その日、美童たちに招かれたバースデーパーティは、二歳を迎えた双子のため、華々しく執り行われた。
「早いもんだよな。子供の成長ってやつはよ。」
かく言う魅録の腕にも、生後半年を過ぎた赤ん坊。
松竹梅宗佳(むねよし)の顔には、既に貫禄が滲み出ている。
親馬鹿な彼は、そんな愛息子を滅多に離そうとはしない。
休日ともなれば一日中子供にかかりきりなのだと、野梨子の嫌みまじりな愚痴が仲間へと拡散していた。
何はともあれ、幸せそうである。
北欧インテリアで統一された、50畳はあるだろうダイニングルーム。
センスの良さはピカ一な二人。
至るところに飾られた木製のレリーフは、彼らが世界中のカフェを渡り歩いた時に購入したものだ。
大きなダイニングテーブルには、可憐の手料理に加え、美童がフランスから取り寄せた特別なワインがずらりと並んでいる。
揃いも揃って美味なものばかり。
悠理が舌舐めずりするのも無理はない。
双子へのバースデープレゼントは四人で相談した結果、木製のカラフルなおままごとセットが選ばれた。
一つ一つに名前の焼き印が施されている。
彼女達はそれを不思議そうに見つめていたが、しかしすぐに要領を得て遊び始めた。
互いの名前を楽しそうに呼び合いながら。
六人が席に着き、乾杯と共に食事が始まると、皆はそれぞれの近況について語り出した。
基本は仕事の話なのだが、そんな中――
可憐はサラダを取り分けつつ、自然な間合いで告げた。
「三人目を授かったの。もう、二ヶ月よ。」
「「「え!?」」」
「まあ!!」
仲間達の驚きを確認した後、可憐の背後へと回った美童がその腰を柔らかく抱き寄せる。
何とも自然な光景。
一枚の美しい絵のようだ。
「そういうことなんだ。また忙しくなりそう。」
金髪の貴公子は魅力的なウインクと共に笑顔を見せ、仲間達の大いなる祝福を受け取った。
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「可憐。」
「なあに、悠理。」
食後、悠理は可憐ご自慢のフルーツタルトを食べていた。
彼女のお菓子作りはもはやプロ顔負けで、生み出されるレシピは経営する店のパティシエ達にも好評だ。
「赤ちゃんがお腹にいたら、色々大変だろ?あたい何か手伝うよ。双子の遊び相手とか、さ。」
いつの間にこんな気遣いが出来るようになったのだろう。
可憐は目を瞠りつつ、優しく微笑む。
「勿論、お願いするつもりだったわ。あの子達、剣菱の家が大好きみたいだから、たまに預かってくれる?」
「うん!いつでも来ていいぞ!」
「ありがとう、悠理。」
任しとけ!と胸を叩く友人を眩しげに見つめ、そっと息を吐く。
―――あんた達にも早く天使がやってくるといいわね。
二人に似て、非凡な才能を持った赤ちゃんがきっと生まれることだろう。
これほど仲の良い夫婦なのだ。
幸せな家族像が自ずと目に浮かぶ。
「「せーしろ!」」
その時、辿々しい口調で双子が叫ぶ。
彼女達は何故か清四郎の事が大好きなのだ。
それを見る美童の視線は決して穏やかではない。
彼は魅録以上に親馬鹿なのだから。
天使のような彼女達は、清四郎の両膝をそれぞれが独占している。
透けるような金髪に白い肌。
ピンク色の唇は幼いながらも艶めいている。
瞳は薄い茶色でくりっと丸く、まるでエドゥワール・カバーヌに描かれた美少女そのものだ。
「何です?お姫様達。」
「チュしてぇ?」
「チュ!」
これは美童による教育の賜物。
帰宅した時、この言葉を強請られれば、仕事の疲れは限りなくゼロになるらしい。
無論、他の男に求めるなど言語道断なのだが――。
清四郎は慣れた手付きでそれぞれの頬を包み込むと、軽く啄むようなキスをして、おしゃまな彼女達を満足させた。
美童の怒りにも似た、複雑な表情を横目で見つめながら・・・。
