「あら、副社長、もうお帰りですか?」
秘書課トップ、柴崎結子(しばさきゆうこ)は急ぎ足でエレベーターホールに向かう清四郎へと柔らかく声をかけた。
「ええ、今日は少し用事があるので・・・。」そわそわとした様子のまま、携帯電話から目を離そうとしないその姿に、『また奥さま絡みか。』と勘付き、にっこりと笑顔で見送る。
「お疲れさまです。」
「お疲れさま。」
そぞろな挨拶の後、エレベーターが到着するなりボタンを乱打する清四郎。
そこに、いつもの冷静で落ち着いた雰囲気は全く見受けられない。
結子が秘書室に戻った時、同僚の桂川マキがにやにやしながら出迎え、そそと近付いてくる。
「見た?」
「副社長のこと?ええ、ご挨拶したわよ。」
「こんなにも早く帰る日は何かあるのよねぇ。」
詮索好きのマキは時々煩わしくも感じるが、今は二人きり。
仕事もあらかた片付いていたので、少しだけ井戸端会議に付き合うことにした。
「奥さまのことでしょ、どうせ。」
「多分、ね。やっぱり頭上がんないのかしら。婿養子は辛いわよねぇ。」
「それはどうかしら?大恋愛で結婚したらしいけど?」
「ふ~ん、羨ましい。あ、そういえば副社長の携帯の裏におっきな猫のシールが貼ってあるじゃない?
まったくキャラじゃないわよねぇー。あれって絶対に奥さまの仕業よ。」
イキイキとしたマキの声が室内に響く。
結子は淹れ立ての珈琲を差し出すと、ふぅと肩を落とし息を吐いた。
入社して十年。
自分よりも年下の上司と仕事をするようになって早一年。
彼の冴え渡る怜悧な頭脳と冷たいまでのポーカーフェイスは、滅多に綻びを見せることは無いが、こと奥方に関してはその範疇ではなく、先程のようにまるで少年のような表情と行動を露呈させる。
そのアンバランスさを結子は不思議に捉え、正直彼のような人間がどうして‘あの奥方’に振り回されているのだろう、と常々と考えさせられてしまう。
「結局は奥さまが上手(うわて)なんでしょうね。」
つい、心の声を洩らせば、マキもまた「そうよね。きっと掌で上手く転がしてるんだわ。」と納得した。
愛妻家で恐妻家。
どちらも彼のキャラクターではないがその分、仕事を迅速にこなしてくれるのだから、秘書として苦言を呈することは何一つない、と結子は思う。
「そういや、営業二課の新入社員、えーーと國盛(くにざかり)君だっけ?カッコいいわよね。」
マキが持つネタ袋は無尽蔵。
結子は一気に珈琲をあおると、強制的に話を切り上げた。
━━━今夜はいつもより早く帰れるのだ。ホットヨガに行った後、一杯ひっかけたい。
33の独り身女にとって、それはささやかなご褒美でもあるのだ。
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帰宅した清四郎は、すぐさま夫婦の寝室へと飛び込む。
「悠理!」
「おっ、早い早い!お疲れ、清四郎。」
ふんわりとした淡い色味のルームウェアで出迎える妻。
決して出かける雰囲気ではない。
「はぁ。間に合いましたね。」
「うん。約束通りだな。」
妻の生理が明けた今日。
清四郎にとって待ち望んだこの日。
今夜は遅くまで夫婦の時間を楽しもうと、いつも以上に勤しんでいたら、一通の非情とも言えるメールが飛び込んできた。
『魅録と遊びにいってくる。』
━━━そんな馬鹿な!
