嫉妬に燃える男(R)

その日────
テニス部の助っ人に駆り出された悠理は、自らの不注意で足首に捻挫を負ってしまう。
混合ダブルスのパートナーである千景(ちかげ)は、他校との練習試合中にも関わらず、悠理を抱きかかえ医務室へと運んだ。
男に、それも年下の後輩に抱き上げられるなど言語道断。
彼にしても、照れて暴れる悠理をしっかり抱え続けるのは至難の業だったが、それでも決して落とすようなことはなく、持てる力をすべて発揮しつつ、何とか医務室に到着した。

そこには妙齢の美人医務員が。
華奢な眼鏡フレームが良く似合う彼女は、悠理の足首を見るなり、気の毒そうにこう告げる。

「あらぁ、見事に腫れてるわね。運動神経抜群の貴女には珍しいんじゃない?」

「ちょっと捻っただけだよ。平気だってば。」

「でもこれ、時間が経てばもっと腫れるわよ。」

「げっ。」

容赦のない、しかし的確な診断に顔を歪める悠理だったが、深く肩を落としたのは側に立っていた千景だ。

「…………すみません。剣菱先輩。」

「別におまえが悪い訳じゃないだろ?」

「でも───助っ人を頼んだのは僕ですから。」

意気消沈する後輩を前にして、悠理は煩わしそうに手を振る。

「それとこれとは話が別!とっととコートに戻れよ。」

「けれど………」

「悠理の言うとおりですよ。それにどんな理由があれ、いきなりの試合放棄は相当なペナルティです。相手側に謝罪した方が良いのでは?」

空間を切り裂くよう鋭く響く声。
黒髪の男は何の予告も無くそこに現れた。
知的な光を宿す目は何故か陰っていて、声のトーンも心なしか低い。

医務室の扉に凭れ、半ば呆れ顔で後輩を見つめる清四郎はそう指摘して、彼を促すよう顎を上げた。

「悠理、手当ては済みましたか?」

「う、うん。」

「なら後のことは任せて、君は早くコートに戻りなさい。」

天下無敵の生徒会長に威圧感たっぷりでそう言われれば、どんな男も直立不動で縮み上がってしまうだろう。
千景聡也は後ろ髪を引かれる思いで、悠理の側から離れた。

「解りました。剣菱先輩、どうぞお大事になさってください。」

礼儀正しく腰を曲げ、急ぎ足で去ってゆく。
テニス部のエースとして人気者の彼も、清四郎の前では赤子同然だ。
貫禄が違う。

膝を折り、悠理の足首を確かめた清四郎は、医務員の言葉通り腫れると予想した。
そしておもむろに彼女をベッドから抱きかかえる。その逞しい腕に。

「どうも、お世話になりました。」

「清四郎!歩けるってば!」

「ふふ。さすがの菊正宗君も恋人の事は心配なのね。可愛いところあるじゃない。」

意味深な笑いで揶揄する魅惑の医務員は、清四郎の機嫌の悪さが意味するところを知っている。
先程の可愛い後輩が、悠理へ仄かな恋心を抱いている事など、一目見れば明らかだ。
そしてそれに勘付いている清四郎が暗い憤りを感じていることも。

此処では生徒からの恋愛相談を受けることも多く、彼女の想像はおおよそ正しかった。

「………これ以上、悪化したら困るんですよ。週末にはディズニーランドの約束があるので。」

気まずそうに答える清四郎を見て、ニヤッと笑う。
いつものポーカーフェイスはどこへやら。
年相応の反応をする清四郎はからかいがいがあるというもの。
かといって、そこは大人の分別で深追いはしない。

「あら、素敵。剣菱さん、絶対無理しないこと。デートに行けなくなっちゃうわよ?」

真っ赤になった悠理は、咄嗟に清四郎の胸へと顔を埋めた。
まるで子供のように。
交際を始めて二週間。
まだまだ冷やかしには慣れていない。

「では。」

清四郎は存外ウブな恋人を抱き抱えたまま、ようやく医務室を後にした。



「………っんん!や………せぇしろ………」

仮眠室に響く甘い声。
悠理のそんな声を耳にする者は、この世でたった一人だけ。
菊正宗清四郎だけである。

部室に到着した途端、仮眠室に放り込まれた悠理は、清潔なベッドに押し倒され、のし掛かられた重みに呻くも、足首の負傷の所為で逃げることも出来ない。
それもこれも全て計算の内なのだろうが。

ユニフォームをブラジャーごと捲り上げられ、汗ばんだ小さき胸が空気に晒される。
柔らかな肉の揺らぎ。
清四郎の目が灼くようにそれを見つめる。
熱情を帯びた視線に幼い乳首は過敏に反応し、自然と固くなってしまう。
清四郎はその蕾を殊の外愛していて、指先で、口で、舌で、何度も転がした。

