ADORE

※悠歌13歳のお話

 


「ん?これってラブレター?」

「あっ!」

聖プレジデント学園中等部に進級したばかりのプリンセスは、その美貌に拍車がかかり、日々異性の注目を集めていた。

年の割には大人っぽい悠歌。
高等部にすらファンクラブが出来るほどの人気ぶりを見せる。
類い希なる容姿とその家柄は、男達の興味を惹きつけて止まないのだろう。

彼女は現在、絶賛モテ期であった。

そんな金の雌鳥に送られる日々の恋文は20通を下らない。
下駄箱や机の中、はたまた鞄に直接放りこむ大胆な輩も存在し、学園側も厳重注意を促すほど。
しかも当の本人は彼らの行動に辟易していて、誰の想いに対しても応えるつもりはなかった。

何せ身近には最高のスペックを備えた男(清四郎)が存在する。
逆立ちしても敵わぬ相手だ。

─────誰が彼女のハートを射止めるのか?

障害となりうる身内を認識してなお、悠歌への恋心を燃え上がらせるチャレンジャー達は思春期真っ只中。
彼らの暴走は止まらない。

「へぇ。モテるって噂は聞いてたけど、ほんとなんだな。」

「ママ………返して?パパに見つかったら大変だから。」

「クックッ………確かに。あたいだって母校で血生臭い事件が起こるのは御免だかんな。───ほらよ。」

悠理が放り投げた封筒にはご丁寧に住所、フルネーム、そしてメールアドレスまでもが記載されていた。
どこかで聞き覚えのある名字だな、と首を傾げるも、答えに行き当たらず、諦める。

「ママだってすごかったんでしょ?」

「あん?」

「モテモテだったって聞いたけど………」

「女にばっかモテても仕方ないだろ。気持ち悪いこと思い出させるな。」

苦々しい過去に舌を出す母親は三十代半ばに差し掛かるも、より一層大輪の花を咲かせ、父を虜にしている。
社交界でもその美しさは注目の的。
子持ちの人妻だというのに、異性からのアプローチは跡を絶たず、一夜限りのアバンチュールでも良いから付き合ってくれ、と懇願する不埒な輩も多かった。

無論、それを嫉妬深い夫が許すはずもない。
鋭い視線で男たちを牽制しつつ、可能な限り妻の側に寄り添う姿は、未だ彼らがラブラブな証拠。
互いのことしか見えていない夫婦に付け入る隙は微塵も無かった。

 

「で?こんなもん書いて寄越す軟弱な奴等の中に、めぼしい男でもいるのか?」

「………わかんないよ。居るかもしれないけど、今は恋愛なんてしたくないし……………友達と遊んでる方が楽しいもん。」

「だよなぁ?あたいもそうだった。」

「その頃のママだって、パパのこと何とも思って無かったんでしょ?」

「あ、うん。まあ………………そうだな。」

言葉を濁す母に悠歌の勘が冴える。

「その反応。もしかして…………」

「ち、違う違う!!全然んなことない!………ただ…………」

語尾を濁した悠理は回想を始めた。
それは甘酸っぱい青春のヒトコマ。何よりも貴重な輝きの一瞬だ。

中等部で初めて同じクラスになった時、妙な高揚感に見舞われた記憶がある。
他の生徒よりも大人っぽい清四郎。
昔のおどおどとした雰囲気はどこにもなくて、小判鮫のようにくっつく野梨子を見て無性に腹が立った。

幼稚舎の時と同じように突っかかってしまったのは何故か?
まるで対であることが当然かのような表情に苛立ち、そしてそれを許したくない自分が存在した。

わだかまりが一掃され、二人と友達になれたことは素直に嬉しく、可憐や魅録、美童といった仲間が加わり、ハチャメチャな青春時代を過ごした。
その輪の中では恋愛のレの字すら見当たらず、むしろそんな自分たちを誇らしげに感じていたような気がする。
恋よりも刺激的な日常は、清四郎を男として意識せずに済んだ。

 

