夜を共にしたのは一度きりだ。
それも確か三年以上前のこと。
化粧の匂いと甘い香水が入り雑じって、鼻が麻痺しそうな女だった。
良かったのは喘ぎ声。
掠れて細く延びる声が腰にくる。
相手を二度イかせた後、シャワーを浴び、ホテルを出た。
もちろん連絡先など残さない。
僕が高校生であることすら、彼女は知らなかっただろう。
きっとこの広い街で再会することもない。
そうタカを括っていた。
「清四郎、今日、うちに泊まってく?」
いつまでも少女の様な瞳を持ちながら、しかし決してその体は子供ではない僕の恋人、悠理。
21歳になった彼女とはもう一年ほどの付き合いになる。
凛々しさと愛らしさが共存した最高の女。
………それに初めて気付かされた時、強烈な独占欲に襲われた。
僕は自分の小狡さを知っている。
彼女を今まで通り、上手く飼い慣らすことも可能だったかもしれない。
だが…………僕はそれをしたくなかった。
真っ直ぐに向き合いたいと願ってしまったから。
愛を与えた分、同じように愛して欲しいと求めてしまったから。
約三ヶ月をかけ手に入れた悠理は、愛されることに慣れた女だ。
もちろん男のそれではない。
だが彼女が普段から与えられている愛情は限りなく広く、そして大きい。
僕は父親でもあり、恋人でもあり、友人でもあり、そして兄でもあるべきだと感じた。
単純なつくりの彼女が欲しがる物は手に取るように分かる。
伊達に長い付き合いをしていないからだ。
悠理は僕という存在に甘え、強請り、そして心を許した。
そこからはもう、完全に女の顔を出し始める。
嫉妬、嫉み、苛立ち、たまにヒステリーをも起こす。
だが、そんな表情も自分だけに見せてくれるのだと思えば、全てが愛おしい。
可愛くて仕方ない。
何かにつけ規格外である彼女の女性らしい部分は、不思議と嫌にならないのだ。
他の女ならこうはいかない。
これが「特別」という意味か。
僕はようやくその答えを納得した。
「ええ、お邪魔しますよ。」
剣菱家の住人、仲間、そして我が家の家族全てが、僕たちの交際を快く承諾してくれた。
なので、自然と「結婚」を見据えた関係になっている。
悠理にはまだ明確な意思表示はしていないが、それでもそこはかとなく理解してくれているはずだ。
寝室に泊まること、それを快諾してくれている彼女の両親はやはり大物だと感じる。
まあ、常識の枠から遠く外れた二人なのだから、それも当然か。
朝まで上質なリネンに包まれ、悠理を貪る快楽は例えようもないほど甘美。
彼女から漏れ出す女の喘ぎは、どれだけ聞いていても飽きることがない。
もっともっと、乱れさせたい。
そう思わせる何かがあるのだ。
一戦を終えた後、二人でシャワーを浴び、用意されたお揃いのバスローブに身を包む。
差し出されたコニャックは大きな丸い氷に冷やされたカミュ・キュヴェ。
彼女が珍しく僕の好みを覚えてくれた。
ソファに腰掛け、グラスを揺らしながら悠理を膝の上に乗せる。
まだまだ足りない。
彼女の背中はそう叫んでいる。
バスローブの襟元から女の胸を揉みしだき、酒を飲むなんて贅沢はこの年で初めて知ったことだ。
甘い吐息が徐々に熱を帯び、焦れた腰がゆるゆると蠢き出す。
「おや、もう我慢出来ないんですか?」
意地悪くそう言えば、振り返った彼女はそれ以上の嫌味を告げる。
「ふん。こんなにしながら言う台詞かよ。」
下着も何もない、ただバスローブに隠されたソレは、柔らかな尻を突き上げるようにそそり立っている。
「僕はもう少し我慢出来ますよ?」
「へぇ・・・ほんと?」
