※Rシーンあり
轟音と共に窓が軋む。
外では白くて大きなモンスターがこの小屋を押しつぶそうとしているのかもしれない。
まるで子供のような妄想。
薪ストーブと毛布のお陰で寒さこそ凌げるが、あの音を聞いていると心の奥底まで凍結しそうだ……。
“河津李奈 ”は小さな指を握りしめ、そう思った。
猛吹雪の中、実際ここまでたどり着けたのは奇跡かもしれない。
もちろん温かく迎え入れられたことも含めて。
リーダー格の男は涼しくも美しい目で突然の珍客を気遣い、他の男女もまた特に媚びることもなく接してくれている。
こういうトラブルに慣れているのだろうか?
下手な芸能人より整った顔立ちを持つ彼らに、動じるような素振りは微塵も見られず、今はそれが何より有り難い。
毛布に包まった李奈は、揺らめく暖炉の火を眺めながら、先程の過酷な道程を思い出していた。
喧嘩が原因で頭に血が上っていたのは間違いない。
上着を羽織り飛び出した先は横殴りの雪。
軽く膝を越えるほど積もっていた。
視界はほぼゼロといっても過言ではない。
おろしたてのスノーブーツは何の役にも立たず、足先の感覚は歩くほどに無くなってくる。
数分も経たずして己の浅はかさを身に沁みて感じたが、あれ以上あの男と同じ空気を吸うことは我慢できず、何より彼の沸騰した怒りに身の危険を感じたことは確かだった。
____私は女優なのに、共演する俳優全てを疑うだなんて、どこまで愚かなの!
いい年をした男が嫉妬に狂う姿は醜いとしか言いようがない。
独占欲にかられた視線を向けられたとき、存在していたはずの恋情は呆気なく霧散してしまった。
大人気ない人……。
李奈はそんな男に身を任せた自身に対しても苛立ちをおぼえた。
そしてがむしゃらに雪を掻き分け、避難場所を探す。
怒りの感情がいつも以上のパワーを発揮してくれたのだと感じる。
このロッジを見つけることが出来たのは本当にラッキーだった。
冷えて神経が麻痺した脚を、美童と呼ばれた青年が適温の湯桶を用意し、気遣ってくれた。
あの男には無い余裕と優しさ。
長く伸びた金髪がイヤミに感じないのも、彼のスマートな思いやりからくるものかもしれない。
「しもやけにならなきゃいいけど……。」
可憐が心配そうに呟く。
李奈は手渡されたタオルで足を拭きながら「大丈夫。実は私、東北育ちだから。」と柔らかく微笑んだ。
そして毛布に包まり、自身の体温を高め、ただひたすら時が経つのを待つ。
明日の朝、果たしてこの雪の監獄から抜け出すことは出来るだろうか?
現時点での天候を見る限り、あまり期待はできないが、李奈は一先ず眠ることを優先した。
睡眠不足は美容の大敵。
ただでさえ毎日欠かさないパックをしていないのだから、せめてしっかり寝なければ。
時計を見ずとも深夜であることは解るし、今はとにかく冷えた体を休めたい。
ブランデー入りの紅茶がようやく効いてきたのか、眠りへの入り口は比較的穏やかに訪れた。
寝息を立て始めた客の気配を確認した後、清四郎はようやくいつものように天井を仰ぐ態勢で目を瞑った。
またしてもトラブルの予感がヒシヒシと感じられるが、少なくともこの天気だ。
今すぐどうこうなるわけではないだろう。
天気の回復を待ち、スキーで助けを呼びに行っても構わない。
彼女が此処に居ることを相手の男は知りようがないだろうし、慌てる必要はないはずだ。
一通り考えをまとめ上げ、本格的な眠りにつこうとしたその時、薪ストーブの仄かな灯りがゆらり、影を作った。
魅録をはじめ、美童と可憐もすっかり寝入っている。
となると……
「悠理?」
清四郎の寝床へ近付いた影は、慣れた様子で毛布の中へと忍び込んできた。
「どうしたんです?」
小声というより、もはや囁きに近い。
悠理の耳にだけ届く甘やかな声。
そんな恋人の声は官能的かつ妖艶で、悠理は反射的に背中が震えるのをグッと堪えた。
そしていつもしているように、清四郎の胸へと顔を埋める。
「ここで……寝る。」
「……………いいんですか?」
からかわれるのが苦手な悠理にとって、これはなかなか大胆な行動と言えよう。
等間隔に離れているとはいえ、仲間たちが側に寝ているのだ。
