春の陽射しは温かく、飛び交う鳥たちも心なしか楽しげだ。
剣菱家令嬢・悠理は今年21才を迎える。
彼女もまた、彼ら同様ご機嫌な様子で空を眺めていた。
にまにまと緩む頬は自分でもどうしようもない。
引き締めても引き締めても、ふと気付けばだらしなく緩んでいるのだ。
思い当たる理由は一つ。
付き合って二ヶ月の恋人と、夕べようやく結ばれたことにある。
━━━━くふせぇしろってば。人が変わったみたいに優しいんだから!
真っ白なシーツにくるまれ、二人で迎えた朝は清々しくもどこか甘くて、まるで映画のワンシーンかのようにアダルトな雰囲気が漂っていた。
「悠理………身体はどうもないですか?」
いつになくしっとりとした声色で語りかける恋人。
その胸の中でくすぐったさに悶える。
「ん。だいじょぶ。」
「良かった………。」
「せぇしろは………?」
「最初から最後まで、まるで天国にいるような気分でしたよ。」
肌と肌をくっつけたまま、啄むだけのキスを交わす。
それ以上はきっと、この清浄なる朝の雰囲気に相応しくないだろうから。
「………好き……」
「愛してます。」
顔や腕の至るところに口付けられ、ベッドの端から引き寄せたバスローブを羽織らされる。
「今日は講義があって、早めに出なくちゃならないんだ。悠理は午後からでしょう?ゆっくり休んでいなさい。」
「………うん。」
目映い光の中に引き締まった裸体を晒す清四郎は、まるで美術館に並ぶ彫刻のように美しかった。
出来ることなら引き留めて、もう一度彼の全てを確かめたい。
特にあの逞しい………欲望の形を。
・
・
「お嬢様。お食事はお済みになりましたか?」
風そよぐ中庭のテラスで、卵とレタスのサンドウィッチを食べていた悠理は、手元の皿があまり減っていないことに気付き、慌てて残りを口に放り込んだ。
それは彼女の化け物じみた食欲を知るメイドにとって、目を疑うような光景。
今日は遅めの朝食となった為、通常の三倍のサンドウィッチを用意していたというのに……… どうやらそんな気遣いは無用だったらしい。
夕べ、年頃のお嬢様が、誰もが羨む完全無欠な恋人と無事最後まで結ばれたという大ニュースは、彼女の耳にも入ってきている。
あのじゃじゃ馬娘が?━━━という気持ちは拭えなかったが、恋をした悠理の可愛らしさは、もう随分と前からメイド達の間で評判だった。
粗雑さ30%減。
愛らしさ50%増。
これらの評価は決して言い過ぎなどではない。
頻繁に訪れる万作の客ですら、「君に妹(隠し子)でもいたのか?」と驚くほど、愛娘は変化していた。
生まれて初めて手にした恋。
それも相手は一悶着あった清四郎。
ウマが合わないわけではないが、かといって恋に落ちるほど甘ったるい関係でもなかった。
しかし神はある日突然、運命の雷を落とす。
詳しいことは割愛するが、とにかくその日から恋を意識し始めた悠理は清四郎にべったりで、彼もまた乙女ムード満点の彼女に、コロリと心奪われてしまった。
元々飼い慣らそうとしていたペットのような存在。
可愛くないはずがなかった。
それからはもう、盲目的に悠理を愛している。
大学部に通う二人をとっとと結婚させようと企んでいるのは、言うに及ばず百合子だ。
彼以上に娘の手綱を握れる男は存在しないわけだし、剣菱を任せてもよいと思う人物も他に見当たらない。
降って湧いたトラブルや災難。
それら全てを解決に導けたのは、やはり清四郎の優れた頭脳によるものだろう。
昔から彼の事を誰よりも信頼している百合子は、ここぞとばかりに気合いを入れまくっている。
以前のように’チャチャ’が入らないよう、出来るだけ早く婚姻届を提出させるつもりだ。
「ごちそーさま!」
パンと手を合わせ、悠理は勢い良く椅子から立ち上がる。
感じるのは股間にある異物感。
気を抜けばふらふらと崩れそうな腰。
それは明らかに清四郎との執拗なセックスによるもの。
━━━ありゃ?股関節おかしいぞ。やっぱ、やり過ぎじゃないのか?
