(R作品です)
雨………か。
窓の外はグレー 一色。
ヨーロッパとは違い、アメリカの大都会は雨が降ると、どことなく寂しい雰囲気がするな……と悠理は思った。
あの事件から三年もの月日が経つ。’たった三年’と言えないこともないが、あの後、嫉妬深い婚約者とは半年を待たずして式を挙げた。もちろん双方の両親は喜び、仲間たちも祝福してくれた。
その後訪れた新婚旅行では、世界各国を飛び回り、悠理の思うがままに食を堪能する。買いたいものを買い、見たいものを見て、時にはトラブルにも見舞われたが、その都度、絆をより深いものへと進化させていった。
そんな二人を、両親が安穏と見守るはずもなく……命より大切な娘の為、ありとあらゆるセキュリティに金をはたく。プライベートジェット機には要人警護のプロフェッショナルを5人も同乗させた為、新婚夫婦にめんどくさがられていた。
修羅場慣れしている二人だと解っているだろうに……親心とは時に暑苦しいものである。
今、ニューヨークに居る理由。それは剣菱の顔として、兄豊作と清四郎の3人でニューヨークに来ているからだ。
つい3日前、マンハッタンのど真ん中に「KENBISHI」と書かれたどでかいタワーが出来上がったばかり。著名人が集まるお披露目パーティに、ギックリ腰で安静を言い渡された万作の代理人としてやってきたのだ。若き後継者たちは、当然注目の的である。
「悠理、飲み物は何がいいんだ?」
豊作の気遣いに悠理は「白ワイン」と答える。
清四郎は先ほどから知人の実業家と話し込んでいる為、何となく手持ち無沙汰だった。
彼の人脈は着々と広げられていて、豊作も驚くばかり。義弟となった清四郎の勢いに、彼は二番手に甘んじようと諦めているフシもあった。
「ほら…。飲みすぎるなよ?」
「サンキュ。」
悠理が身に纏うシャンパンゴールドのドレスはワンショルダータイプで、美しい背中が露出するデザインだ。若々しくミニ丈でありながらもシフォン素材のドレープがボリューム感を与えている。
派手すぎない上品さ、最近の悠理はそういったデザインの衣装を選ぶようになっていた。
大人になったといえばそれまでだが。
「そーいえば兄ちゃん、この間見合いした相手はどうなったんだよ?」
「………ふん。母さんのダメ出しでご破算さ。」
「げっ!また?………母ちゃんも母ちゃんだよな。さっさと結婚しろって言ってる割には邪魔してくる。」
剣菱の陰の実力者は百合子である。彼女のお眼鏡にかなわぬ女が剣菱の門扉をくぐれるはずもなく、豊作自身、身を固めたいと常々思っているのだが、残念ながらこの関門をクリアした猛者は今のところ一人もいない。
「野梨子ちゃんや可憐ちゃんみたいな女の子ならOKなんだろうけどね。」
「あたいやだぞ!あいつらと義姉妹になるなんて!」
「………それ以前に向こうが嫌がるさ。」
それもそうだ、と悠理は頷く。
肩を落とし溜息を深く吐いた豊作は、懇意にしている取引先の社長を見つけると同時、妹の側を離れていった。
「はぁ………なんか食うかな。」
白いテーブルクロスの上にはたくさんの御馳走が並ぶ。
剣菱主催のパーティは各国の料理に加え、高級な酒が揃うため人気があるのだ。
毎回飽きさせない工夫が施されており、招待客たちの胃袋はがっちり掴まれていた。
一枚の皿を取った直後、嗅ぎ慣れたトワレの香りが鼻を掠める。
夫だ。
「食べるのはいいですが、せっかくのドレスを汚さないように。」
「清四郎、もう話し終わったのか?」
「一通りは。」
わずかに疲れを感じさせるその笑顔は、よほど面倒な相手と話していたのだとわかる。もちろん彼がそれを口に出すことはないが、長い付き合いの中、悠理は清四郎の顔色を読めるようになっていた。
夫のネクタイが少し緩んでいるのを見て、一旦皿を置き甲斐甲斐しく元通りに整える。
