同じ温もりで・・・・

私たちの青春

今日は中学最後の授業参観日。
うちの学園は授業を終えると、親と共に昼食会を行う。
保護者は父でも母でも、それ以外の身内でもいい。
広々とした食堂は当然満席。
皆は緊張と興奮の入り交じった顔で、親の横に座る。

「父さんと椿ちゃんはうどんでいいよね?おじさんは?」

甲斐甲斐しく働く悠丞君は、ここ一年で身長も伸び、可愛かった顔も凛々しさを増した。
それは少し寂しいけれど、彼の気持ちが手に取るように解るため、微笑ましく見ている。
一生懸命成長しようとしている恋人に、水を差してはいけない。

目まぐるしい一年が過ぎ───
生徒会長としての役目をほとんど終え、後は後輩へと譲るだけになった私は、クラブ活動も控えめにして、高等部への準備を始めた。
入学してからの希望は一年間の交換留学。
提携しているイギリスの高校でみっちり学べる貴重な経験だ。

留学の枠は男女一人ずつ。
もちろん成績を一番に重視され、その他クラブ活動の評価も大いに関わってくる。

もちろん、この私が悠丞君と一年も離れて居られるわけがない。
だから本音では、彼にもこの枠にチャレンジして欲しいと思ってる。

ここ一年、悠丞君の成績はグンと上がった。 教科によってはトップ10に入ることだってある。
だから決して無謀な挑戦というわけではなく、上手く行けば二人でイギリスに渡れるかもしれないのだ。

たった二人きりで─────

 

「はい、椿ちゃんはわかめうどん。」

「ありがと。」

父様と清四郎おじさまは仲良さげに話をしている。
多趣味なおじさまにとって、うちの父は数少ない相談相手らしく、プライベートでもかなり頻繁に交遊がある。家族同然なのだから当たり前。

もちろん、“有閑倶楽部”のメンバーは、今でも全員が仲良し。
可憐さんと美童さんも世界各国を回る素敵なカップルだし、いつも珍しいお土産が届けられる。
母様にとってもあの二人の日常は良い刺激になるらしい。
懐かしい青春をいつくしむように思い出しながら、彼らとの再会を心待ちにしている。

「しっかし、この二人も来年は高校生か。早かったなぁ。」

「僕たちも老けるはずですよ。」

ちっともそうは見えない彼らがそんな事を言えば、周りの保護者も意識せずには居られない。
きっと世代は同じ。
でも見た目は確実に五歳、いや八歳は若く見えた。

「悠丞も背が伸びたよな。このままいけば180は確実だろ?」

「えー・・どうかなぁー。でも確かに骨が痛いんです。」

「成長期ですからね。あまり痛いようなら薬を飲みなさい。」

「父さんも痛かった?」

「…………そうですね…………初等部の頃には痛みが始まってたかな?」

私たちと同じ年頃には、すっかり大人びた顔をしていたおじさま。
文武両道と名高い上、成長も早かったのだろう。
伝説の生徒会長は人とは違う。

「悠丞君はゆっくりでいいからね。あんまり格好良くなられたら、気が気じゃないもの。」

「椿ちゃん…………♡」

「おまえら………学校でもそんな感じなのか?」

「何かおかしい?」

「いや…………マセてんなぁと思ってさ。」

奥手だった父様には理解されがたいかもね。
母様との初々しいエピソードは何回聞いても笑ってしまうわ。

「確かに───僕たちは幼かったですね。恋いより冒険のほうが心が浮き立った。」

「冒険………つうか、ほとんどが有り難くもないトラブルばっかだろ?」

「ええ、悠理のおかげで学生らしからぬ青春時代を送れました。」

顔を見合わせ笑う二人に、どれほど刺激的な経験が潜んでいるんだろう。
私たちが知っているのはごく一部。
個性的な六人の学生時代にはとても興味があるのだけど───

今は、悠丞君の事で頭がいっぱい。

「私たちはこれからよね?」

目配せすれば、彼も晴れやかに笑い、頷いた。

そう、私たちは私たちの青春を築いていけばいい。
彼らほど刺激的でなくとも、自分たちの足でしっかり地を踏みしめて、後悔しない学生時代を送りたい。
それは悠丞君と一緒なら必ず叶う理想。
どんな困難やトラブルも、彼の側にいれば何も怖くなんかないもの。

「母さん達、今頃ハワイかぁ。美味しいパンケーキ、たらふく食べてるだろうな。羨ましい。」

「女どもは呑気だよな。うちの千秋さんも最近特に若返っちまって、ちっともじっとしてないんだよ。」

「………まあ、義母が先導して計画してますからね。血圧も上がってきているし、そろそろ気を付けた方がいいんですが。」

「いつまでも溌剌とされていた方が、おばあさま達らしいですわ。」

「度を超えてんだよ。あの人たちは。」

父様がぼやく気持ちも分かるけど、私もいつかはあんな年の取り方をしたいと思う。
悠丞君と二人、仲良く長生きしたい。

RRRRRRR

「おっと………失礼、電話だ。」

ポーカーフェイスが崩れる瞬間。
100%の確率で、悠理おばさまね。

「はい…………ええ、済みましたよ。今は食事を…………あぁ、いや、しかし……………………分かりました。伝えます。」

「どうしたの?父さん。」

「“終わったならハワイに来ないか”──と。もちろん子供達も連れて。」

「あいつら、ほんと勝手だよなぁ。」

「行く!僕、行きたい!」

「私も!」

どうせおばさまには敵わない。
この世で最強の女二人が召集をかけたのだ。
私の心はすっかりハワイへと飛び立っている。
悠丞君と南の島!最高。

「分かりましたよ。やれやれ、花清と悠花も連れて行かないと怒るだろうな………」

あら、小姑二人も?

極度のブラコン、過度な独占欲。
それでも私のことは認めてくれているらしく、最近はませた台詞を吐くようになっていた。
近頃の小学生は本当に怖い。

「なら、早めに切り上げますか。」

鶴の一声がかかる。

「え?早退していいの?」

「悠理がお待ちかねなんでね。手配してもらったチャーター機も羽田で待機しているらしいし。」

愛妻家のおじさま、本当に素敵。
悠丞君もいつかはこんな風になるのかしら?

「了解。じゃ、俺も簡単に用意してくるぜ。行くぞ、椿。」

「はい!」

私たちを待ち受ける南の海。
フットワークの軽い彼らの子供で、本当に良かったと思う。

ハワイではもう少しだけ進展出来ればいいな。
親の目を盗んで───ほんの少し。
きっと悠丞君もそれを望んでいるはずだから。