Lost memory ~本編~

町では驚くほどの食材と衣装を買い込んだ。
派手な色合いのシャツやジーンズ。
走りやすそうなサンダルとスニーカー。
カゴに加えられたどの水着もハイビスカスや水玉が散りばめられている。
清四郎はそれらをテキパキと選んでいった。

「これ、あん……清四郎の趣味?」

「いいえ、おまえが好んでいたデザインですよ。」

「へぇ?」

目に眩しい原色の数々。
何故か胸がわくわくする。
きっと本当のあたいが望んでいるからだ。

「冷たいものでも食べますか?」

そう誘われた先のカフェには観光客らしきカップルが多く、とても賑わっていた。
あたい達だって周りから見れば同じ括りなんだろうけど。

ムワッとした外界とは違い、空調が効いた店内は此処が南国であることを忘れさせる。
比較的お洒落な、赤い屋根のカフェ。
テーブルに座り、トロピカルソースのかかった大きなかき氷を注文した。
清四郎はアイスコーヒーだ。

少しだけ開いたシャツの合間から、汗が光る。
綺麗な鎖骨と滑らかな肌。
胸がドキドキした。
きっと何度も見てきたはずなのに…………。

「Bienvenidos!」

いかにもな感じのラテン系美女が、トレーを持ってやってくる。
赤い水着と真っ青なパレオ。
腰の位置が高い。

チップを渡しながら、登場したかき氷の大きさに目を剥く彼が懐かしかった。
朧気な記憶がまたしても脳を掠める。

「…………食う?」

差し出したスプーンを、彼は「少しだけ」と言いながら口に含んだ。
形の良い、スマートな唇。
想像していたよりも美味しかったのか、頬をほころばせる。

「もう一口いいよ?」

「………いえ、悠理が食べなさい。」

些細な遣り取りが胸をキュウっと締め付け、鼓動が高鳴る。

あたいはいったい、何を失ってるんだ?
過去の記憶?
それとも、かけがえのない温もり?

一見、厳しくて潔癖そうな男が、絶対にあたいを手放さないと言う。

心の中でどんな葛藤があるんだろう?
どんな怒りが渦巻いているんだろう?

────記憶がないから仕方ないじゃないか。

そんな風には思えない。

だって、心が感じてるから。
彼と過ごす居心地の良さを、身体が思い出そうとしてるから。

早く。
一刻でも早く、思い出したい!

「何です?意味深な目をして。」

「え?いみしん?」

「それは────僕に触れたいという目でしょう?」

「!!」

カシャン
落ちたスプーンの音が目覚めを予感させる。

あぁ。
あたいはこの男が好きだったはずだ。
きっと、身も心も預けきっていたはずだ。

引き裂かれた想いが一方向に向けて溢れ出す。

ラファエル………
あたいが求めてた男はおまえじゃない。
あたいは、ずっとずっと…………こいつが好きだった。

惹かれる心のまま、彼の手を掴む。
しっとりと、骨ばった、美しい指。

「清四郎……………」

「そんな目をされたら………もう、我慢出来ませんよ?」

「なら────思い出させてよ。」

肌に刻みこまれた記憶を呼び覚ましてよ。

「………………帰りましょう。」

欲情に掠れた声。
絡めた指が汗ばんでいる。

今、二人がしなきゃならないことはたった一つだ。

あたいたちは残ったままのかき氷たちを振り向きもせず、カフェの扉を開いた。