第十話

「ねぇ、白鹿さん。」

「なんですの?」

「悠理……あ、えーと、剣菱さん、何処にいるのかしら。」

「――さあ?わたくしも存じませんわ。確かジョギングが趣味だと小耳に挟みましたけれど。」

「ジョギング?こんな時間に?嘘でしょ。」

時刻は二十時半。

悠理だけが居ない静かな部屋で、二人は淡々と会話を交わす。
食後の入浴タイムで、あっさりと姿を消したルームメイトを、可憐は心配しているのだ。
野梨子だけはその理由を知っているが、もちろん口にすることはない。
可憐に言ったが最後、次の日にはクラス中に広まる可能性があったからだ。
それ以前の問題でもあるが――。

野梨子はふと悠理の顔を思い浮かべた。
男女の事に疎そうな彼女が、こんなにも大胆な行動を取るだなんて・・・
今でも信じられない思いだ。
少し羨ましくも感じるが、リスキーであることに違いなくて………。

先刻、野梨子は婚約者である美童と顔を合わせた。
もちろん人目のつかない外れの部屋で。
清四郎を試した事について、神妙な顔で頷いてはいたが、決して婚約者である野梨子を心配した様子はなかった。
彼とは親同士の勝手で婚約を交わした為、それも当然なのかもしれない。
いまだ仄かな恋愛感情すら見当たらないのだから。
彼の女性遍歴から考えても、何故自分との婚約に唯々諾々と従っているのか解らないが、きっと何かメリットがあるのだろう、と思う。
何せ理事長である彼の母は恐ろしく日本贔屓だ。
日本画家と茶道家元の娘である自分は、彼女にとって珠玉の存在でもある。
このまま無事、嫁ぐことになったとしても、決して損はない。
きっと円満な嫁姑関係を築けるだろう。

だけど――

やはり恋はしてみたい。
燃え盛るようなものでなくていい。
優しくお互いを想い合えるような、そんな恋がしてみたかった。
美童は確かに紳士的だが、婚約してからこちら、愛を囁かれたことなどなく、それは野梨子の心を徐々に冷やしていった。
立場的にも堂々とデートなど出来ない。
無論、向こうも誘っては来ない。
その現実はとても窮屈で悲しくて、時折虚しいと感じる。

だからこそ悠理に憧れたのかもしれない。
彼女だけは、この学園で何物にも囚われない、自由の存在に見えたから。

『禁断の恋に身を投じるなんて柄じゃないでしょうに。』

野梨子は可憐に気付かれぬよう溜め息を吐くと、いつの間にか「恋」とやらに強く憧れている自分を小さく嗤った。

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教師が滞在する部屋には、狭いながらもシャワールームが完備されている。
当然ながら大浴場を利用する者は多い。
生徒達が一通り入浴を済ませた後、酒の入った体を温(ぬる)めの湯に潜らせ、一日の疲れを取り去るのだ。

しかし——-
清四郎は基本自室のシャワーしか浴びない。
人目に身体を晒さないためだ。
理由は前任の学校での苦々しい経験にあった。
鍛えられた逞しい身体と、人よりも少し大きめのソレが、まさかあれほどまでやっかみの対象になるとは思わない。

『さぞ、女性を泣かしてきたんでしょうねぇ?いやはや羨ましい。』

『女は皆思うがままでしょう。』

『いいですか?くれぐれも生徒とだけは問題を起こさないでくださいよ。』

一歩違えばセクハラともとれる発言を、年配の男教師達は平気で浴びせてくる。
憤りと共に、不愉快な気持ちでそれをなんとか聞き流したが、そこから彼らと湯を共にすることは二度となかった。

見回りを済ませた後、ようやく部屋に戻った清四郎は、すっかり寝息を立てている悠理を見て微笑んだ。
果たして、彼女にどんな葛藤があったのか。
まだ幼いこの子の心に傷がついていなければいいのだけれど。
そう思い、ベッドに腰掛け、頬をなぞる。

―――愛しい。

こんなにも素直な感情を、さらりと受け入れることが出来る自分を、不思議に思う。

あの時………
野梨子に脅された時、焦りを感じたことは否定出来ない。
一瞬、’それで済むのなら’、とも思った。
悠理との未来を守るため、どんな事でもすると覚悟していたからだ。
だが、さすがに納得出来ない範疇だった。

だからこそ神経を研ぎ澄ませ、彼女の真意を見抜こうとしたのだ。

恋は人を狂わせる。
彼女の行動や言動はそれに近いものがあったが、瞳だけは嘘を吐けない。
あの黒い瞳には、侮蔑したような暗い光が存在した。

それは賭けだったのかもしれない。
彼女が折れないまま、万が一、卑怯な手に打って出てきたら、清四郎と言えども危ない橋を渡ることとなっただろう。
彼女はたまたまそうじゃなかっただけ。
これもまた、運が良いというのだろうか?