他と比べようもないが、少なくとも五時間という長きに渡ってする行為ではないと思う。
清四郎は、気絶寸前の悠理を決して離そうとはしなかったし、たとえ意識を失いかけてもその都度、甘い口付けで彼女を呼び醒ました。
汗だくで絡み合う気持ち良さ。
言葉などなくても、全身で愛を伝え合っていた。
唇を重ね、舌を絡み合わせ、熱い吐息で会話する。
清四郎の想いが汗ばんだ肌から染み込んでくる中、痛みを感じてもなお、悠理はその甘い刺激を求め続け、淫らな声をあげた。
━━━あんな声出るなんて、自分でも初めて知ったじょ。それに………………気持ちよかったんだよな~結局。
思い出した感触に、膝がもじもじとしてしまう。
それは彼女が『女』になったことの証明でもあった。
大きく開かされた脚の間で、逞しい身体が激しく行き来し、悠理を責め立てる。
乱暴なようでいて、繊細な部分を擦り上げてくる清四郎の動きにただただ歓喜の涙を零した。
ぬるりと洩れ出す記憶の名残。
たった一晩で叩き込まれた快感への道筋。
まだまだ初心な彼女を激しく戸惑わせる。
「…………もう、どうすんだよ。この先………」
悠理は小さな声で愚痴を溢したが、側に居たメイドは敢えて聞き返すことをしなかった。
そして、大学の講義を受ける清四郎もまた、夕べの記憶にうずうずとしていた。
周りの学生達が訝しげな視線を投げ掛けるが、彼の甘く切ない溜め息は止まることはない。
━━━━どうしたもんですかねぇ。たった一晩でこんなにも離れがたくなってしまうとは。かといって、二日連続で求めるのは、この年の男として余裕が無さすぎるでしょうし。
あぁ、悠理に触れていたい。 今朝は身を切られる思いでした。
何十回目かの溜め息と同時、講義の終わる鐘が鳴った。
複雑に緩む頬を引っ提げ、教授に頼まれた資料を研究室に運んでいると━━━━
「「清四郎。」」
可憐と野梨子が爽やかに声をかけてきた。
それぞれの学部は違えど、お昼は共に食べることが多い六人。
今日はどうやら、可憐手製の洋風弁当が振る舞われるらしい。
「天気がよろしくてよ。中庭で頂きませんこと?」
「夕べ仕込んだローストビーフ、最高よ!」
美女二人に囲まれる清四郎を、通りがかる男たちは妬ましげな視線で見つめる。
特に『有閑倶楽部』を知らぬ外部生はあからさまな態度で嫉妬し、六人の友情を理解しようとはしなかった。
とはいえ、悠理と清四郎の間柄は周知の事実。
そして、『菊正宗清四郎』がスーパーマン並みの男であるということもそこはかとなく知られていた為、陰口は叩いても、面と向かってアヤを付ける学生はいない。
「あんたたち、だらしない顔ねぇ。」
午後の講義に間に合うようやって来た悠理は、早速可憐の弁当に舌鼓を打っている。
青々とした芝生にあるウッドテーブルには、ブルスケッタや生ハムサラダ、そしてご自慢のローストビーフが鎮座していた。
ポットの中からは人数分のミネストローネ。
可憐の腕前はもはやプロ並みである。
‘あんたたち’、そう指摘された二人は互いに顔を見合わせ、ポッと頬を染める。
一目瞭然とはこの事か━━━
残る四人はそんな可愛らしい恋人達を白々しい目で見つめた。
「今が一番幸せなんだろうねぇ。」
朝帰りの美童は欠伸しながらも、少し羨ましそうに感想を述べる。
魅録はその意味をしっかり理解し、コホンと咳払いした。
「まだ学生なんですから、ほどほどに。」
野梨子もまたこの手の話題は苦手だったが、それでも幼馴染み達の恋を応援すべく、良識的な意見を口にした。
「‘ほどほど’………なんて無理でしょ。この緩みきった顔を見なさいよ。『今すぐにでも二人きりになりたい!』って書いてあるわよ。」
「あぁ、ほんとだ。」
「…………まぁ、そんな風に見えるわな。」
「…………わ、わかりませんわ。わたくし。」
シビアな評価そっちのけで、清四郎は悠理の食べる姿を熱のこもった視線で見つめている。
悠理もまたそれを感じ、少々居心地悪く腰をもぞもぞさせていたが、テーブルの下でそっと指を絡まれた時、ドキンと胸が鳴り、夕べの余韻が簡単に呼び起こされてしまった。
指の股を爪でカリと引っ掛かれると、甘い痺れが背中を襲う。
悠理の全てを味わい尽くす彼の舌。
無論、指の先やその間までをも、まるで性感帯であるかのように舐められていた。
━━━━せ、せぇしろ!
━━━━何です?
━━━━それ、ヤバイってば。
━━━━これ?何故?
