可憐お手製のミルフィーユ。
でっかくてサクサクで、イチゴたっぷりで、カスタードクリームの甘さも丁度良くて。
とにかく、あたいの大好物なんだ。
他の奴等よりちょっと大きめに切り分けてもらったから、ホクホク顔でフォークを突き刺す。
その感触だけでも幸せになれるくらい。
野梨子が淹れたチャイを啜りながら、いそいそと口に放り込む。
んー!最高に幸せな時間。
たまんないね。
「清四郎、クリームが………」
そう言って野梨子は自分のハンカチで幼なじみの口を拭った。
白くて綺麗なハンカチ。
レースが付いててちょっと高そうな、あたいのポケットには絶対入ってないタイプ。
野梨子らしさ満点のチョイスだ。
それは別にどうでもいいこと。
ただ、清四郎が大人しく拭われるところを見た瞬間、どこからやってきたのか、不快な気持ちに目頭が熱くなった。
なんだ?これ。
せっかくいい気分で食べてたのに、何でこんなにモヤッとしてるんだ。
フォークを咥えたまま二人の動向を見つめていると、清四郎が照れ臭そうに御礼を言っている姿がスローモーションで飛び込んできて、もやもやが増す。
「汚れるでしょう?自分のハンカチがありますから。」
「気にしないで下さいな。」
二人の密な空気にどんどん胸焼けがしてきて、せっかくのミルフィーユが台無しだ。
やだな。
なんかやだな。
あの感じ………
絶対に入り込めない、奴らだけの聖域。
労りと慈しみの関係。
「あら、悠理。進んでないわね。美味しくなかった?」
後ろから覗き込む可憐に申し訳なくて、「ううん!すごく旨いよ!」と、慌てて返事する。
「そ?良かった。」
お菓子作りに没頭する可憐は、ここのところ恋愛よりも自分磨きに精を出していた。
週三で料理教室に通っている所為か、毎日のようにご馳走がテーブルに広げられる。
“男は胃袋を掴んでこそよね!”と奮起する姿もいつもより気合いが入っていた。
そっか。
男は料理上手な女が好きなんだ。
そういや母ちゃんもたまに、父ちゃんが好きな“にしんの飴炊き”作ってるもんな。
元々庶民だった母ちゃんの味が、子供ん頃を思い出すって喜んでる。
「料理、か。」
三口で詰め込んだ後、空になったケーキ皿をぼんやり見つめる。
可憐だけじゃなく野梨子も料理上手だし、清四郎もきっと嬉しいに決まってるよな。
女らしさ、しとやかさ、頭の良さ。
きっと清四郎を一番理解してる女も野梨子しかいない。
その時あたいは、何となく失恋気分を味わっていた。
・
・
・
なのに━━━━
急転直下。
いきなりの告白!
それも真顔!!
交際?
結婚?
なんだそりゃ!
ヤツがこんなにも切羽詰まっているのは久しぶりに見た気がする。
口調はちっとも変わんないけど、目だけは真剣そのもの。
だいたい、あたいと交際なんかしてメリットあるのか?
いや確かに家(うち)は大金持ちだし、昔みたいに清四郎の野心を満たす事は出来るかもしんないけど。
好きって………友達の好きじゃないんだよな?
野梨子じゃなく、あたいみたいな女が好き?
どう考えても、あり得ねぇ………
「清四郎があたいを!?いや、ないない!!天と地がひっくりかえっても有り得ないだろ!!!」
だからこんな風に反論したのも当然だと思う。
冗談だったらぶっ飛ばす。
いつもよりひどい嘘だかんな。
でももし、本気だったら………
本気だったら………
どーしよー。
「信じてもらえないかもしれませんが…………全て愛情の裏返しなんです。」
「あ、あ、愛情ぉ!?」
“苛め”は“愛情の裏返し”とか訳わかんねぇし!
子供じゃないんだぞ?
んなの、納得できるか!
でも━━
“愛情”って………ほんとに?
あたいのこと、愛しちゃってたのか?
ずっと前から?
頭がパンクした状態でも、清四郎は次々と理屈を捏ねてくる。
あたいは馬鹿なんだ。
おまえが一番解ってんだろ?
「もし恋人になってくれたなら、優しくしますよ?僕への苦手意識がなくなるよう、努力もします。」
苦手………じゃないよ。
苦手だったら近寄らないし、友達にもならない。
確かにイヤミな奴だから、側にいると苛つくことも多かったけど、それ以上に友達として頼りになる男だって解ってる。
大きな背中にすがりつくのだって、信頼してるからこそ。
野梨子の立ち位置を羨んだことだって、本当は何度もあったんだぞ?
