魔王きたりて・・・・(R)

━━━━━━油断した!

悠理がそう後悔したのは、アルコールの匂いとタバコの煙が充満する、いかにもな感じの退廃的な飲み屋のカウンターでのことだった。

大学生達が集まる、所謂合コン御用達のその店へ、タダ酒が飲めると喜び勇んで来たものの、詰まらない会話と媚びた女達の化粧臭さに辟易し、そこから待避するかのようにカウンターに腰かけ、一人氷水を飲んでいた。
安酒など彼女の身体には合わない。
薄められたビールはとてつもなく不味かった。
胸がムカムカして吐き気すらもよおしている。
携帯電話には未だ迎えの連絡がないため、詰まらなさそうにそれを弾く。
恋人の筆無精には困ったもんだとぼやきながら。

そんな悠理を追ってきた一人の男。
名前は一度だけ聞いたかもしれないが、少ない脳みその持ち主は覚えてなどいない。

━━━━誰だっけ?

隣に座られた時、彼女はそんな疑問を抱いた。
しかしあまりの興味の無さから、すぐに顔を背ける。

「剣菱さん。」

ハートマークが付いたかのような声で呼び掛けられ思わず二度見してしまう。
どうやら男はそこそこ酒が回っているらしい。
よくもまああんな不味い酒で酔えるなと呆れたが、自分達とは違い、ハタチを迎えてからアルコールデビューした奴等は本物の酒の味も何も分かってはいないのだろう。
そう思い至った。

「なに?」

無愛想に返事をすると、男は手にもっていたチューハイをグッとあおる。
それはライムが浮かんだ薄い酒だが、彼は10杯近く飲んでいて、見事に酔っぱらっていた。

コトン
音を立てグラスをカウンターに置き、据わった目で悠理を見つめる。
中肉中背。
顔も特徴がなく、街で見かけても思い出せないタイプのモブ顔だ。

それが油断を招いたのだろう。
愚鈍に見えた彼は、予測不可能な動きで悠理に顔を近付ける。
そして━━━━

チュ

無防備だった唇に、男はキスをぶつけた。
酔っぱらった勢いで。

瞬間、悠理の頭は真っ白になる。
それはもう、ブラジルの「レンソイス砂丘」のように。

「お、お、お、おまえ!!」

「へへ!剣菱さんの唇ゲットしちゃった。」

何の罪悪感も見当たらない男は、ペロリと唇を舐める。
その行為がキスの余韻を感じさせ、悠理の頭はガツンと殴られたように痛んだ。
しかし激怒しようにもパクパクと口が開くだけで、身体が反応しない。
ショックはかなり大きかった。

━━━き、き、き、き、キスされた!!

軽い酔いは一気に冷めてしまい、妙な脂汗だけが額を流れる。
それは何かを予感させてのこと。
そう、何か悪いことが起きる前兆だと悠理は本能で察知していた。

「おやおや。僕の恋人は随分と反射神経が鈍くなったんですね。」

背筋が凍るとはこの事をいうのだろう。
永久凍土並みに悠理は固まった。

「それともなんですか。この男に乗り換えるつもりですか?」

‘このモブ顔の男に’という影の言葉がはっきりと聞こえる。

「んなわけねーだろ!!」

凍りついたままでもそれだけは言わなくては!
そう思い、覚悟を決め、振り向き様に恋人を窺えば、清四郎は軽口に反して、恐ろしい形相でこちらを見つめていた。

「ひぃっ!!!」

悠理は即座に泣きたくなる。
だがそう簡単に泣かせてくれないのが清四郎。
怒りに満ちた双眸はゆっくりと近付き、鼻と鼻が触れ合うほどにまで接近した。

「ご、ご、ごめんなさい!」

反射的に謝る。

「何に対しての謝罪です?油断?不貞行為?それとも僕を憐れんで?どちらにせよそう簡単には許しませんけどね。」

モブ顔男の震える気配を右側に感じながらも、悠理はそちらを向くことが出来なかった。
今、清四郎から目を逸らせば命はない。
そう覚悟しながら、これまた反射的に唾を飲む。