「どうも。」
「どういたしまして。」
悠理が妻らしく振舞うのは、清四郎としては喜ばしいことだった。
世界の剣菱を担う自分と、企業のシンボル的存在である悠理。
二人の仲睦まじさは万作夫妻の次に評価されている。それこそが剣菱の強さであると認識されているのだ。
「無理しなくていいんですよ?いつものおまえらしくいてください。」
「無理なんかしてないってば………あたいだってやるときゃやるんだ!」
「その調子で英会話も頑張ってくださいね。」
「うっ‥‥」
言葉に詰まった妻の背後に立ち、清四郎は美しい背中を改めて眺めた。
毎夜、裸体で眠る二人なので、知らないところはないのだが、布切れ一枚でここまで雰囲気が変わるとは驚きである。
性的に刺激される艶っぽさ。人妻となった今、それがより顕著になった気がする。
湧き上がった悪戯心で人差し指を使い背中をなぞれば、悠理の肩がびくりと跳ねた。
「こら………」
小声で窘める姿も以前とは違い、女としての色気を存分に湛えている。
彼女はまだ気付いていないのだろう。
振り返ったその首筋がどれほど男を惑わすのか。くびれた腰がどれだけ男をそそるのか………
美しくも無垢な瞳に見つめられれば、男は白旗を挙げるしかない。それほどまでに、剣菱悠理は危険な魅力に溢れているのだ。
その時、清四郎は不意に思い出してしまった。
ラファエル・ド・ルイ・ブランコの顔を………。
悠理の全てを自身の手で磨き上げたかった男は、狡猾な犯罪者を今でも憎んでいた。
殺しても飽き足らないラファエル。
彼は今頃刑務所の中で侘しい生活を送っているはずだ。
──いや、侘びしくはないな
もしかすると夢の中に悠理が登場するかもしれない。
この美しい体を夢想し、散々に弄んでいるのでは?
許しがたい罪だ、と清四郎は憤る。他の男が妻を知っているということは、そんな不愉快さを与えてくるのだ。
「………清四郎?」
野生の勘とやらで夫から漂う不穏な空気を読み取り、悠理は恐る恐る振り返った。
しかしそこにはもっと性質の悪い清四郎が居て……悠理はゴクンと唾を飲む。
「悠理………部屋へ戻りましょうか。」
「え………でもまだ飯が……」
「好きなだけルームサービスを頼めばいい。あとはお義兄さんに任せましょう。」
腰を抱くように引き寄せられ、熱っぽさを感じる声で囁かれる。普段は悠理の特権である”我儘“だが、清四郎も時々、誰よりも我儘を振りかざす男だった。
「一体、どこでスイッチ入ったんだよ……」
「さあ……ね。」
素直に答える夫ではないと解っているが、先程までの澄ました顔はどこへやら。今はすっかり欲に彩られている。
かといって無下に断ったりもできない。清四郎の欲望を叶えることは、悠理にとって最重要事項なのだから。
「ぁ……あっ…ああ……!!!」
抉られる胎内が蠢く中、もう何度意識を飛ばしかけただろうか。
激しいセックスはお手の物。
容赦ない抽送と、全身を這い回る繊細な手が、悠理の理性を壊そうとする。
背中から覆いかぶさる夫の勢いに飲まれ、合わせるように腰を揺らすが、ちっとも上手くできない。快感が次から次へと高波のように襲ってきて、僅かな思考すら奪い取っていくのだ。
「気絶するにはまだ早いですよ。」
「ひ…ぁあ…っっ…!」
穿たれ、崩れ、また引き戻される。清四郎の卑猥で遠慮のない腰使いに毎夜打ちのめされ、それでもはしたなく求める自分が浅ましく………悠理は時々淫乱なのではないかと考えることがあった。
ラファエルに身を預けていた頃、彼の愛撫に応える体は間違いなく悦んでいた。
よく知らぬ男に好き勝手されても、悠理は拒否しなかった。
その後、記憶が戻らぬまま清四郎を受け入れ、激しく乱れ、その性技に溺れた。
もしかすると……この身体は相手が誰であろうと関係なく啼くのでは?
