夜に惑う(熱夜:R)

 

 

“酒豪である”、と自負しているつもりだ。
滅多なことでもない限り、酒にのまれたりはしない。
騒ぐだけ騒いでスカッと眠れば、朝はすっきりいい目覚め。
食欲すら減退せず、通常モードで三杯飯を食らう。
だからこんなにも長く、ふわふわと宙に浮いたような酔いが続くなんてことは、初めての経験かもしれなかった。

 

ひんやりとした何かがおでこに触れ、悠理はうっすら目を開いた。
いまだ重力を感じない身体は、それでも気持ちのよいシーツの上に横たわっている……と、皮膚の感覚が告げている。
ぼやけた視界がやがてクリアになってきて、必死で焦点を合わせれば、心配そうに覗きこむ男の顔。
それは悠理が誰よりも側にいて欲しいと望んだ、清四郎本人だった。

「ずいぶんと無茶な飲み方をしたんですね。少し熱があるようですよ。」

冷えたタオルがおでこに押しつけられていると判り、声を出そうとするも、強いアルコールにやられた喉はヒリヒリと痛む。
それに気付いた清四郎が水を差し出し、コップを受け取ろうと身を起こす悠理だったが、上半身は力なく崩れ、自然と男の胸へ倒れ込んでしまった。

「おっと………」

その時、気付く。
清四郎がバスローブ姿であることを。
風呂上がりのような少し湿った肌が悠理の頬に触れ、彼の体温を直に感じ、ドキッとさせられる。
滑らかな肌。
鍛えられた胸筋は鍛錬の賜物。

ここは何処だ?と頭を持ち上げ、尋ねると、「ホテル、ですよ。」と微笑を浮かべながら彼は答えた。
ようやく水を半分ほど飲み、置かれた状況を思い出そうとする。

そうだ。
確か早太にタクシーに乗せられて、行き先も分からぬままここにやってきたんだ。
車から降りると、どういうわけか清四郎が声をかけてきて。
あたいは…………

恥ずかしさからか、脳がそれ以上思い出すなとストップをかける。

「でも………なんでおまえがここにいるんだ?」

「まあ、それについては色々ありまして………」

悠理が知りたがっている事を簡潔に説明した清四郎は、目をぱちくりさせる彼女の髪をそっと撫でた。

「………彼には申し訳ないことをしましたが、おまえを譲る気にはなれなかった。」

「そ、それって……」

彼の言葉は、悠理にとって飛び上がらんばかりに嬉しいものだ。
清四郎への気持ちを気付かされたばかりの悠理だが、まさか両想いだなんて、天と地がひっくり返ってもあり得ないだろうと思っていた。
自分は女とすら認識されていないはずだったのだ。
玩具扱いされることには慣れているが。

「どうやら、互いの気持ちは同じようですね。」

清四郎の唇を見つめながら、悠理はゴクリと喉を鳴らす。
やたら、男を意識させる視線。
胸はドキドキ、目頭も熱い。
早太の時は、むしろ嫌悪感すらあったのに、清四郎にはちっともそれを感じない。

感情(こころ)が違うと、ここまではっきり身体に表れるのか………

のぼせた頭でもその違いを理解できた悠理は、そっと彼の言葉に肯いた。

「あたい……知らなかったんだ。おまえのことが好きだったなんて……」

早太に唇を奪われた時、清四郎の名を呼んだ。
魅録でも父親でもなく、清四郎の名だけを。
助けてほしい、そう願ったのだ。
他の男に汚される自分を救い出せるのは清四郎だけだと信じて………。

