revelation in a dream

「しかし守護霊が武士とは。さすがは悠理というべきか・・・。」

「あ、うん。えーと、せぇしろちゃん?それより、なんでここに?」

「は?おまえが了承したんでしょう?僕と子作りする事を。」

「ちょ!いきなりかよ!」

講義を終えた悠理を待ち構えていたのは清四郎。
当然のように名輪の送迎車へ乗り込んだ挙げ句、これまた当然のように悠理の寝室へと上がり込んでいる。

クイーンサイズの広々としたベッドの端に座りながらも、徐々に悠理との距離を縮める男は、すっかりその気になっているようで―――。

「待て!っつーか、お願い、待って!」

「今さら何です?まさか、怖じ気づいたとか?」

―――んなもん、当たり前だろ!!こちとら初めてなんだから!

・・・と心で叫んでも口には出さず、近付こうとする清四郎を腕で突っぱねた。

「こ、こ、こ、子供作るってことは、け、け、結婚す、するってことだろ?」

「少しは落ち着いて話しなさい。吃(ども)り過ぎですよ。」

「わ、わぁってる!」

深呼吸を三回して、仕切り直す。

「結婚する気、あるんだよな?」

「もちろんです。言ったはずですが?」

「なら、先ずしなきゃならない事あるだろ?」

「ハワイにいるおじさんとおばさんには先ほど電話しました。直ぐにでも式を挙げて良いとのことです。」

「なにぃーー!?てか、んな簡単に!?」

「盛大な式にすると息巻いていましたよ。僕は取り敢えず白無垢姿のおまえが見たいですね。」

「し、しろむく!??」

目を剥く悠理は、確かに清四郎とアレコレする未来を受け入れてはみたが、こんなにも早くコトが進んでいくとは思わない。
何しろ彼女の足りない脳みそは複雑には出来ていないのだから。

「あ、あの、結婚って、もちっと先……」

「別にいいでしょう?今時、学生結婚など珍しくありませんよ。」

にっこり笑う男の言葉は決して覆(くつがえ)らない。
悠理はぞくりと肌を粟立てた。
清四郎の手がとうとう悠理の手首を握る。
悠理はカチンコチンに凝固していた。

「僕たちの相性は決して悪くないと思いますが、やはり試してみないと、ね。」

「あ、相性??」

「無論、セックスの相性です。ただし、僕は努力家なので多少の悪さを補えるだけの実力はありますよ。」

ニヤ、と口端を上げた男はそのまま悠理を押し倒し、跨がると、シーツの上で目を白黒させる女を満足そうに見下ろす。

「お、おまえ・・・・・手早かったんだな!」
飛び出すはそんな言葉。
全く何の意味も成さない。
「当然でしょう?好きな女を手に入れるチャンスが、やっと巡ってきたんですから。」

頬を火照らす悠理は、男からの求愛に慣れていない。
それも相手は清四郎。
嫌みで冷血漢で、長きに渡って友人だった男だ。
こんな自分を好きだという男。
そしてそれを受け入れた自分。
そっと近付いてくる真剣な顔を見つめたまま、悠理はとうとう覚悟する。
唇が触れるその瞬間には、諦めにも似た感情のまま、力を抜いた。



二人がそんなことになっているとは露ほども知らぬ豊作。
雅臣との一席を用意したのは、二人が結ばれた次の日の昼のこと。
面倒なことはさっさと済ませておくに限ると、系列ホテルのフレンチを予約する。
どうせ上手くいくはずがないのだから―――そう高を括りつつ。

珍しく兄に誘われた悠理は、何の疑いもなく登場した。
朝方まで散々貪られた身体はギシギシと悲鳴をあげているが、旨いフレンチを断るほどではない。
清四郎は用意された朝食をしっかりと食べ、大学へと向かう前に「今夜も来ます」と言い残し、去って行った。
その意味を知り、すっかり脱力してしまった悠理。
‘疼き’というものを教えられた体が素直に反応する。

清四郎は言葉通り巧みだった。
そして自分達の相性は恐ろしく良かった。
まるで元から一つになる為に生まれてきたかのような心地良さを一晩中味わい、愛を囁かれる度に自分が女であることを自覚させられた。
あの男が、あのような言葉を口にするとは想像もしていない。
言葉と同時に快感をも与えられ、とうとう自ら清四郎を求めるほど心身を預けてしまった。

芽生えたのは小さな女心。
そして、彼のものになったという自負。
去り行く清四郎の後ろ姿に一抹の寂しさを感じたのも、そんな一つの変化だと言えよう。
『ちゃんとした格好してこいよ。』

兄に言われたとて、悠理は悠理。
いつものように、派手なジャケットのパンツスーツを選び手に取る。
姿見に映った白い身体の至るところに、清四郎の愛咬の跡が残り、流石に気恥ずかしさを抱いたが、
タートルネックの長袖インナーが巧く隠してくれたことで、ホッと一息吐き出す。

「あいつ、結構大胆だな。」

と今さらの感想を口にし、それが何故かくすぐったいほど嬉しく感じた。



ホテルの最上階にある眺めの良いフレンチレストラン。
時間帯の所為もあり、ビジネスランチで賑わっているが、悠理が通されたのは奥にある個室だった。
不思議に思いながらも扉を開けると、既に兄は席に着いており、もう一人、見たような顔の男が座っていた。

「悠理、遅いぞ。」

「あ、ごめん。ちょっと道混んでたんだ。」

一通り挨拶を済ませ、悠理は兄の横へと座る。
真向かいに居る男の視線がどことなく気になったが、それよりも腹が減っていた。
まずは水で口を潤す。
一皿目が運ばれて来た頃から、当たり障りの無い話をし始めた兄を、その男はすぐに制した。
そして、待ち構えていた料理をさっさと口に運ぶ悠理を真っ直ぐに見据えると、大胆にもこう言い放ったのだ。

「悠理さん。私と結婚を前提にお付き合いしてみませんか?損はさせませんよ。」

耳に飛び込んできたその言葉に、悠理は食べていた前菜を吹き出しそうになった。

「はぁ??」

眉を顰めた後、直ぐに兄を睨むが、豊作は気まずそうに視線を外すだけ。
悠理はそこで初めて謀られた事に気付いた。

―――兄ちゃんめ!何考えてんだ!