でもあたいなんて相手にされてないって思いこんでたから……
清四郎との距離は程々が一番だって、諦めてたから……
「に、苦手って………別に、そんなつもりじゃ…………」
そうだよ。
苦手じゃない。
ホントは今、すごく嬉しかったりするんだ。
まさかって話だけど、本気モードな清四郎の言葉がじわじわと胸に沁みてくる。
耳が熱いよ。
ほっぺたはもっと熱いけど。
・
・
それからしばらくして、あたいは大きな決断を下す。
お試しで付き合うと決めたその日、男の生々しい本性を教えられるとも知らずに…………
「んっ………ま、待てって……ちょっ……!」
顎を持ち上げられ、間近に迫るギラッとした目。
なんだなんだ?
………と思う間もなく、清四郎に唇を塞がれた。
これは………いわゆる、キスってやつなのか?
いきなりすぎるだろ!
もちろん生まれて初めての経験。
ぴったり重ねられて、これ以上ないってほどパニックになる頭が、それでも唇の温度で溶けていきそうになる。
腰を抱かれ、密着する身体。
いくらなんでもこの距離は近い!
ドキドキする心臓が痛いくらいだ。
胸元で押し返すように手を挟むと、清四郎は余計に強く抱きしめてきて、あたいはあっさり後悔する羽目になった。
「口、少し開けて……」
言われなくても呼吸困難なんだから、息するわい!
そう心で叫んだけど、やっぱり甘かった。
ほんの少しの隙を見計らって、またしても唇を塞いでくる。
今度は何故か舌が忍び込んできて、強烈すぎる刺激に目が眩む。
なんだ!これ!
キスって、こんななの?
えぇーー!
どしたらいいんだ?
漫画でよく見る、ベロチューってやつだよな?
清四郎のベロが………わわわわわわ!
慌てても、狼狽えても、清四郎は自由にあたいの口の中で暴れまくっている。
唾液まで啜るような音を立て、痛くないくらいの力で甘噛みして…………
「んぅ……っぁ……」
もぅ何も考えられない。
清四郎とキスしてるなんて信じらんない。
清四郎とのキスがこんなにも………やらしいだなんて………
抵抗もせず脱力していく身体を清四郎が力強く支えていて、経験したことのないほど密着している。
背中に回っていた片腕が、服の中へと忍び込み、
パチン………
呆気なく外されるブラジャーのホック。
どんだけ、慣れてんだ!こいつ!
いくら器用だっつっても、女の下着なんて………経験なきゃ無理だろ。
キスの合間にようやく顔を背け中断。
清四郎を睨みつける。
「おまえっ!………こんなキス、誰とやったんだよ!?ぶ、ブラジャーだって……簡単に外しやがって!」
すると清四郎は少し驚いた表情で首を傾げた。
「悠理が初めてですけど?」
嘘吐け!
相変わらず平気な顔で嘘吐くよな、こいつ。
いくらあたいが馬鹿でも騙されたりしないぞ。
「嘘吐き………信じるかよ。」
「嘘じゃありません。“こんな”ねちっこいキスは初めてです。夢の中ではもっと過激な事をしていましたけどね。」
━━━━ん?夢の中?
よくよく聞けば、清四郎の夢ん中で、あたいはすっかり無茶苦茶にされていて、ありとあらゆるエッチを教え込まれていたらしい。
「夢のおまえは積極的でやらしくて、僕を簡単に翻弄してきましたよ。」
あけすけに暴露されても、それはあくまで夢の話だろ?
「し、知るか!んなのあたいじゃないもん!」
「そう……あれはおまえじゃない。ここで、こうして触れているのが、本当の悠理だ。」
嬉しそうに頬をなぞられ、背中がぞくっとする。
清四郎の目が“逃さない”と訴えていて、途端に冷や汗がふきだした。
またしても近付いてくる唇から、顔を反らすことが出来ない。
何度も、しつこいくらい何度も、教え込むようにキスされて、もうどうでもいいかと思えるほど酔わされた。
「いい顔をしますね…………」
考えることを放棄したあたいを、優しく包み込むように押し倒す。
いつのまにか二人ソファに居て、清四郎は着ていたトレーナーとシャツを一緒くたに脱いだ。
「…………へっ?」
目の前に現れた男の裸。
別に上半身なんか見慣れてるけど、今は意味が違う。
「な、なんのつもりだよ…………」
「おまえの想像通りですよ。」
それって………
それって!
まさかぁ!!?
「や、や、やだぁ!!!」
必死で叫んだとて後の祭り。
あたいはその日の内に、すっかりぱっくり、清四郎に食べられてしまった。
どんだけ恥ずかしいことをされたか、思い出すだけで頭が煮える。
ああ、男って………怖い。
これが恋の始まりだなんて━━
ほんと、あり得ない!!