全くもって、将来が思いやられる。
「清四郎ったらモテモテねぇ。」
可憐が紅茶を啜りながら面白そうに笑うと、夫、美童が瞬時に噛みついた。
「可憐!あれは挨拶!ただの挨拶だからね!」
そんな狭量さに呆れながらも、しかし清四郎の何が娘達の心を掴んだのか、と首を捻る。
悠理と付き合い始めてから、この男は随分変わったように思う。
どこか人を寄せ付けない雰囲気を纏っていたのに、今はその殻が見当たらない。
懐の深さといい、柔らかな空気といい、愛を知った男はここまで変化するのかと驚かされたのは、もう随分と前になる。
それも全て悠理の功績だ。
彼女の告白を受け入れ、その天真爛漫な性格を愛した清四郎は、徐々に丸みを帯びた男へと成長していた。
もちろん相変わらずの切れ者。
ビジネスシーンではそれを微塵も見せないが・・・・。
清四郎の両膝が占領されたことで、悠理は不機嫌になっている。
そんな彼女もまた、子供っぽいながらも女らしい。
「ちぇ、あそこはあたいの指定席だぞ。」
「あんたねぇ……子供と張り合ってどーすんのよ。」
「清四郎もなんだよ、あの顔。嬉しそうにしやがって。」
「ち、ちょっと、うちの娘達を睨まないであげてよ!」
宥める為にブラウニーを差し出せば、悠理は一口でそれを頬張った。
―――相変わらず、有り難みの無い食べ方するわね。
可憐は小さくため息を吐いた。
美童達の家から徒歩圏内にある剣菱邸。
辺りは既に薄暗く、人通りもない。
「せーしろう。」
悠理は清四郎の腕に絡みながら、顔を見上げた。
「ん?なんです?」
見下ろす男は柔らかく微笑む。
随分と機嫌が良さそうだ。
「―――あんなのヤダ。」
「あんなの?」
「相手が子供でも、チューしちゃヤダ。」
睨む瞳に滲むは懇願の光。
清四郎は思わずもう片方の手で口元を覆った。
「なんて可愛い嫉妬をするんです。おまえは・・・・」
「ち、ちがっ!あたいは怒ってるんだぞ!」
「いいえ、それは完璧に嫉妬ですよ。いやはや、驚いたな。」
馬鹿にされたと勘違いした悠理は、腕を解き、スタスタと早歩きする。
しかし清四郎は直ぐにその後ろ姿を抱き留め、住宅を囲む長い塀へと押し付けた。
青白い外灯が二人を仄かに照らす。
「我慢出来ない。」
そう一言告げ、唇を奪う。
最初から本気モードで………。
悠理は背中に冷たい壁を感じながらも、唇から与えられる熱と心地良さにうっとりした。
―――嫉妬、かぁ。
あんな小さな子供に嫉妬する情けなさ。
それでも、夫の唇がたとえ誰であろうと、触れたことに苛立ちを覚える。
自分の嫉妬深さは今更のことだが、さすがに少し狭量だっただろうか・・・・。
口の中に忍び込む滑らかな舌。
吐息は熟成されたワインの香りがした。
酔う。
この男にとことん酔いしれたい。
悠理の胸が疼き始める。
直ぐに欲しがる浅ましい身体。
―――清四郎、あたいだけのモノでいて?
そんな気持ちを忍ばせて、激しいキスを交わす。
どのくらい経ったのか。
遠くからバイクの音が聞こえてきた為、名残惜しみながら、唇を離した。
しかし清四郎の手は、悠理の背中に添えられたまま。
「悠理………今夜は覚悟しなさいね。」
「そっちこそ・・・。」
悠理の瞳は爛々と輝いていた。
二人は愛し合っている。
その炎はたとえ何年経とうと燃え盛るばかり・・・。
帰り際、可憐は言った。
「あんまり仲が良すぎると赤ちゃんも照れて、来てくれないわよ」・・・と。
―――でも可憐、どうしようもないんだ。
あたいは清四郎が好きで好きで仕方ない。
愛し過ぎてて・・・・・本当は二人きりで過ごすのも悪くないって思ってる。
悠理は清四郎の腕の中で身を小さくする。
清四郎はその身体をギュッと力強く抱きしめた。
「清四郎はあたいだけのもんだ。」
その独り言のような呟きは、夫の耳へと確実に届いた。
夜はまだ早い―――