※ほんのりオカルト
言い伝えなど、半分は嘘。
半分は大袈裟に脚色された何かで───
だからその村の人間が話し始めた時、僕は「またか」と胸の中でため息を吐いた。
その年の夏。
大学部のオカルト同好会に属する僕は、暇だと喚くいつものメンバーを引き連れ、”とある地方“の過疎村へとやってきた。
40人にも満たない小さな村。
若者たちは皆、都会へ出てしまい戻ってくる気配は無いという。
村の長である“若林秀一郎(わかばやししゅういちろう)”はそうぼやいた。
皆は歩いてきた景色を思い出し、さもありなんと頷く。
村の医療施設は小さな診療所が一つあるだけ。
恐らくは週に二日ほどしかやって来ない雇われ医者を頼るしかないのだろう。
たばこ屋と一緒になったスーパーも品ぞろえが悪く、悠理のぼやきが耳を塞いでいても聞こえてきた。
どこでおやつを調達したらいいのかという不満。
彼女でなくとも不安になるだろうこの寂れた村に、しかし同好会の面々は嬉々としてカメラを構え、早速何気ない風景の撮影に励んでいた。
いったい、どんな話が潜んでいるやら。
一通り村の歴史には目を通してきたが、特にこれといって怪しい話はない。
口外されていないのかもしれないが、彼らがああまでして興味を持つのだから、“何か”あるのだろうと推測する。
「こんな辺鄙な村、事件があっても警察すら来てくれねぇだろうな。さっきから携帯の電波も不安定だしよ。」
「魅録、変なこと言うなよ。来て早々、帰りたくなっちゃったじゃないか!」
「それより、泊まる場所くらい綺麗なんでしょうね?」
「昔は温泉が出たそうですわ。今はほとんど枯渇してしまって、宿も一つしか残ってないみたいですけど。」
野梨子の説明に可憐は天を仰ぐ。
最低限の衣食住で満足できる彼女ではない。
「同好会のメンバーの一人がその宿の親戚でね、噂では鄙びた良い所だと聞きましたが───」
「清四郎、分かってんだろうな!幽霊なんて出てみろ。あたいヘリ呼んで、速攻帰るぞ!今回だってほんとは来たくなかったんだから!」
殺気だった悠理の不満を宥めるのは容易ではない為、何か違うことに意識を向けさせようと考える。
「そういえば、ここから少し行った場所に清流があって、おいしい岩魚料理が食べられるそうですよ。」
「えっ?岩魚!?行こ行こ!まずそこに行こう!」
ある意味感心させられるほど単純な彼女。
そんな悠理の提案に、不安そうだった女性陣もようやく気持ちがほぐれてきたのか笑顔を見せる。
やれやれ───毎度のことながら面倒な連中だ。
僕は首を左右に振った。
「菊正宗君。君にもこのカメラを預けておくよ。」
そんな中、研究会の長、“東雲 勇一(しののめ ゆういち)”が唐突に声をかけてくる。
彼は大学三年生。
東大に一発合格出来る頭の持ち主だが、何故か聖プレジデントを選んだ。
自他共に認める変人だ。
「僕に?」
「ハンディカメラは三つ。僕と君、辻堂君で管理しよう。村の本格的な散策は明日からでいいし、君はあの賑やかな友人達と好きな場所で楽しんでくれたまえ。」
同好会のメンバーは僕を含め八人いる。
それに有閑倶楽部が加わり、計十三人の大所帯で宿を貸し切ることになっていた。
どうせ観光客も来ない寂れた村だ。
占領したところで誰も困らないだろう。
渡された小さなカメラを魅録に預け、のんびり村の小径を歩く。
半日も歩き回れば隅々まで見学できるほどの広さで、わざわざ車を出す必要性も無かった。
人通りは滅多にないものの、古い家屋が立ち並ぶ昔の商店街のような場所には、軽トラに乗った年老いた夫婦が買い物に来ていた。
過疎化
高齢化
労働力の確保
深刻な問題だが解決策は見あたらない。
・
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「せーしろー!この店?」
「あ、ええ。その看板ですよ。」
誰よりも早く小さな目印を見つけた彼女は、「たのもー!」とばかりに古びた引き戸を思い切り開けた。
煤けた紙にかろうじて読める“営業中”の文字。
期待半分で中に入れば、老人の男性がよっこらしょと腰を上げ、にこやかに出迎えてくれた。
席数はざっと見て20ほどだろうか。
木々の温もりを感じる設えとなっている。
外観は見窄らしいが、中は山小屋風の内装で、小さな扇風機が二台首を振りながら生温い風を送っていた。
楢の天然木を用いた大きな座卓を六人で囲むように座り、手書きの素朴なメニューを手に取る。
「わー!どれも美味しそうね。」
「ん~僕、この岩魚蕎麦にしようっと。」
「私もそれにしますわ。」
「俺は岩魚の天ぷら御膳。」
「あたし、岩魚尽くし定食!七品もあるのよ?贅沢だわ。」
「じゃ、僕もそれで。」
