僕のフィアンセ

僕は幸せ者

僕、剣菱悠丞(ゆうすけ)には二人の妹が居る。
もちろん聖プレジデント学園初等部に通っていて、一人は六年生、もう一人はその一つ年下だ。

名前は“花清(かすみ)”と“悠花(はるか)”
───二人とも母、悠理にそっくりの美少女と評判で、どことなく大人っぽい。
とても初等部には見えない顔立ちだ。
余所から見れば確かに可愛い部類なんだろうけど、見慣れた僕にとってはあくまで普通。
むしろ母のクローンが居るようで、落ち着かない。
剣菱家の騒がしさは間違いなくこの女三人によるもので、隠居した祖父母すら月の半分はハワイに逃げている。
とても賢い選択だと思う。

二人の妹たちは好奇心旺盛。
いつも何か面白い事件を求め、彷徨っている。
それを両親の友人達は『間違いなく母親の血だ』と笑うけれど、見ている方はたまったもんじゃない。
父さんはそんな娘達を半ば諦めたように見守っているが………きっと昔の母さんを思い出してるんだろうな。

血は争えない、なんて思いながら。

父の子供の頃に似ている所為か、母はいつも僕をからかってくる。
本人は可愛がってるつもりらしいが、そうは思えない部分も多々あったり。
たまにチクチクと過去の仕返しをしてくるから堪らない。

「ほんと、清四郎にそっくりだよな、おまえ。」

「ならもっと優しくしてよ。」

「弱っちい男は、息子だなんて認めないぞ?」

何かにつけ父さんと比べられる身にもなってほしい。
確かに僕は弱くて、頭もそこそこだけど、クラスの中では割とモテるほうなんだぞ?
それはもちろん『剣菱の跡取り』ってレッテルの所為かもしれないけど、父さん似の顔はやっぱ女の子受けするんだ。
最近の風潮として、“優しい男”は高評価を得ることが出来るし、校則違反もしないから先生からも可愛がられてる。
そりゃあ………父さんと違って、尊敬されることはあまりないけど………


「「悠君!ただいまー !」」

ようやく妹たちのご帰還だ。
学園の後、合気道や空手の道場に通っていて、いつもテンション高めに帰ってくる。

「お帰り。」

満面の笑みで駆け寄ってくる二人は、僕の腕にしがみつき、リビングのソファへと促した。

「帰り道、銀座で“ナポレオンパイ”買ったの!」

「悠君の分もあるよ!」

底なしの食欲も母譲り。
後に続くメイドが苦笑いしながら、大きなトレーを運んできた。
たくさんのイチゴが乗ったホールケーキが四本も並んでいる。
見てるだけで胸やけするレベルだ。

「よぉ、お帰り。」

匂いを嗅ぎつけたのか、プールで泳いでいた母さんも顔を覗かせる。
とても40前とは思えないスタイルは、毎日10キロ近く泳いでいる所為だろう。
白いビキニにふわふわのバスローブを纏い、ソファにどっかり腰掛けた。
年頃の青少年としては、目のやり場に少々困る。

「「ママ!ただいま。ね、早く食べよう!」」

シンクロする娘達の頭を愛しそうに撫で回す姿は、まるで姉のようでもあり…………
年齢詐称してない?───と思うほど、若々しい。

「ん?清四郎の分は?」

「パパにはガトーショコラがあるよ!」

「よしよし、偉いぞ。ならナポレオンパイは四人で食べ切っちゃおう!」

「僕は小さい一切れで良いからね………」

と言う間も無く、彼女たちはまるで野獣のように食べ始めた。

きっと僕の分なんて残しちゃくれないな。

溜息を吐きながらも、そんな三人を見ていると何となく幸せな気分になる。
母を心から愛する父さんも同じなんだろう。
裏表のない彼女たちは、毎日を明るく楽しく生きている。
そしてその元気を周りに分け与え、些細な悩みなんかどうでもいいって気分にさせてくれるんだ。

「「悠君、ほら、あーんして!」」

二つのフォークを伸ばされた僕は、間違いなく幸せ者。
サクサクのパイを頬張りながら、この先も続くだろう甘い生活をしみじみと噛みしめた。