vaulting ambition(R)

「あ………待って、せぇしろ!」

「嫌だ。」

「こ、こんなとこで………せめて、あたいの部屋、いこーよ。」

「あそこはメイドの出入りが多いでしょう?ここなら、まさか使っているとは思われないから。」

二人が縺れ合いながら飛び込んだ場所。
それは過去、清四郎が野心に振り回されていた頃に使用していた部屋だ。
今は客室として解放されているが、悠理の寝室から近い為、滅多に利用されることはない。
とはいえ、毎日のようにメイド達の手によって清掃され、埃一つない状態が保たれていた。

「早く………悠理と繋がりたいんです。夜まで待てない。」

そう、窓の外はまだ明るい。
試験前の勉強を教えに来たはずの男は、悠理の寝室を素通りし、辺りを気にしながらもこの部屋へと連れ込んだ。

━━━━勉強?

いいや、そんなものはただの口実に過ぎない。
交際三日目。
悠理に対する想いが、若い肉欲へと直結するのは、想定外に早かった。

「あっ………!」

と言う間に、悠理の身体はソファに沈み、清四郎の手によって弄まさぐられている。
世間一般の憧れ、良家の子息子女が着る洗練された制服に身を包んだ二人。
それを脱ぐこともないまま、彼は一早く繋がろうと必死だった。

三日前の夜。
悠理は夕方から菊正宗邸に居た。
鉛筆を咥えたまま、数学の難解な問題を解いている時のこと。
背後から急に抱き締められ、相手が清四郎だと分かっていたから暴力には出なかったものの、彼女の驚きは半端ではなかった。
硬直したままの耳元に、「ずっと好きだった。」と告げられた時も、心臓はバクバクと音を立て、心拍数は上昇し続ける。
生まれて初めて、それも友人である男からの告白。
自分は決して女扱いされる事はないだろうと覚悟していた悠理は、喜びよりも先に戸惑いがやって来る。

「す、すき??」

「ええ。もうこれ以上は我慢出来なくなった。おまえが欲しくて、手に入れたくて、気がおかしくなりそうなんです。」

表情も見えないまま、男の熱い吐息だけが耳、そして首筋にかかる。
それは初な悠理に初めて与えられる異性からの情熱。
ふわふわと微睡む意識の中、「あたいも…………」と答えたのは、決して流されたからではない。

彼女も以前から清四郎を意識していた。
否、意識させられていたのかもしれない。
何故なら、最近の清四郎は悠理に対してレディファーストを徹底していたから。
今までは子供のようにはしゃぐ悠理の首根っこを乱暴に掴み、年長者の様に嗜めていた男。
それなのに、いつからか彼は優しく腰を抱き止め、即座に離すといった行動の違いを、明らかに見せつけていた。
そんな違和感は悠理をドキドキさせる。
男らしい腕が絡まる自分の細い身体が、とても女らしいと感じてしまう。

━━━まさか、という思いはあった。

違う。
清四郎が女扱いするなんて有り得ない。
そう思い込んでいた。

決して好きだったわけじゃない。
意地だけじゃなく「おまえなんか嫌いだ!」と本気で叫んだ事も何度かある。

でも………本当は憧れていた。
優れた頭脳、そして誰もが頼りにする揺るぎない強さにとても焦がれていた。

選ばれるはずはないと覚悟していたし、選ばれるのは野梨子みたいな大和撫子、もしくは可憐のように魅力的な女だろうと諦めていた。

自分はあくまでも男友達の延長線上に存在する。
それは意外と悪くない居心地で………誰よりも近くで構って貰える喜びに満足していた。

「悠理・・・今、何と言いましたか?」

清四郎は一旦呼吸を止め、静かに尋ねた。
微かに震えた声。
目に見えた緊張が滲み出ている。

覚悟を決めた悠理はヒリヒリと乾いた喉から、絞るように告げた。

「あたいも…………おまえが好きだった。」

素直になれたことで一気に力が抜ける。
厚みある胸板に凭れかかり、ふ~っ………と深い溜め息を吐いた。
大きな充実感が全身を包み込む。
だがその後、身体は急遽反転させられ、正面から向き合った清四郎の表情にまたもや驚愕する。
切なげな、まるで毒を飲み込んだかのような苦々しさが浮かんだ顔。
端正な顔立ちをした男のそういった表情には迫力がある。

目を丸くしていると、彼はいきなり絨毯が敷かれた床に押し倒してきた。

「ち、ちょっ………!?」

荒々しいキスは、初めての悠理には到底及びもつかない。
唇ごと食べられるかのような激しさにおろおろしていると、清四郎は切ない表情のまま、彼女の小さな頭を抱き締めた。

「済まない………」

その囁きは決してキスに対しての謝罪ではなく、ここから先の行為へのもの。

悠理はその夜、初めて思い知った。
清四郎の本気にはとても敵わないということを。
そして自分が間違いなく、‘女’であるという現実を痛切に感じさせられたのだった。


たった一度の結合。
気付けば時計の短針は二巡し、人肌の恋しさを強力に植え付けられた悠理は、男の腕に囚われたまま悦びを噛み締めていた。
唐突に始まったそれも、手順が進むに連れ、優しいものへと変化してゆく。
清四郎は何度も「好きだ」と告げてくれた。
裸を晒す羞恥は最後まで消えなかったものの、彼の愛撫は強張った心を解きほぐしてくれた。
痛みを与えないよう、細心の注意を払う。
もちろん繋がった時は身体が引き裂かれるような衝撃が走った。
けれど、逃げ出すことは出来ない。
覆い被さる彼もまた、何かに耐えるような顔を見せていたから。




