第二話

窓の外はすっかり暗闇だ。
清四郎は情事の後の気怠さを振り払い、隣で眠る少女にシーツをかけ直した。
女性物のパジャマはクローゼットの奥底に眠ってはいるが、何故かそれを彼女に着せたいとは思わない。
代わりに自分用の新しいシャツを取りに立ち上がると、そっとサイドテーブルに置く。

後悔・・・・はもちろんしていた。
まさか自分がこんな過ちを犯すとは・・・つい数時間前まで考えても居なかったのだから。

『淫行教師』

三面記事にデカデカと書かれた記事を苦笑して見ていた頃を思い出す。
自分もその一員なのだ。
そう、とうとう犯罪に手を染めてしまった。
これはどう足掻いても教師失格である。
特に思い入れのある職業ではないが、かといって後ろ指をさされながら辞職する事に不満は感じる。

誘ったわけではない。
どちらかというと誘われた気がする。

しかしそれらの結果全て、「大人」である自分に非があるのだ。
彼女は守られるべき「子供」なのだから・・・。

『子供』

彼女の身体は確かに幼さを残していた。
そして、やはり処女だった。
時間をかけ丹念に愛撫したつもりだが、シーツにうっすらと血が染みていた。

「あ・・・イタイ・・・」

そう言って、閉じた瞼からほろりと流れた涙をすくい取り、それでも胎内(なか)を探ろうとする自分を止められなかった。
気持ちよくて・・・。
その快感を手離したくなくて、先へと進もうとする貪欲な行為。

ゆっくりと味わうように確かめると、ようやく彼女の目が開いた。
不安げで、しかし’女’の表情を見せている。
瞬間、独占欲がこみ上げた。
今まで誰に対しても感じてこなかった感情。

自分の手で「女」にした少女をとことん感じさせたい、と強く願った。
自分を「男」だと認識させ、身体と心の両方に刻みつけたくなった。

「ゆうり!」

すっかり恋人の様に名前を呼ぶ。

「せんせ・・・」

ああ・・・本当は「先生」じゃなく、「清四郎」と呼んで欲しい。
だが教師としての自分はそれを強要できない。

罪深きは自分。
全て自分一人の過ちなのだから・・・。

めくるめく快感の後は、ひたすら後悔が打ち寄せる。

「はあ・・・」

溜息は深い。
清四郎は汗に湿った身体を引っさげ、ようやくバスルームへと向かった。



バスローブを引っ掛け、寝室へと戻ると、
悠理はすっかり用意されたシャツを着込んでこちらを見ていた。
無防備な姿・・。
思わず喉が鳴る。

「起きたのか。」

「先生、シャワー?」

「お湯沸かしましたけど入りますか?」

「ん。でも、ちょっと腰、ってか脚がおかしくって・・・。」

ああ・・なるほど。
不思議そうに首を傾げながら立ち上がろうとする彼女を、清四郎はすぐに駆け寄り支えた。

『無茶をさせすぎたな・・。』

咄嗟に反省するが、それと同時に歓びもこみ上げる。
妙な歩き方を始める悠理の腕を抱え、バスルームまで案内した。

「あんがと。ここまで来たら大丈夫。バスタオル借りて良い?」

「もちろん。そこの戸棚にあります。ところで着替えは・・・」

「もうちょっとしたら五代がここまで届けに来るから受け取って。」

「五代?」

「うちの執事だよ。あたいの場所は携帯のGPSで解るから・・・。」

執事・・・
GPS・・・

なるほど、大金持ちの令嬢はやはり世界が違うな。
清四郎は苦笑した。

バスルームの扉を閉じ「さすがにこの姿は拙いな」と着替えに向かう。
事後の空気を気付かれては、きっとすぐにでも通報されてしまう事だろう。

今は考える時間が欲しかった。
二人の未来の為に・・・。

「まさか・・・この僕がこんな想いを抱くとは。」

前髪を掻き上げ、しかしどことなくすっきりとした表情で窓の外を見遣る。
罪悪感の一部がシャワーで流された所為かもしれない。

腹を括るのならきっちりと。
おかげさまで自分にはこの優秀な頭脳と、鉄壁のポーカーフェイスが備わっている。
巧く誤魔化す事も出来るかも知れない。

そう・・・卒業までの8ヶ月間。
そのくらいならどうとでもなるだろう。

清四郎は軽く考えるようになっていた。
悠理を手放したくないという短絡的欲望から・・・。

ピンポーン♪

予告通りやって来た「五代」と呼ばれる老人はのっけから深々と頭を下げ、一人の女性と共に部屋へと入ってくる。
清四郎はそのメイド服姿を見て「どんな家なんだ?」と興味が湧いたが、老人に「嬢ちゃまの部屋はどこですかな?」と
聞かれ、すぐに和室を案内した。

