恋はままならず〜扉〜の続き
ほんのりR作品
夢、だろうか。
───いや、夢だとしても問題ない。
彼女の香りが鼻腔を擽り、
彼女の寝息が肌に降りかかる。
ほんのり伝わってくる体温。
絡み合う足先。
ふわりと広がる髪が、
頭の重みが、
この腕に感じられる。
閉じられた瞼と、カールを描く長い睫毛。顔のパーツを一つ一つ確かめていると、その欠陥のない美しさに目が奪われる。
────美人だ。
どこをどう切り取っても。
深く眠る彼女は、童話に出てくるお姫様そのものだった。
まるで自分が王子様になったかのような、いや、さすがにそれは言い過ぎか。美童あたりならそんな役柄も似合うのだろう。
前髪を掻き上げ、美しい額に口づけを落とす。まるで目覚めを促すかのように。
初めて結ばれた後、ぐったりした悠理をバスルームに連れていき、お湯に浸からせた。
疲労困憊。
満身創痍。
体力自慢の彼女がこんな風になるとは、己の獣じみた性欲が恐ろしかった。
「せいしろも‥‥入る?」
枯れた声の原因も全て僕にある。そう解っているからこそ、腹の底から喜びがこみ上げた。
「おじゃましますよ。」
さすがはスイートルーム。湯舟は二人が入っても充分の広さだった。彼女の誘いを受け、迷うことなくお湯に浸り、背中から抱きしめる恰好で髪が張りついたうなじを眺める。
細くて綺麗な其処へ何度も唇を落とし、やがて自然の成り行きとばかりに胸を揉みしだいた。
「あっ‥‥!」
敏感に尖った先端が紅色に染まっている。
何度もしゃぶり、
何度も吸いつき、
何度も甘噛みした。
性感帯を一つ一つ開発していく喜びは何物にも代えがたい。
全て自分の手で開かせ、欲情に溺れさせる。この体の所有者は自分一人とばかりに。
気付けば悠理の尾てい骨に、またしても猛った性器を擦りつけていた。
どうも抑えが利かないらしい。
甘い嬌声に誘われ、柔らかな肌に酔わされる。
そうして血走っていく性欲を、僕は止めるつもりもなかった。
「悠理‥‥‥‥好きだ。おまえが欲しくて堪らない。」
わかりきった告白はもう何度目だろうか。
初めて繋がる前も、それはまるで呪文のように繰り返された。
その都度、彼女は頬を染め「言い過ぎだって‥‥」と照れまくる。
僕としては、そんな言葉を告げることが出来る今の状況こそ、一つの奇跡だと考えていた。
ずっと欲しかった女と想いを交わし、自分の心を投げ出せる喜びに満たされる。
そして、コントロール失った感情のままに、彼女の全てを奪うことが出来るのだ。
これ以上の幸せはなかった。
「また、すんの?」
恐る恐る‥‥と言った様子の悠理にこくりと頷き、湯の中で柔らかくなった粘膜を探り出す。
可愛い彼女の美しい性器。
この先何度も、それこそ数え切れないほど味わいたい場所だ。
「痛むか?」
「そこまででもないけど‥‥」
落ち着かないのは男の硬い性器に慣れていないから。もじもじと動く腰に、男はよりいっそう煽られるとも知らず……。
「挿れていいんですね?」
ゆっくりほぐしながらうなじに嚙みつくと、彼女は諦めたように首を縦に振った。
「ん……ぁ!!ちょっ、深いってば……!」
浮力でさらに軽くなった上半身を持ち上げ、あたりをつけ一気に挿し込む。腰が溶け、脳天を刺激する抗いようもない快感。
それはあまりにも深く強烈なものだった。まるで麻薬に冒されたような興奮が滲み出す。
彼女の首に噛り付きながら、
胸を揉みしだきながら、
腰に腕を回し上下に揺さぶると、悠理は徐々に甘い声を出し始めた。
「あうっ…あっ!やだ……こんなの……」
「いや?本当に嫌なのか?」
加減を調整しながらも、膣の深い部分、それこそ子宮の入り口をノックするようにピストンする。
生ぬるいお湯に浸かり、生ぬるいセックスを楽しむ。
その現実が堪らなく興奮した。
白い世界に二人閉じ込められたかのように、ただただ互いを貪り尽くしたい。
「悠理、悠理…………おまえは最高だ。」
恋が、
愛が、
体の感覚に直結するなんて信じていなかった。
だが今、僕が体感しているこの快楽は、悠理からのみ与えられるもの。
彼女の声彼女の肌彼女の涙それら全てに煽られ、血が滾る。
一刻も早く、この女に自分の全てを刻みつけたいと願う野心。
それは雄の本能とも呼べるものかもしれない。
「せぇしろぉ……!」
コリコリと小さな粒を捏ねてやれば、呆気なく天国へと旅立っていく。
その後を追う忘我の絶頂に抗うことは出来ず、僕は悠理の中に全てを注ぎ込んでしまった。
──────
ゆっくりと瞼が開くその瞬間、彼女の唇を軽く吸う。
視界いっぱいに僕の顔があることに戸惑い、けれど嬉しそうに微笑む悠理。
例えようもない幸福感が二人を包み、また一つ彼女との絆が増えたことに新鮮な歓びを感じた。
「おはよう……」
「おはよ……」
記憶が甦ったのか、恥ずかしそうにシーツを引き寄せる悠理をそれごと抱きしめ、確かな実感を得る。
この女はもう僕のもの。
誰にも触れさせない、決して。
爽やかな朝に似つかわしくないどろついた独占欲を、薄い笑みで隠しながら、僕は悠理の淡く染まった頬に唇を寄せた。
「なんか、あちこち怠いんだけど。」
「初めてですからね。」
「……まあ、そうだけど、こんな風になるんだなって……」
「マッサージしてやりましょうか?」
「……どうせスケベなやつだろ?」
「いい勘してますね。」
シーツを剥ぎ取ろうとすれば、すかさずその手を封じられる。
「今日は、もうダメ……」
「本当に?……もっと深い快楽を教えてやれますけど?」
そんな男の欲望を見透かす彼女は、ちょっと照れくさそうに首を横に振った。
「こ、こういうのはちょっとずつでいいんだ。」
「どうして?」
「あんまり先に進んじゃうと、気持ちよすぎて……嵌っちゃいそう。」
それこそが男の思惑ですよ───と言いたかったが、グッと堪えることに成功する。
僕の身体に、そして性技に溺れ、深い愛に沈没してしまえばいい。二度と抜け出せないその坩堝で、ドロドロに溶けてしまえばいい。
「ま、おまえの言い分は解りました。慌てずゆっくり進んでいけばいいんですね?」
「そういうこと……かな。」
見つめ合い、笑い合う。
互いを尊重する事はこれから先の2人に必要だ。
シーツの上から抱きしめ、キスを求めると、おずおずと唇を差し出してくる悠理。
これだけでも充分に心が満たされる。
重なり合った気持ちが、最高の充足感を連れてきてくれる。
しかし彼女は気付いていない。
キスの延長線上にある性的刺激を──
すればするほど、スイッチをいれるのは簡単になる。
そう……彼女の中で眠っている欲望を呼び覚ます事は、今となってはそんなに難しいことではないのだ。
(でもまあ、今はこれで……。思いのほか積極的だと判りましたからね。)
寝起きの温かな体を抱きしめ、悦に浸る。
貪欲すぎる想いが膨らむ中、それでも僕は彼女の高ぶる心音を優しく聴き続けた。