Wandering Dream

※乙女悠理

清四郎が好き―――

好きで好きで、もう何も手につかないくらい好きで、たまにあいつの制服のポケットに入りたいくらい好き。
あんだけ苦手だったはずの男をここまで好きになるなんて、きっと神様だって知らなかったはず・・・。思い切って告白して良かった。
三ヶ月前の自分を、思いっきり褒めてやりたくなる。

絶対振られると思ってたのに、あいつは、「良いですね。付き合いましょうか。」って二つ返事で答えてくれた。
何度も確かめて、返ってきた言葉。

「断るわけないでしょう?一時期は結婚までしようとしていたんですから。」

あんましロマンチックじゃないけど、ヤツらしいと思う。

未だに‘夢見てんのかな’って、現実的じゃなく感じる。
でも朝の部室で「おはよう」って言ったら、見たことないくらい優しい笑顔で挨拶してくれる。
そんでもって、‘コイコイ’って手招きして、抱き締めてくれるんだ。

他の奴等が来るまでの間、野梨子は見て見ぬ振りしてくれるからすごく助かる。
朝から清四郎の匂いに包まれて、頭ん中蕩けそうになって・・・・
でも無情にも授業の鐘は鳴るわけで………。

『あーあ、おんなじクラスだったら良かったのに。』

‘卒業前に何言ってんだ!?’って思うけど、ほんと少しでも離れたくない。

頭を撫でられて、「さ、頑張ってきなさい。」って背中押されて、ようやく足が踏み出せるんだ。
後ろ髪引かれる思いはあるけれど―――。

授業の内容なんてちっとも頭に入んない。
教師がチョーク投げつけてきても、頭ん中は清四郎一色。

―――今日の放課後、何処行こう?
二人きりになれるなら何処でもいいな。
映画はこの間観たし、カラオケ、はあいつ歌わないか。
プラネタリウムはあたいが寝ちゃうし。
あ、でもソレ良いかも!
スッゴク、ロマンチックじゃないか?

にまにまと笑っていたら、いつの間にか授業が終わってて、魅録に小突かれた。
すごく気味悪そうに見つめながら。

「せぇしろ!プラネタリウムいこ?」

「プラネタリウム?・・・・星に興味があるんですか?」

「ううん。でもロマンチックかなって。」

「―――なるほど。デートスポットとしては確かにロマンチックですな。」

清四郎はにっこり笑って頷いた。

「良いですよ。あ、でも少し待っていてください。吹奏楽部の部長と話があるので。」

「うん。ここで待ってる。」

可憐が残してってくれたケークサレを一切れだけ口に放り込んで、マグカップを啜る。
今日の紅茶はオレンジペコ。
うんまい!

『少し・・・ってどんくらいかな?』

時計を見ながら待つなんて、今までしたことなかった。
清四郎を待つ事もなかったし、全ての時間はめいいっぱい自分だけのものだった。

でも今はこうして『待つ』間も楽しくて仕方ない。

清四郎――
せぇしろう――

早く来て・・・・?



待ちきれずに校舎内を探し始める。
すっかり夕暮れ時で、生徒たちも疎らだ。
吹奏楽部の部室に行くと、小さな話し声が聞こえてきた。

清四郎と、知らない女の声。
そっと扉を開けて隙間を作れば、二人のシルエットが浮かびあがっている。
オレンジ色の背景に黒い影。
その大きな影をよくよく見れば、一つに重なっていて、思わず息を呑んだ。

―――キスしてる!!

背の高い清四郎が、小柄な女を背伸びさせたまま、抱き寄せる様にキス、してた。

ガンガン・・・・

頭に鈍器で殴られた様な痛みが走る。
何回も殴られたことあるから判るんだ。

ヒッ・・・

呼吸が苦しい。
・・・ってか、息が出来ない。
心臓は絞られる様にギリギリと痛み、熱湯をぶちまけられたかの様に、腸が煮えくり返る。

―――あたい、死んじゃう!!

絶望と怒りは交互に訪れ、視界が真っ黒に塗り尽くされた中、涙だけが熱く頬を流れ出した。

神様――三ヶ月前に戻してください。
清四郎に告白する前の時間に戻してください。

そうしたらこんな思いをしなくて済む。
見たくない現実を見なくて済むんだから………。

闇色に染まる世界の中・・・あたいは意識を手放そうと躍起になった・・・。




「……ぅり、悠理!」

肩を揺らされ、重い瞼を開けば、清四郎の心配そうな顔が飛び込んでくる。

「せぇ・・・しろ?」

「何を泣いてるんです?」

「泣いてる?あたいが?」

制服の袖はびっしょりで、それが涙のせいだと解れば、気まずさに目を泳がせ吃った。

「あ、あれ、あたい、なんで泣いてるんだろ。」

「何か悪い夢でも見ていたんでしょう。済みませんね、待たせてしまって。」

―――悪い夢。

ああ、確かにあれは悪い夢だった。
思い出したくないほど、あの光景は辛い。

「す、吹奏楽部の部長とは?」

「職員室で顧問を交えて話をしましたよ。予算についてなんですが、なかなか折り合いがつかなくて。」

「キス・・・・」

「は?」

「キスしてない?」

「誰とです?」

「吹奏楽部の………」

清四郎の目を見るのが怖くて、下を向きながら尋ねた。

「僕が?何故そんなことをしなくちゃならないんです?」

「だ、だって・・・あたい、見ちゃったから・・」

グジグジと鼻を啜りながら夢の話をすれば、清四郎は長い指先でおでこを弾いてきた。

「いだっ!!」

「夢の中の男と一緒にするな!」

「夢ん中も清四郎だったぞ!!?」

「違いますよ!」

不機嫌そうに小さく叫ぶ。

「僕がお前以外の女を抱き寄せるなんてするわけないでしょう?あまつさえキスなどと……そんな不実な男に見えますか?」

‘不実’ってなんだろ?

そう疑問に思ってたら、清四郎はやれやれと溜め息を吐いた。

「僕はおまえが好きなんだ。これからもお前のことを好きであり続けると思っている。」

「ほ、ほんとぉ?」

「不思議と確信してるんですよ。お前以外、好きになれない自分を。」

『嗚呼、あたいと同じだ。』

清四郎しか好きになれない。
もう・・・身体の細胞一つ一つがそう叫んでる。
早くこの男のモノになりたいって喚いてる。

「せいしろ・・・」

「ん?」

「今日・・・帰りたくないよ。」

「え?」

ようやく真っ直ぐ見つめたら、清四郎が驚いたように見つめ返してきた。
んでもって、ちょっとだけ溜息を吐く。

「卒業まで我慢してやろうと思ってたんですけどね・・・。」

「え?そなの?」

「まあ・・・それももう、無理だな。僕も―――」

そう言って清四郎はあたいの頬をそっとなぞった。

「おまえを無茶苦茶に抱きたいと思い始めたから・・・。」

直後に感じる清四郎の胸板。
制服の上からでも判る逞しさに、全細胞が悦んでる。

「ん・・・」

腕の力はいつもの比じゃない。
苦しいほど抱きしめられて、そのまま溶け込んでしまえば良いのに・・・・・なんて、思う。

「悠理・・・」

「うん。」

「・・・・・行きましょうか。」

向かう場所は、ある意味プラネタリウムよりもロマンティック。

だってそうだろ?

清四郎はきっと、蕩けるような夢の世界に連れて行ってくれる。
そこは、想像も出来ないほど甘くて優しい世界に決まってるんだから・・・・。