「………彼がどんな想いでこの身体に触れていたか───想像出来ますか?」

「し……知らないっ!」

「きっとおまえの柔らかな肌を夜な夜な反芻し、夢の中で思う存分、想いを遂げることでしょうね。───ああくそ、腹立たしいな。」

「あっ………」

清四郎の苛立つ指が短いスカートの中へと忍び込み、既に蕩けきった秘肉を下着の上から確かめる。
恋人の激しい独占欲に煽られた其処は、もはや言い訳すら出来ないほど濡れていた。

「他の男に触らせるなんて………有り得ませんよ。おまえのすべては僕の物であるはずなのに…………」

「んなこと………言われたって………あたいのせいじゃ………」

“ない”と言い切りたくて身を捩るが、しかし、清四郎の温かい手が、息が、足の間に感じられ、官能を引きずり出された身体が勝手にびくびくと反応してしまう。
更に先を望む自分は、哀れなほど浅ましかった。

「悠理…………これは罰です。」

その声は思った以上に冷たくて、悠理はぞくりと肌を震わせる。
清四郎の目。
欲望の在処を感じさせる、激しい情熱を孕んだ目。

お互いが素直になれたのは、たった二週間前のことだ。
恋愛音痴の二人。
気持ちが双方向に向いていても、自覚するまでずいぶんと時間がかかっていた。

悠理に至っては自分の想いを気の迷いだと信じ込んでいて、
『これは何かの間違いだ!もしくは麻疹のような一時的な病気だ!』
と何度も頭をかきむしった。

しかし一度認めてしまうと、言葉にしたくて堪らない。

触れたくて、
側にいたくて、
その腕にしがみつきたくて────
必死で手をのばす。

そんな悠理の変化に気付いた清四郎もまた、彼女の動向に全神経を降り注いだ。
結果、明らかとなったのは───知らぬ内に育っていた複雑な想い。

悠理が僕を好き?
なら、僕は悠理をどう思っている?

清四郎は悩んだ。
頭脳明晰な彼が悩み抜き出した結果は、あまりにもシンプルなものだった。
頑なな意地とプライドさえ捨て去れば、“剣菱悠理”という存在に惹かれないはずはなかった。

その見事な生命体。
彼女の全てに恋い焦がれる。
出会った幼き日のあの瞬間から、ずっと。

理性とプライドで雁字搦めになった心を解けば、残るものはたった一つ。
悠理への確かな愛情だけだった。
それは驚くほど純粋な愛の形。
清四郎自身、どこにそんな物が潜んでいたのかと不思議に思うくらい。

しかし彼は恋を自覚すると共に、強固だったはずの理性を手放してしまったらしい。
両想いだと解れば結ばれるのが当然。
翌日の夜には彼女の身体を強引に求め始めたのだから、彼も人の子であったという確固たる証拠だ。

悠理がたとえ目を白黒させ、本気で戸惑っていても………清四郎はその夜、無事本懐を遂げた。
泣きじゃくる悠理の顔に、雨のようなキスを降らせて。

それからというもの、暇を見つけては悠理を可愛がる清四郎だったが、予想に反し、どんどんと女っぽくなる恋人に毎日がハラハラドキドキ。

恋をすれば悠理も乙女になる────

雲海和尚の時(本編参照)に実証済みだが、それでもその全てが自分に向けられているとなると興奮は高まる。
悠理の健気な心が愛くるしくて堪らない。
独り占めしたい。
だからこそ、男達の視線を惹き寄せるなんてこと、彼は許せるはずもなかったのだ。

 

女とは、こうも変わってしまうのか───

自分自身の功績とはいえ、とても見過ごす事はできない。
愚かな嫉妬心を剥き出しにさせ、こうして悠理を責め立てる。
決して非のない彼女に、もどかしい思いをぶつけるのだ。

「な……ぁ………こんなとこで……しなくても……家でやろうよ……誰か来ちゃうし。」

あられもない格好で提案するも、興奮した清四郎に“ストップ”は効かないらしい。
テニスウェアの中では淫らな手が忙しなく蠢いている。
そして喉を鳴らす音と共に白い下着を抜き去ると、屈み込んだ彼は躊躇うことなく、甘い香り漂う秘花を啜り始めた。

「う………んっ!ぁっ!」

ジュル……ズズッ………

強引な愛撫に即座に反応してしまうが、ここは学び舎。
夜の気配とは無縁の場所だ。

声を必死で押し殺すも、清四郎が繰り広げる淫靡な世界は悠理を虜にしてしまう。
この二週間重ね続けてきた身体は、どんな条件の下でも清四郎の思うがままに蕩け、欲望を抱く。
それはいとも簡単な変化で、彼女自身抗えぬ快楽だった。

