archrival side story02

~♪♪♪

━━━━今日は遅くなる。先に寝ていてください。

そんなメールを開いたのは7歳を迎えたばかりの幼きプリンス、悠世だ。
彼がここのところ興味を示す虹色の携帯電話は、もちろん母、悠理の所有物である。
知能指数の高い彼は難しい操作もなんのその。
以前横目で盗み見た暗証番号を入力し、ライバルからのメールをいち早くチェックしていた。

「悠理、パパ遅いってー!この間買ったDVD観よーよ!」

「こら!母ちゃんと呼べ!つか、勝手に携帯触んなよ。」

邪魔者が居なければ愛する悠理を独り占め。
彼のマザコン度合いは日に日に増すばかり。
悠理は一過性のものだろうとタカを括っているが、彼女の嫉妬深い夫が楽観視出来るはずもない。
かといって大人げなく振る舞えば、年頃の娘にしつこく説教される為、そこは忍耐を総動員させ、父親らしい態度を示すに留めていた。

「悠歌はどうする?………っと、あいつはヨーロッパだったな。」

寝室の壁一面を覆う真っ白なスクリーン。
悠理はDVDをセットしながら一人頷いた。
清四郎の母がここ最近悠歌を連れ出す理由。
それは、彼女が得意とする語学を頼っての事だ。
現在、娘の和子はドイツの病院で武者修行中。
規則正しい生活が出来ているかどうか、母としては心配でならないらしい。
未だ明確な展望は見えないものの、悠歌もいずれ、ヨーロッパへ留学すると決めている。
下調べも兼ねての付き添い。
これも一つの祖母孝行である。

まだまだ幼い悠世はアイドルさながらの人気ぶり。
特に、おませな女の子達からの猛烈なアプローチは日に日に過激さを増し、美童顔負けのモテっぷりを見せつけていた。

適度な距離を保ちつつ、保護欲を掻き立てる笑顔を披露する悠世。
両親に『猫かぶり』と揶揄されるが、彼としてはそれも処世術の一貫。
親の顔を潰すことはけしてなかった。

メイドが運んできたホットミルクとクッキーをサイドテーブルに置いて、ようやく準備完了。
悠理の横にぴったりと寄り添う悠世は、至極ご機嫌である。

「僕、ずっとゆ……ママと二人きりでいたいな。」

「・・・・・。」

とても六歳の発言ではない。
実の息子にそんな台詞を吐かせるほど、偏った育て方をしてきたのだろうか?
悠理は悩んだ。

「あのなぁ、清四郎が一生懸命働いてくれるから、こうやって楽しく暮らせるんだぞ?ママだけなら……毎日メザシ生活だ。」

「メザシ?」

「ちっちゃい魚のこと。栄養価は抜群だけどな。」

「お肉は?」

「うーーん。食えるかなぁ。」

「なら僕、メザシでも良いよ?」

一度たりとも食卓に並んだことのないメザシ。悠世は深く考えず、そう答えた。

「母ちゃんはヤだな。旨いもんいっぱい食いたいし。」

「じゃ、僕がおっきくなったら、もっと、もーっと食べさせてあげるよ。」

それは決して幼い子供の戯言などではない。
いずれは剣菱の全てを引き継ぐであろう彼に、この世の不可能は無いのだ。
一大帝国を築くことも、望めば叶う現実であって────

「へへ。期待してるぞ。」

「だからさ。パパと別れて、僕と二人で暮らそう?」

「んーーーそれは・・・」

子供の………特に息子の前では加減している悠理だが、心に抱く想いは清四郎同様、大きい。
ようするに夫顔負けにベタ惚れなのである。
夕べも夜通しイチャイチャして、唇が腫れるほどキスを交わした。

甘いワインとチョコレート。
禁断の組み合わせ以上に濃厚な口付け。

清四郎はその甘い吐息で悠理を夢の中へと誘い、そして激しく求めた。
仕事が早く終わった夜は特にすごい。
全身が蕩けるような酔いに溺れ、気を失ってしまう。
快楽の余韻から目が覚めても、次から次へと求められ、彼の渇きを癒すまで身を捧げる。

二人は四十を目前にしているが、愛の言葉が途切れたことは一度もなく、年々強くなる想いを絶え間なく与え続ける。
幸福な時間。
清四郎に温かい胸に包まれながら、悠理は何度も何度も深く達した。