清四郎は喜びと同時に、その心理を読み解いてみたいと思った。
しかし直後………それは不可能となる。
「ゆ……」
突然、細くしなやかな両手に引き寄せられたと思うと、悠理の鼻先がコツンと当たる。
間もなく重なった唇はしっとりと甘く、そういえばさっきココアを飲んでいたな、と思い出す。
自分からは滅多に仕掛けてこないくせに、興に乗ってくると大胆かつ激しいキスを求めてくるから始末に負えない。
本能をぶつけ合うような野性的な接吻は、悠理の得意とするところだった。
否が応でも突き動かされる劣情。
腰周りが次第に熱くなり、流れる血液が一箇所に集中し始める。
毛布の中という閉鎖空間で、それでも湿った音が洩れないか気にはなるが、今は悠理の衝動を受け止めるほうが先だ。
清四郎は大人しく身を任せることにした。
絡み合う舌が互いの熱を奪うように動き、声にならない吐息が混じり合う。
密着し、夢中になる二人にとって、この狭き世界は丁度いい広さと言えよう。
やがて頭の芯が痺れ始めると、官能を高める儀式は更に激しさを増し、悠理の鼓動が骨伝いに清四郎へと響いた。
「ん………ハァっ…………」
酸素を求め一旦離れた口を、今度は清四郎から塞ぎ、より情熱的な口づけを繰り出す。
どうしよう……止まらない!
自分から仕掛けたくせに、終わりへと導けない拙い悠理。
すっかり興奮してしまった清四郎の両腕は細い腰をがっちり掴んでいて、逃さないという覚悟が示されている。
マーキングしたかっただけなのに。
突然やってきた女(それも美人)に奪い盗られてなるものか。
そんな単純過ぎる思考と独占欲で清四郎の懐へと忍び込んだ悠理は、忍耐強いはずの男がすでに理性を放棄しはじめていることを知らない。
「責任……とってもらいますよ?」
唇に触れたまま囁かれた言葉は明らかに脅しであった。
腰を抱き寄せていた手は悠理の尻を優しく撫で回し、より本格的な行為へと進んでゆく。
強く、弱く、やらしく……滑らかに。
寝間着越しに感じられる男の情熱はいつもより猛々しく膨張していて、そんな凶暴すぎるモノですら、今の自分なら簡単に受け入れられるのではないか……と悠理は思った。
「声は……出すなよ……」
ごく自然に脱がされるパジャマと下着。
上はそのままで、互いの下半身は露出した状態となった。
何度まぐわっても飽きることのない情交に、二人はどっぷり浸かりきっている。
熱量が増す肌を擦り付け、興奮を伝え合えば、大きな喉音はまさしくゴングだ。
吹雪が窓をカタカタと鳴らす。
ストーブの薪が大きく爆ぜる音すら耳から遠ざかる。
夢中になる瞬間。
「………っ!!」
やはりキツい―――
が、それでも悠理は清四郎の全てを飲み込んだ。
どんな状況でもしなやかに奥深くまで受け入れる身体。
清四郎が手間暇かけて仕込んだ結果である。
口と塞ぎながら揺れ動く二人はあっという間に昇りつめていく。
何分……
いや何時間でもこうしていたい。
周りを気にしての静かな律動が、やがて追い立てられるかのように激しさを増す。
制限された空間でのセックスはなかなかにハードだが、むしろ密着度が高くなり、興奮レベルが一気に上昇するから悪くない。
熱と熱がもつれ合うようぶつかる二人。
悠理は強く瞼を閉じると、引き寄せられるかのように恍惚の世界へと旅立った。
それを奥歯を食い締めた清四郎が追いかける。
「……っ!……はぁ…………」
到達したそこはまさしく天国そのもの。
絶頂と共に訪れる忘我の境に身を浸し、清四郎は深く長く息を吐いた。
時間にして10分弱のまぐわいであったが、二人は充実した気持ちで抱き締め合う。
こうしたかった……
とっくの昔に。
南の島じゃなくてもいい。
心赴くままに溶け合い、混じり合い、愛し合いたい。
息が整い、一通り汗がひくと、清四郎は再び悠理を抱きしめる。
緊張と興奮で疲れたのだろう。
腕の中の恋人はうつらうつら、船を漕ぎ始めていた。
「おやすみ……悠理。」
自分でも驚くほど甘い声が出る。
満たされた心と身体がそうさせるのかもしれない。
毛布の中で行われた蜜事は、運良く、誰の耳にも届くことはなく、二人は朝までぐっすり眠ることに成功した。
幸せな一夜だった。