「僕もついさっき、気付いたばかりですよ。おまえを他の男には渡したくないと強く感じてしまった。………彼の腕に抱えられている姿を見て、殺意が湧くほどに、ね。」

頭にあった手が、耳の横をくすぐり、頬をなぞった後、顎を摘まむように持ち上げられた。

視線が深く絡み合う。
こんな間近で、
こんな熱い視線で、
見つめ合ったことは、
過去一度も……無い。

「悠理………僕の恋人になってくれますか?」

恋人、というワードが気恥ずかしさを呼ぶも、悠理は思いのほか素直に首を縦に振った。
否定する必要がなかったからだ。

近付いてくる男の顔がほんのり紅色に染まっていると気付いたのは、唇が触れた後のこと。
密着した口と口が、早太との記憶を消すように深みを増してゆく。

─────うわぁ。あたい、清四郎とキスしてるんだ

信じられない状況だが、ちっともイヤな感じはしない。
むしろ喜びすらこみ上げてくる自分が不思議で仕方なかった。

片方の腕が悠理のふらつく体を抱きしめると、清四郎はそのまま覆い被さり、ベッドへと押し倒した。
唇は密着したまま離れない。
息をしようと少しだけ口を開けたところ、清四郎の熱い舌がやんわりと忍び込み、戸惑う悠理のものに吸い付いた。

「んっ……っん……っ!」

未体験。
他人とこんな風に絡み合うなんて、想像も出来なかった。

及び腰な悠理は酒に冒された体で必死に抵抗を試みる。
だが清四郎は逃がさない。
頭の後ろを支え、己の身体全体で悠理の抵抗を防ぐ。
口の中のあらゆる粘膜を音が出るほど舐めしゃぶり、じわじわと快感を引きずり出してゆく。
嬲られ続ける舌が行き場を失い、もはや震えるだけとなっても、清四郎は悠理の口から離れようとはしなかった。

ピチャ………クチュ………チュル……

溢れそうなほどの唾液を啜られながら、頭は朦朧としている。
想像を遙かに越えた清四郎のいやらしさを、まざまざと見せつけられているのだ。
抵抗する気力を奪われ、目が熱い涙で潤む中、何故か下半身は疼いている。
否応なく広がっていく快感のさざ波。

ようやく長すぎるキスが終わった時、悠理はピクリとも体を動かせずにいた。
無論、酒のせいではない。

二人の間に透明な糸が引かれ、清四郎は親指の先でそれを拭き取る。
そんな男らしい仕草を、脱力した悠理をただただ見つめる。
遂にバスローブをはだけた彼は、引き締まった美しい躯を露わにし、悠理の服に手をかけた。

「せ、清四郎………まさか……」

「なにが、“まさか”なんです?もちろん続きがありますよ。僕たちは恋人同士になったわけですし。」

「んな馬鹿なっ!」

と言っても、馬乗りになられた上、力が抜けきった状態では逃れようもない。
加えて、まるでハンターのような清四郎の目に捕らわれ、悠理は完全に萎縮してしまっていた。

「悠理………」

再び近付いてくる男の顔。

「痛くなどしない。優しくしますから。」

目の奥には獰猛な光が宿っているくせに、声色だけがベルベットのように柔らかい。
意識が絡め取られ、まじないをかけられたように大人しくなってしまう自分がいる。

─────逃げられない

腹をくくるしかないと悟った悠理は、静かに瞼を落とした。
心は嵐のごとく荒れていたが………

 

 

「あっ………!やっぁ………ん!」

これは誰の声だ?

甘ったるい、鼻から抜けたような声。
自分では止められない嬌声に、悠理の頭は俄に沸騰し始めていた。

清四郎の愛撫は執拗で、二度目の濃厚なキスが始まってからは、身体の至る所を指先で刺激された。
服はすっかり脱がされている。
いくら薄明かりの中とはいえ、シーツの上で裸を晒す恥ずかしさは言葉にならないものだった。

「ひぁっ………もぉ、やだぁ………」

小さな胸が彼の舌で舐め回される。
丹念に先っぽを吸われれば、ビリビリと電流が走り抜け、下半身がぐだぐたになる。
太股がひんやりしているのは、自分のあそこから出たものに違いない。
僅かな抵抗すら出来ない状況で、悠理はただひたすら清四郎の手によって感じさせられていた。

にしても、先ほどから無言でむしゃぶりついている。
恥ずかしすぎて相手の顔など見ていなかったが、さすがに様子が気になり始めた。

悠理がそろっと目を開け見下ろすと、額に汗する清四郎の表情からは一切の余裕が失われていて、それはまるで思春期の少年のようにも見えた。
普段は見せない情熱を孕んで。

うそだろ、清四郎。
あたいの体なんかに、そんなにも必死な顔すんなよ!おまえらしくもない!