悠理の寝顔を見つめながら、清四郎は何故この少女に惹かれるのかを考え始めた。

あの夜、吸い込まれるように悠理に口付けた。
それは普段なら絶対にあり得ない衝動。
初体験の時ですら、冷静に女と対峙し、心波立たぬまま全てを済ませた覚えがある。
しかし悠理を腕にした時、記憶に無いほど欲情し、彼女を求めた。

それは身体以上に心が動いた証拠。
ひたすら愛撫し、ひたすら感じさせ、そして自分自身も目眩く快楽に溺れた。
後悔してからも、疼く本能に抗えず、奪うように悠理を抱く。
そこには決して大人の余裕などなかった。
無茶苦茶に掻きまぜ、自分という存在を刻み付ける。
一つに溶け合って、心まで雁字搦めにして、彼女を完全に捕獲したかった。
その理由は単純に焦りからくるものだと解っている。
彼女はこの先、きっと美しく成長する事だろう。
今は自分の元に大人しく居るが、大学へと進めばたくさんの男に出会う。
何かのきっかけで想いが移ろえば?
他のヤツに奪われるなんてことを想像しただけで、気が狂いそうだった。

囚われたのは一瞬。
悠理の瞳の中にある強い光だった。
縋るように見つめながらも、奥深くにあるその光は決して怯えてなどいない。
ただ、一つの覚悟だけが存在していた。
彼女は「後悔」というものから一番かけ離れたところに居る。
自分のような小狡い大人とは違い、真っ直ぐに自分の決めた道だけを突き進む。

——–憧れか、はたまた嫉妬か・・・。

清四郎はそんな危うい存在を心から手に入れたいと願った。

——–請うのなら、とことん最後まで。

覚悟はその時、既に決まっていたのだ。

白いシーツで眠る悠理に、そっと向かい合って寝転がる。
寝息を立てる姿にまで欲情する自分は、どこか箍が外れているのだろう。
この恋に身を焼かれながら―――

「ゆうり・・・」

頬に口付け、そして吐息を奪うように唇を重ねた。

「ん・・・っ・・せ・・んせ・・・」

眠気とのせめぎ合いの末、悠理はようやく目を開き、薄く笑う。

「あ・・・・戻ってたんだ。」

「お待たせ。」

そう言いながら、清四郎はシャツをたくし上げた。

「あ・・・あたい、シャワー浴びてない・・。」

「良いんですよ。気にしなくて・・・」

首筋から甘い香りを吸い込み、更にキスを落としていく。

「さぁ、足を開いて・・・。」

すっかり言うことを聞いてしまう悠理の脚はひんやりと心地良く、清四郎はショートパンツを下着ごとあっさり脱がせると、徐々に自身の体をずり下げていく。
至る所に舌をなぞらせながら。
そして脚の付け根に到着すると、大きく開脚させ、頭を埋めた。

「やだっ!せんせ・・・やっぱ、シャワー浴びなきゃ・・・」

「良いんです、このままで・・・。」

一日分の汗の匂いがきっと漂っているはずなのに・・・清四郎は躊躇なく口を近付け、啜り始める。

「あ・・・あ・・・・・やぁ・・!」

「声は出さないで。」

「んなこと言っても、で、出ちゃうもん。」

「仕方ありませんね。」

一旦身を起こし、自らのシャツを脱ぎ、それを悠理の口元に被せると、にやりと笑った。

「しっかり噛んでいなさい。声を出したら・・・お仕置きですよ?」

顔を赤くして、慌ててシャツを噛んだ悠理は、結局のところお仕置きされる羽目となり・・・。

朝早く目覚めた時、清四郎はいまだ胎内(なか)に存在した。

「う~~!せんせーのバカ。こんなの身体おかしくなっちゃうだろ!」

小声で非難するも、男は飄々とした様子で答える。

「僕に馬鹿と言えるのは君くらいですね。」

「馬鹿じゃんか!」

「ええ、悠理にだけはとことん馬鹿な男に成り下がります。こんな風に。ね、解るでしょう?」

腰をクイッと動かせば、悠理の胎内が自然と蠢く。
逞しく硬いソレに馴らされてしまった身体は、物の見事に正直だ。

「・・・・・そ、そんなの解んないもん。」

「ほう、まだ解らない?」

清四郎の指先は赤く尖った果実を確実に捉えた。

「あっ!」

「仕方ないな、きちんと解らせてあげますよ。僕はこれでも、優秀な教師ですからね。」

―――エロ教師の間違いだろ!
などと言いつつも快感には抗えなくて・・・・
結局は、とことん翻弄されてしまう悠理であった。



「も、もう、ダメ!そろそろ朝飯食いたいってば・・・!」

「食欲より性欲が優先されるようになると良いんですがねぇ。」

そんな教師らしからぬ発言をする男に悠理は笑ってしまう。
幸せをしみじみと噛み締め、清四郎の懐に身を寄せると、「後で、ね。」と可愛く囁いた。
それはもう、僅かな理性を木っ端微塵にする破壊力で・・・・。