「おや、目が覚めたんですか?」
湯気立つ肌は、とても40半ばには見えない。
張りのある筋肉がシャワーの名残りを弾いている。
太い首に浮かぶ血管や盛り上がった胸板、割れた腹筋は男らしさの象徴でもあった。
剣菱に婿入りして早二十余年。
年を重ねる毎に魅力を増していく清四郎は、久々にゆったりとした夜を過ごしていた。
「あのなぁ………何度も言ってるだろ?この年で気絶するほどヤるなって。」
妻のぼやく顔すら楽しげに見つめる。
「久しぶりなんですよ?当然でしょう。だいたいおまえはいつも海外を飛び回っていて、滅多に自宅で顔を合わせないじゃないですか。」
「そ…そりゃ、悪いと思ってるけどさ。だからって帰宅するなり押し倒すか?新婚じゃあるまいに。」
「気持ちはいつでも新婚ですよ。むしろあの頃より愛情は深まってます。」
ああ言えばこういう。
悠理が清四郎に口で勝てた試しはない。
仕方なくため息で会話を打ち切ると、サイドテーブルに置かれたワインをぐっとあおった。
「こら…………瓶ごと飲む人がいますか。」
「いちいち注ぐのめんどくさい。」
「まだ、酔わせませんよ………。夜は始まったばかりなのに。」
切なげな台詞と本気の目。
如何に百戦錬磨の女でも、この男にこんな目をされれば、ひとたまりもないだろう。
事実、妻すら腰砕けにしてしまうフェロモンなのだ。
悠理は目を反らし、残り一滴までワインを飲み干した。
目を合わせれば妖艶な魅力の虜となってしまう。
自ら足を開き、あられもない言葉で求めてしまう。
そうすれば必然的に清四郎が興奮し、二回戦突入間違いなしなのだ。
身を固くし、瓶を啜る悠理だったが、腰に巻いたタオルを取り払った清四郎は、当然のように妻の背後へ忍び寄る。
たとえ特注の広々としたベッドであっても、彼の背丈をもってすれば、たった数秒で捕獲できるのだから、逃げ場所など無いに等しい。
「………もぉ…………なんでそんな元気なんだ?こっちはクタクタだよ………。」
「伊達に鍛えてませんからね。」
「うーん…………口だけじゃ、ダメ?」
「駄目です。」
空になった瓶を奪い取り、床に転がす。
そして先ほどまで舐めしゃぶっていた妻の柔肌に再び唇を這わせ始め、うっとりと囁いた。
「一ヶ月………いや40日ぶりなんですよ?今夜くらい、夜通し楽しませてくれてもいいじゃないですか。」
「よ、夜通し!?無理、あたい死んじゃう!」
「死にませんよ。………“多少”は手加減しますし、おまえは転がっているだけで充分。後は僕に任せて───」
「おまえ…………子供三人も産んだ女に、よくもまあ、そこまで欲情できるな。」
呆れ返った顔で夫を見上げる悠理は、もはや抵抗する気も失せたらしい。
ホールドアップのスタイルで、始まった執拗な愛撫に身を任せた。
弱い首筋をとことん嬲られ、熱い吐息が痕跡を残す。
毎度毎度のことだが、清四郎は自分のものである証をやたらと付けたがるのだ。
おかげでいつもファンデーションのお世話になり、パーティドレスはホルターネックが多かった。
「あぁ……悠理。この僕をこんなに焦らすなんて………悪い女だ。」
夫の甘い言葉が胸の先に絡む。
あまりの愛しさに抱き寄せた頭の黒々とした髪は、どんなからくりなのか、白髪一本見あたらない。
顔に刻まれた数本の皺はむしろ渋みすら感じさせ、いつも悠理をドキドキさせた。
────昔より愛情が深まったのは、あたいだって同じさ。
本当はずっと側にいたい。
こんなモテモテの男を、ハイエナがたむろする野(社交界)に放ちたくはない。
けれど─────
『女は男に追われてこそ潤うのよ。年老いた女の依存はウザすぎるから気をつけなさい。』
そんな可憐の助言により、悠理は清四郎から出来るだけ離れた生活を送ってきた。
子供達も大きくなり、三人とも親元を離れ、今はそれぞれがヨーロッパの大学や研究施設に通っている。
確かに邪魔者は居ないし、これぞ二度目の蜜月期といっても過言ではないだろう。
しかし悠理は解っていた。
二人きりになれば、清四郎の後を追いかけ回す犬のようになってしまうことを。
どんな場所へも顔を出し、ありとあらゆる女に威嚇してしまうだろうことを。
それはさすがに大人げない。
悠理とて40半ばとなり、ある程度の常識は理解しているつもりだ。
夫の仕事や交遊を邪魔する気など、これっぽっちもなかった。
────可憐の言うとおりにしよう。
そんな結論に達した悠理は結局、用もないのに海外を飛び回り、清四郎が不満に感じるほどの距離をとり続けてきたのだ。
逢瀬は月に一度、下手すれば三ヶ月に一度。
もちろん痛いほどの寂しさを感じていたが、これも夫婦円満の秘訣と、ここ一年我慢し続けてきたのだ。
子供達がそんな母を呆れ顔で観察していることも知らずに。
「せぇ……しろ………、あ、ぁん……そこ、触っちゃ………ヤダ………」
「おや、僕のものがまだ残ってますね………ほら湿った音がする。」
クチュクチャ………
挿入した指を掻き回しながら、清四郎は胸の先をねっとりと舐り続けた。
痺れる甘い痛みと、下腹部を覆う快楽の炎。
悠理は清四郎の頭を掻き抱きながら、官能的な声をあげる。