今日の彼はあの日よりも必死だと感じる。

校門前の帰宅ラッシュ。
名輪の車にすかさず乗り込んできた清四郎は眉間に皺を寄せ、我慢を強いられているような表情を見せた。
だが言葉とそれは一致しない。
「そろそろラストスパートをかけなくてはいけませんね。」と、日頃の調子で語る。

何よりも苦手な勉強。
出来ることなら回避したい。

しかし、悠理もまた清四郎と二人きりになれることを嬉しく思い、それ以上の不満を口にはしなかった。

そう。
悠理にとってこれは正しく初恋。
皆が言う‘甘酸っぱさ’とやらはまだ感じないが、少なくとも清四郎が側に居てくれるという安心感は彼女の心をこの上なく安定させる。

「せ、せぇしろ、ちょっと落ち着けってば。」

タイツとショーツが片足に絡んだままの状態で、彼の長い指が泥濘をまさぐる。

「落ち着け?僕は落ち着いてますよ?」

━━━━どこがだよ!

息を奪うような激しいキスも、体の中をかき混ぜる指も、間違いなく忙しない。
初めての時は、一つ一つ様子を窺うよう愛してくれたはずなのに………。
今はもう違う男にすら見える。

すだれた前髪がいつもより多い。
呼吸は荒く、彼の熱い指が、混乱する悠理の中を暴くようぐちゃぐちゃにかき混ぜ、愛液を溢れさせてゆく。

「わかりますか?おまえだってこんなに濡れてるんですよ?」

そう言って、あられもない音をわざとらしく響かせる。

「そ、そんなことされたら……誰だって!」

「いいえ、僕が欲しいからこうなってるんです。嫌な男にここまで濡れるはずがない!」

決して正しい理論ではなかったが、清四郎は敢えて叩きつけるように断言した。
もしかするとそれは彼の願望。
そうであってほしいと強く思い込みたかったのかもしれない。

「そりゃ………好きだけどさ………でも三日前にしたばっかだぞ?」

あの時の夢見心地を思い出し、悠理はポッと頬を染めた。
それが彼の最後のストッパーを外すとも知らずに━━━。

「悠理!!あぁ……もう、限界だ!」

清四郎はポケットから取り出した避妊具を屹立した己にしっかりと被せ、悠理の中へと侵入していく。
絡めるように繋いだ手は、彼女の不安を取り除く唯一の手段だったのか。

時折小さく呻きながら、狭い膣内を進む。
心地良さが全身を覆い始め、清四郎はその悦びに浸った。
悠理の顔を見つめれば、二度目の苦痛に耐えた様子。
さすがに可哀想になり、愛撫するような優しいキスを与える。

チュ……チュ………

汗に混じり漂う甘い香りを吸い込みながら、抽送を速めると、悠理は徐々に強張りを解き始めた。

「あ…………ぅ………ん………!」

まだ慣れた矯声は出せない。
とろとろに濡らされた滑りのよい膣道は、それでも清四郎の大きな肉をぎゅうぎゅうと締め付けてしまう。

「悠理………おまえの身体は最高です。」

「さい……こぉ?」

「最高だ。僕の為に生まれて来てくれたようにすら感じます。ほら……この僕がこんなにも呆気なく……イキそうになる。」

唇を噛み締め、額に汗する姿にウソはない。
悠理はホッと息を吐くと、右手で清四郎の前髪を掻き上げた。

「もっと……見せて。清四郎がどんな顔してあたいを抱くのか、見たい……。」

「ああ……おまえはなんて可愛い事を言うんだ!」

甘く香る悠理の髪に額を埋める清四郎。
しかしすぐに顔を上げ、彼女の最奥を穿ちながらも、解放に向けてどんどんとスパートをかける。

「んん!あぁっ、ん……も、なんか、くるっ……!せぇしろ!!」

恋人の切ない表情をしっかりと見つめ続ける悠理は、部屋いっぱいに甘い嬌声を響かせ、涙を流す。

「僕も…………我慢出来ない……!!ゆう…りっ!!」

うねるような強い快感。
女が身体を震わせ爆ぜた後、清四郎もまた締め付ける内襞に誘導され、己の欲望を最後の一滴まで吐き出した。




ぐったりと重なり合う二人が、年季の入った柱時計の音を合図にクスクスと笑い出す。
ようやく日は沈み始め、重たげなカーテンの隙間からオレンジ色の光を忍ばせていた。

「……なんか、楽しいな。」

「楽しい?気持ち良い、の間違いじゃ?」

「そ、それはそうだけど……、あたい、この間は何がなんだか分かんなかったけど、今日は清四郎と’こんなこと’してて、すごく楽しいって感じたんだ。」

乱れた制服姿のままはにかむ悠理が恐ろしく可愛い。

「ほう。自分でどれだけ大胆な発言をしていると分かってますか?」

鼻先をくっつけた清四郎が、にやりと嗤う。

「僕たちは驚くほど相性が良いんです。もうお互い以外、誰も求められないほどね。だから……」

チュッと口付けた後、彼は確信的な言葉を告げた。

「おまえに与えられた運命の相手は、この’菊正宗清四郎’、ただ一人だということです。」

そんな気障な台詞に、空気を読まない悠理はとうとう吹き出してしまう。
ケラケラと色気なく笑う彼女が、再び乱暴なキスで全ての動きを封じられたのはその数瞬後。

「ん……ぁ……っ……」

「愛してますよ……これからも……ずっと……」

単純な造りの恋人を、言葉と身体の両方で雁字搦めに縛り付けていく。

もう逃げられない。
絶対に逃がさない。

彼の新たなる野心は、今、再び火蓋を切って落とされたのである。