「ふわぁ・・・・」
悠理の腕の中ですやすやと眠る赤子は、まだ生後1ヶ月。
くせの少ない黒髪と白い肌は母親譲りである。
「可愛いな・・・。」
里帰りしていた野梨子が松竹梅邸に戻ってきて二日目。
久々に仲間6人が集まった。
綺麗にリフォームされた部屋は、純和風の家には珍しく、完全なる洋室。
魅録の母である千秋が、お抱えの建築士に設計させたものだ。
彼女は仕事柄こういったことに精通している。
落ち着いたクリーム色の壁は珪藻土。
床板は無垢のフローリング。
デンマークからわざわざ取り寄せた木目調の美しい家具が並び、冬でも暖かい床暖房が完備されている。
基本シンプルな和室で揃えられた松竹梅邸だが、子供と過ごすこの部屋だけは至れり尽くせりの様相だ。
待望の孫に、殊更大喜びしているのは家長「時宗」であり、たくさんの知育玩具を揃え、千秋に呆れた顔をされながらも反省する様子は全く見受けられない。
名付けられたその子、松竹梅 宗佳(しょうちくばい むねよし)は無事、予定日の次の日に産まれ、体重は3100gとかなり大きな赤子であった。
野梨子は未だその時の辛さを語るが、しかしあと二人は欲しいと意気込んでいる。
魅録が大手警備会社に勤務して5年。
要人警護が主な仕事だが様々なトラブルに対応する為、いつかは独立し、少数精鋭の会社を興したいと思っている。
ともあれ野梨子と魅録の二人は、ようやく授かった我が子を最大の愛で包み込み、幸せな家庭を築いていた。
「悠理もそろそろ欲しくなってきたんじゃありませんこと?」
意味深に笑う野梨子の気持ちも解る。
悠理とてそろそろ29歳。
決して早いわけではない。
「うへぇ・・・あたいが母親かよ。想像出来ないなぁ。」
「あら、そうですの?わたくしは容易に想像出来ますけれど。」
白魚のような手を口に当て笑う姿は、昔と一切変わりない。
長く伸びた髪は結い上げられ、薄い藍色の着物を身に着け、まるで若女将のような風情だ。
悠理は目を細め考える。
腕の中の小さな生き物は確かに可愛い。
産まれた直後は「猿じゃないのか?」と戦いたが、いまやすっかり人間である。
それもかなり愛らしい顔立ちをした・・・。
だが、自分の子となると、想像出来やしない。
猿は猿のまま育つんじゃ・・・
そんな嫌な予感が悠理を襲う。
「おい、悠理。そろそろ交代しろよ。」
「え~・・!もうちょっとだけいいだろ?」
「おまえなぁ・・俺だって仕事中、楽しみにしてんだぞ。」
「ケチ!」
「ケチで結構、ほら貸せ!」
無理矢理、父親の手によって奪われてしまい、悠理は手持ち無沙汰で夫の元へと戻った。
「どうです?欲しくなりましたか?」
ソファにゆったり腰掛け、コーヒーを啜る黒髪の男。
剣菱に婿入りしてからというもの、男惚れするまでの風格を身に付けた清四郎は、こと妻に関しては圧倒的に弱い立場にあった。
それは愛の深さ故のこと。
自分でも不思議に感じるほど、悠理への許容は広がっていく。
「そだな、そろそろ欲しいかも・・。」
そんな言葉を引き出せた事に一旦は満足するが、無論それだけでは済まないのがこの男。
「なら・・・そろそろ解禁ですな。」
「ば、馬鹿・・もっとちっちゃい声で言えよ!」
夫を馬鹿扱い出来るのも悠理の特権。
それを真向かいから見ていた美童と可憐は、「はいはい、家でやって頂戴ね」と苦笑した。
美童と可憐は二人でカフェを経営している。
可憐に至っては実家の家業を手伝いながらの二足わらじだが、美童はここのところ急成長を遂げているカフェチェーンのオーナーだ。
彼らが結婚したのは約三年前。
店を立ち上げた時、可憐が毎日のように手伝いに来ていたことで、恋心に火がついたらしい。
美童にとって、彼女の姉さん女房的な性格は頼りになるし、何よりもその優しさに気付かされたのだ。
彼はすぐに結婚を申し込み、可憐は戸惑いながらもそれを受諾する。
盛大な結婚式を挙げた後、現在は剣菱邸の近くで居を構えていた。
白亜の洋館は近所でも有名で、そこに集う住人の美貌に行き交う人は興味津々である。
そんな彼らにも、1歳半になる双子の子供達が居る。
美童待望の可愛らしい女の子だ。
「愛乃」(アイノ)と、「麻綾」(マーヤ)はどちらもスウェーデンでは一般的な名前で、
二人の美貌を余すことなく受け継ぎ、それはもう天使のような輝きを放つ姉妹であった。
6人は忙しいながらも、こうして何かある毎に集まり、いつもの仲睦まじさで互いの近況を報告し合う。
特に二組のカップルで子供が生まれてからというもの、可憐と野梨子は頻繁に会うようになっていた。
「悠理が母親になっても、清四郎が居てくれるからきっと大丈夫よ。」
「どういう意味だよ。」
「だってそうでしょう?清四郎に任せておけば、何でもしてくれるじゃない?それに剣菱にいればメイドさん達に頼ることも出来るわよね。」
