the fatal day(R)

「ねえ、ママ。あしたはママだけしか来ない?」

「んなわけないだろ。パパもじいばあも来るぞ?」

「え?パパも来る??」

「あったり前だろ!その代わり、今日は遅くなるって言ってたけどな。悠歌(ゆか)は早く寝ろよ?」

「うん!」

聖プレジデント学園への入学を控えた夜。
悠理の腕に掴まりながら天使のような笑顔を見せる5歳児は、剣菱家のリトルプリンセスである。
艶のある黒髪は父親似。色素の薄い肌と顔のパーツは母親似。
まごう事なき、二人の傑作であった。

「ようちしゃ(幼稚舎)に行ったら、友達いーーーっぱい出来るかな?」

「そりゃそうさ。でもあんまり暴れるなよ?すぐにあたいが呼び出されちゃうからな。」

「ゆか、ママほど暴れん坊じゃないもん!」

「言ったな!」

子供と同じ目線で戯れる悠理を、メイド達は微笑ましく見つめる。
そんな中、珍しく早めに帰宅したのが豊作だ。
メイド達は空気を読み、すぐに部屋から退出する。

「相変わらず賑やかだなあ。悠歌、おじさんにハグ!」

「おじちゃん!!おかえりなさい!」

弾丸の如く飛び出す瞬発力は、二人の血を、より濃く感じさせる。
悠理はくすっと笑った。

「兄ちゃんもそろそろ結婚しないと・・・」

「はは。相手が居ることだしなぁ。ま、おまえに先を越されるとは思わなかったよ。」

「あたいだって思ってなかったよ!」

剣菱悠理は27歳の春を迎えていた。
友人だったはずの清四郎と学生結婚をして6年近くが経つ。
何故そんなにもコトを急いだのか?
その理由は娘である「悠歌」の存在だった。

学生の身で妊娠したことに最初は二人も戸惑ったものの、進む道はただ一つ。

「結婚」して「家庭」を築くこと。

そんな驚くべき事態も、百合子と万作が諸手を挙げて歓喜した為、何もかもが比較的スムーズにいったのだが、
なんと、清四郎はさっさと大学を辞め、剣菱の仕事を選んでしまった。
皆が困惑する中、彼は別段困った様子も見せず言い放つ。

「高卒でも問題ありませんよ。充分過ぎるほど自信はあるつもりです。」

誰しもが「そうだろうな」と頷いたが、清四郎の選択にしてはあまりにも安直。
悠理は努めて明るく打診した。

「わざわざ辞めなくても・・・卒業まではこのままでいんじゃない?あたいだって父ちゃんに頼るしさ。」

しかし清四郎は首を振る。

「大学に行きたかったらまた再度通いなおしますよ。それに・・」

「ん?」

「その子が生まれるまでに、きちんとした父親でいてあげたいんです。」

今まで「きちんとしていなかったことなど無い男」が吐く台詞は真実味がある。
無論、誰も心配などしていないが、かといって決心を挫くような事も言えなかった。

「ふーん・・ま、好きにしたら良いけどさ。どうせあたいだって休学しなきゃだし・・。」

’悠理こそ大学を辞めても何の問題もなさそうなのに’・・・とはさすがに口に出せないが、仲間達は揃って同じ感想を抱いた。

ともあれ二人は結婚し、養子入りした清四郎と剣菱邸で仲睦まじく暮らしている。

そんな二人の愛娘・悠歌は5歳児の割にはおしゃまで、とてもしっかりとした女の子だ。
きかん気なのは母を見て育ったからであろう。
それとも血筋か?
社員の子供達と遊んでいても、まるで昔の悠理のように喧嘩っぱやい。
口真似も多く、4歳にして自分のコトを「あたい」と言い出したため、清四郎が必死で「わたし」に直させた。
しかし苦労も虚しく、結局は「ゆか」と呼ぶようになったのだが・・・。
悠理は「どっちでもいいじゃん」と不満げだったが、とんでもない。
清四郎は可愛い我が子を「淑女」に育て上げようと企んでいた。