「悠理…………愚かな女だ。」

『はい、その通りです。』
とも返事出来ず、ただただ次の行動を待つばかり。
彼の嫉妬深さは常人の比ではない。
自分を邪魔する者はどんな手を使ってでも葬ろうとする悪知恵に長けた男。

そんな恋人から目を逸らさず(逸らす事が出来ず)、奥歯をカチカチと鳴らす悠理。
目はすっかり潤み始めていた。
泣きたいが泣けない。
そんな恐怖に包まれている。

暫くして、清四郎の唇が悠理の耳朶にそっと触れる。

「今夜は…………………判っていますね?」

小さな、しかしドスの効いた声だった。
コクコクと首を縦に振る悠理はもう生きた心地がしていない。
きっと今夜だけでは済まないだろうと覚悟し、隣にいるモブ顔を憎々しく思った。

清四郎は先ほどのようにゆっくり離れると、今度はその原因となった男に近付く。
彼もまた、天国からいきなり閻魔大王の前に引きずられてきたかのような面持ちで固まっている。

「こんな安酒で命を失うなんてこと、勿体ないとは思いませんか?」

悠理同様コクコクと頷く男に、清四郎はそれ以上の攻撃を与えなかった。
しかし彼は少しチビっていたのだ。
決して酒のせいではない。
目の前の男の暗黒面を覗き見たからだ。
強固に握られた拳が怒りで震えていた。

「さぁ、悠理。帰りましょうか。」

何かを堪えながらも優しげに微笑む清四郎には、正直近寄りたくない。
だが、ここで否を唱えることは寿命を縮めることだと理解している悠理は、椅子から立ち上がると大人しく彼の腕に収まる。
が、直後、痛みを感じるほどの力で抱き寄せられた。

「いってぇ………」

涙目で訴えるが、清四郎は緩めない。

「僕の痛みはこんなもんじゃありませんよ。それを今からたっぷりと思い知らせてやりますからね。」



その夜、悠理が全力で呪いをかけた相手はもちろんモブ男。
彼女は約一週間もの間、ホテルに監禁され、恋人の怒りの深さを思い知らされたという。


<お仕置き編>

「ひぃぁ………ぁっ……」

その声は決して快感によるものではない。
突き詰めればそうなのかもしれないが、しかし当の本人はそれどころじゃなかった。

外資系ホテルのエグゼクティブスイートはベッドにこだわりを感じさせる。
安っぽく軋まないふかふかの、しかし適度な弾力のあるダブルマット。
キングサイズのそれは大人三人が余裕で眠れる広さだ。
そこで今、清四郎に見つめられながらの悠理は、のたうち回るように体を捩らせている。
いつもならその大きな背中にしがみつくだろう腕は、革製のベルトで頭上に縛り上げられ、唯一自由な両脚も彼自身の手であられもなく開かれていた。

約一時間もの間、清四郎は悠理の下半身を舐めしゃぶっている。
長く美しい指と器用な舌先。
それらをくまなく使いわけ、何度も何度も絶頂寸前にまで昂らせる。

もどかしい快感が一時間も続けば、悠理の思考は完全に溶けてしまっていた。
最初の内は懇願し、強制される卑猥な言葉も素直に口にしていたが、今はただただ掠れた声で喘ぐのみ。
涎は首元にまで流れ、涙はとうに枯れ果てた。

助けて……と何度告げたことだろう。
許して……と何度すがったことだろう。

しかし清四郎は決してそれを受け入れなかった。
絶望の淵に立った気分で責め苦を味わう。

吸い付き、甘噛みされた快感の芽は、既にその形を変えている。
清四郎の整った歯と唇、そして指で散々弄ばれ、哀れなほど充血し膨らんでいた。
トロトロと流れ落ちる愛液が彼の舌で吸い取られ、そこへと塗し付けられる。
何度も何度も繰り返し行われる強烈な愛撫。
嬲られる身体は抵抗を止め、今やなすがままの存在だ。