直ぐ様、電話をかけ、今夜どう過ごしたいか(欲望)を小声で伝えれば、『なら九時までに帰ってこいよ。一分でも遅れたらあたい出掛けるから。』とこれまた夫を試すような返事が返ってくる。
清四郎はマッハで仕事を終わらせ、ハイヤーに乗り込み、剣菱邸に到着してからも歩く速度を緩めなかった。
夜に賭ける男の情熱は半端ではない。
「僕の勝ちです。さ、楽しませてもらいましょうか。」
「わぁったよ。今日はサービスしてやるから。」
悠理は慣れた手つきで清四郎のネクタイを外し、スーツを剥ぎ取る。
一日中働いてきた男の香りと共に現れるは、逞しい身体。
決して欲しくなかったわけじゃない。
ただ、夫の焦る姿が見たかっただけ。
求められる自分を確かめたかっただけ。
素早く下着姿にさせた後、悠理自らもまた潔く裸になる。
ベッドの横に立ち尽くす夫へと奉仕するために………。
キスも全て悠理から仕掛ける。
それがゲームに勝った清四郎へのご褒美。
15cmの身長差を、首に腕を回す事でなんとか乗り越え、悠理は一生懸命キスをした。
「ぷはぁ………やっぱしんどい!せぇしろ、横になって?」
「ふ、今夜は悠理が上になってくれるんですよね?」
「ん、そのつもりだけど?」
「楽しみです。」
心底喜びに満ちた笑顔で、いそいそとベッドに横たわる清四郎。
こんな素直な姿を仲間たちは知らない。
滑らかな頬に手を添えて、再びゆっくり近付ける唇。
悠理の大好きな形良いそれは、いつものイヤミが封じられ、ただ為すがままに閉じられている。
「いつ見ても、綺麗な形・・」
そう言ってチュ!とリップ音を立てた後、何度も角度を変えて食み始めれば、行き場に戸惑っていた清四郎の手がゆっくりと悠理の背中を撫で、官能の火を灯す。
「ん・・・・っ・・」
何度も重ね合わせ、何度も舌先でペロリと舐める。
清四郎が堪らない!とばかりに唇を開いた時、悠理は小さな舌をそろりと挿入させ、その先を求めた。
絡まり合う舌は次第にピチャリピチャリと粘着質な音をたて始め、合わさった唇はこれ以上なく密着し、吸い付いて離れない。
奥の奥まで、それこそ舌の付け根まで愛撫しながら唾液を交換し、息も出来ないキスを続けていると、上に乗った悠理の下半身に清四郎の昂りがピタリとくっつき始めた。
そこでようやくゆっくりと口を離し、悠理は呟く。
「ふふ。早いな。」
「一週間ぶりですから。」
「いっぱい感じて?」
麗人の微笑みはあまりにも妖艶で、清四郎はゴクリと唾をのんだ。
首筋から鎖骨にかけ舌が這う。
悠理のふわふわとした髪が顎下を擽り、それだけでも快感の火種が焼べられる。
もどかしさを感じながらも、その甘い刺激に逆らいたくないと思う。
背中にあったはずの男の手は、悠理の耳をそっと撫で、軽く差し込んだ指でそろと愛撫し、彼女を濡らす。
「ん・・・そこ弱いからダメだってば。」
「知ってます。だからこそするんでしょ?」
耳を弄ばれながらも夫の肌を味わうことは止めず、悠理は薄茶色の突起を舌先で捉えた。
トロッと唾液を垂らし、捏ねるように押し込む。
「っつ・・・・はぁ・・」
色っぽい声が洩れた事で気を良くし、更なる愛撫に力がこもった。
そっと咥えた後、唇を尖らせ、吸い付き、吸い上げる。
それを左右交互に何度も繰り返していると、清四郎の分身がどんどんと硬度を高めてゆく為、悠理はまるでゲームのようにそれを楽しめるのだ。
「あ………ぁ、悠理、すごいな。」
「んふっ・・いい?せいしろ。」
「堪らない。もう・・早く、触れてくれ。」
懇願する声はとっぷりと欲に塗れている。
突起から音を立てて唇を離すと、次に二本の指で軽く摘まみ始めた。
空いた口は引き締まった腹筋の上を下りていき、綺麗な形をした臍に到達する。
そこへ舌を差し入れ、いつも自分がされているように掻き回し、たっぷりと唾液を送り込んだ。
「あ、あぁ、ゆうり!」
感極まった声が響く。
悠理は清四郎の身体が好きだ。
好きで好きで堪らない。
自分にない筋肉も、放熱する高い体温も、快感に素直な反応を示すところも、全て彼女を虜にしていた。
男のくせにきめ細かな肌。
