※ちっとも知的じゃない清四郎
「悠理が好きです。結婚を前提に、僕と交際してもらえませんか?」
それが昨日10時間かけ考えた、告白の内容だった。
なんとも捻りのない台詞。
ありとあらゆる語彙力を持ち合わせているにも関わらず、だ。
まったく…………自分でも情けなくなる。
だけどこの単細胞にはこれくらいストレートでないと伝わらないのも確か。
僕は結局、王道の告白を選んだ。
「…………」
ボタッ………!
これまた想定内だったわけだが、悠理はかじりかけのドーナツを盛大に机へと落とした。
口に付いた食べカスもそのままに。
勉強会の合間の息抜きは既に10分を経過している。
疲れただの、おやつだのを要求するため仕方なく。
「ふぁ??………ん、ぐっ!!」
「先に流し込みなさい。」
すかさず差し出した冷たい紅茶を一気に飲み干すも、なかなか喉を通らないらしい。
涙目で胸を叩くその姿。
一歩間違えればそのままあの世逝きだ。
一世一代の告白など霧散してしまう。
自分でも何故、どうして、こんな女がいいのか、何度も、それこそおかしくなるくらい悩んだ。
しかしいくら頭を悩ませても、恋に冒された脳は正しい答えを導き出さない。
世界中どこを探しても居ないであろう唯一無二の珍獣を、この手に入れたくて仕方なく────毎夜彼女の顔がちらつく始末だ。
寝不足も慢性化しそうだった為、軽い睡眠薬を処方するも、夢の中ですら愛らしい笑顔で現れ、僕を翻弄する。
時折、らしくないセクシーなファッションに身を包むのは、己の願望か?
見慣れぬ彼女を相手に燃え盛る劣情。
それはもう、口にするのも憚られる内容だった。
結局、即座に薬を中断する羽目となり、再び頭を捻る。
こうなると対処法は二つ。
ひたすら修行に励み、疲れ果て、泥のように眠ること。
もう一つはさっさと諦め、夢を現実にしてしまうこと。
確かに………最初の一週間は道場に通い詰め、わりといい感じに眠れていた気がする。
だが、僕の本気についてこれる相手は少なく、ただでさえ和尚と師範代は中国に遠征している為、残された弟子達は疲労困憊。
仮病を使って休む輩も出始めたので諦めざるを得なかった。
───となると二番目の手。
夢を現実にすること。
とはいえ、相手は人間だ。
扱いやすい奴ではあるが、こと恋愛となると必ずや尻込みするはず。
僕は悩んだ。
いったいどうすればこのモヤモヤとした欲求から救われるのだろう、と。
これが果たして正しい恋なのかどうかもわからない。
解らないけれど、悠理が欲しい。
かといって、擡げる欲望をそのままぶつけるのは流石にどうかと思う。
ちっとも紳士的ではない。
そうなると王道的な手段を用い、悠理の心を引き寄せることこそが正しいだろう。
王道手段………所謂“愛の告白”である。
どんな形であれ、恋人という括りに収まれば、ある程度望み通りに行動できるはずだから。
「な、な、なに言ってんだ!?」
口の中がようやく空になって最初の一言がそれだった。
悠理の見開いた目は、この世の全ての化け物と対峙しているかのように血走っていた。
「だから………おまえが好きだと………」
「清四郎があたいを!?いや、ないない!!天と地がひっくりかえっても有り得ないだろ!!!」
告白した本人を前に全否定。
やれやれ。そう簡単にはいかないか。
「有り得ないと思っていたことが、この僕の身にも訪れたんです。ここはもう覚悟を決めて、受け止めてくれませんかね?」
情けない話、脈が無いと解っていても、心をぶちまける気持ちよさは最高だった。
もやもやしているより百倍マシだ。
「受け止めて………って………んなもん、信じらんない。だって………だって、おまえいっつもあたいのこと馬鹿にして、苛めてるじゃんか!」
彼女の言うことはごもっとも。
確かに僕は悠理を苛めたくて仕方ない。
過去の遺恨云々ではなく、悠理という存在が僕の嗜虐心を煽るのだ。
お預けを食らわせたまま、くぅんと鳴く犬のように扱いたい。
そのあと存分に愛情を注ぎ込み、無心に尻尾を振り懐く彼女が見たい。