ニヤッと笑う悠理は僕の膝からあっさり下りると、絨毯敷きの床に跪く形でこちらを見上げた。
勿論何をしようとしているのかは一目瞭然で・・・・・
僕はグラスを半分だけあおると、ゆっくりバスローブの前を開ける。
積極性を見せる彼女は気分を害した様子もなく、すっかり勃ち上がったそれを両手で優しく包み込んだ。
ひんやりとした滑らかな手。
僕の熱がそれへと伝わる。
桃色の唇が開かれ、中から濡れた舌が現れる。
わざとらしい舌なめずりは、男の興奮を助長させる為。
全くもって性に奔放な女だ。
たっぷりと唾液を絡ませ舐め上げる姿は腰がゾクゾク震えるほど扇情的。
あの悠理がこんな姿を晒すなど、誰が想像し得ただろうか。
柔らかな、指に纏わり付く髪をかき混ぜながら、僕は恍惚とした快楽に身を投じた。
「上手ですよ・・・悠理。」
先走りまでをも舐め啜り、彼女は必死で頬張り始める。
喉の奥深くまでを使い、粘膜のあらゆるところで擦り立てる。
舌遣いは完璧だ。
僕が念入りに教え込んだのだから当然なわけだが・・・。
「せぇしろ・・・・」
解放した性器を頬に擦りつけながら、彼女は懇願し始める。
「欲しくなりましたか?」
「・・・・・・・・・・・ん。」
「なら、自分で濡らしてみなさい。」
悠理はそこで初めて恥ずかしそうに首を振った。
けれど許してはやれない。
こんな焦らし方も僕の計算の内。
まだまだ彼女の痴態を見なければ、満足できない。
観念したかのように悠理の指が、肩幅に開かれた太腿の間に滑り込む。
「・・・・・・・んっ!」
そう、それでいい。
ほくそ笑む僕を睨み付けるように見上げながら、彼女はゆっくりと指を動かし始めた。
自慰を覚えさせたのはもう随分前だが、それを目の前で行うことを強要したのはつい最近のことである。
悠理は一生懸命に指を動かし、快感の粒を捏ね回す。
細い指がバスローブの下で大胆に動く様を想像すれば、僕の昂ぶりは一層力強く猛り始めた。
片手で僕を擦りながら、自分の快楽をも追い掛ける悠理。
どんな美酒よりも酩酊する光景である。
「は………ぁ………ぁ、ん………」
一人でイケるようになるまで随分と時間がかかった。
怖い、怖いと縋り付く悠理を何度も高め、その感覚を覚えさせる。
一度そうさせると、そこからは奈落へと落ちていくようなもの。
彼女は案の定溺れた。
従順なほど呆気なく。
快楽に抗えぬ身体は、日々切なく喘ぐようになった。
・
・
「あぁ………………せぇしろ!」
太腿の上に乗り、激しく腰を振る悠理は、野生的な動きと雌の濃厚な匂いで、僕を狂わせようと必死になる。
グラスから唇を奪い、芳醇な香りのするキスを何度も愉しむ。
たったそれだけでも酔いが回ってくるのか、より一層艶めかしい痴態を曝け出すのだ。
「あっ………せぇしろ………良いよぉ!」
小さく尖った胸先を僕の肌に擦りつけ、快感の芽を指で刺激すると、呆気なく崩れ落ちてしまう単純な身体。
底無しの貪欲さで僕を貪る。
「ひぃ………ぁん………!!!」
「こら、僕は置いてけぼりですか?」
「だ、だってぇ………」
「全く……悪いコトばかり覚えて。」
「んなの、せぇしろぉの所為じゃんかぁ……。」
プクッと膨らんだその桃のような頬を優しく撫でながら、彼女の望む選択肢を与える。
「そうですよ。僕が一からこの身体に教え込んだんです。なら次はどうする?僕にどうしてほしい?このまま自分だけで達き続けたいか?」
ピンと勃ち上がった乳首を弾くよう攻めると、悠理はくたりと腰から力を抜いた。
そしてガチガチになったままの杭をゆっくりと解放し、ふらふらする身体でベッドへと向かう。