「足りない物があればなんなりと・・。奥様は大学部への進学を心より願っていらっしゃいます故。」

「出来るだけの事はしてみせます。」

そう言うに留めた。

大学部への推薦はほとんどの内部学生が貰えるはずだ。
しかし一応、足切り点というものは存在する。
彼女の場合、その辺りが怪しいのだ。
さすがに0点は拙い。
清四郎はせめてどの科目でも20点以上採れるよう、鍛えてやりたかった。
低い目標ではあるが・・・。

二人がそそくさと帰った直後、風呂上がりの悠理がリビングに現れる。
ガシガシと頭を拭きながら。

「まだ濡れてますよ。ドライヤーの位置、解らなかったんですか?」

「あたいドライヤーしないから。」

「いくら夏でも風邪をひく。こちらに来なさい。」

俯き加減でテクテクと歩いてくる姿が子供のようで・・・やはり可愛らしい。
どうやら自分は、この少女にすっかり嵌まってしまったようだ。
今まで女性に感じ得なかった暖かい気持ちが、ゆっくりと全身を満たしていく。
それに身を任せることは少し怖いが、しかし一度知ってしまった温もりはそうそう忘れられるものでもない。

「・・・身体はどうもないですか?」

バスタオルで念入りに頭を拭きながら、清四郎は尋ねた。

「んー、ちょっぴり沁みたけど、もう大丈夫。エッチって大変なんだな。」

「最初だけです。次からはもっと良くなりますよ。」

「・・・次?」

拭く手を止めると、悠理はそろりとこちらを見上げる。

「先生はあたいをまた抱きたいって思う?」

その瞳は何故か不安に彩られ、清四郎は衝動的に抱きしめた。

「思うに決まってる!君は特別だ。僕にこんな感情を抱かせて、その上引きずり込んでおいて、今更逃げられると思うな。」

「せんせぇ・・。」

シャツ越しに彼女の体温が伝わる。
そして同じシャンプーの香りが、「雄」の情動を突き動かした。

「今日は・・今日だけは、特別授業はお休みです。」

「あ・・・・」

三人掛けのソファに押し倒し、再び悠理の身体を弄り始めた清四郎。
それはもう、堪えることが不可能な「恋の欲望」であった。

夜中・・・
携帯電話のバイブレーションが響く。
清四郎はすっかり悠理を片手に抱き寄せ、眠っていた。
過去の女にはしたことが無い腕枕。
悠理の軽い頭はさほど痺れないが、携帯を取るには不自由だ。
よくよく見れば、それは自分の物ではなく彼女の携帯だった。
7色のイルミネーションが忙(せわ)しなくちらついている。

「悠理・・・電話が鳴っていますよ。」

「んっ・・・何だろ。」

手に取ったスマホを耳に当てると、悠理はようやく大きな目を開けた。

「魅録!」

『魅録?』

それはどう聞いても男の名前。
清四郎の鋭い耳が音を拾おうとする。

「ああ・・マジ忘れてた。ごめん!え?今から?うん・・・うん!行く行く!」

しかし結局何も聞こえず、悠理は終話ボタンを押してしまった。

「何処に行くんです?」

「あ・・ダチの飲み会。今日、族の集会あったんだけどすっかり忘れててさ。今からまた集まるらしいから行ってくる。」

「は?」

飲み会・・?
族の集会・・?
それも今から・・?

