※甘い二人(R要素あり)
一生、独りでもいいって思ってた。
結婚なんてまっぴらごめんだって。
でも
でも
一度知った想いは気球のように膨らんで、空高く飛んでゆく。
なんて清々しい気分。
叶えた恋はどんな美味しいものより魅力的だ。
剣菱悠理、ハタチ。
初めての恋人は
イヤミなほど頭が良くて
とんでもなく強くて、
ほんのちょっと狡いヤツ────菊正宗清四郎。
まさかこんなことになるなんて、
半年前までは思ってもみなかった。
自分でも信じらんないくらいの不思議。
天変地異が起こったみたいな驚きだ。
今は超多忙なあいつの所為で、行き場のない感情を絶賛持て余し中。
それは間違いなく、”切なさ“なんだと思う。
初めて知った小さな痛みが胸を衝く。
それでも恋に溺れていることが楽しくて仕方ない。
そんな毎日━━━━
・・・・・
「あ~あ。暇だぁ。」
大学部はとんでもなく広い。
清四郎は経営学部。
あたいは国際学部。
敷地の端と端にあって、講義も被らないから、下手すれば一日中会えない日も多い。
美童と魅録も同じ学部だからそこまで寂しくはないんだけど、それでもあいつの顔を見たいって感覚は変じゃないと思うんだ。
だって恋人だもん。
野梨子は文学部で、可憐は商学部。
免状を持つ野梨子は学部内で茶道サークルを開いてて、わりと忙しそう。
可憐は母親の手伝いをしながらも男探しに躍起で、週に三回は社会人との合コンに勤しんでいる。
とはいえ、いまだお眼鏡に適う男とは出会えていないらしい。
何かにつけ失恋したって騒ぐんだから、聞いてるこっちもうんざりだ。
あたいと清四郎が交際宣言したのは、入学して直ぐのこと。
ちょっとズルい手で借りたサークル用の小部屋の中だった。
もちろん清四郎の仕業。
今は高等部の時のように、快適にリフォームされている。
仮眠室に畳敷きの小さな小上がり。
夏場のためのシャワールーム。
最新のカラオケシステムだって完備したんだ。
最高の大学生活を送るために。
「交際することになりました。」
あん時の奴らの顔は今でも忘れられない。
豆鉄砲喰らった鳩みたいな……間の抜けた顔が四つ。
まるで時が止まったかのように静かだった。
そりゃそうだよ。
誰一人として考えてもみなかったと思う。
だって前の日、あたいが原因で巻き込まれた事件について、拳骨落とされた上、くどくど説教されてたくらいなんだから。
危機一髪、助けてくれたのは清四郎と魅録。
今時の“GPS”は役に立つんだな。
美童と二人、香港マフィアの事務所で監禁されてたところ、いつものように飛び込んできてくれた。
ちょっとムカつくこと言われて反抗的な態度とったら、不機嫌になった相手に銃をぶっ放されたことは想定外。
あいつら、年頃の乙女になんつーことするんじゃ。
ま、あたいの人並みはずれた反射神経で弾は掠めただけ。
弱虫美童はその音を聞いて失神しちまったけどな。
ほんの少し顔に傷をこさえただけなのに。
それ意外はピンピンしてたのに…………
「…………女のくせに、いい加減学習しろ!」
………なんて怒鳴られて、目ぇ丸くしちゃったよ。
だっていつもの清四郎ならあたいのこと、そんな風に言わない。
女とか男とか区別しない。
喧嘩っぱやいことなんて百も承知だし、本当に危ないときは助けてくれるけど基本は傍観してるだけ。
骨折しようが足を捻ろうが、「馬鹿ですねぇ」って呆れるだけだったのに………。
一時間近くガミガミ怒られて、皆が欠伸しながら退屈そうに帰った後、キズバンが貼られた頬を清四郎の大きな手がそっと触れた。
「……………折角綺麗に生まれたんだから、もっと自分を大切にしなさい。」
あたいが綺麗?
はは、びっくり。
…………んな風に思ってたんだ。
でも、奴の手は意外なほど優しかった。
戸惑いつつ見上げれば、温かな光を灯した目とぶつかりドキッとする。
あれれ。
清四郎ってこんな顔したっけ?
こんな目、してたっけ?
こんな…………イケメンだったっけ?