可憐はさぞ羨ましそうに鼻を鳴らすが、清四郎は苦笑した。
「僕はこれでも忙しい身ですからね。やはり人の手を借りることになるでしょうな。」
「百合子さんならきっと喜んで手伝ってくれるよ。あ、でも今はハワイに隠居してるのか。」
美童の言うとおり、万作と百合子はほぼ隠居生活に突入している。
新しく建てた別荘は剣菱万作の保有地である島にあり、百合子はそこに友人らを招いて、毎晩のようにパーティを開いていた。
「あたい子供出来たら、母ちゃんとこで産もうかな・・・。」
ボソリと呟く悠理に清四郎が目を瞠る。
「勘弁してください。おまえが側に居ないと色々不都合です!」
「不都合?」
「あ・・・」
にやにやとした可憐達の視線には気付かず、悠理はキョトンと清四郎を見つめる。
「ふ・・不都合・・といいますか・・その、寂しいんですよ・・。」
「あ、ああ・・そだよな。うん・・そだった。ごめん清四郎。」
「い、いえ・・・。」
結婚五年経った夫婦には思えない初々しさ。
周りのカップルは呆れながらも、優しく二人を見守った。
剣菱邸には現在、悠理達若夫婦と新しい執事である「亀泉」、そして変わらぬメイド達が存在する。
執事頭・五代は万作夫婦の元へと居を移し、仕事もそこそこにリゾート気分を味わっていた。
余生を過ごすには、なかなか良い土地柄だと喜んでいる。
「悠理・・早速、試してみましょうか。」
清四郎は着替えを済ませた妻の耳元で優しく誘う。
「・・・もう、おまえってスケベ。」
「今更でしょう?」
クスクスと笑いながら、着たばかりのパジャマを脱がせ始める男。
その慣れた手つきに身を任せながら、悠理はコクンと頷いた。
「清四郎も、子供欲しくなったのか?」
「本当はどっちでもいいんですけどね・・。でもおまえも30を目前にしている。そろそろ一人産んでおいてもいいかもしれません。」
「そか・・・。」
あっという間に下着姿になり、ベッドへと沈み込まされる。
悠理は清四郎の下で期待に胸を膨らませた。
「せいしろ・・脱いで?」
「悠理が脱がせてください・・・。」
お揃いのパジャマを買うようになったのは結婚して一年ほど経ってから。
そのほとんどを悠理が選ぶのだが、今回は色違いのちょっと派手な柄が印象的な一枚だった。
文句も言わず、それに袖を通す清四郎が可愛くて仕方ない。
悠理の愛は、男のそんな許容にすら深まっていく。
ボタンを一つ一つ外していくと、次第に現れる逞しい胸板。
十代よりも厚みが増したそれと、さらに引き締まったウエストから放たれる男の色気に、毎回目が眩みそうだ。
あまりにも美しい上半身を見て、思わず喉が鳴ってしまい、悠理は少し恥ずかしそうに俯いた。
「おまえはいつも僕に見惚れてくれますね。」
「・・・だ、だって、あたい筋肉フェチだし・・。」
「それだけ?中身は必要ありませんか?」
「んなわけねーだろ!!」
そう、そんなわけあるはずがない。
清四郎だからこそ、この身体が愛おしくて、
清四郎だからこそ、この先に待ち構える快楽に身を委ねることが出来るのだ。
「おまえじゃないと・・どれだけ鍛えてても、意味が無いんだ・・。」
「嬉しい答えですね。たっぷりサービスするとしましょう。」
意地悪く笑った男の愛撫は、いつも以上に執拗で、悠理は簡単に意識を手放してしまう。
気が付いた時には、夫の逞しさをその身で受け入れ、ユラユラと揺らされていた。
「あ・・・・あぁ・・ん・・」
無意識に零れ出ていた喘ぎ声。
清四郎の抽送は不規則に乱れ始める。
そして暫くすると小さく呻き、愛する妻の奥底でその欲望をたっぷりと放った。
悠理は朦朧としながらも、清四郎の腕に頬を寄せる。
清四郎もまた、気怠さの中で腕に抱き寄せた。
「・・すごく、よかった。」
男はあられもない格好のまま、素直な感想を吐く。
いつもは隙が無い清四郎の無防備な姿。
それこそが、悠理の心を満たす大きな要因である。
「あたいもどっちだっていいんだ、子供のこと。」
「おや、あんなにも可愛がっていたのに?」
「だってさ・・・」
「?」
「おまえ・・子供が産まれたら、魅録みたいに親バカになりそうなんだもん。」
「・・・・さぁ?どうでしょうかね。」
「そうだよ。あたいなんかより子供ばっかに構ってそうだし・・・それはそれでちょっと寂しいなって・・」
そんな可愛い事を言われて興奮しない男は居ない。
欲望を解き放ち、くったりとした様子で項垂れていたシンボルは、再び力強く勃ち上がった。
「そんな杞憂など二度と抱かぬよう、おまえの身体に刻みつけてやるとしますか。」
二人は子作りそっちのけで快楽に耽る。
それを知ってか知らずか、神が二人に子を授けたのは、ここから約1年半後のことだった。