辿り着くとバスローブを脱ぎ去り、淡い光の中でもはっきりと解る、滑らかな肌を露わにさせ、その端っこに膝を立てて座った。
そう、後ろ向きに。
長い脚の根元には潤みきった楽園が待ち構えている。
さっきまで咥えこんでいたはずなのに、収縮する小さな穴はすっかり閉じようとしていた。
そこを強引にこじ開け、中を掻き回して貰えることだけを期待して、悠理は愛液を流す。
薄い尻が小刻みに震えている。
糸を垂らす秘所の感覚が伝わっているのだろう。
懇願する勢いで僕を見上げた。
「は、早く入れて!せぇしろの……欲しいよぉ!」
いきり勃った肉棒を甘い声で求めてくる。
なんとはしたなく、なんと淫らなのだろう。
もう彼女から、昔の少年のような香りはしない。
匂い立つほどの色気を振りまく女が一人、そこにいるだけ。
「悠理……もっと見せなさい。」
冷静に指示しながらも、腰をくねらせる姿に頭の芯が熱く痺れ始める。
「こ、こう?」
彼女の素直な手は潤んだ谷を開き、紅色の熟れた媚肉をまざまざと見せつけた。
蜜を滴らせた美しすぎる性器。
男の理想がこの身体には確かに存在する。
「今すぐ、無茶苦茶にしてあげますからね。」
酒に焼けた喉が鳴る。
自分もそうなりたいと願う思いから。
悠理の温かくぬめった膣内できつく絞られ、絡みつく肉の味をとことん堪能したい。
そう夢見ながら細い腰を掴み、じっくりとその先を進んでいく。
凶器じみた男のモノを彼女の柔軟な肉がじりじりと飲み込み始め、すべてが収まる頃には、薄い襞が更に招き入れようと纏わり付いた。
「あ………ぁ……はぁ……ん、気持ちいい………」
良い声だ。
眩暈がするほど官能的な声だ。
どうすればいいのだろう。
この声を、いや、僕は普段から悠理の声を独り占めしたい衝動に駆られている。
甘く掠れた、五感を震わせるような声。
誰にも聞かせたくないのに、彼女は女になってから時折、仲間達の前でもこんな声を響かせることがあった。
無論、無邪気にはしゃいでいる時の話だが。
「悠理……そんな声を聞かされたら、あまり保ちませんよ?」
「そ……なの?…………いいよ…いっぱい突いて、あたいの中で出して?」
「ああ……」
魅力的な誘惑が雄の本能を煽る。
僕は我武者羅に腰を繰り出し、悠理の胎内を掻き回した。
ともすれば崩れ落ちる腰を鷲掴み、持ち上げ、そして 突き上げる。
抉るような抽送に悠理は掠れた声で啼くが、まだまだ序の口。
彼女の全ての場所を擦り上げなくては満足など出来ない。
「ひぃ…ん…やぁ、…や……イク、イク…中、痺れちゃうよぉ!」
「気持ち良いか、悠理?」
「良す…ぎ…る………ああ、おかしくなりそ………」
しとどに溢れ出す愛液が互いの滑りを良くし、より一層一体感を味わえる。
しかし、達する時は必ず悠理の顔が見たい。
僕は貫いたままの彼女の身体を転がし、長い足を両肩に乗せた。
「はぁ…ん………せぇしろ……も……イく?」
「ええ、たっぷりとおまえの中で……」
体重を乗せるよう奥深くを突き始めると、悠理は涙を振りまきながら、とうとうラストスパートへと走り出した。
「あ、あ、あああ……来る、来ちゃう!!」
まるで食中花の如く飲み込み、強く締め付ける膣壁に、僕自身も我慢の限界を迎える。
高まる欲情の解放。
瞬間、悠理が跳ねるように痙攣する。
「ああああ!!!!清四郎!!」
僕はその美しい泣き顔に興奮を覚え、ギンギンに反り返った強張りを子宮口付近に擦りつけた。
そして心地よい痺れを感じながら、ドクドクと雄の欲望を吐き出す。
「は…あ……、最高だ…………」
感極まった声が聞こえただろうか?