━━━もう少し毛深くてもいいのに。
そう思えるほどの体毛しか生えていない身体。
腰骨の逞しさと脚の付け根に聳える硬い肉茎は、それでも清四郎の雄の部分を強く誇示している。
「焦らさないでくれ。」
「ふふん。いっつもあたいを焦らしまくってるくせに。」
「今日は・・・だめだ・・・・もたない・・・。おまえがあまりにもやらし過ぎて・・・」
清四郎の懇願など滅多にお目にかかれない為、突如として優位な気分になった悠理は、更に意地悪な提案を差し出した。
「10分我慢しなきゃ・・・入れさせてやんないぞ?」
「10分・・・ですか。」
それは普段ならなんてことのない条件だったが、今夜の清四郎にとっては難題である。
一週間ぶりのセックスに、胸の鼓動は異様な高まりを見せ、その興奮度合いを表わしていた。
「いっぱい舐めてやるからさ。我慢してみろよ。」
「・・・・・・・・・・・はい。」
そんな妻の言葉に抗えるはずもない。
清四郎はどうにでもなれ、といった勢いで身体を明け渡した。
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いつもは悠理の痴態を余す事なく愉しむ為、クッションを背に上体を起こす清四郎だったが、今回そんなことをすればものの二分ともたない、と判っていた。
猫のようなしなやかさで、悠理の裸体が小さく揺らめきながら男のグロテスクな部分を舐める。
堪らなく官能的で、堪らなく扇情的な姿だ。
脳裏に思い浮かべてしまうだけでも愚息は悲しいほど勃ち上がる。
意識を分散させるにも彼女の舌遣いは最高で、快感を追った腰がどうしても震えてしまう。
・・・・・ああ、吐き出したい。
喉の奥へ、一週間分の欲をぶちまけたい。
飲精は何度かしてもらった事はあった。
しかしその都度悠理は顔を顰め、苦いと喚いた為、それからはギリギリのところまで我慢し、身体にかけることで欲望を抑えた。
「ん・・・んっ・・・ぷはぁ・・・」
涙目で性器から口を解放する悠理。
「おまえ・・・デカすぎるって・・・・窒息しそうになったぞ。」
「済みませんね。」
絶品の口腔内から放たれたそれは、ピクピクと痙攣しながら、再びその中へ戻ろうと足掻く。
「もう・・・・・・・・。」
その意図を読み取った悠理は再び大きく口を開け、その猛り狂った肉棒を咥えこんだ。
生暖かい感触と纏わり付く唾液。
拙い舌がそれでも必死に、浮き出た血管をなぞっていく。
上下する頭は速度を上げ、清四郎は呻きながらも必死に耐えた。
悠理の胎内を弄るまでは絶対に我慢する!
鈴口を吸われる刺激にはさすがに眩暈を感じたが、それでも清四郎は耐えに耐えた。
サイドテーブルの時計がようやく10分を指し示す。
悠理は「ちぇ・・・」と呟き、それでも嬉しそうに覆い被さってきた。
「ど?良かった?」
「・・・・・巧すぎますよ。」
「へへ・・・・だろ?今日はいつもよりも念入りに気持ちをこめたからさ。」
「何故?」
その質問には微かに頬を染め、プイと横を向く。
「・・・・おまえに悦んで欲しいからに決まってんだろ。」
身震いするほどの感激が男を襲う。
気付けば立場は逆転し、悠理を組み敷いていた。
「もう・・・駄目だ・・・・入れたい!!」
「清四郎・・・・あ・・・ダメ・・・あたいが・・・・」
そんな妻の言葉を無視し、自らの指を唾液で濡らした後、悠理の秘所を探る。
丁寧な愛撫など出来る余裕もなく、濡れ具合を確かめるだけの行為。
しかしそこに触れた瞬間、夥しい愛液に驚かされ、清四郎は目を瞠った。
「濡れすぎでしょう?」
「・・・・あたいだって欲しかったんだもん。」
「それ以上可愛い事を言うな!」
ズプリ・・・・
痛いほど屹立した分身を、遠慮無く沈めていく。
悠理の肉襞を味わいながら、それでも更なる奥を目指して押し進む。
「は・・・ぁ・・・・・気持ちいい。」
思わず洩らしてしまう本音を悠理は嬉しそうに受け取り、笑う。
「あたいも・・・・すごく良いよ・・・。せいしろのおっきいのでみっちり塞がれたら、なんか安心する。」