「悠理………苦しいですか?」

何度も告げた言葉を、清四郎は強いる。

「苦しいよ…………も、なんとかしてぇ……」

瞬間、ピンと弾かれた円らな芽の刺激に、悠理が反り返った。

「んぁぁあ………!!」

迸る愛液が清四郎の手を濡らす。
がくがくと震え出す細い腰が、深い絶頂を迎えたことを示していた。

「あ……………ぁ………ぁ………」

ゆっくりと崩れて行く身体。
すべての組織が崩壊するかのような快感に、静かに身を投じる。

━━━やっと、イケた。

息を切らしながら、小刻みに震える自分を呆然と見つめる。
ぐったりと沈み込んだ下半身は、自らの意思ではぴくりとも動かせない。
吹き出した細かな汗が、空気でひんやりと冷やされて行く。

「派手にイきましたね。」

清四郎の指は、その巧みな舌で舐めしゃぶられ、手首にまで伝う悠理の愛液を旨そうに啜った。
野獣めいた瞳がほんの少しだけ和いだように感じる。
瞼をとろんと落としたまま、淫靡な光景を見つめていると、彼の口元がゆっくりと持ち上がり、濡れた指が悠理の唇をそっとなぞった。

「ここは誰のモノ?」

「………せぇしろ……………」

「反省していますか?」

「…………うん。」

何度も、何度も、同じようになぞられる。
悠理がチロと舌を出せば、彼の指はそこへも優しく触れて行く。

きっと、清四郎は許してくれるのだろう。
だってこんなにも愛しげに触れられているのだから。

悠理はホッと胸を撫で下ろした。
激しかった呼吸も整い始め、未だシャツとスラックスを着たままの恋人を甘えるように呼ぶ。

「せぇしろ………」

「ん?」

「これ、外して?最後まで…………しよ?」

「なかなかよく似合ってるんですけどねぇ。」

「バカ!なんだよ、それ。」

「ふふ………まぁ、良いでしょう。」

解放された手首を擦りながら、飲み物を探して視線をさまよわせる。
喘ぎ過ぎて喉がカラカラだ。
大量の氷が入ったアイスペールを見つけ、指差せば、清四郎は手早くグラスを取り出し、氷水を作ってくれた。

「ぷはぁ……おいしっ!」

喉から胃の奥までじんわりと冷えていく感触に、思わず声が跳ねる。
喉に少しの痛みを感じるが、それも氷の冷たさで麻痺してゆく。
だが次の瞬間、

「ひゃぁ!」

悠理はまたもや甲高い声をあげた。
思いも寄らぬ悪戯によって。

清四郎は指で挟んだ氷を、最大限の熱を帯びたそこへと沈ませて行く。

「ここも冷やして欲しいと、訴えていますよ。」

小さな塊は彼女の胎内で、あっという間に溶けていく。
するともう一つ、今度は唇で挟んだそれを直接、赤く染まった花芽に擦り付けた。

「あああーー!!」

上下に浅く、強く、擦られ、悠理は再び跳ねる。
敏感に尖っていた繊細な部分が、あまりの冷たさに萎んでしまう。
執拗に擦られ、溶けていく氷。
全てが溶けきってもなお、清四郎の口は悠理の下半身から離れることはなかった。

「あぁ、美味しいな。僕も丁度喉が渇いてたんです。」

啜られる蜜はすっかり温い。
わざとらしく音を立て、中までも抉られる感覚に悠理の思考は再び微睡み始めた。

静かに指が侵入する。
彼女の中を知り尽くした清四郎にとって、快感を引き出すことはあまりにも容易い。

「あっ、あっ………や、も、もぉ、いいからぁ!せぇしろ!!」

「随分と厚ぼったい。それにすごく締まってますよ。そんなにも男の太いモノが欲しいんですか?」

太いもの?
違う。
大きさなんか関係ない。
清四郎のじゃないとダメなんだ。

わかりきった答えを聞き出そうとする性格の捻れた恋人を、悠理は涙目で睨む。

「ばか!せぇしろのじゃないとダメだって知ってるくせに!」

「ダメ?本当に?」

皮肉に歪んだ清四郎の唇が、悠理の恥毛を優しく引っ張る。

「なら、自分でここを開いて、僕を欲しがりなさい。」

スッと音もなく離れた彼は、ようやくシャツのボタンを外し始めた。
逞しい胸板が徐々に現れ、悠理の期待を高めていく。

「ほら、早くしなさい。」

普段なら見せられない痴態も、今は身体の飢えが勝っているのか、指が勝手に濡れた秘所へと伸びる。
さっきまで氷が触れていたはずなのに。
こんなにも早く熱を持ち始めた肉が恨めしい。
けれど散々焦らさたせいで、悠理の心はいつになく従順だった。