「あたいは……………」
じっと考える彼女の横顔はこの上なく真剣だ。
「…………岩魚尽くし定食と岩魚天ぷら御膳!あと、この蕎麦プリンも!」
老人は目をパチクリさせながらも伝票に鉛筆を走らせ、慌ただしく厨房へと消えていった。
「昼間から食べ過ぎじゃないですか?」
「平気だい!」
今さらどう忠告したとて、悠理の食欲が人並みに落ち着くはずもなく───
厨房を一人で回す老人の大変さを思いやりながら、僕は静かにほうじ茶を啜った。
「徳さん!いるかい?」
立て付けの悪い扉を豪快に開け、これまた一人の老人が入ってくる。
「おや、秀ちゃん。腰の具合は良くなったんかい?」
“徳さん”とは、今揚げ物をしている最中のご主人のことで、どうやら二人は親しい仲のようだ。
「おかげさまで、すっかり元通りさ。さすがは“人姫様”。なんでもよー効く。………と、おやまあ!えらく若いお客が来たもんだな。珍しい。」
彼はようやくこちらに気付いた。
「まあ、座りなよ。蕎麦食ってくだろう?」
厨房真横のテーブルに腰を下ろした“秀ちゃん”は、僕たちを舐めるようじっくり見つめる。
「あんたら………東京から来なすったんか?」
「ええ。今日着いたばかりです。」
「やっぱりのぉ。団体さんが“兎月荘”(とげつそう)に泊まるって聞いたで、こんな村に何の用があるんかって、皆で噂しとったんよ。」
訝しげに首を傾げる老人は、それでも興味があるのか、イスを僕たちに近付け話しかけてきた。
果たして、“オカルト同好会”の存在を彼に伝えていいものか。
悩むところだ。
「気ぃ悪くせんでな。秀ちゃんはこん村の村長での。何でも知っとらにゃいけん立場なんよ。」
油の弾ける音に被せ、主人が口を出す。
「まあ、村長さんでしたの。」
「ははは!肩書きだけじゃて。普段はのんびーり魚釣って楽しんどる隠居爺じゃ。」
深い皺が刻まれた目尻。
眉毛も無精髭も真っ白だ。
愉快そうに笑うその老人は、僕たちの目的を穏便に探ろうとしているのか、敵意は見せてこない。
あまつさえ出されたお茶を啜りながら、村の内情について愚痴り始めた。
「若いもんにとって、こんな村は何の価値もないんじゃろうよ。皆、さっさとおんでてしまって、今残っとる村人は全員60以上じゃ。」
「まあ……大変。」
「本当に過疎ってるな。」
「こんなにも自然豊かなのにね。」
「じゃ、あんた移住しなさいよ。」
「え、やだ。ガールハント出来ないじゃないか。さすがに60以上はちょっと、ね。」
「ヒヒヒ……人形好きの婆ちゃんで懲りたんだよな?」
「悠理!イヤなこと思い出させるな!」
じゃれ合う二人を制しながら、僕は村長に尋ねた。
「先ほどの“ヒトヒメ様”とは?」
聞き慣れぬ言葉にどこか禍々しさを感じるも、そういうモノを追いかけてきたのは自分たちなのだ。
ここで情報を仕入れることが出来るなら、それに越したことはない。
「あぁ………“人姫様”は生き仏じゃて。山の麓にある寺に住んでらっしゃるんじゃが、姫様が手を翳すだけで、村人の痛みや苦しみが消えてなくなるんじゃ。」
────生き仏とはまた大袈裟な。
揚げたての天ぷらが次々と並ぶ中、僕はそっと溜息を吐いた。
「“ヒトヒメ”とはどんな字を書くんです?」
「“人、姫”。昔から伝わる、人形に魂を寄せる事が出来る徳の高いお方じゃ。それはもう目を疑わんばかりにお美しくてな。若い男衆ならイチコロじゃわい。」
カッカッカッと豪快に笑う老人は、よほど敬愛しているのだろう。
その生き仏とやらに思わず会ってみたくなった。
一体何歳の姫君やら。
イタコの口寄せも大概が老婆。
期待するだけ損というもの。
人形に魂を寄せる───
あまり聞いたことのない逸話だが、よくよく想像すれば寒気の走る話だ。
魂の乗り移った人形が一体何を話すというのか。
それは本当にあの世の霊なのか?
危険な霊が乗り移ればどうなる?
乗り移った魂を、その姫君は制御できるのか?
現実的ではない、恐らくは脚色された嘘の伝説に思わず虫酸が走った。
どんな魔法をかけ、村人から信頼を勝ち得ているのか。
興味はそそられる。
目の前のご馳走に夢中な悠理は、全く気にしていないようで…………しかし野梨子と魅録は何となく怪しい雲行きを感じていて、天ぷらをつつく箸が重そうだった。
だが、オカルト同好会としてはまたとない話だ。皆も喜ぶだろう。
とはいえ僕は、会長である東雲氏に伝えるかどうかを迷った。今のところ信憑性が薄いからだ。
────もう少しこの老人をつついてみないと解らないな。
意外と手早く用意された料理の数々に舌鼓を打ちながら、僕は村長に寺へと案内してもらう約束を取り付けた。
それが全ての間違いだったと───後から深く後悔する羽目になるが、その時の僕は知る由もない。