「あ………うそ…………もぉ……ダメ………来ちゃう!」
長い指は、尚も悠理の弱点を的確に攻め立てていく。
官能に疼く内壁をぐちゃぐちゃにされ、蜜と体液の交じった白濁を捻りつけるよう、指を回す。
「ひぅ………んん!!!」
迫り来る絶頂に悠理は仰け反り、夫の頭をギュウと強く抱いた。
指を締め付けながら、ビクビクと震える体には汗が滲む。
「ふ…………早いですねぇ。おまえも随分と飢えた体をしてるじゃないですか。あれほど達したというのに。」
気絶するほどイかされたのは、たかだか30分前のこと。
清四郎の逞しい腰に翻弄され、穿つ激しさに涙をこぼしながら「許して!」と懇願したのはついさっきのことだ。
なにも考えられなくなり、目の前がチカチカした瞬間、意識が飛んだ。
その後、フワッとした優しい感覚に包まれ、瞼を落とす。
この快感には、とてもじゃないが逆らえない。
「お、おまえの所為だろ!」
「いいえ。感度がいい悠理の所為です。」
平行線の言い争いは直ぐに終わり、清四郎は待ちきれないとばかりに猛々しい雄芯を擦りつけた。
「さっき………あんなに出したのに………」
「溜めこんでましたからね。」
「体に悪いぞ?」
「ならもっと僕の相手をしてください。最低でも週に一度くらいは。」
「週一・・・・」
悠理は考えた挙げ句、恐る恐る尋ねた。
「………飽きたりしない?」
「は?」
「うざがったりしない?」
「どういうことです?」
怪訝な顔で詰め寄られ、辿々しく説明するも、清四郎の顔には疑問符が貼り付いたままだ。
「…………おまえはどこまで馬鹿なんでしょうね。」
最終的な結論はいつもの言葉。
悠理はぐっと唇を噛みしめたが、とりあえずは返答の続きを待った。
「それはどう考えても、可憐の嫌がらせです。魅録が忙しく、放置されていた事が発端でしょう。」
「嫌がらせ………?」
詳しく聞けば、可憐は結婚十年目の夫に当てつける為、夜な夜な色んな男をはべらせ、楽しむ毎日を送っているらしい。
無論一線を越えたりはしないものの、酒場に出入りする派手な男女の噂は、悠理の耳にも入っていた。
結局のところ、清四郎達の円満さが憎らしくなったのだ。
かといって冗談半分で告げた言葉に、ここまで惑わされるとは思っても居なかったろう。
しかし悠理は言わずと知れた、単細胞の馬鹿。
今更ながらに自分の頭を呪う。
「…………あたい、馬鹿だなぁ。」
「ええ。そして僕の苦しみの一年は、可憐の言葉に振り回されていたんですね。」
呆れた清四郎に反論は出来ない。
尤もすぎる言葉だからだ。
「………でも、大丈夫なのか?子供達が居なくなって、あたい………寂しくて、ほんと、うざい女になるかもよ?」
「二十年も夫婦をしてきて、よくもまあそんな馬鹿らしい不安を抱けますな。………まったく。相変わらず可愛い奴だ。」
「あ……っん!!」
何の予兆もなく、勢いよく差し込まれた肉茎。
悠理の体は跳ね上がった。
「いいですか?僕以外の言葉を鵜呑みにしないように。わかりましたね?」
清四郎はそう確認すると、答えも聞かぬまま、苛立ちをぶつけるかのように律動を始めた。
たちまち翻弄されてしまうのはお約束。
「あ……ぁ…あぁ!わ、わかったよぉ………だから、もっと……ゆっくり………はぁ………ん!」
腰を掴まれながらの激しいピストンに、悠理は首を左右に振りながら喘ぎ声を響かせる。
そのセクシー過ぎる声はより大きな波を呼び寄せる。
夫は弓なりになった美しい背中を眩しげに見つめ、新たな角度でグラインドを加えていった。
「ここ……好きでしょう?」
知り尽くした弱点を次々と攻めながら、余裕の笑みすら浮かべる清四郎。
容赦ない突き上げに悠理はただ啼き叫ぶしかない。
「あ、あぁっ!だ、だめっ!も、もう、やぁ!!!」
伸ばされた両手が清四郎の首にかかると、さらに深く抉るよう、上から押し込んでいく。
律動が激しくなる。
厭らしい音が部屋中に響き、何よりも効果的に二人を煽る。
「せぇ……しろ……も、イっちゃう……あ、あ、ああっっっ!!」
「悠理っ……!」
世の男が理想とする鋼のような身体は、悠理を狂わせる為に存在するようだった。
愛液が飛び散る中、衰えを見せぬスピードで抜き差しを繰り返す。
締め付ける妻の秘所は、昔と変わらず甘美な刺激を与えてくれる。
清四郎はそれを誇らしく思い、そして自分の形に馴染んだ膣を愛おしく感じた。
キュウゥゥ
絶頂の瞬間、悠理の身体から芳香が舞う。
それに合わせ、清四郎も多くの体液を妻の中に注ぎ込んだ。
本日三度目の吐精。
同じ年頃の男に比べ、優れているという自信はある。
再び失神してしまった悠理の肌がテーブルランプに照らされ、光沢を纏う。
同い年とは到底思えぬ、美しい身体。
彼女に与えている特別な栄養ドリンクだけが原因ではあるまい。
「老いるわけにはいかないんですよ。」
日々の鍛錬は若々しい悠理を意識してのこと。
彼女は我が身の美しさに無頓着すぎる故、どれだけ男に注目されているか気付いていないのだ。
「油断は禁物。おまえは一生、僕だけのものですからね。」
愛と執着、そしてほんの少しの虚栄心。
妻への愛情を糧に、清四郎の努力はこの先もずっと続くのである。