不可解な熱がこみ上げてくる中、それでも視線を外せなくて……………
気が付けば、包み込むように抱きしめられていた。
清四郎の胸板に鼻頭を押しつけながら。
━━━━嘘みたいだ。
そん時のあたいはもちろん混乱状態。
びくりとも動けず、ただ頭が真っ白になっていくだけ。
胸から伝わる心臓の音。
ほんのり温かなシャツが心地いい。
ここがうちのリビングで、不意にメイドが扉を開けることもあるってのに、あたいはその居心地の良さから抜けられずにいた。
手が緊張に震えてまともに動かない。
「せ……しろ?」
シャツに押しつけられた唇をもぞもぞ動かせば、馬鹿に掠れた声が洩れる。
熱っぽい。
風邪ん時とおんなじだ。
自分の声じゃないみたいな違和感。
なんだろ………やたら…………照れる。
そんな声を聞いたからか、奴の腕の力がほんの少しだけ緩んだ。
大きく深呼吸したいのに、それも照れくさくて、身を堅くしたまま次のアクションを待ってしまう。
「はぁ。」
結局、息を深く吐き出したのは清四郎だった。
「自分でも信じられない。こんなにも馬鹿な女を好きになるなんて………」
独り言?
明らかに、痛みに耐えるような声色だった。
どっちにしろいつもならカチンとくる台詞も何でかぎゅうっと胸を締め付ける。
本気で、あたいを…………?
あたいみたいなバカな女を好き、だって?
そりゃ信じらんないわけだ。
そりゃ溜息だって吐くさ。
おまえじゃなくても、有り得ないって思うさ。
だって天下の“菊正宗清四郎”だぞ?
あたいみたいな低脳相手にレンアイなんて、天と地がひっくり返っても無理な話だったはずだ。
どんだけ悩んだか、手に取るほどわかるよ。
でもさ━━
“恋”ってそんなもんなんだろ?
訳の分かんない相手にハマっちゃうもんなんだろ?
野梨子だってそうだった。
可憐なんて幽霊が相手だったしな。
魅録は身分違いの王女で………
それなら別に、可能性が1%くらいあってもおかしくないんじゃないか………?
そういう“運命”だって転がってるかもしれないじゃんか。
「ふん!馬鹿で悪かったな………。でも、あたいのこと好きになっちゃったんだろ?潔く諦めろよ。」
そん時のあたいは、何となくマウントポジションをとれた気がしてうれしかった。
けどそれも一瞬だけ。
驚いた顔で見下ろしてくる清四郎が、三秒後、ニヤッといつもの余裕を見せつける。
「そうですね。諦めるとしましょう。僕はおまえが好きです。恋をしています。」
半ば自分に言い聞かせるように、奴はすっぱりと認める。
告白ってもちっと色気のあるもんじゃねぇか?ふつう。
「片思いなど趣味じゃありませんから当然、おまえにも僕と同じくらい好きになってもらいます。必ず、ね。」
意地悪な顔にシテヤラレタと思った。
あーあ。
これが清四郎だよ。
………ったく、ちっとも可愛くない!
少しくらい動揺しろよな。
少しくらい弱気になれよな。
でもこれもまた勝負の一つ。
あたいたちは常にバトル線上にいなきゃ面白くない。
勝つか負けるか。
一世一代の大勝負だ。
それから半年が経って…………
今のあたいはあの時の勝負に負け、清四郎のことをあっさり好きになっていた。
友達の時にはイライラさせられた発言も、今はそんなにも腹が立たない。
口うるさいし、細かいし、神経質だし。
よくもまあ無事に半年もやってきたと思うんだけど、恋愛ってやっぱすごい作用を起こすんだな。
それに、理由ははっきりと分かってる。
恋人モードのあいつが、あんまりにも優しいからだ。
まるで猫を可愛がるように接してくるから、こっちもメロメロになっちまう。
最初のキスは清四郎の部屋だった。
夏の始まりを感じる蒸した空気の中、山積みの課題をやっつけていたはずなのに…………
消えかけの傷をそっと撫でられ、気が付けばヤツの整った真顔がすぐ側にまで近付いていた。
唇が優しく触れた途端、さっき飲んだアイスコーヒーの香りが鼻をくすぐる。
一旦停止する脳みそ。
ピクリとも動かない体。
たった一瞬の出来事だったのに、やたら長く感じて、離れた後、再起動した頭が簡単に湯を沸かした。
緊張と喜び。
瞼が熱くて、涙が出そうだった。
「ファーストキス、ですよね?」
「あ、当たり前だろ!」
生まれてこの方、誰もこんな距離まで近付いたことがない。
清四郎は?
初めてじゃないのか?
不安になって目を覗きこむと、勘のいい男はこっちが尋ねたいことを察したように、「僕も、です。」と小さく答えた。
それが本当か嘘かはわからない。
いつも巧く騙す男だからな。
でも信じたかった。
こいつの唇を知る女は自分だけだって思い込みたかった。
その方が幸せだから。
きっと余計な感情に邪魔されたくなかったんだ。
二度目のキスは、すぐさま自分からぶつかっていった。
もやもやする雑念を取り除くために。
奴の腕が腰に巻かれ、離れようとしても離してもらえない。
角度を変えながら吸われる唇と重なり合う心臓の音。
清四郎もドキドキしてる?