「はぁ………離れらんないよなぁ………」

ぼそり、洩らした言葉を悠世は拾い上げ、ムッとヘノ字口を見せる。
大昔の記憶にある夫そっくりだ。

「ねぇ、僕じゃダメなの?」

一体誰が教えたのか、 相変わらずマセた口をきく。

「おまえのことは愛してるよ。あたいの命以上に、な。でも清四郎のことは…………」

「パパのことは?」

「死んでも離したくないくらい………愛してる。」

スクリーンいっぱいに登場したタイトルは最新のSF大作。
賑やかな音楽が鳴り始めると、悠世はそっちに意識を向け、すっかりいつもの様子に戻ってくれた。

────まだまだこのままでいてくれよ。

悠理は軽く肩を預けてくる息子に愛しさを感じる。
彼が昔の清四郎よりも小さく見えるのは、野梨子を庇おうとしたあの正義感が見あたらないからか。
震える声で、必死に怒鳴ってきた清四郎。

────生意気だったよな、あいつ。

そして自分はそんな生意気な夫を愛してしまった。
結婚し、二人の子供まで………

どんな運命かは知らないが、こうして結ばれ、今も愛が消えない。
むしろ育っている。
それこそが、幸せだと思う。

こんな満ちあふれた幸福が子供たちにも続くといい──悠理は心からそう願った。

騒いでいたはずの悠世も一時間ほどすれば、すやすやと寝息を掻き始め、ソファにころんと転がってしまう。
まだまだ子供。
三時間近くの映画を最後まで見終えたことはない。
そんな幼子にブランケットをかけていると────

カチャ

「ただいま、悠理。」

静かに扉を開けたのは、午前様だと思っていた夫。
悠理は嬉しくて、ソファから立ち上がりいそいそと出迎えた。

「せーしろ!おかえり。」

息子を起こさぬよう小声で。
すると気付いた清四郎もまた小声で「ただいま」ともう一度答えた。

「起きてたんですか?」

「うん!思ったより早かったな!」

「ええ。お陰様で………」

触れるだけのキスじゃ終われない。
悠理は清四郎の首にかじりつき、ひんやりした唇を思う存分貪った。
喜びを全身で示すために。

「せ~しろ………、今日も元気?」

夕べの記憶が抜けきれない身体を擦りつけ尋ねると、

「…………いつでも、おまえの望みに応えてやれますよ?」

余裕の笑みを見せてくれた。

「ほんと?」

甘えた声でこう尋ねれば、夫のボルテージが一気に上がると知っている。
ふと息子の様子が気にかかり、後ろを向くが、起きた様子は見られない。

「書斎のベッドへ行きますか?」

「ん。」

すっかり臨戦態勢となった身体で、清四郎は妻を抱き上げた。
熱っぽい吐息と、潤んだ目がたまらなく愛しい。

「そんな顔されたら………やばいな。」

「え………?」

「朝までノンストップでもいいんですか?」

「う、うーーん………」

「肯定と捉えました。」

「まだ何も言ってないのにぃ~。」

「目は口ほどに物を言う……ってね。」

鍵をしっかりとかけた書斎で、ベッドに押し倒される。
シーツはひんやりと冷たいが、それもすぐにどうでもよくなり、悠理は夫の腰へわざとらしく脚を絡ませた。

「いいよ………ノンストップで。」

「期待していてください。」

「あ。でも悠歌からの定時連絡が………」

それは心配性の父を慰めるためのコール。
時差を計算せず、深夜にかかってくる。

「最中に出ても構いませんよ?」

淫らな提案は清四郎らしいとも言えるが、さすがにそれを承諾することは出来ず・・・・

「む、無理………あ…………っ、こら………携帯電話………」

「なら今日は電源を落として………あとは僕のことだけを見ていればいい。」

息子よりずっと我が侭な夫に振り回されながらも、幸せを感じる悠理。
夕べに引き続き、全身で激しく求められ、熟れた身体が急速に仕上がっていく。

「………清四郎………愛してる……」

「僕はもっと………愛してる………」

夜通し燃え盛ることを覚悟していた二人だったが、途中目を覚ました悠世に邪魔されてしまい、結局は中断。
深夜二時。
悠歌からの定時連絡を不機嫌そうに受け取る清四郎の姿があった。