聖プレジデント学園に夜遊びする生徒など居ない。
たとえ居たとしても、教師の前でここまで堂々と告げる事はないだろう。

「君は、何を考えてるんだ。今、何時だと思ってるんです?」

「え?まだ12時過ぎだけど?」

「夜中ですよね。明日も学校があるでしょう?」

「大丈夫、ガッコには遅れてでも行くから。」

罪悪感無く答え、出かける用意を始める悠理を、清四郎は後ろから羽交い締めにした。
これを見逃すわけにはいかない。

「な、何すんだ!」

腕の中で振り向き、牙を剥く。

「行かせませんよ。当然でしょう?僕は君の保護者代わりなのだから。」

「は?保護者?・・・せんせい、保護者のつもりだったのかよ?」

尖った視線が清四郎を刺す。

「そ、それは当然でしょう?もちろん保護者としてこういった行為をしてはダメだと解ってます。教師としても・・・。」

剣呑さを見せ始めた悠理から目を逸らし、清四郎は自信なさげに呟いた。

「あたいは保護者なんか要らねー!それにいちいち口出されるのはごめんだ!」

「悠理・・・」

無理矢理腕から抜け出した後、五代らが持ち込んだトレーナーをずぼっと被る。

「せんせいとは折角解り合えたと思ってたのに・・・。」

その言葉に清四郎はギュッと拳を握り、歯を食いしばった。

「待て・・・行くな!」

「・・・・やだ。」

「君が・・・心配なんです。行かないで欲しい。」

女性に懇願など、一度も経験がない。
清四郎は訴えかけるように悠理を見上げた。

「好き・・・なんだ。君にとって僕の想いは気持ち悪いかもしれない。だけど、もう・・偽ることが出来ないくらい悠理を好きになってしまった。」

「え!?」

「僕はもう、覚悟を決めている。君を必ず大学部へ進学させ、その暁には交際を認めて貰えるよう、どんな努力でもするつもりだ。」

「それ・・・・本気なのかよ。」

「ああ。だから残りの時間、僕は君の側で君を育てたい。その為にどれだけの嘘を重ねても良いと思ってる。」

悠理は静かにベッドへと戻り、清四郎の頬をそっと撫でた。

「あたいが好きなの?教師なのに?」

「はい。」

「真面目な数学教師のくせに、あたいみたいな不良娘が好きなんだ?」

「・・・好きです。君のその瞳に縛られた時、恋をしてしまったんだ。」

そんな告白に、悠理の胸も熱くなる。
今まで「異性」からそういった目で見られた事が無かった。
ダチである魅録をはじめ、その仲間達も「男」と同じ扱いをする。
「女」であることを放棄したわけではないが、「女扱い」されることの不便さは我慢ならない。
特に自分が好む場所は、そんな煩わしい事から唯一抜け出せる開放的な世界なのだから。

なのに・・目の前の男は『女』として扱う。

教師のくせに。
大人のくせに。
散々、鍛え上げた身体で『男』を見せつけてきた。
その逞しい腕の中で、ふと呼吸が楽になり、今まで経験したことのない居心地の良さを感じた。
でも、だからといって子供扱いなどされたくない。
口うるさい保護者なんて親だけで充分だ。

だけど・・・『あたいを好き』だって?
いい年した大人が、こんな小娘を好きになるなんて、あり得るのか?

混乱しながらも、清四郎の瞳から目が離せない。
教師でありながら、こんな背徳的な関係をそのまま続けようとする男。
そして、その誠実な心を与えようとする男。

「・・・・わぁったよ。行かなきゃいいんだろ?」

「悠理・・・。」

「でも、次の集会は絶対に行くかんな。そん時は、止めんなよ。」

「なら、僕も付き添いますよ。」

「はあ?どこの世界にセンコー連れて族の集会行くヤツがいるんだ!」

清四郎はくすっと笑う。

「君がこうして転がり込んできていることも、相当イレギュラーだと思いますけどね。」

「うっ・・・」

「こうなった以上、仲良くしましょう、ね?」

この時の悠理は知らなかったのだ。
教師としてはともかく、「男」としての清四郎は、傲慢で、我儘で、ものすごく尊大な人間だという事に・・・。
そしてそれを知ってなお、どんどんと深みに嵌まっていくことも、彼女は全く想像出来なかった。

多少強引に引き寄せられた腕。
悠理はすっぽりと清四郎の胸に収まる。

「避妊にだけは気をつけますよ。」

そんなあからさまな話をする男の声が、どうしてこんなにも心地よいのか・・・。

ようやく彼女に訪れた恋の芽が、今ゆっくりと膨らみ始めようとしていた。