そうじゃなきゃ……………やだな。
「もっと…………深く、してみたい。」
初めてだった。
今まで懇願されたことなんて、一度もなかった。
睫毛が触れあうほどの距離で、あたいはコクリと頷いた。
熱が出そうなほど照れたけど。
結局その夜は課題を終わらすことが出来ず、キスのレッスンとやらに没頭してしまったが、むしろそれでよかったと思う。
恋人としての一歩を踏み出した気がして、正直嬉しかったのだ。
大学がようやく夏休みに入り、閑人たちを誘って軽井沢の別荘に出掛けた。
高校ん時と同じ。
一週間、とことん遊んで、弾けまくった。
川で泳ぎ、バーベキューをして、ちょっと刺激的な花火を打ち上げる。
肝試しだけは余計だったが、本当に楽しい時間だった。
東京に帰ってきてからもその余韻に浸っていたら、清四郎から突然メールが届いた。
たった一文。
“来週、南の島に行きませんか?”
その誘いが“二人きりで”ってことを知らず、即O.K.してしまったあたいは、本当に世間知らずだったと思う。
パスポートと馴染みのスーツケースを持って空港に辿り着けば、そこには清四郎ただ一人。
キョロキョロするあたいを苦笑いしながら見つめ、「そろそろ二人きりもいいでしょう?」と囁いてきた奴は間違いなく確信犯。
やっぱ、侮れない男だ。
とはいえ、深く考えず提案に乗り、いざ南の島へ!
思い切り満喫すると決めたのだから、それ以上思い悩むことはなかった。
モルディブの水上コテージは、南国の暑さを巧く逃がす構造でとても快適だった。
ワインクーラーには冷えたシャンパン。
色とりどりのフルーツととびきりのキャビア。
それだけで充分だった。
「…………まだすんの?」
チェックインしてからずっと、清四郎と二人、ほとんどの時間を裸で過ごした。
日射しが強すぎる日中は、白いシーツの上で体を貪られ、汗だくになればシャワーを浴び、喉が渇けばシャンパンと共にフルーツをかじる。
「時間がもったいないですからね………」
それはまるで飢えた野獣。
肌を舐め尽くす時の清四郎は、腹を空かしたハイエナよりも獰猛だと感じた。
なにを我慢してきたのか。
なにを求め続けてきたのか。
あたいにはわからなかったけれど、清四郎は必死に何かを取り戻そうとしていた。
何かを手に入れようとしていた。
初めて繋がった時、あんまりな痛みに耐えることが出来なくて、「アホ!鬼!サド!」と散々口汚く詰った。
それでも清四郎が好きだから、一生懸命背中にしがみついて、「早く、早く!」と訳も分からず急かしたら、「良すぎて…………直ぐには終われない……」と悔しそうに呟いた。
本当に………いつもの余裕なんか見当たらなかった。
それがすごく嬉しかった。
おっきな幸せを手に入れたような気がした。
清四郎の本音が心の中を満たしてくれた。
それから三日三晩、誰にも言えないくらいやらしい時間を過ごし━━━
離れてもすぐにくっつきたくなって、ずっと清四郎の胸板にすりついていた。
ことある毎にキスして、お互いの髪の毛を触り合って、耳をかじって、またキスをして……………その繰り返し。
青い海がそこにあるのに。
イルカの群がすぐ近くを泳いでいるのに。
あたいたちは食事以外、ベッドの上でほとんどの時を過ごした。
四日目の朝。
ようやくキスマークがいっぱいついた体で水着に着替え、エメラルドグリーンの海へ飛び込む。
隣のコテージのカップルに見られるのがちょっと恥ずかしかったけど、お互い、パートナーのことしか眼中になくて、気に病むこともなかった。
「清四郎、潜ろう!」
「ほら、ゴーグルとフィンを忘れてますよ!」
エメラルドグリーンの世界は最高だった。
二人きりで天辺を見上げれば、太陽の光が優しく透けて見える。
小さくてカラフルな魚たち。
たまにぶっさいくなのもいたけど、ちょっと遠くまで泳げば、イルカに出会えたりもしたんだ。
━━━━━楽しくて、楽しくて。
清四郎があたいの後ろにぴったりくっついてくるのがうれしかった。
クタクタになってコテージに戻れば、ご馳走がたくさん並んでいて、それをあっという間に平らげる。
清四郎もいつになくワイルドに食らいついて、そういう一面もあるのかと驚いた。
いつもは上品な箸運びなのに………野梨子が見たら目を回すぞ?
