
「万が一、子供が出来たら………生んでくれますか?」
「へ!?」
「いや………駄目だろうな。おまえにはまだそんな覚悟はないだろうし……」
百合子夫人ならきっと大喜びしてくれるだろうが、彼女はそうもいかない。
清四郎は再び身を起こすと、サイドテーブルに置かれた財布に手を伸ばした。
━━━こんなことなら、箱ごと持ってくるべきだったか。
梱包された二つの袋。
彼は悠理にわからぬよう、後悔の溜め息を吐く。
心赴くままに貪るのは、流石にルール違反だ。
いくら相手が婚約者とはいえ……
そう自分を納得させていると、背後から呑気な声がかかる。
「そりゃあもし、出来たら産むよ?」
「は?」
「エッチって、基本子作りのことだろ?」
清四郎は耳を疑った。
確かに大前提として、子供を作る行為ではあるが、心と体を通じ合わせる大切な儀式でもあり、もちろんただ単に快楽を求める娯楽でもあり━━━
「それはそうですが………………いや、やはり
着けます。」
迷った挙げ句、彼は薄い膜越しに悠理の中へと身を沈めた。
・
・
・
それは静かな始まりだった。
清四郎は自分が柄にもなく緊張していると知っていた。
もしかすると悠理よりも深く。
彼女は真っ直ぐな瞳で見上げてくる。
そして清四郎もその瞳だけを優しく見つめた。
「………挿れますよ?」
「う、うん。」
濡れた膣口を軽く擦っただけでも、脳髄が痺れるほど気持ち良い。
震えるような興奮に襲われ、思わず果ててしまいそうになる。
じりじりと押し入れば、歯を食い縛っていた悠理は小さな声をあげた。
それは決して苦痛を感じさせるものではなかった。
愛らしくも、欲望そそる声。
そんな声を聞き、清四郎の怒張は限界まで膨らむ。
もう僅かな油断すら出来ないほどに。
しかし、彼女の胎内はさらに甘美なもので、きつくありながら、うねるように彼を締め付ける。
ぬるぬると擦りたてれば、悠理は掠れた喘ぎを漏らし、その柔軟さをまざまざと伝えてきた。
「大丈夫か?」
「う…………うん。せぇしろは?」
「はぁ~・・・このまま気絶したいくらい、気持ちいい。」
「………ば、バカ。」
二人同時に笑った後、男はゆっくりと前後の抽送を繰り出し始める。
悠理は粘膜が焼けるような感覚の中、必死で清四郎の背中にしがみついた。
汗に濡れた肌を重ね合わせ、ただただ揺さぶられながら快感を求める。
「あっ……………!」
思いがけないその瞬間。
奥の、ほんの僅かな場所に、清四郎の先端が触れた時、身体の中心をピリリとした甘い刺激が走り抜けた。
「悠理?」
「う、ううん!」
慌てて首を振るも、彼には全てお見通し。
「ここが感じるのか?」
「…………わ、わかんないよぉ。」
「なら………」
彼は嬉しそうに微笑むと、腰をガシッと掴み、ゆっくりとその場所を捏ねるように擦り始めた。
「あ、あ、あ………そこ、や、やだ!!」
「気持ち、良いんでしょう?中がきゅうきゅう締めていますよ。………はぁ、僕もすごくいい。悠理がやらし過ぎて………我慢出来そうにない。」
どうやら限界はすぐそこにまでやって来ているらしい。
淫らな腰付きが徐々にスピードを上げていく。
「あ………ぁ、そんな速く………しないでぇ!」
快感の涙を流しながら、悠理は顔を左右に振った。
グチャグチャと淫猥な音を立てているのは二人の繋ぎ目。
濡れて交わるそこが、信じられないほど気持ち良い。
悠理は、着実に迫り来る未知の世界を、必死に手繰り寄せようとした。
「あっ、あっ………やぁだぁ!なんでこんなに気持ちいいのぉ!?せぇしろぉ!!」
そんな叫びを聞いた清四郎は、ぐっと奥歯を噛み締める。
やらしくて、可愛くて、悠理の全て食べ尽くしたくなる。
「く………そ………駄目だ!もう…………」
それは初めてのことだった。
女よりも先に達するなんて、プライドが許さないはずなのに。
今はその甘やかな誘惑に勝てそうもない。
再び前後に動き始めた腰が、乾いた音を立てる。
優しくしてやりたい。
激しく責め立てたい。
せめぎ合う感情。
「悠理!もっと声を聞かせろ!」
「やっやぁ………あぁーーー!!」
「っく……………!」
清四郎の背中に彼女の爪が食い込む。
悠理はそれが絶頂であると理解していた。
と同時にドクドクと脈打つ逞しい杭が、彼女の奥深くで役目を終え、お互い全力疾走したかのように息を切らしながら、余韻に浸る。
「………すごいな………全部持ってかれた。」
彼は年相応の笑顔と言葉で、悠理に呟いた。
額に汗しながら、いつもの不遜な態度を引っ込め、何の含みもなく笑う姿。
胸がときめく。
「それって………気持ち良かったってこと?」
「ああ。こんなにも感じたのは初めてだ。悠理は?」
そんな素直さにつられ、悠理も照れずに答えた。
「……………頭がぼーっとする。」
「………そうだな。」
清四郎が離れたのは、たっぷりと時が経ってから。
それでも名残惜しいのか、何度も抱き締め、キスをする。
「もう、僕のものだ。」
「清四郎も、あたいのもんだよ。」
たった一度のセックスが、こんなにも心を繋げるとは思いも寄らなかった二人。
清四郎はシャワーを浴びるため、悠理を抱え、立ち上がる。
「一生、側にいてくださいね?」
「……………うん!」
示し合わせたように笑う彼らは、ようやく恋の本質を知ることとなったのである。