悠理のうるさい視線に気付いた清四郎は、野獣めいた眼光を隠そうともせず、またしても胸の先端に音が鳴るほど吸い付いた。

「ひゃあぁぁ……!」

反り返る体が何度も痙攣する。
腰をしっかり抱えた清四郎の腕の中、どろどろに溶けていく羞恥心。

胸から臍へ。
やがて熱を持った器用な舌はあり得ない部分へと到達した。

「だ、ダメだ!そこ………うそ………や、あ、ぁぁ…………」

絶望に酷似した着地点からは、経験したことのない強烈な快感が生まれる。
湿った音が容赦なく耳に飛び込んできて、悠理はこのまま意識を失ってしまいたい気持ちにさせられた。

「甘い………」

小さくそう呟かれた声も、ろくに届いていないのだろう。
びくつく体が何かに追い立てられるよう汗を吹き始め、ぞくぞくと駆け上がる快感に脳が支配されてしまう。

「あああッッッ……んん!」

慌てて口を手で押さえたものの、間に合わない。
清四郎の口の中で小さな蕾が硬く尖り、甘噛みと共に吸引されてしまったのだ。

初心者には荷が重い。
初めての絶頂はあまりにも激しく、全身がひくひくとのたうつ。
とろとろと流れ出す愛液が清四郎の舌で啜られていることにも気付かぬまま、悠理はただひたすらに喘ぎもがいた。

「ずいぶんと……感じてくれるんですね。」

身を起こした清四郎は満足そうに微笑んでみせる。
見たくなくても目に飛び込んでくる男の象徴。
硬く反り返るその力強いモノは、フェロモンをまき散らすかのように雄々しかった。

「僕ももう、我慢出来ない……」

掠れた声。
喉がカラカラなのはお互い様か。

どこから取り出したのか避妊具を手にし、それを被せる姿を見た悠理は二度目の覚悟を決めるしかなかった。

「せ、清四郎………」

「なんです?」

「………………痛いのヤダかんな。」

「………ええ。」

余裕はなくとも、清四郎には悠理を労る気持ちがある。
初めて恋をした相手だ。
出来る限り優しくしたい。
気持ちよく一つになりたい。

濡れそぼった場所に擦りつけながら、口付けを求め、緊張をほぐしてゆく。

「好きだ………」

口の中で告げられた愛は、悠理の体をじわりと開かせた。

ゆっくり、ゆっくり、清四郎が入ってくる。
異物感と共に、背中を走り抜ける甘い痺れ。そしてすぐさま全ての産毛が逆立つような錯覚が起こる。

「は……ぁ………っ……あぁ!」

押し出された声はやたらと甘く、男の興奮を増長させた。

─────夢みたいだ。

悠理と繋がりながら、清四郎は現実的ではない快楽に溺れていた。
細い身体に覆い被さり、彼女の全てを貪り尽くす。
以前から抱えていた、無茶苦茶にしてしまいたいという情動を必死に堪え、優しく丁寧に愛撫を施し、悠理の体を解した。
光彩放つ美しい瞳が涙で濡れているのは可哀想だが、それでも止められない。
一つになることがこんなにも甘美だなんて、清四郎自身味わったことのない経験だった。

