第二話

饒舌になった男の話は聞くに耐えないものへと変化してゆく。
清四郎達は、鋭い眼光で僅かな隙を狙ってはいるものの、彼らは意外と統率の取れた集団で、なかなか綻びを見せようとはしない。
二人の焦りは募るばかり。
かといって、縛られた状況で暴れても事態は好転しない。
ただひたすら待つ━━━
そんな苦痛を味わっていた。

暫くすると、ヨギは一番背の高い男を呼びつけ、何かを耳打ちする。
その男は‘シバ’と呼ばれていた。
明らかに本名ではない。
あだ名のようなものだろう。

ヨギの言葉に頷いた彼は、渡されたライフルを背負い、代わりに小さな拳銃を差し出す。
受け取ったヨギの目には獣じみた光が宿っていた。

「さて、と。」

大きな円卓に腰をかけ、彼は舐めるように女達を見つめる。

━━━━━嫌な予感。

特に可憐と野梨子は身を固く寄せ合い、男の視線に震えた。

今も昔も、海賊というものは無法者で無頼漢の集まりだ。
囚われた女性達がどういった末路を歩むか、世間に疎い野梨子ですら理解していた。

「せ、清四郎………魅録………」

彼女達の怯えた視線に、二人の男だけでなく、美童もまた奮起する。
もし万が一、女性がいたぶられる事にでもなったら、騎士道精神にのっとって思いきり闘うつもりだった。

他の二人ほど役に立たないと解っていても、男として逃げるわけにはいかない。
そのくらいのプライドは持ち合わせている。
どうせ戦わなくても鮫の餌、もしくは臓器売買に回されるだけだ。
彼らの情けなど、蟻の糞よりも少ない。

女としての自覚に乏しい悠理。
しかし彼女もまた、珍しく不穏な空気を感じ取っていた。

━━━くっそ、こいつ、なんかむかつくな!

ただでさえ腹が減って、気が苛立っている。
晩飯前の乗っとり劇に、「せめてバナナを食わせろ!」と叫んだところ、容赦なく猿轡を咬まされたのだ。
愉快であるはずがない。

無論、清四郎と魅録の目は血走り始める。

━━━━これはヤバイぞ。

最悪の事態を想定し、互いに目配せするも、今はどうすることも出来ない。
僅かな隙。
神経を研ぎ澄ませ、それだけを狙う。

しかし事態は彼らの予想通り、最悪の方向へと突き進んでいく。

「今回はツイてんな。三人ともべっぴん揃いときた。女はいずれアラブ行き、男は………そうだな。若くて新鮮な内蔵は、さぞかし高値が付くだろうよ。」

━━━あ、やっぱり。

美童はがっくりと項垂れた。
ヨギの邪悪な表情は、六人にただならぬ嫌悪感を抱かせる。

「俺は味見してから女を捌くと決めている。まずは………」

そう言って指差されたのは野梨子。
彼女は大きな瞳をさらに見開き、絶望に声を震わせる。

「い、いや………いやです!!そんな目に遭うくらいなら自決しますわ!」

「やらしいわね!何考えてんのよ、あんた!!」

非難する仲間達を横目に、ヨギは薄く笑う。
シバの手で無理矢理立たされた彼女は、蒼白した顔で「清四郎!」と叫んだ。

「待ってくれ!」

清四郎はいつものように知恵を振り絞り、交渉に乗り出そうとした。
ここは足掻かなくては後がない。

しかし━━━━

「待て。あたいが替わる。」

背中に銃を突きつけられながらも、すっくと立ち上がったのは悠理。
その表情はいつになく険しいもので、縛られた身体でヨギへと近付く。

「悠理!!」

「あたいが行く。野梨子を離せ。」

「これはこれは、麗しき友情だな。自分がどういう目に遭うか分かっているのか?お嬢さん。」

「うるせぇ!変態野郎!さっさと野梨子を離せよ!」

反抗的な態度は、尊大な彼の怒りを買う。
ヨギは容赦ない平手を悠理に食らわせた。

「悠理!!!」

「やめろ!」

しかし喧嘩慣れした彼女の体は一切ぶれることがなく、獣じみた男をまっすぐに見据える。
男は感心したのか、二発目に上げた手をゆっくり下ろした。

「なかなか良い目をしている。………気に入った。」

悠理はヨギの関心が自分へと注がれたことでほっと胸を撫で下ろす。
もちろんこれは彼女にとっての時間稼ぎ。
自分が身代わりとなれば必ず活路は見出だせる。
そう信じていた。