汗ばんだ肌は清四郎の香りへと塗り替わっていく。
執拗な舌遣いが何度も何度も悠理を追い立て、わずかな羞恥すら葬り去るほどの刺激を与え続ける。

「や……やっ………イッちゃうってばぁ……」

「イけばいい。この僕の舌で………」

強烈な吹い付きに砕けてしまう腰。
何度も大きく跳ねた身体は、痙攣しながらもベッドに張り付くよう沈んでいった。

いつの間にか───

清四郎は雄々しい肉茎を取り出し、避妊具を着けている。
逃げたくても腰が抜け、逃げられない。

「これ以上は駄目だって…………皆、来ちゃうかもしれないだろ?」

「だから?おまえのよがる声を聞いてまで、仮眠室を覗くあいつらじゃありませんよ。」

「な、何言ってんだ、馬鹿!」

こうなるともう、清四郎には常識が通じない。
悠理を貪ることで頭がいっぱいなのだ。
恐ろしい恋人を持ってしまった、と後悔するも全てが遅い。
大きく広げられた脚に力は入らず、なすがまま彼を受け入れるほかない。

「せ………」

名前を呼ぼうとして、その口は塞がれた。
覆い被さってきた清四郎は一気に悠理を貫く。

「………っんぅ!!!」

そうでもしなければ、部屋中に響きわたるほどの悲鳴をあげていただろう。
いつもより硬く、太い杭がなんの躊躇もなく悠理の奥深くへと突き刺さったから。
身体の真ん中を引き裂かれたかのような衝撃に、胎内は見事に収縮する。

「……っ悠理………」

締め付けられることで“堪らない”といった、余裕のない表情を見せる清四郎は、きっと悠理しか知らないだろう。
それが無性に愛おしくて、彼女の腕は無意識に清四郎の広い背中を抱きしめていた。

「もちっと………優しく、しろよ。」

「………無理です。」

「あたいは………おまえしか好きじゃないんだ。んな嫉妬しなくたって………ずっと………おまえしか見えてないよ。」

「………解ってる。解ってても……無理なんです。」

再び口を塞いだまま、清四郎は律動を始めた。
それは乱暴なものでなく、悠理の弱い部分を探るような動きで。

「んっんっ………ぅん……ん!」

上気する頬。
艶めかしい吐息は全て清四郎が飲み込んだ。
強く押さえられた腰は引くことも出来ない。
痺れるような快楽が広がる中、次第に容赦ない律動が繰り返され、意識が朦朧としてくる。

淫靡な音を奏でる、絡み合う舌。
堪えた喘ぎが喉を鳴らす。
ここが仮眠室であることも忘れ、悠理はただひたすら快楽を追い続けた。
激しい渦のように混ざり合う互いの身体は、もはや理性や常識から離れた場所にある。

「せ……ぇしろ!」

「ゆう………り!」

興奮の臨界点に達した二人は、同じタイミングで絶頂を迎え入れる。
何よりも幸せなその瞬間。
深い息と共に訪れる解放感。
互いの荒い息が、静かな仮眠室に広がった。



「やだ。悠理ったらこんなとこにいたの?」

可憐を始め、試合を観ていた仲間達が忙しなく集う。
仮眠室に横たわる負傷したプレーヤーを、彼らはからかうように取り囲んだ。

「試合は途中中断だし、あんたはいつまでも帰ってこないし、医務室にだって顔を出したのよ?心配するじゃない。大丈夫なの?」

「べ、別に大した怪我じゃないよ。」

「一応、絶対安静と言われましてね。念の為、僕が家まで送り届けます。」

すっかり身支度を整えた清四郎が、またしても悠理を軽々と抱きかかえる。
もはや抵抗する気力も湧かない。

「そ。清四郎が監視してるなら安心ね。一人だと大人しく寝てるなんて出来ないでしょうから。」

“大人しく寝させてくれないのはこの男だ!”
────と、喉まで出かかった言葉を飲み込む。
どうせこの後、清四郎が剣菱邸に泊まり込むことは必至。
デートのその日まで、甲斐甲斐しく怪我人の面倒を看てくれるだろう。
“絶対安静”は置き去りにして。

 

その日───
試合を終えた千景が見舞いの為、手みやげと共に剣菱邸を訪れたが、またしても清四郎に門前払いをくらってしまう。
鉄壁のまもりを見せる彼に、意気消沈する後輩の背中は哀れなほど小さく見えた。

────この先、おちおちしてられませんね。

嫉妬深い男の決意は固く、悠理はこれからもそんな恋人に翻弄され続けることとなる。

 

めでたしめでたし