既に暗礁に乗り上げている感じもするが、まだ諦めたわけではない。
折角、見目良く産まれてきたのだ。
家に野生児を二人も存在させるわけにはいかなかった。

かといって、悠理の魅力はそこにこそあると、夫は知っている。
だがそれは悠理だからこその魅力。
娘だけはあくまでも利口に、そして清楚に育てたかった。

「ママ、今日はパパとイチャイチャする日?」

5歳児の発言とは思えないが、悠歌は平気で口にする。
豊作の腕の中で・・・。

「こ、こら!何言ってんだ!」

「・・・・。」

焦る妹に照れる兄。
家族の赤裸々な夫婦事情はあまり目の当たりにしたくないものだ。
豊作はコホンと咳払いをし、「そろそろ風呂に入るよ」と若夫婦の寝室を後にした。

「ほら、おまえも自分の部屋に行った行った!」

悠歌は不服そうな顔で、しかし明日へのワクワク感を胸に、母親の言葉に従う。
そんな可愛い娘が去り、悠理はようやく息を吐くと、クローゼットから一枚の洋服を取り出した。
明日の入学式に選んだパンツスーツ。
まさか自分がこんなにも早く、こんなものを着るだなんて・・・。
いつもに比べ、地味としか言いようのないベージュのそれは、決して悠理の趣味ではない。
最初に選んでいた衣装は、清四郎からすげなく却下された為、仕方なく用意したのだ。
娘だけは「えーー、ママのえらんだ方がかっこいいのに!」と慰めてくれたが・・・。

「ま、一回くらい妥協してやろっと。」

しかし最後の意地で、胸元に飾るスカーフだけは特別派手な物を選んだ。

ふと時計を見れば9時を廻っている。
先ほど娘が言っていたイチャイチャ。

「・・・・・今夜は無しだろうな。」

なんてちょっと寂しく思ったりするのも、最近特に忙しい夫の所為だ。

「ん?2週間・・・いや3週間、してない・・・。」

剣菱が新たに手がけた事業が軌道に乗るまで、清四郎はほぼ会社に缶詰となる。
着替えだけを取りに帰ってくることもあったが、その時にさっとキスだけを残す夫は、すごく悔しそうで・・。
悠理自身も切なさを感じる身体を持て余しているのだ。