そんな悠理を気にもせず、つらつらと並べ立てられる男のご託。
もちろん興味は微塵も湧かない。
一通り聞かされた後、ようやく滑り出した言葉は当然・・・・

「んなもん無理。」

だった。

雅臣のこめかみがピクリと震える。
蚊帳の外へと放り出された豊作は、ハラハラしながら二人を交互に見つめていた。
しばらくの沈黙の末、恐る恐る口を挟む。

「ゆ、悠理。よく考えて返事しなさい。彼はとても優秀だし、何よりも剣菱の事を・・・」

「だから、無理なんだってば!あたい清四郎と結婚することになったから。」

「―――は?」

キョトンと目を見開いたのは豊作だけではない。
無論、雅臣も驚きを隠せなかった。

「昨日そうなったんだ。母ちゃんたちにも報告済みだし。」

「え、僕は何も聞いてないぞ?」

豊作が除け者にされるなんてこと、珍しくもなんともない。
悠理は、「あ、そ。」と聞き流し、雅臣を振り返った。

「だから――悪い。あんたとは付き合えない。」

雅臣にとってそれは大きな誤算であったが、ここでしつこく食い下がるのは得策ではないと判断する。
何よりも美しくないと感じたのだろう。
それにどうせ気まぐれな令嬢のこと。
またもや『破談』なんて可能性もあるだろうと予想した。

「そうですか・・・私は出遅れたんですね。とても残念です。」

寂しげな表情で薄笑いを作られたとて、悠理はその裏に隠された打算を瞬時に読み取ってしまう。
だが彼は比較的解りやすいタイプで、むしろ好感すら持てた。

『清四郎の方がよっぽどめんどくさいタイプだよな。』

そんな事を思いながら、黙々と料理を口に運ぶ。
そうしてあまり楽しいとは思えないランチタイムは、瞬く間に過ぎていった。



「悠理、本気で清四郎君と結婚するつもりなのか?」

食事を終えた後、豊作は悠理の腕を引き、小声で確かめる。
「社に戻ります。」と先に立ち去った雅臣は、既にエレベーターで下降中だろう。
悠理達は次のエレベーターを待っていた。

「そだよ。もうやることもやっちゃったし。」

「やること?まさか・・・!」

豊作が声を荒げるのも無理はない。
『男に生まれた方が良かったんじゃないか』と思わせる妹の口から、そんな言葉が飛び出すとは・・・

「あの清四郎君と・・・」

呆然とする兄に追い打ちをかけるよう、悠理は口を開く。

「そ!結婚してあいつと子供作ることになったんだ。」

「―――は?」

「でないと、うちの家絶えちゃうかもしれないんだって。守護霊のおっちゃんが言ってたんだ。」

「し、守護霊???」

『一体何を言い出すんだ!?僕は電波な妹を持った覚えはないぞ!』
豊作の混乱は膨らみ続ける。

「・・・・それとさ。」

そこでようやく頬を染めた悠理は、床を見つめながらもじもじと体をくねらす。
見慣れない姿だ。

「あいつ、あたいのこと好きだったんだって・・・・へへ。」

「・・・・・・。」

―――あ、そう。
そうですか。リア充でしたか。

いまだ自分には現れない運命の相手。
それを妹が先に見つけたことについて、豊作は素直に喜べなかった。
かといって、『彼ほどの男が本気で悠理を好きになるだろうか?』といった兄心とも取れる心配が頭をもたげる。
古い付き合いの清四郎は、妹のほぼ全てを知っていると言っても過言ではなく――果たしてどこに惹かれたんだ?
甚だ疑問に感じる。

まあ、見た目は悪くないからな。
素直なところもあるし、元気いっぱいだし。
恐ろしく馬鹿だけど、馬鹿ほど可愛いと昔から言うし。

以前も、思惑はともかく、悠理と結婚することに頷いた彼。
許容が広いのか、はたまた珍獣好きなのか。
どちらにせよ、変わり者だと思う。
『変わり者』といえば彼、雅臣もそうだな、と思い当たった。
まあ、彼の場合、野心が上回っているのだろうけれど、解りやすい分、こちらとしても助かる。
決して嫌いなタイプではない、と豊作は一人頷いた。

「そうなったのなら、僕としても清四郎君を推すけどね。」

妹の扱いにかけては、彼の右に出る者はいない。

「だけど、今度こそきちんと結婚するんだぞ?人を巻き込んで騒ぎを起こすな。」

「うん!」

晴れやかに笑う妹に不安な要素は見当たらない。
豊作は苦笑しながらも、悠理の髪の毛をくしゃりとかき混ぜた。

「しかし、清四郎君がねぇ・・・・」

穏やかなる疑問は胸の中でコロコロと転がっていたけれど・・・・。