「悠理!行っちゃだめ!」

「行かないで、悠理!」

「大丈夫だってば。ここには清四郎と魅録がいるだろ?」

涙する野梨子に悠理はカラリと笑う。
それは恐れを感じさせない力強い笑顔。
仲間への絶対的な信頼を礎とした彼女のパワーだ。

「おまえの部屋へ向かえ。」

ヨギは悠理の背中を拳銃で急かす。
気を抜くな、とシバに忠告した後で。

消えていく二人の背中を、清四郎は血が滲むほど歯軋りしながら、見送った。
その横で魅録は男達の武装を細かくチェックする。
呑気に構えている余裕はない。
人間を殺し慣れた男の野獣めいた行為は、想像に余りあるのだから。

「清四郎!魅録!何か方法はありませんの!?」

「わかってます!」

焦りに声を荒げる彼は珍しい。
四人は思わず顔を見合わせた。

「…………何とかします。」

根拠のない言葉。
しかし清四郎はどうしても悠理を助けなくてはならない。

━━━誰があのような男の好きにさせるものか!

拘束された縄がミリミリと音をたて始める。
決して細くはないそれが、彼の本気の怒りに耐え得るはずがなかった。

「清四郎、待て。」

魅録が制止するのも無理はない。
周りは武装した男達。
少しでも不穏な動きを見せれば、容赦なく銃をぶっぱなすだろう。

「可憐。ここはおまえさんの出番だ。」

「なに?色仕掛け?」

不安げな可憐に代わり、美童が恐る恐る尋ねる。
ヨギ以外の男達が日本語に通じていないおかげで、作戦を密やかに立てることが出来る。

「そうだ。たしか野梨子と二人、飯を作ってたろう?」

「え、ええ。だからどうしたの?」

「それを奴等にくれてやってもいいか?隙がないのなら作れば良い。美女二人の意見ならきっと上手く行く。」

「わ、わかったわ。」

魅録にとってもそれは賭けだった。
悠理がそう簡単にやられる女ではないと踏まえた上での計画。
かつてないほど膨れ上がった清四郎の怒りはイマイチ不安だが。

━━━━・・・ったく、水くせぇよな。

しかし今、その結論を口にすることは躊躇われる為、魅録は気づかない振りを通した。
まずはこの窮地を脱しなくては有閑倶楽部の名が廃る。
どんなピンチも乗り越えてきたんだ。
諦めてたまるか!!

残された男達もリーダーが居ないとなると、やはり気が緩むのだろう。
銃を構えたまま姿勢を保っているのは、‘シバ’一人だけだった。
魅録は厄介な相手だと感じながらも、冷静に分析していた。

━━━ワルサー P22か。小型でも殺傷能力はたけぇな。あとの奴等は全員マカロフ………ロシアからの横流し品か?手榴弾的な物は見当たらねぇし……ライフルは一丁。一人で10人は無理でも、5.6人なら確実にやれるな。

「清四郎。」

「ええ、魅録の案に乗りますよ。」

少しは冷静になったと見える。
清四郎は苦く笑いながら、かぶりを振った。
一を聞いて十を知る。
優れた脳を持つ男の得意技だ。

多くのトラブルと闘って来た彼らは、裏打ちされた自信と共に反撃に乗り出す。
一抹の不安は悠理だが、ここはもう彼女の強運に賭けるしかない。

魅録の目配せを合図に、よろよろと立ち上がる可憐と野梨子。
拘束された体では立つことも一苦労である。

「皆さま、お腹が空きませんこと?」

流暢な英語で口火を切った野梨子は、ここぞとばかりに優しく微笑む。

優しく?
いや、それは明らかに冷笑だ。

土壇場での根性に定評のある彼女。
その両足はもう、決して震えてなどいなかった。