━━━━もぅ!解ってるくせにぃ!
二人きりの世界で会話する。
結局、清四郎は指を絡めたまま食後の珈琲を啜り、悠理は不自由な状況ながらも振りほどくことはなかった。
「………色ボケしてるわねぇ。」
「私これ以上、見ていたくありませんわ。」
「正直羨ましいよ。あぁ 、僕も初々しい恋がしてみたいなぁ。」
「無理だろ。」
一度触れてしまえば、感覚はどんどんと呼び醒まされる。
肌の滑らかな質感。
甘い喘ぎや震える吐息全てが、刻み込まれた記憶媒体から抜け出してくるのだ。
━━━やはり我慢できそうもないな。
講義中であるにも関わらず、清四郎の脳内はピンク色だった。
「…………むね君。菊正宗君!終わったわよ。」
講義を終える鐘すら耳に入ってこなかったのか、清四郎は隣の女学生に軽く会釈し、深い溜め息を吐いた。
喧騒が立ち去った講堂で一人、考える。
二日連続で悠理の寝室は流石に気まずいな。
五代さんやメイドの手前、示しがつかないだろう。
となるとホテルか。
しかし明日は土曜。
果たして今からでも予約出来るだろうか?
携帯電話の電源を入れ、ホテルの空室状況を調べていると、段下の扉からヒョコッと顔を出す悠理が目に入った。
「せぇしろ、何してんの?」
トコトコと駆け上って来る恋人は、きっとパフェでも食べに行こう、と誘ってくるはずだ。
何せ、彼女にとっては難し過ぎる大学の授業。
頭を使えば、その分糖質を欲するのは当然のこと。
清四郎はそう信じて疑わなかった。
しかし………
隣に腰掛けた悠理は驚くべき発言をする。
「ね。今日も一緒に………居たい。」
照れながら呟くその言葉に、ズクズクと疼いていた下半身が一気に直立する。
もはや暴発寸前だ。
「………本当に…………いいんですか?」
携帯電話をポケットにしまい込んだ清四郎は、悠理の腰を抱き寄せ、カラカラの口で尋ねた。
「………寝不足になっても、いいんですね?」
コクン
薄紅色に染まった頬を見つめ、 了承を得た男は淫らに笑う。
これで欲望を押し殺す必要性はゼロとなった。
あとは欲望のまま、突き進むのみ!
・
・
「んっ………んぅ!」
ピチャピチャとわざとらしい音を立てながらのキスは、悠理の腰を蕩けさせ、清四郎の腕がなければ崩れ落ちてしまいそうなほど。
熱い視線。
熱い抱擁。
その全てが官能的だった。
二人は結局、週末のホテルに居る。
少々無理をしたが、何とか一部屋確保出来たのだ。
目的はただ一つ。
お互いが満足するまで交わること。
飢えを満たすよう、本能の赴くまま深く繋がりたい。
たったそれだけだった。
外資系のホテルはとにかくベッドが広く、愛し合うにはもってこいの場所である。
ゆったりめのバスルームが尚の事嬉しい。
キスを堪能した後、悠理はそろっと窺うように清四郎を見た。
「お風呂入っていい?」
「………僕も一緒に入りたいですな。」
「………い、いきなりすぎるだろ?」
「そうですか?」
言うや否や、戸惑う悠理を抱きかかえ、清四郎はバスルームへと向かう。
大理石の床には毛足の長いバスマット。
そこに下ろされた悠理は、瞬きも出来ぬ間に服を剥ぎ取られた。
「なんちゅー早業!!」
「時間が惜しいですからね……」
言いながら、彼もまた裸体を晒す。
男っぽさを感じる乱暴な脱衣姿に、悠理の胸はキュンと高鳴った。
ガラス戸を押し、広々とした浴室に連れ込んだ清四郎は、そっと照明のスイッチを調節する。
ムーディな光と、夕暮れ時の空。
二人はシャワーを浴びながら、どんどんと夜の気配を深めていく。
「ん…………」
水が流れる美しい背中を清四郎の舌はしつこいほど丁寧に舐め続ける。
浮き出た骨すら愛すように何度も何度も。
「くすぐったいってば。」
「気持ちよくないですか?」
「え~、どうだろ…………」
前に回った手は小さな膨らみを下から持ち上げ、ソフトな力加減で揉み込んでいる。
まだまだ男慣れしていないウブな双丘。
清四郎の手で淫らに形が変えられる。
「悠理…………少し足を開いて。」
シャワーのコックを握りしめた男は、ボディーソープをそっと手に取ると、薄らとした茂みの中へそれを塗し付けた。
「あ……や!自分で出来るってば!」