「…………そっか………あたい、もしかしたら、ずっと好きだったのかもな。」

「え?」

「あいつのこと…………特別に思ってたのかもしんない。」

「パパのこと?」

悠歌の恋がいつ訪れるかは解らない。
もしかしたらもう出会っているのかもしれない。
全てはタイミング。
自分たちもそうであったように、必ずそれは訪れるはずだから。

「悠歌。」

「ん?」

「あんまり清四郎を基準に考えるなよ?あんな男、そうそう転がってるわきゃないんだから。」

「なに、そのノロケ!」

「ふふん。贅沢ばっか言ってると、一生彼氏なんて出来ないぞ!」

「べ、別にいいもん!」

悠歌が本物の恋を知るのはまだまだ先のこと。
しかも幼い弟に先を越されるだなんて、想像してもいないだろう。

 

「ただいま。」

「パパ!」
「早かったな、清四郎。」

いつになく帰宅の早かった清四郎が、目敏くラブレターを見つけ、眉を吊り上げる。悠歌は慌てて後ろに隠すも、彼の動態視力からは逃れられない。

清四郎は奪い取った手紙を細くした目で眺め、不愉快そうに息を吐き出す。

「学園側にはよーく注意しておきましょう。」

「おいおい。学長を脅すなよ………?」

「人聞きの悪い……」

と言いつつも、その目は本気だ。

「悠歌。しつこい男子生徒がいたら、必ず僕に言いなさい。いいですね?」

「う、うん。」

娘の素直な返事に気を取り直した清四郎だったが、ラブレターに書かれた名前を見た瞬間、一気に顔色が曇る。

「────小鳥遊、慎(たかなし まこと)?まさか、小鳥遊副総理の孫息子か?」

「そうみたい。噂になってたもん。」

「へぇ、どっかで聞いたことのある名前だと思った!珍しい名字だもんな。確かかなり偏屈なジジイじゃなかった?世間からは悪者扱いでさ。うちの父ちゃんも大ッキライだったはずだよ。」

悠理の言う通り、一年前、副総理の座に座るまで、彼には黒い噂が絶えずつきまとっていた。
最近はマスコミを制し、クリーンなイメージを植え付けることに成功したらしいが、財界に身を置く清四郎の耳には当然、色んな話が飛び込んでくる。

────ここ一年ほどはおとなしいが、少し前まで怪しい集まりに出入りしていると聞いていた。やくざも絡んで、ろくでもないパーティを開いている、と。全く、政財界は変態だらけだな。

眉を顰める夫に悠理がそっと覗き込む。

「清四郎………その話はあとで、な?」

娘の前でさすがにこれ以上、同級生の身内を悪く言いたくはない。
小鳥遊 慎には何の咎もないのだから。

「………ええ。さて、夕食前にひとっ風呂浴びてきますよ。ところで悠世は?」

「母ちゃんが伊豆の別荘に連れてった。」

「それはそれは。さぞや豪勢な夕食でしょうな。」

義母の愛情を独り占めしている息子は三歳を迎えたばかり。
母(悠理)離れ出来ない状況を危惧し、百合子があちらこちらへ連れ回しているのだ。

「そーいや、うちにも伊勢海老がたっくさん届いたぞ。料理長が腕を奮うってさ!」

お中元の季節、剣菱邸にはありとあらゆる土地の名産品が届く。
もちろん、使用人達はそれらのお裾分けを期待して心ウキウキ。
目が回るほどの品々は、二ヶ月の間にすっかり消費されてしまうのだから驚きである。

「ママ。食べ過ぎないようにね。太ったらパパに苛められちゃうよ?」

「バーカ。こいつの愛情はそんなにも安っぽくないぞ!」

妻の調子に乗った発言を聞いても、清四郎はにっこり。
ふんぞり返る悠理の耳元でそっと囁く。

「夜の運動が功を奏していますからねぇ?」

「お、おぅ。」

母親譲りの聴覚を持つ悠歌は聞かなきゃ良かったと後悔するも、そんな夫婦仲の良い二人が理想である為、いつかは素敵な恋に巡り会いたいと願っている。

────パパみたいに、一途な愛情を注いでくれる人が良いな。

こうして数多くのラブレターは無残にも処分され、彼女はどんどん高嶺の花へと成長していくのであった。