「随分とやらしいことを言いますね。」
「ほんとだもん・・・ずっとこうしてたいくらい・・・あ・・・ん!」
「分かりました。なら今夜は繋がったまま朝を迎えましょうか。」
「出来るの?」
「出来ます。」
夫の断言を疑うはずもない悠理。
両腕を広げ、逞しい背中にしがみつくと、目眩く快感を受け入れる準備を静かに整えた。
・
・
・
「あ・・・あ・・・・・あぁ・・・ん!あ・・・いい!!!」
宣言通り、清四郎は一度として性器を抜かず、悠理を穿ち続けている。
もちろん何度か達してはいるが、その都度、悠理の胎内で復活を遂げていた。
悠理は、というと・・・
立て続けに襲い来る絶頂に、それでも意識を保ったまま嬌声をあげている。
精子混じりの愛液が淡い色のシーツに大きな染みを作り、激しい動きの所為でくしゃくしゃになっていた。
清四郎は器用に体位を変え、今度は後ろから抱えるように抱くと、体重をものともせず突き上げ始める。
グチュグチュ・・・・と濁った湿音が響き、その溢れ出た体液が男の太腿を濡らした。
小さな胸を痛がるほど揉みしだき、しなる背中に唇を這わせ、紅い痕跡を強く残していく。
「悠理・・・・おまえは本当に最高の女だ。」
官能的なその声は、女を堕落させる能力(ちから)を持つ。
悠理はとろんとした視線で緩慢に振り返り、そして懇願した。
「あ・・・・せいしろ・・・・・もっとぉ・・・もっと・・・してぇ・・・・」
「ええ、こちらこそ。朝までお付き合い願いますよ。」
カモシカのように長い両脚を大きく広げ、膝の裏に手を差し込み持ち上げると、清四郎は渾身の力で揺さぶり始めた。
長い杭を子宮近くまで打ち込まれた悠理は酸素を求め、口をパクパクと開閉する。
あまりの快感に脳が麻痺し始め、淫らは言葉は無意識に吐き出され、留まることを知らない。
「あ・・・あ・・・せいしろ・・・・いい!ああ、奥、あたいの中、おかしくなるよぉ・・・!ああ・・もっと突いて、無茶苦茶にしてぇ!!!」
羞恥などというものは、遙か遠くに投げやった。
悠理は哀れなほど懇願し続け、清四郎を強請る。
「悠理・・・可愛い・・・可愛い、もっと言え・・・!」
「あ・・・・せいしろぉ・・・・せいしろぉの気持ちいいよぉ・・・も・・・ダメ・・・離れらんない・・・」
「当然です。」
きっぱりそう言い切った後、男は悠理の花芽に手を伸ばし強く扱いた。
「ひぃ・・・!!!」
あまりの強さに悲鳴があがる。
快感の涙と涎を流す妻の顔を引き寄せ、清四郎は耳元に甘く囁く。
「これから、夜だけは僕の言うことを何でも聞けますか?」
「あ・・・うん・・・うん・・・・・!」
「約束ですよ?」
底なしの快楽に堕ちようとする妻を抱き締めながら、夫は満足げに笑った。
貫き続ける腰に限界はない。
悠理から溢れる夥しいほどの白濁は、どれほど穿ち続けても潤滑油となり助けてくれる。
その後・・・・・空が白み始めるまで悠理を離さなかった清四郎は、気絶した妻を抱きかかえ、ようやくバスルームへと向かった。
彼に疲れは見られない。
むしろ精悍な表情すら浮かべている。
24時間張られた適温のお湯に、甘い香りの入浴剤を投入し、悠理を抱えたまま浸かる。
意識のない身体をゆっくりと揉みほぐしながら、汚れた膣から自分の欲望を掻き出すと、それでも彼女はぴくんと反応して見せた。
柔らかく秘唇を撫でる。
ぬるぬるとした愛液は、いまだ胎内から生成されていた。
「・・・・・・・おまえは本当に最高だ。」
額に唇を強く押し当て、悠理の中に再び還っていく。
意識は戻らないが、それでも刻み込まれた快感が敏感にさせているのだろう。
「ぁ・・・あ・・・・ぁ・・・」
無意識下でも小さく喘ぎ始める。
激しさこそ加えずに、ゆらりゆらりと悠理を味わう清四郎。
数え切れないほど繰り返したキスの所為でぷっくりと腫れ上がった唇を、執拗に舐めながら揺蕩う。
「まだまだ知って貰いますよ・・・・僕の全てを・・・。」
濡れた髪を梳き、そっと囁けば、ようやく瞼を開けた悠理はうっそり笑った。
「いいよ・・・・清四郎。」
忘我への道行きはまだ始まったばかり。