※ショート
「ねぇ、手、繋がないの?」
過去、それなりに深い関係になった女性からかけられた言葉。
僕は曖昧な笑顔で、その可愛いはずの“お強請り”をやんわり拒否した。
だいたい人前で、それも人通りの多い街中で、そんなことをする趣味はない。
歩幅の違う男女が手を繋げば、弊害しかうまれないじゃないか。
元より恋人でもない間柄に甘い絡みなど必要ない。
たとえ恋人だったとしても………こちらからはけして求めないだろう。
“男のサービス”だというのなら他を当たってくれ。
────みっともない。
その時の自分はそんな風に考えていた。
それがどうだ。
今は────
「悠理、悠理!そんなに急がないでくださいよ。」
「ばっかやろー!あそこの肉まん、すぐ売り切れちゃうんだぞ。それにおまえが手なんか繋ぎたがるから、こうやって焦ってんだろーが!」
風を切る勢いで歩こうとする恋人の手を、まるで捕獲するが如くしっかり握った僕は、苦笑いしながらも決して“離す”という選択肢を選んだりはしない。
そう───今はもう、“恋人”に触れていたくて仕方ないのだ。
たとえ人前であろうが、雑踏の中であろうが、彼女の番(つがい)は自分だと言わんばかりに。
手を繋ぐという行為は独占欲の一端なのかもしれない。
触れ合う喜びに加え、己のものであるというアピール。
他の誰にも感じたことのない強い衝動に、僕はあっさり主義を変えてしまった。
「人通りが多いんです。走ると危ないですし………」
「あほ!んなことより肉まんが優先だい!」
眉を吊り上げて攻撃する彼女だが、無理矢理解こうとしない辺り、随分と慣れてきたのだろう。
最初の頃は盛大に照れて大変だった。
「万が一売り切れていたら、香港でも上海でもお付き合いしますよ。」
もちろん…………“ホテル付き”でね。
「そ、それも捨てがたいな………」
欲張りで単純。
脳の九割を食欲が占めるどうしようもない恋人だが、一生味わうことがないと思っていた“恋“とやらを僕に教えてくれた貴重な存在だ。
多少のわがままも今じゃ可愛く見えるのだから不思議である。
「でもやっぱ、こっちの肉まんもゲットしてやる!さ、いくぞ。清四郎!」
さてはて。
あの時の僕が今の姿を見たら何と言うのだろう。
やはり“間抜けでみっともない”と嘲るのかもしれないな。
彼女への固執。
より大きくなる我欲。
膨らみ続ける得体の知れない感情に振り回される日常を、どこか心地よく感じる僕はすっかり恋の虜となってしまっているのだ。
「あ、ほら!やっぱ行列になってる!」
「大丈夫。まだ10人くらいですよ。」
外にまで漂う美味しそうな香りに心奪われた悠理の笑顔が見たくて、その体ごと引き寄せ、振り向かせる。
「な、なんだよ?」
今、たとえ道行く人々に、どんな風に思われたって構わない。
後の制裁を覚悟した僕は、興奮する彼女の頬へ───優しく口付けた。