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━━━━今日は遅くなる。先に寝ていてください。
そんなメールを開いたのは7歳を迎えたばかりの幼きプリンス、悠世だ。
彼がここのところ興味を示す虹色の携帯電話は、もちろん母、悠理の所有物である。
知能指数の高い彼は難しい操作もなんのその。
以前横目で盗み見た暗証番号を入力し、ライバルからのメールをいち早くチェックしていた。
「悠理、パパ遅いってー!この間買ったDVD観よーよ!」
「こら!母ちゃんと呼べ!つか、勝手に携帯触んなよ。」
邪魔者が居なければ愛する悠理を独り占め。
彼のマザコン度合いは日に日に増すばかり。
悠理は一過性のものだろうとタカを括っているが、彼女の嫉妬深い夫が楽観視出来るはずもない。
かといって大人げなく振る舞えば、年頃の娘にしつこく説教される為、そこは忍耐を総動員させ、父親らしい態度を示すに留めていた。
「悠歌はどうする?………っと、あいつはヨーロッパだったな。」
寝室の壁一面を覆う真っ白なスクリーン。
悠理はDVDをセットしながら一人頷いた。
清四郎の母がここ最近悠歌を連れ出す理由。
それは、彼女が得意とする語学を頼っての事だ。
現在、娘の和子はドイツの病院で武者修行中。
規則正しい生活が出来ているかどうか、母としては心配でならないらしい。
未だ明確な展望は見えないものの、悠歌もいずれ、ヨーロッパへ留学すると決めている。
下調べも兼ねての付き添い。
これも一つの祖母孝行である。
まだまだ幼い悠世はアイドルさながらの人気ぶり。
特に、おませな女の子達からの猛烈なアプローチは日に日に過激さを増し、美童顔負けのモテっぷりを見せつけていた。
適度な距離を保ちつつ、保護欲を掻き立てる笑顔を披露する悠世。
両親に『猫かぶり』と揶揄されるが、彼としてはそれも処世術の一貫。
親の顔を潰すことはけしてなかった。
メイドが運んできたホットミルクとクッキーをサイドテーブルに置いて、ようやく準備完了。
悠理の横にぴったりと寄り添う悠世は、至極ご機嫌である。
「僕、ずっとゆ……ママと二人きりでいたいな。」
「・・・・・。」
とても六歳の発言ではない。
実の息子にそんな台詞を吐かせるほど、偏った育て方をしてきたのだろうか?
悠理は悩んだ。
「あのなぁ、清四郎が一生懸命働いてくれるから、こうやって楽しく暮らせるんだぞ?ママだけなら……毎日メザシ生活だ。」
「メザシ?」
「ちっちゃい魚のこと。栄養価は抜群だけどな。」
「お肉は?」
「うーーん。食えるかなぁ。」
「なら僕、メザシでも良いよ?」
一度たりとも食卓に並んだことのないメザシ。悠世は深く考えず、そう答えた。
「母ちゃんはヤだな。旨いもんいっぱい食いたいし。」
「じゃ、僕がおっきくなったら、もっと、もーっと食べさせてあげるよ。」
それは決して幼い子供の戯言などではない。
いずれは剣菱の全てを引き継ぐであろう彼に、この世の不可能は無いのだ。
一大帝国を築くことも、望めば叶う現実であって────
「へへ。期待してるぞ。」
「だからさ。パパと別れて、僕と二人で暮らそう?」
「んーーーそれは・・・」
子供の………特に息子の前では加減している悠理だが、心に抱く想いは清四郎同様、大きい。
ようするに夫顔負けにベタ惚れなのである。
夕べも夜通しイチャイチャして、唇が腫れるほどキスを交わした。
甘いワインとチョコレート。
禁断の組み合わせ以上に濃厚な口付け。
清四郎はその甘い吐息で悠理を夢の中へと誘い、そして激しく求めた。
仕事が早く終わった夜は特にすごい。
全身が蕩けるような酔いに溺れ、気を失ってしまう。
快楽の余韻から目が覚めても、次から次へと求められ、彼の渇きを癒すまで身を捧げる。
二人は四十を目前にしているが、愛の言葉が途切れたことは一度もなく、年々強くなる想いを絶え間なく与え続ける。
幸福な時間。
清四郎に温かい胸に包まれながら、悠理は何度も何度も深く達した。