弛緩した身体を放棄した悠理は、空ろな眼差しで足を閉じることも忘れ余韻に浸っていた。
ぞわり………
その粘着質な視線に首筋がひんやりとした感覚に囚われる。
恐る恐る振り返れば、横断歩道の向こうから一人の女が見つめていた。
得意の記憶力。
それも身体を重ねたことがある人物なら、尚更のこと忘れはしない。
「お久しぶり。」
そう言って、信号が青になり渡ってきた彼女はにっこり微笑んだ。
三年前よりも少しだけふくよかになった身体は、それでもタイトなスーツに納まっていて、より肉感的に見える。
「よく……気付きましたね。」
「ふふ、貴方ほどの男、忘れられないわよ。三年前よりも随分と精悍になったわね。」
「どうも……」
お互い連絡先を交換しないまま別れた。
だから呼び合う名も持たない。
「時間、ある?」
「……残念ながら。」
「なら……ここに連絡して?また会いたいわ。今の貴方と。」
名刺には「鷹島十和子(たかしまとわこ)」とあり、エステサロンの名前までも記載されていた。
どうやら店のオーナーらしい。
「もう、ああいった遊びはしていないんですよ。」
突き返そうとした名刺は奪い取られ、直ぐ様背広のポケットへと差し込まれる。
「あら、恋人が出来た?そうね、そんな顔つきだわ。でも貴方くらいの年頃って、遊びたい盛りじゃないの?」
「……そんなにも若くありませんよ。」
「嘘吐き。あの時、まだ高校生だったくせに。私見たのよ、一度だけ。有名なお金持ち学校に通ってたでしょ?」
言葉に詰まり、気まずさから顔を逸らせば、彼女はそっと耳元で語りかけた。
「あれから私も色々あったけど………忘れられないの。一度で良いわ。お願い、連絡して?」
そう言ってあの夜と同じ、甘いトワレの香りを残し、立ち去っていく。
その後ろ姿は、三年前には見られなかった自信に満ちあふれていた。
・
・
無論、名刺はその場で破り捨てた。
しかし数日後、全く同じ物を可憐から見せられた時、僕は思わず目を疑った。
「このエステサロン、最近メディアでも取り上げられてるのよ!最先端の施術が受けられるって評判なの。ね、折角だから悠理も行きましょ?」
「私も驚きましたわ。たった一回で肌の張りがすごく良くなりましたの。見てくださいな、この質感!」
いつになくテンションの高い野梨子。
「へえ…?そんなにも違うんだ。」
昔とは違い、僕という男を知った悠理は美容にも興味を示すようになってきた。
正直、何もしなくとも肌の美しさに衰えなど見られない。
毎晩のように時間をかけ、たっぷりと愛しているのだから、完璧なホルモンバランスがとれていて当然だ。
「悠理。そんなものに頼らなくても良いんですよ。もしどうしても行きたいのなら、今度バリへ連れて行ってあげましょう。」
「あら、じゃ、あたしも連れてってよ。」
「わたくしも。」
「どうして僕が貴女たちを連れて行かなきゃならないんです?」
ニヤニヤと笑いながら便乗しようとする二人。
僕はそんな女達から逃げるように悠理を攫う。
長居は無用だ。
しかし………………
「あら~、そんなこと言っていいの?清四郎、あんた、この店のオーナーと知り合いなんでしょ?」
瞬間、頭を殴られたような衝撃が走った。
ぎこちなく振り向けば、訳知り顔の女達が悪魔に見える。
何故、知ってるんだ?
あの女が話したのか?
どこでバレた?
目紛るしく回り続ける疑問に言葉を失っていると、したり顔を見せる彼女達が口端を上げ、詰め寄ってくる。
「ねえ、どうする?バリ、連れてってくれるわよね?美女三人に囲まれて幸せでしょう?」
台詞の陰に’地獄’が見えた。
「もちろん旅行の手配は、わたくしが全部しますわよ?」
「!!」
絶句。
まさにぐうの音も出なかった。
「せいしろ、どったの?顔色悪いぞ?」
「~~~~わ、分かりましたよ!!しかし悠理と僕は絶対に同室ですからね!」
「ふふ!ありがと。太っ腹な清四郎ってかっこいいわよ!」
「本当ですわ。さ、ホテルはどこに致しましょう?」
いつの間に持ち込んでいたのか、旅行雑誌を手にした悪魔達はキャッキャッとはしゃぎ始める。
疑問符を浮かべる恋人に苦笑いしか出来なかった僕は、取り敢えずどの株を売ろうか、それだけを思案する羽目となった。
無論、自分の爛れた過去に大いなる後悔を抱きながら。