そして━━━━夜はぐっすり眠る。
でも朝になれば、結局二人裸になって絡み合った。
ムズムズするんだ、体が。
欲しくて堪らない。
日焼けした奴の背中に手を回せば、どんなに痛くても離せとは言わない。
清四郎の熱い肌を感じながら、目が眩むほど揺さぶられて、頭を真っ白にしながら果てる。
その繰り返し。
回を重ねるごとに、どんどん激しいエッチになってく。
母ちゃんたちが見たらきっとどん引きされるだろう格好で繋がって、清四郎の欲望を全部受け止めた。
何をしても楽しくて、気持ちよくて、発情期の猫みたいに求められて、気を失うこともあった。
使いまくった腰をマッサージされたりもした。
結局、やらしい気分になってエッチしちゃうんだけど。
あいつがこんなにも“スケベ”だったなんて、誰も知らない。
女たらしの美童あたりが聞いたら驚くだろうな。
それとも真面目ぶった男ってこんなもんなのか?
あたいは清四郎のこと、色々知らなかったんだなと改めて思った。
南の島の思い出話を可憐は「あーそー、よかったわね」と聞き流し、ついでにそっぽを向いてしまった。
狙っていた男とうまくいかなかったんだろう。
いっつも“顔”で選ぶからそんなことになるんだって。
野梨子と魅録は何となく変な空気で迎えてくれたけど………やっぱあたい、どっか変わったらしい。
美童に尋ねたら、「いい感じに“女”になったよ。」と意味深なウインクをしてきた。
そっか…………そんなにも変わったのか。
二人きりの時間にも慣れちゃって、帰国してからは、やたらと清四郎の家に出入りした。
レポートを手伝ってもらった後は、お決まりのパターン。
おばちゃんたちに聞こえないようこっそりエッチして、ちょっとしたスリルを味わう。
「…………押し殺した声がたまりませんね。」
やらしい目で見つめながら、どんどん激しさを増す清四郎を止めることは出来ない。
必死で唇を噛んでいるといつの間にか唇が覆い被さってきて、荒々しいキスに変わってるんだ。
「可愛いな、悠理。」
普段クールな男に、こんな甘い言葉を囁かれたら、当たり前だけど“気持ち”が増幅しちゃう。
泣きたくなるほど嬉しくなって、全部清四郎にあげたくなっちゃう。
「せ………しろ、せぇしろ………好き…………」
必死に紡ぐ言葉はちゃんと届いてるんだろうか。
もう、友達には戻れないほど清四郎が好きなんだって解ってくれてる?
「あぁ………僕も好きですよ。」
優しい声で答えながらも、いっそう激しくなる動き。
再び口を塞がれ、ただひたすら快感だけを与えられる。
おなかの中がぐちゃぐちゃに溶けちゃいそうだった。
「…………っん!んっ!んんんっ……!」
イッちゃう!と叫びたいのに、出来ないもどかしさ。
でもそんな苦しさすら、目眩を起こすほどの興奮に変わってく。
清四郎
清四郎
どうしよう。
あたい、おまえがいなきゃ、おかしくなるかもしんない!
悦びと戸惑いでぐるぐる回る頭。
吸われた舌が何回も甘噛みされて、全部食べられちゃうみたいなキスに進化した。
瞼の裏がチカチカ眩しい。
清四郎がお腹の一番奥まで入ってきて、やっと息が出来るようになった時、あたいは突然、大きな白い海に放り出された。
フワフワ
熱に浮かされたような体が、波の上を漂う。
南の海よりもずっと静かで、生温い感じ。
清四郎に包まれて、
清四郎を包みこんで、
この上ない幸せに身を浸し続ける。
恋を知ろうとしなかった。
知りたくもなかった。
だけど、清四郎の想いがあたいを変えた。
強がりだった自分の中で、柔らかな何かが生まれた。
全部、清四郎が作り替えたんだ。
「悠理!」
甘い記憶が途切れ、現実に引き戻される。だがそれは待ち望んだ男の声。
「清四郎!!」
ベンチから飛び上がり、恋人の胸へ。
若菜色のサマーセーターがイヤミなくらい似合っている。
「やっと会えた………」
「もしかして、待ってたんですか?」
「だって……」
いつもいつも誰か側にいて、触れ合うことが出来なかった。
夜も遅いし、電話しても五分くらいで寝落ちしちゃう。主にあたいが。
「今から………そうですね。二時間くらいなら予定が空いてます。ご飯にでもいきますか?」
「………ううん。」
おなかはすいてない。
さっき特盛りオムライス食べたし。
あたいが欲しいのは………
「……………仮眠室、いこ?」
途端に目を輝かせた清四郎の本音が解って、あたいはとことん幸せな女だって感じた。
恋って、ほんと楽しすぎる!