「ま、しゃーないよな。」

わしわしと頭を掻き毟りながらシャワールームを目指す悠理の背中は、やはり寂しさを背負っていた。

明日のため、念入りに洗った髪と身体。
どうせこの後眠るだけだろうと思っていた悠理だったが、シャワールームから出たところ、清四郎とぶつかる。

「わ!!!」

「おっと・・・」

既にスーツを脱ぎ、シャツ一枚と下着姿で現われた男は、瞬時に悠理の身体を抱き留めた。

「清四郎!もう帰ってきたのか?」

「ええ、ただいま。」

思わぬ誤算。
悠理は嬉しくて、その腕に頬を寄せる。

「明日の事を考えたら、早めに帰った方が良いと思いましてね。仕事を切り上げました。」

「そっか!じゃ、今からシャワー浴びるんだな?」

「ええ・・。悠歌の顔を見てきましたよ。にこにこと笑いながら眠っていて可愛かった。」

「明日、楽しみなんだろうな・・きっと。」

二人は見つめ合い、娘の気持ちを想像すると、特別な幸福感に満たされる。

「悠理はもう寝るつもりで?」

「え・・・あ、うーん・・・そういうわけじゃ・・。」

「・・・ですよね?」

確信めいた言葉と視線を投げかける夫は、既にスイッチが入っているように思えた。

「シ、シャワー・・・浴びるんだろ?」

「・・・ええ・・それまで起きていてくれますか?」

「う・・うん。」

悠理の額にチュッとキスを落とし、清四郎はようやく腕から解放する。

「今日はあまり時間をかけれませんが、その分たっぷりと感じさせてやりますから・・」

「ば、バカやろ!とっとと行けよ!」

清四郎の背中を押し、シャワールームの扉をバタンと閉じる。
悠理の胸がドクドク鳴りだした。

「やべぇ・・あたい、興奮してる・・。」

小さな声で放った言葉は、すっかり欲情に塗れている。

清四郎とのセックスを思い出し、勝手に勃ち上がる胸の尖り。
ジュン・・と染み出す甘い蜜は、替えたばかりの下着を濡らす。

「・・・後で、も一回シャワー浴びなきゃ・・・」

それは夜への期待を感じさせる発言であった。




「あ・・・ん・・・」

清四郎の言葉通り、悠理は短時間で何度も絶頂を迎えていた。
夫の性技はあまりにも巧みで、いつもなら気を失うことも多い。

「ゆうり・・まだ欲しいんですか?」

わざとらしく問いかけるが、清四郎自身、悠理不足であった為、その滾りはそうそうおさまりそうもない。

「欲しい・・せいしろ・・。寝不足になっても良いから・・シテ?」

「可愛い事を言う・・。」

清四郎は満足そうに悠理の中を掻き回した。

「あ・・あっ・・・!」

「ほら・・どこが気持ち良い?きちんと言いなさい。」

「んぁ・・・意地悪だ・・せいしろのばかぁ・・」

「悠理。言葉にして・・・」

「あ・・・その・・上の方・・擦られたら・・おかしくなる・・」

「ここですね?」

的確にそのスポットを穿ち、そして先端で舐め回すように擦り上げる男は、悠理の胸に吸い付くとカリっと歯を立てた。

「やぁ・・・・!そんなの・・だめ・・・」

「すごく尖ってる。可愛いな・・・。」

紅色の突起は清四郎の唇と舌で散々弄ばれ、すでに痛いほど勃起している。
更なる刺激はむしろ苦痛でもあったが、悠理は跳ねるように身体を浮き上がらせ、男の首にかじりつく。

「ああ・・好き・・それ、好き・・・!」

「ええ・・解ってますよ。またイカせてやりましょう。」

清四郎の逞しい腰が激しさを増す。
悠理はなすがままに快感を貪り始めた。

「あ・・・っ!!気持ちいい・・!すごい・・せいしろ・・!」

ギュッと締め付ける胎内。
しかし清四郎はその心地よさに逆らうよう、奥を穿ち続けた。

「ゆうり・・・!いつでも・・」

「あ・・ん・・ああ!!も、も・・・もう・・・ダメぇ・・・・!」

閉じられた瞼の中で、今日何度目かのハレーションが起こる。
悠理は全身を覆う激しい痺れに身を任せ、真っ白な世界へと飛び込んでいった。




時計は丑三つ時を指している。
ようやく満足した二人はシーツの中で微睡んでいた。

「明日は・・僕たちが出会ったあの場所で、デジャブを見ることになるかもしれませんね。」

「悠歌が誰かを蹴り倒すって?あり得そうで怖い・・・。」

「はぁ・・。ちっとも思ったように育たないが、でも健康でさえあれば良しとします。」

清四郎は腕の中の悠理を愛おしそうに抱きしめる。

「おまえと付き合い始めてからずっと、あの日の事を思い出していた。」

「ん?」

「運命ってあるんですね・・やはり。」

「うん。そだな・・・。」

夫の言葉はとても優しく耳に響き、悠理は夢の世界を手繰り寄せてしまう。

「愛してる・・悠理。僕はとても幸せだ。」

「・・・あたいも・・あいしてる・・・せいしろ・・・」

「ゆっくり休みなさい。明日はきちんと母親の顔をするんですよ?」

「ん・・・そう・・する。」

何処よりも心地よい場所で、悠理もまた幸福感に満たされていた。

明日、愛娘に訪れる出会いは、果たしてどんなものだろう。

きっと素晴らしいに違いない。
それは確信めいた予感。

悠理は夢の中であの日の光景を再現し、くふふ・・と笑みを浮かべた。