「信じてもらえないかもしれませんが…………全て愛情の裏返しなんです。」
「あ、あ、愛情ぉ!?」
怒髪天を衝く………といった形相で髪を逆立てる悠理。
そりゃそうなるだろうな。
納得しつつも、先へと話を進める。
「馬鹿にしてきたのは、おまえが本当に馬鹿だからです。でもからかったり、不用意に苛めたりしたのは特別だったから。解りませんか?僕は悠理にしかそういう事をしていないんですよ。」
ポカンとマヌケな口を開けたまま、悠理は静止した。
今ならキスをしても問題なかろう、なんて非常識なことを考えてしまう。
いかんいかん。
それはさすがに拙い遣り方だ。
「もし恋人になってくれたなら、優しくしますよ?僕への苦手意識がなくなるよう、努力もします。」
「に、苦手って………別に、そんなつもりじゃ…………」
滅多に見れない姿に動揺しているのが判る。
こっちも必死なのだ。
慢性の睡眠不足とは一刻も早くおさらばしたい。
「出来心なんかでおまえに手を出すつもりはない。もちろん一生、責任を持って大事にする覚悟です。」
「え、なんか…………重いな、それ。」
話の腰を折る台詞だが、そこで挫けるわけにはいかなかった。
「当然でしょう?娘に手を出すだけ出して、見逃してくれる母君ですか?」
そうだ。
夫人の性格を考えれば、このまま一直線で結婚が待っている。
恐らくは確定事項となる婿入り。
まあ、それについては一度覚悟した経験があるわけだから、問題はない。
「ここで母ちゃんは関係ないだろ?だいたい責任とか、一生とか、今断言していいのかよ。…………イヤになるの、おまえの方かもよ?」
ボソボソと尻すぼみに呟く悠理を見て、少しだけ心が痛む。
信じられないのも無理はない。
僕は元々恋愛体質ではないし、実際今も恋愛がなんたるかを解ってはいないと思う。
ただ欲しいのだ。
悠理という女が欲しくて仕方ない。
これは単純に厄介な発情なのか?
それとも━━━━
「長年付き合ってきましたし………短所長所ならお互い分かりすぎるほど分かっているでしょう?確かに一生という言葉は重いかもしれない。でもやはり僕はそのくらいの覚悟を決めて、おまえと交際したいんです。」
巻き込まれるトラブルごと抱え込むつもりで。
そわそわと視線を動かす悠理に隙が見てとれ、ようやく同じ土俵に立ってくれたことが判る。
もう一押し、二押し、ってところか?
「悠理。僕はそんなに酷い男ですか?」
「……………へ?」
「自分が言うのも何ですがスペックは悪くないと思っています。確かに少々理屈っぽさはありますが、そこは控えめにしていくつもりですし、何よりもおまえを大事にするという気持ちに自信があります。」
「あ…………うん。」
「更なる強さを求められているなら、それも前向きに努力したいと………」
「い、いや、それはもう充分だろ!」
焦って手を振るその手首をそっと掴む。
改めて細いなと感じ、つい抱き寄せたい衝動を必死で押し殺すが、やはり我慢出来ず、行動に移してしまった。
「ふがっ!」
「好きだ。僕の気持ちを受け取ってくれ。」
制服越しに感じる生温い体温が、押し殺してきた欲情を露わにする。
ヤバイな。
早く返事を貰わないと、このままじゃ鬼畜同然だ。
「わぁった………わあったから、ちょっと強すぎるってば………」
「では恋人に?」
少しの隙間から上目遣いでこちらを見つめてくる悠理は、猿のように真っ赤な顔で震えながらコクリと肯いた。
「と、取りあえず…………お試しで………」
「…………。」
お試し?
ふ、そんな中途半端な関係で終わらせるはずがないでしょう。
気付いた時には深みにはまって抜け出せない状況にしてやりますよ。
逃げたくても逃げられない、それこそ愛欲の沼にずっぷりと……………。
「充分です。」
僕の笑顔に満足したのか、悠理は胸板にもたれかかり深い溜息を吐いた。
よほど緊張していたのだろう。
首元が汗に濡れている。
さぁ、これでようやく睡眠不足ともおさらばだ。
あからさまにゴクリと鳴る喉の音を皮切りに、僕の手は欲望のまま彼女の顎を優しく捉えた。
ここから始まるのは恋か、それとも…………