そんな馬鹿馬鹿しい疑問にたどり着く。
一度、ぽつり、不安を洩らしたところ、目を見開いた夫はまるでお仕置きとばかりに悠理を抱いた。
「おまえが淫乱?ああ……そうかもしれませんね……僕がそんな風に仕込んだ。……かと言って他の男と試すなんてこと許しませんよ。」
「そ……そんなんじゃ……ないっ!!」
縛られた手首。
体中至る所に愛咬の痕をつけられ、胸の先は痛みを感じるほど吸われ、執拗に舐られた。足腰が立たないほど貫かれ、それでもまだ清四郎の憤りはおさまらず……
「おまえを…………この体を自由に出来る男は、この先一生………僕だけです!誰にも渡すわけがない!」
そんな悲鳴にも似た言葉に、悠理は清四郎を抱き寄せ、「当たり前だろ」と告げる。
彼だけに許された特権。悠理は清四郎の前でだけ、淫らな娼婦になれるのだ。
淫乱でもいいじゃないか……。
この男を悦ばせることが出来るなら、ラファエルとの記憶なんかいつか消えてなくなる。
いつか───きっと。
「せ……しろぅ……」
息を切らしながら振り向くと、夫はコンドームを付け替える直前だった。
「待って!……あ……その……口でしたいから……」
いくら悠理が体力に恵まれているとはいえ、こう立て続けに貪られては腰が砕けてしまう。
セックスに関しては清四郎が優位であるし、そんな男の相手をするときは、それなりの工夫も必要となってくるのだ。
意図を汲み取った夫は、妻の手を掴み、己の分身へと導く。
一度吐き出したはずなのに、膝立ちした彼の屹立がこうも立派に反り返っているのは何故だろう。
今日はいつにも増して、強度を誇っていた。悠理が身を屈め、下から見上げると存在感に圧倒される。見下ろす清四郎の顔はこの上なく淫らで、その尊大さに畏怖してしまう。
「いいですよ……ほら……」
期待に濡れるその先端へ舌先が到達する。慎重に触れ、味を確かめるよう何度か軽く舐めれば、彼の腰がふるっと揺れた。
感じている……そんな明らかな反応が嬉しい。
決して好きな行為ではないが、相手が清四郎なら嫌悪感は半減する。これが愛なのだ、と悠理は確信していた。
手を添え、口を開け、徐々に飲み込んでいく妻の姿を、清四郎は瞬きもせず見つめ続ける。愛しい女の口淫ほど滾るものはない。生暖かな粘膜と舌の滑らかさ。口の端から垂れる涎がこれまた最高の潤滑油となる。
チュポ……チュポ……
部屋に響き渡る淫猥な音が、脳を焼くように刺激する。
手触りのよい妻の頭を掻き混ぜ、愉悦に浸る清四郎の興奮がどんどんと高まってゆく。
「……っ……!悠理………このまま出していいのか?」
まるで特別なアイスキャンディを相手してるかのように、悠理はことさら丁寧な愛撫を続けた。
コクンコクンと首を振りながら……それを促す。
喉の奥を絞り刺激すると、清四郎が堪らないとばかりに腰を打ち付けた。
「……くっ……!」
息苦しさの中、二度目の迸りとは思えないほどの勢いで、喉を滑っていく生暖かな液体。彼の子種に侵食される体が心地よい。
しばらく口の中に留め、必死で飲み込もうとするも、喉に絡んで思うようにできず………
「ほら……」
水を差し出す夫を窺うように見つめた後、悠理はそれを口に含んだ。
「やっぱ……美味しくないよな。」
「そりゃあ…ね…」
「せめて甘かったらなぁ……」
なんと返答すべきか悩むところだが、清四郎は悠理を抱き寄せ、ヨシヨシと頭を撫でる。
そしてそのままシーツへ押し倒すと、汗ばんだ首筋に顔を埋め、幸せそうに息を吸い込んだ。
「気持ちよかった………」
そんな素のコメントに悠理も満足感を得る。清四郎の悦びは自分のものでもあるのだ。
「昔は食いちぎられる勢いでしたからね……」
「そ、それはおまえがデカすぎて……苦しかったから……」
拙いながらも清四郎に教えられた性技。
悠理は何度も歯を立て、その都度、彼の悲鳴があがった。
「……命の危険を感じましたよ。今までよく無事で……」
恐怖の記憶からつい己の息子に触れてしまう。
「今は……上手になったろ?」
「ええ、とても。教えた甲斐がありました。」
ピンと弾かれた胸先。
「ひゃん!」
そんな妻の声を皮切りに、再び清四郎の愛撫が始まる。
「もちろん……たっぷりお礼をさせてもらいますよ。」
「も、もう?復活するの早くないか!?」
「鍛え方が違います。」
「は?どう鍛えたらそんなことに……んっ!!あぁ……ちょ………!んむっ……っ!」
自称”淫乱“の妻になど負けていられない。本当に淫らな女へ仕立てあげるのはこれからだ。
ラファエルとのセックスなど、ただの前戯に過ぎないのだと思い知らせてやる。記憶にも残らないほど……徹底的に。
嫉妬深い夫の深く重い愛を、今日もひたすら受け入れるしかない悠理だった。