Paraphilia(R)

あの日から、清四郎は毎回あたいを縛る。
けれどあんなにも複雑な縛り方をしたのは一度きり。
二回目の夜は、柔らかい布で作られた長めのリボンを用意して、ふわりと絡めるように拘束した。

「あ………そ、そこダメ。」

「ここ?ダメですか?気持ちよくない?」

清四郎の声はやけに優しい。
縛っているくせに、
いや、縛っているからこそ、優しくなるのか。
身動きの取れないあたいをそっと抱き寄せ、耳に息を吹き掛けながら、丁寧な言葉を吐く。
ヤツの手で簡単に解されていく身体が恨めしい。
あたいの体のようでそうじゃないみたい。

「今日はちゃんと繋がりましょうね。」

━━━やっとか。

あの日、清四郎は最後までしなかった。
恥ずかしい事はたくさんしたし、いっぱい泣かされたけど、痛い思いは一度も与えられなかった。
それが普通でない清四郎のやり方なのだ、と半ば納得したのもおかしな話。
しかし二回目には、しつこく舌で舐められて、三回目で、‘イク’という状態を知った。
清四郎の器用な舌遣いは想像を越える。
ありとあらゆる場所が、この男の巧みな技で刺激され、身体の奥深くからじわじわと快感が引き摺り出されてしまう。
四度目の夜。
とうとう意識を失いかけたあたいを、とても嬉しそうに見つめていた清四郎が忘れられない。
その黒い瞳が残酷に輝いていたことも。



「ああ……もうこんなに濡らしてますね。聞こえるでしょう?」

ピチャピチャ………

唾液をたっぷりとまぶした二本の指先が、音を立てながらあたいの中をかき混ぜる。
当然、そこがもう言い訳できないほど濡れてしまっていることに気づかされ、皮膚がぞわっと粟立つ。

それら全てが快感によるものだとわかっていた。
何度も擦られ、喘いで、清四郎の指を求める。
腰が自然と蠢き出し、早く高みに連れていけと要求するのだ。

「…ん………、あっ………あっ!」

「イキたいのか?」

「うん………イかせて?」

異様に感じるほど鼓動が速い。
汗がたらたらと流れ落ちる。
あたいをこんな目に遭わせる男は清四郎だけ。
昔はあれほど支配される事が嫌で仕方なかったのに、今は洗脳された囚人かのようにヤツの言うことを聞いてしまう。

あの夜。
仲間たちをからかった繁華街で、清四郎は一滴の毒をあたいの中に垂らした。
耳へと飛び込んできた囁きはどろりとした何かを生み出し、今から思えばあれが欲情の火種だったのだと分かる。

━━━マゾなんかじゃないやい!

何度否定しても、体から溢れるそれは紛れもない欲望の証。
ヤツの甘くて低い声は、ベールに包まれていた自分の本性を自覚させられた。

それから何気ない振りをしながらも、意識が清四郎へと繋がる。
遊んでいても、文句を言い合っていても、あの夜の言葉を思い出す度、下着が濡れた。
現実を頑なに否定し続けた理由は、ヤツの玩具で終わりたくなかったから。
いつものようにからかわれて、弄ばれるだけの存在じゃ満足出来ないと、心が拒否していたからだ。

どれほど誘拐されても必ず助けてくれる清四郎と魅録。
あたいは馬鹿だから学習能力が足りない。
けど、四度目のそれは話が違った。
あれは運が悪かっただけ。

━━━貞操の危機には命懸けで抵抗する。
そう決めたのは、入学前の誘拐がきっかけだ。
そして、清四郎を意識し始めてから、より一層その思いは強まった。
女らしくないと言われ、扱われてきた自分を、本当はどう思われているのかはっきりさせたい。
たった一言聞いてしまえばいいだけなのに、どうしても臆病風が吹いてしまうのは、これが初恋だから。
甘えることも出来ず、強がって、一人でも大丈夫なんだと意地を張る。

清四郎が廃墟と化した薄暗いホテルで犯人を恐怖に陥れ、それでも平然と微笑んで見せた時、一滴だったはずの毒が全身を駆け巡った。
まるで塗り替えられたかのように熱く火照る身体。
心の呪縛はその時から始まったのだ。



「何を考えているんです?集中しなさい。」

どろどろになったそこを、躊躇いなく啜る清四郎。
最初はそれを拒否し続けていたが、今じゃ当たり前のように脚を開いてしまう。
無条件で慣らされていく快感には抗えない。
もちろんそれだけじゃない。
清四郎が好きだから、こんな間抜けな格好も許せるんだ。

「そろそろ、いいか?」

「━━━━ん。」

何度も見せつけられたヤツの男に、薄いゴムが被さる。
今にも弾け飛びそうなほど暴力的な姿のまま、身体の中心を擦られ、自然と目が潤む。

「悠理、愛してる。」

「…………あっ………!」

訪れた痛みが、現実へと引き戻す。

「い………いたぃ!」

「もう少し!………我慢して…くれ。」

こいつのこんな苦しそうな顔は初めて見る。
額に汗まで滲ませて━━━

だからあたいは息を詰めて、成り行きに身を任せる。

「せぇしろ……」

「うん?」

「……………好き」

ハッと目を瞠った男から慌てて顔を背けるのも、照れ隠しだ。
だけどその瞬間、ズンと埋められた力強い凶器は、一切の思考を奪い去って行く。

「悠理!」

何度か、
そう、たった何度かの動きで、清四郎はイッてしまったらしい。
悔しそうに口元を歪ませながら、それでも恍惚とした表情を浮かべる。

「……反則だ。その台詞は。」

小さく呟いたヤツが、少し可愛かった。

けれどそこから始まった反撃は言葉に出来ないほど激しくて………
揺さぶられる身体と、微睡む思考。
強制的に与えられる快楽が、束縛された腕をもどかしく思い始める。

「あ…ん、あ………せぇしろぉ!ほどいて!」

「駄目だ、悠理。そのまま感じていろ。」

時を忘れるほど突き立てられ、まるで自分が憎しみの対象になったかのような錯覚に陥る。
だが、清四郎の時折告げる愛の言葉がそんな絶望から救い出してくれた。

「好きだ、悠理。おまえは僕だけのものだ。」

ギリギリと食い込む赤い布。
じわじわと染み込む爛れた愛。

それでもあたいは幸せだ。
だって、この男を虜にするだけの魅力があるってことだろう?
完全無欠の優等生。
裏を返せば歪んだサディスト。

確かにとんでもない男だけど、あたいを縛りながら、縋りつくように抱く姿は悪くない。

ほんとのところ、性癖なんて表裏一体。
だから次はあたいの番かもな。
楽しみにしとけよ、清四郎。