細い指は閉じられた秘唇を恐る恐る開く。
柔らかく熟れた果実から溢れる甘い香り。

清四郎の食い入るような視線に負けて、顔を背けるも、彼の意地悪な口は止まらない。

「指を入れて見せるんです。」

「え?」

「ほら、早く。」

今夜の清四郎は本当にひどい。
屈辱的な要求をさらりと口にする。
しかしこのままでは悠理とて我慢出来ない。
奥深くで燻ったままの欲望が、彼女を悲しいほど苛むのだから。

清四郎はすっかり裸になった。
体の中心に聳え立つ、紛れもない高ぶり。
一刻も早く悠理が欲しい、とピクピク震えているのに、自ら化した責め苦に酔いしれる男。

指が埋没する。
第一間接までがぬるりと滑り込み、悠理は自分の熱を感じた。

「もっと奥まで、そう…………出し入れして」

指示することを止めない清四郎の目は、ギラギラと燃えている。
欲望が静かにその時を待つ。
今か今かと待ち受けるシンボルを上下に扱き始め、悠理は彼の興奮に巻き込まれていった。

「せぇしろ………せぇしろ………!おねがい、それ、入れて!」

切ない疼きが全身に広がり、懇願の涙が溢れてしまう。
たった一人の男を求めて、暴走する心。

「悠理っ!」

限界を感じた彼は、蜜壺を弄んでいた彼女の手を掴み、シーツに押し付けた。
そしてなんの躊躇もなく、鋼のようなそれを沈めていく。

「あぁっ!!!」

最初から奥深くまで貫かれ、悠理の声は張り裂けんばかり。
硬くて熱い昂りが、全てを見透かしたように暴れ出す。

「いい反応ですね。分かりますか?中が蠢いているでしょう?」

「あ……当たり前だろ?……んなに焦らされたら誰だって……っ!!」

「はいはい。ちゃんと奥でイカせてやりますよ…………狂いたくなるほど、ね。」

ぞっとする台詞に強張る身体。
しかし清四郎は宣言通り、子宮口付近を責め始めた。
じっとりと舐め回すような動きに加え、左右に小さく震わせる。

「ひっ………ぁあ!」

悠理はその場所で弾ける快感の深さを既に知っている。
全身を通り抜ける、抗いようの無い強烈なそれに悲鳴のような声をあげ、失神させられてしまうことも。

怖い!
助けて!

切実な懇願は素通りされ、抵抗する気力を根こそぎ奪い取られて行く。
清四郎は悠理の全てを把握し、どうすれば彼女が壊れてしまうかも熟知していた。

「ほら……悠理、こうされると我慢出来ないだろう?」

興奮に熱を帯びた男の声。
リズミカルな抽送に肉体の芯がとろけ、悠理は啜り泣くような悲鳴をあげる。

「せぇしろぉ………おかしくなっちゃう、あたいどっか飛んでっちゃうよぉ!」

「それでいいんです。僕はそんなおまえが見たいんだ。」

言って動きを激しくさせる清四郎。
押し寄せる猛烈な快感に、呼吸が途切れ途切れになってしまう。

「あ、あぁ………ああ!!ひっ……………もっ、むりぃ!」

そんな声に追い上げられ、清四郎もまたスパートを掛けるよう腰を振った。

「ゆう……り!!イクぞ!!」

上気した美しい顔を見つめれば、忍耐が爆発する。
骨の髄が溶け出すような強烈な射精。
気絶した悠理の赤い瞼が愛おしい。

清四郎は息を切らせたまま、そこへ唇を落とす。
ゆっくりと彼女の輪郭をなぞるよう滑らせ
そして最後は、半開きになったままの口を大きく食んだ。

━━━━悠理。僕を狂気に走らせたくないのなら、二度と他の男に触れさせるな。
おまえは僕のもの。
爪の一欠片すら………僕だけのものだ。

激しい嫉妬に焼かれた清四郎が心穏やかになるまで、一週間もの時を要する。