「なんか………サンタクロースさんってかわいそう。」
窓の外では本格的な雪が降り始めている。
等間隔で並ぶライトアップされたもみの木は、粉砂糖を振ったように真っ白。
どうやらこの寒波、年末まで続くようだ。
先ほどからテレビで流れる天気予報は、軒並み雪マークで、“都内でも積雪の見込み”と伝える若き天気予報士と、むしろわくわくするのか、やたらと騒ぎ立てる女性タレントの間には確実に温度差があった。
都内から三時間。
長野の山間にあるモダンな別荘は、夏こそ快適な気温で楽しめるものの、冬はそうはいかない。
その分良質なパウダースノウでスキーを堪能できるのだが、一旦吹雪になるとあっさりリフトが止まり、結局屋敷に閉じこめられてしまう。
そうなると一気に詰まらくなる。
室内で楽しめるゲームは必須アイテムだった。
例年通り、クリスマスを此処で過ごすことになった悠理たち家族。
多忙な夫は後ほど合流することになっていて、果たしてこの天候の中、無事到着するのだろうか、と妻は不安げに窓の外を見上げた。
雪はどんどん強くなる。
比例して気温も下がってゆく。
一人娘の不意な呟きに、苺のロールケーキを切り分ける手を止めた悠理は、今年30歳を迎えた。
娘は5歳になったばかり。
何にでも興味を持ち始める年頃だ。
「いったい、何がかわいそうなんだ?」
「だってこんなにも寒いのに、プレゼントを配るんだよ?大変でしょ?風邪ひいたりしないのかな?」
「風邪………ねぇ。」
子供ならではの優しい視点に、悠理もほっこり胸を温かくする。
自分が幼い頃はこんな考えに至らなかった。
贈られてくるたくさんのプレゼントを片っ端から開けるだけが楽しみだったのだから。
それが食べ物ならなおさらのこと。
今もさほど変わりはない。
「実はサンタさんとトナカイさんは普段、むちゃくちゃ寒い土地で暮らしてるんだ。だからこのくらいの寒さ、へっちゃらなんだぞ。」
「そうなの?」
実際のところ、何処に住んでいるのかは定かじゃない。
大昔、兄に勧められてクリスマスカードを送ったら、北欧のとある国から返事がきたことだけは記憶にある。
「そ。だからおまえが心配する必要はない!おとなしくプレゼントを待っとけ。」
切り分けたロールケーキは6対4で母親の取り分が多い。
無論父の分はゼロ。
ただそんなことは日常茶飯事なので賢い娘はとやかく言わず、自分のケーキに大人しくフォークを刺した。
「今年のプレゼント、“熊さん”だといいなぁ。」
誰に似たのか、可愛いものが大好きな娘は、今テディベア収集に夢中で、むろん旅先にもお気に入りの二体を連れてきている。
付けた名前は“シャルロット”と“ヴァレリー”。
フランス大好き、祖母百合子の血を確実に引き継いでいる娘の行く末が怖い。
「いい子にしてたからな。きっとサンタクロースも新しい熊さんを届けてくれるだろ。」
悠理は娘の口に付いたクリームを拭い取り、優しく笑った。
それから二時間ほど経ち………
音を消したまま雪は降り積もり、窓を白く染めてしまった頃。
キンコン♪
軽やかなチャイムの音が鳴る。
ソファでウトウトしていた悠理は、膝に頭を乗せた娘をそっと移動させ、玄関へと向かった。
もちろんそこには待ちわびた夫の姿が。
真っ黒な髪とコートに雪が被さり、見ているだけでこちらの体温が二度下がりそうだ。
「起きてましたか。」
小さな声で確かめる。
「いや、寝てた。」
「雪で渋滞がひどくて………遅くなってしまいましたね。」
そう言って娘が眠るリビングにたどり着くと、悠理が嫉妬しそうになるほどの甘い顔で愛娘を覗き込んだ。
「よく寝てる。プレゼントは……ベッドの枕元に置くとしようか。」
「そだな。サンタクロースは寝てる時に来るもんだし。」
悠理がブランケットを差し伸べると清四郎はそれで夢見る娘を包み、静かな足音で寝室へと運ぶ。
その間に悠理はとっておきのワインをセラーから取り出し、生ハムとチーズ、ドライフルーツをテーブルに用意した。
目の前には暖炉の火が揺らめいていて、どでかいクリスマスツリーはキラキラと瞬き、窓の外では相変わらずしんしんと雪が降り積もっている。
この上なくロマンティックなムード。
どこからどうみても完璧なシチュエーションである。
部屋着に着替えた清四郎が、照明の落とされたリビングに戻ってくると、燭台の蝋燭に火を点している妻がいた。
暖炉に加え、最新の空調システムのおかげか、半袖に薄いニットのカーディガン、デニムのショートパンツといった軽装でも快適に過ごせているようだ。
「さ!乾杯しよーぜ。」
軽い音を響かせるグラス。
ほんのり甘い極上の酒。
二人はソファに並び、肩を寄せ合った。
「悠理はいつ頃までサンタクロースを信じていたんです?」
「あたい?………う~ん、八歳くらいかな~。夜中に父ちゃんがサンタの格好して、枕元にプレゼント置いてたらしいんだけど、やっぱ寝ちゃってたからさ。ずっと本物が来てるって思ってたんだ。」
「真実がわかったときは、ショックでしたか?」
「まさか!次からもっと豪勢なプレゼントが欲しいって強請るようになったよ。」
「はは………おまえらしいですな。」
妻の性格を誰より理解している清四郎は、呆れながらも悠理の頭を撫でる。
「清四郎は?いつまで信じてた?」
「三歳です。親父が赤い衣装に着替えてる姿を覗き見てしまったので。」
「あちゃ~!おっちゃん、詰めが甘いなぁ。」
「かなり気合い入ってたんですけどねぇ。」
次々と出てくる思い出話。
笑いが広がる中、ボトルはあっという間に空になってしまった。
「もう一本空ける?」
「いや………。そろそろメインディッシュが食べたいかな。」
空瓶を持ち、立ち上がろうとした悠理だったが、次の瞬間には清四郎の腕の中に。
夫はどうやら、ソファの上でロマンティックな夜を繰り広げるつもりらしい。
「………ったく。ベッドまで待てねぇのかよ。」
「残念ながら。聖夜を少しでも長く楽しみたいのでね。」
次の日の朝───
真っ白な光の中で娘が手にしたものは、期待通りのレアなテディベア。
しかしながら、ようやく眠りについた親たちの耳に、彼女の歓喜の声は届かなかった。