グッと深くまで押し込んだ後、破瓜の衝撃に耐える悠理の涙を唇で拭う。

「痛みますか?」

「…………思ったよりは………イタくない。」

「良かった。おまえの体は柔らかくて、とても気持ちがいい。最高の気分ですよ。」

蕩けるような笑顔でそう告げられ、悠理は胸を撫でおろした。
どうやらこんな薄い体でも彼は満足してくれているのだ、と。

「動いても良さそうですか?」

「……別に、いいけど………あっ……!!」

上半身を力強く起こした清四郎は悠理の腰を掴み、持ち上げ、ゆっくりと揺さぶり始めた。
小刻みに抉るような動きで胎内を掻き回す。
悠理の反応をつぶさに確かめながら。

「やっ……あっ…ぁっ…それ……だ……め………ひぁ……っ!」

思考が根こそぎ奪われる。
経験したことのない痺れが襲い、清四郎の体に取り込まれてしまいそうな感覚を覚える。
あの大きくて長い物体が、自分の中で自由に蠢いていることが不思議で仕方がない。

これって、気持ち……いいのか?

揺れる体が発熱し始める。
硬くていやらしいもの。
清四郎の器用な腰使いもまた、未知の領域だ。

異物感の他に明らかな心地よさが混じり始め、悠理の声はどんどん甘さを増していった。

「あぁ……っ……せぇしろぉ……あぅ……!」

それを聞いた男のモノが膨らみを増す。
張り出した先っぽが、体の一番奥にコツコツと当たる度、悠理は快楽の刺激をまともに感じてしまい、首を激しく振った。
喘ぎ声は止まらない。
もう何も考えられない。

速まる腰の動きが摩擦を加え、溢れ出す愛液がよりいっそう滑らかな動きを助ける。
清四郎は乱れる悠理を見つめながら、自身の限界をすぐそこに迎えていた。

「ゆうり………っ!」

細い足が清四郎の腰へと絡みついた瞬間、鳥肌が立つほどの射精感が襲い、膣内の最奥で白濁を飛ばす。
思考を遮る恍惚感。
それは過去のどんな行為よりも深く甘い陶酔をもたらした。

 

呼吸が整うや否や、清四郎は悠理を抱き起こし、涙に濡れた瞼、そして艶やかな唇にキスをする。
脱力した体は余韻にこそ震えてはいるが、決して辛そうではない。
しっとり湿り気を帯びた肌は艶めかしく、とろんと落ちた瞼が清四郎の欲を煽った。

「風呂に入りますか?」

「………うん。」

軽々と抱き上げ、バスルームの扉を開く。
湯気が立ち上る浴槽に身を横たえられた悠理は、丁度いい湯加減に思わずため息を吐いた。
ラベンダーの香りがする湯。
興奮続きだった神経がじわりと凪いでゆく。

一人洗い場で汗を流し始めた清四郎の体を改めて見ると、本当に鍛えられているんだと解る。
背中も腕も正しい筋肉の付き方をしていて、引き締まった臀部においてはどことなく色っぽさが漂っていた。
当たり前のことだが、清四郎は男だ。美しくしなやかな雄の獣。

「悠理、痛みは?」

「ちょっと……だけ、しみる、かな?」

ふっと頬を緩ませるその表情は、先程よりずっと彼らしい。

ひとしきり洗い終えた後、清四郎は当たり前のように浴槽へと足を踏み入れる。
悠理はまさか!と驚いたが今更どんな抵抗をしても無駄だと分かっていた。

いくら余裕があるとはいえ、二人も入れば密着度が高まる。
無論、最初から企んでいたに違いないが。

「僕はまだ………足りません。」

背後から抱きかかえられ、お湯の中で伸ばされた手は、まだ違和感の残る場所を優しくなぞりはじめた。

「んっ!!………ちょ、またすんの?」

「挿入はしませんよ。ただおまえを感じさせたいだけです。」

悠理に快感を植え付け、女としての悦びに目覚めさせるための夜。
自分の快楽などよりも、当然それが優先される。

他の野良犬などに懐かぬよう、しっかり躾しなくては………ね。

そんな固い決意を胸に、清四郎は腕の中で蕩けていく恋人を、果てなきエクスタシーの海へと誘い始めた。

恋人たちの熱い夜はまだ始まったばかり────

朝は遠い。