第三話

悠理のクラスには、学園の人気を二分する美少女が在籍している。

一人は黄桜可憐。
高校生らしからぬ体つきに、色気ある泣きぼくろ、そして大人っぽい話し方が特徴だ。
そのせいか、特に下級生からは絶大な支持がある。
倒錯した世界の住人からも・・・。

そしてもう一人は、白鹿野梨子。
生粋のお嬢様で、現在、生徒会副会長の立場にある彼女は、入学当初から成績上位者に必ず名を連ねていた。
特にここ数回の試験ではトップを独走。
数学に至っては満点を叩き出している。

だが―――
彼女もまた、悠理と違った意味で孤高の美少女であった。
プライドの高さに相まって、男性不信という問題を抱えていたからだ。
本人は何とも思っていないようだが、彼女に想いを寄せる男たちの深い溜息は連日途切れることがない。

『そんな美少女二人が実のところ、「新任教師・菊正宗清四郎」に片想いしている。』

その情報が悠理の耳に入ってきたのは、夏休みを迎える5日前のこと。
無論、お喋り好きのクラスメイトが触れ回っていただけなのだが、聞いた悠理は穏やかではいられない。

清四郎と暮らすようになって一週間。
毎晩、勉強させられることにもようやく慣れて来た。
一見、厳しそうな清四郎だが、「面白くしてやる」との宣言通り、根気強く悠理の指導を行っている。

理解出来ない部分は殊更丁寧にかみ砕き、さらに中学生レベルにまで落としてから再び説明し始める。
悠理はどうにかそれについていくことが出来た。

ちょっとずつではあるが、解ける問題が増えていく。
数学だけでなく、他の教科も合間に挟み込むので、飽きずに続けられた。

特に英語に関しては面白かった。
好きな音楽を元に、いろんな文法をなぞる。
清四郎はネイティブ顔負けの発音で、よくよく聞けば7ヵ国語を操れるらしい。
悠理には想像も出来ない世界だ。

「先生ってさ、うちの卒業生なんだろ?」

少しの休憩時間を雑談で楽しむ。

「ええ。」

「生徒会長してたってマジ?」

「そうですよ。」

清四郎は事も無げに答えた。

「んでもってさ、むちゃくちゃ頭良くて、武道もすんげー強かったんだろ?」

「まあ、全国大会を制覇することを目標にしていましたからね。」

「―――あたいとは大違いだな。」

しょぼんと俯いた悠理に苦笑しながらも、清四郎は優しく頭を撫でる。

「悠理も運動神経に関しては右に出るものが居ないでしょう?スポーツ万能で、この間もバレーボール大会でクラスを優勝を導いたじゃないですか。」

「たまたまだもん。」

すっかりしょげている理由。
それはクラスメイト達がこぞって清四郎の噂話をしていたからだ。

実家が大病院であるとか。
試験では首位の座を明け渡したことがないとか。
近隣の高校生からも憧れの存在だったとか・・・。

自分の知り得なかった、数々の評判。
それを、さも自慢気に話され、あまつさえ惚れるだの何だの言い始める女生徒達。

その中心的人物が黄桜可憐だったのだが・・・・
悠理は、彼女が持つ迫力あるボディにはどんな男も平伏(ひれふ)すだろうと確信していた。

「何をそんなに凹んでるんです?君にもこれから色んな可能性があるんですよ。」

「あたいにそんな可能性ないよ。」

「……なぜ?」

悠理は口を噤む。
しかし清四郎は根気強く返事を待った。
そんな様子に、渋々話し始める悠理。
清四郎はその内容に愕然とした。

「母ちゃんがどうしても大学部に入学させたいのは、目ぼしい男を見つけて結婚させるためなんだ。」

「結婚?」

「うん。うち、一応兄ちゃんもいるけど、母ちゃんに期待されてないからこっちにお鉢が回ってくるんだ。
母ちゃんは有能な後継者を欲しがってて、見つけたらすぐに大学辞めて結婚すれば良いってわけのわかんないこと言ってる。」

―――今時、時代錯誤も甚だしい!

母親の自分勝手な思惑に、清四郎は膝の上で拳を作った。

「そんなこと、絶対にさせません。以前にも言いましたが、僕は君が好きだ。君がもし本気で僕を好きになってくれたら、結婚を前提に交際を始めたいと思っている。」

「う、うん。」

「それにせっかく大学部へ進むのなら、何か自分に合った道を選んでほしい。なんでも良いんだ。考える時間はたっぷりあるんだから・・・。」

教師モードの清四郎に気圧されながらも、悠理は頷き続けた。

自分でも不思議だと思う。
あれほど嫌いな勉強も、清四郎と一緒なら何故か苦にならない。
もちろん、普段の授業にはついていけないが、こうして個人レッスンの時は不思議と頭にすんなり浸透する。
清四郎が考えに考えて指導してくれているお陰だと解る。

それに―――

毎晩のようにその腕で愛を囁かれ続けることで、心が自然と素直になってゆく。
世界で一番の存在であるかのように、大切に大切に扱ってくれるのだ。

「悠理……」

その甘い響きは、誰も真似できない。

「好きだ」

そのシンプルな言葉に、何の猜疑心も抱く必要がなかった。

悠理はいつの間にか清四郎に心を委ねていた。
これが恋かどうかは未だ解らないが、それでも清四郎の腕が恋しいと感じるほどには依存しているのだ。

「せんせぇ………」

とろんとした眼差しで清四郎を見つめる。
それは悠理なりの合図。
まるでマタタビを嗅いだ猫の様な変わり身に、清四郎はいつも驚かされる。

「――まだ、九時にもなっていませんよ?」

掠れた声で喉を鳴らしながらも、一応の拒否をしてみる。
あくまでも、一応の・・・

「せんせぇは・・・したくない?」

そんな愚問に答える男ではない。
清四郎は悠理の唇を奪うと、あっという間に快楽の門を開け放つ。
覚えたての子羊は飲み込みが早く、すでに数多くの快感を覚えていた。

「悪い子だ。」

ニヤリと笑う男の顔には、もはや僅かな罪悪感すら見られなかった。