「はぁ………離れらんないよなぁ………」
ぼそり、洩らした言葉を悠世は拾い上げ、ムッとヘノ字口を見せる。
大昔の記憶にある夫そっくりだ。
「ねぇ、僕じゃダメなの?」
一体誰が教えたのか、 相変わらずマセた口をきく。
「おまえのことは愛してるよ。あたいの命以上に、な。でも清四郎のことは…………」
「パパのことは?」
「死んでも離したくないくらい………愛してる。」
スクリーンいっぱいに登場したタイトルは最新のSF大作。
賑やかな音楽が鳴り始めると、悠世はそっちに意識を向け、すっかりいつもの様子に戻ってくれた。
────まだまだこのままでいてくれよ。
悠理は軽く肩を預けてくる息子に愛しさを感じる。
彼が昔の清四郎よりも小さく見えるのは、野梨子を庇おうとしたあの正義感が見あたらないからか。
震える声で、必死に怒鳴ってきた清四郎。
────生意気だったよな、あいつ。
そして自分はそんな生意気な夫を愛してしまった。
結婚し、二人の子供まで………
どんな運命かは知らないが、こうして結ばれ、今も愛が消えない。
むしろ育っている。
それこそが、幸せだと思う。
こんな満ちあふれた幸福が子供たちにも続くといい──悠理は心からそう願った。
・
・
騒いでいたはずの悠世も一時間ほどすれば、すやすやと寝息を掻き始め、ソファにころんと転がってしまう。
まだまだ子供。
三時間近くの映画を最後まで見終えたことはない。
そんな幼子にブランケットをかけていると────
カチャ
「ただいま、悠理。」
静かに扉を開けたのは、午前様だと思っていた夫。
悠理は嬉しくて、ソファから立ち上がりいそいそと出迎えた。
「せーしろ!おかえり。」
息子を起こさぬよう小声で。
すると気付いた清四郎もまた小声で「ただいま」ともう一度答えた。
「起きてたんですか?」
「うん!思ったより早かったな!」
「ええ。お陰様で………」
触れるだけのキスじゃ終われない。
悠理は清四郎の首にかじりつき、ひんやりした唇を思う存分貪った。
喜びを全身で示すために。
「せ~しろ………、今日も元気?」
夕べの記憶が抜けきれない身体を擦りつけ尋ねると、
「…………いつでも、おまえの望みに応えてやれますよ?」
余裕の笑みを見せてくれた。
「ほんと?」
甘えた声でこう尋ねれば、夫のボルテージが一気に上がると知っている。
ふと息子の様子が気にかかり、後ろを向くが、起きた様子は見られない。
「書斎のベッドへ行きますか?」
「ん。」
すっかり臨戦態勢となった身体で、清四郎は妻を抱き上げた。
熱っぽい吐息と、潤んだ目がたまらなく愛しい。
「そんな顔されたら………やばいな。」
「え………?」
「朝までノンストップでもいいんですか?」
「う、うーーん………」
「肯定と捉えました。」
「まだ何も言ってないのにぃ~。」
「目は口ほどに物を言う……ってね。」
鍵をしっかりとかけた書斎で、ベッドに押し倒される。
シーツはひんやりと冷たいが、それもすぐにどうでもよくなり、悠理は夫の腰へわざとらしく脚を絡ませた。
「いいよ………ノンストップで。」
「期待していてください。」
「あ。でも悠歌からの定時連絡が………」
それは心配性の父を慰めるためのコール。
時差を計算せず、深夜にかかってくる。
「最中に出ても構いませんよ?」
淫らな提案は清四郎らしいとも言えるが、さすがにそれを承諾することは出来ず・・・・
「む、無理………あ…………っ、こら………携帯電話………」
「なら今日は電源を落として………あとは僕のことだけを見ていればいい。」
息子よりずっと我が侭な夫に振り回されながらも、幸せを感じる悠理。
夕べに引き続き、全身で激しく求められ、熟れた身体が急速に仕上がっていく。
「………清四郎………愛してる……」
「僕はもっと………愛してる………」
夜通し燃え盛ることを覚悟していた二人だったが、途中目を覚ました悠世に邪魔されてしまい、結局は中断。
深夜二時。
悠歌からの定時連絡を不機嫌そうに受け取る清四郎の姿があった。