「夕べの今日ですからね。傷が付いていないか確かめないと。」
言い終わるや否や、長い二本の指がクチュクチュと音を立て始める。
傷など付いているはずがない。
夕べの清四郎は殊更丁寧に悠理を解し、初めてだというのに僅かな痛みしか与えなかったのだから。
「あ……ん!ああ、そこ…………やぁ!」
円らな花の芽を優しく擦られると、震えるような快感が全身を駆け抜ける。
「可愛いですよ……悠理。ぷっくりと膨らんで……もっと触って欲しい?」
そう尋ねながらも、円を描くような動きで責め続ける清四郎。
ビクビクと痙攣する悠理からは途切れ途切れの喘ぎ声。
そんな甘い声が浴室に響きわたり、濡れた分身もすっかり聳え立っている。
「それとも……こっちがいいですか?」
「ああ!!!」
つぷり
熱い粘膜に指先が沈められ、甲高い叫びを上げた悠理は指から逃れようと腰を振った。
薄い臀部がフルフルと震える。
「せ……ぇしろ……」
泡立ったそこに強めのシャワーが当てられ、思いも寄らぬ刺激が走る。
敏感な入り口をくすぐるように撫でられれば、抵抗する気など瞬く間に消え失せてしまった。
クチュクチュ
水音の中に違った種類の湿音が響く。
夕べ何度も触れられ、何度も掻き回された場所が、再び清四郎の指でこじ開けられようとしていた。
「ああ……柔らかくて…………すごく熱い。早くここに突き入れて、思いきり味わいたいな。」
そんな台詞に広がる疼き。
悠理は恥ずかしそうに振り向くと、懇願するような瞳で清四郎を見つめた。
かといってまだ、自分から強請る言葉は口に出来ない。
出来る事はただ、ゆっくりと腰を蠢かすのみ。
清四郎は彼女の意図をしっかり読み取ると、悠理の耳元に甘く囁いた。
「……欲しい?」
コクン
たったそれだけの仕草に、いきり立つような興奮を覚える。
清四郎は悠理を壁に押し付けると、背後から片足を抱きかかえ、反り返った肉茎を濡れた場所に擦りつけた。
「…………少し乱暴にしますよ?」
凶器を手にした男は、宣言通り一気に奥深くまで突き刺すと、最初から激しく抽送を始めた。
「……やぁ あっ! ひゃぁぁ ……ダメっ…………だめッ!」
あまりの勢いに硬直する身体。
しかし清四郎の片手は悠理の胸先をコリコリと刺激し、快感を与え続ける。
「どうです?……悠理…………気持ちよくないですか?」
「あ…………いい…………気持ち…………良い!」
愉悦に蕩ける声。
清四郎はホッと息を吐くと、更なる強さで腰を繰り出した。
水滴とは違う玉のような汗が互いの身体に浮かび上がる。
下から突き上げるように。
そしてグリグリと奥深くで回すような動きを加え、悠理を攻める。
桃色に上気した身体が悩ましくくねる中、濡れた髪に口付けし、清四郎は一度目の限界を迎えた。
「くっ………………悠理!」
ギリギリまで我慢した白濁は、悠理の背中へと放物線を描く。
その淫らな痕跡に冥い悦びを覚え、清四郎は満足そうに微笑んだ。
「……………………せぇしろ?」
「もう一度シャワーを浴びて、次はベッドで愛し合いましょう。」
衰えようとしない男根を宥めつつ、悠理を促す。
汚れや汗を全て洗い流し、バスローブで包み込むと、清四郎は迷いのない動きで恋人を抱きかかえた。
火照った頬で見上げてくる悠理に穏やかな微笑みを見せると、彼女はそっと視線を外す。
「どうしました?」
「あたい…………どうしよ。」
「え?」
「エッチばっかしてたら…………どんどん馬鹿になりそう。」
それは清四郎にも言えることだった。
悠理の肌を知り、すっかり溺れてしまった自分は、今までのようにメリハリの利いた生活を送ることは出来なさそうだ。
でも……………………
「良いんじゃないですか?」
「へ?」
「これもきっと、恋の醍醐味なんでしょうから。」
「そ、そかな?」
「そうですよ。」
広すぎるベッドに倒れ込んだ二人。
吸い寄せられるように唇を重ねると、再び欲望の海へと泳ぎ出す。
片時も離れられないと悟った清四郎が、剣菱家に荷物を運び入れたのはそれから三日後。
百合子が差し出した婚姻届にサインをし、法律的にも離れられない関係になったのは僅か十日後のことだった。