生まれてからずっと一緒。
頼りになる幼なじみの無自覚な横顔が夕日を受ける。
淹れ立ての珈琲を飲むことも忘れ、ただ一人の少女を見つめる目。
どんな学問よりも興味を示しているその熱い目に、果たして彼女は気付いていないのだろうか?
恋愛に疎く、食欲の権化である友人には、そんな変化など何の意味もなさないかもしれない。
たとえ知ったとて、おそらくは困惑するだけ。
長い付き合いの中、恋愛要素など一ミリも見当たらなかったのだから。
「なんです?」
視線を動かさぬまま、彼は問う。
さっき淹れた珈琲はきっと温くなっているに違いない。
湯気も立たないカップを見つめながら、私は小さくため息をついた。
「別に…………」
不機嫌そうに答えれば、少々億劫に視線を移動させる。
彼は昔から弱味を見せない。
敗北に繋がると信じているから。
「次の土曜、映画でも行きますか?確かチェックしてたでしょう?フランスの………」
「その日は母様の手伝いがありますの。映画なら他の方を誘ってくださいな。」
刺々しい言い方だったかもしれないが、私の口は独りでにそう答えていた。
おや?といった表情は困惑のそれ。
本当は私を誘いたいわけじゃない。
本当は私の機嫌をとりたいわけじゃない。
この恋愛不感症な男は、いまだ自分の心に気付いていないのだろう。
ただ本能的に求める相手を安全な位置から見つめているだけ。
「ふむ。あれはかなりマニアックな映画ですしね。それならまたの機会に………」
「あら、わたくしのことなど気になさらず、ゆっくり観てきて下さいな。」
何故、こんなにも拒絶(イジワル)したくなるのだろう。
鈍感な幼なじみに苛つくから?
それとも自分以外の人間に心奪われているから?
とりつく島もない私を清四郎は諦め、ようやくぬるい珈琲に口を付けた。
「清四郎!」
そのとき、不意に悠理が声をかける。
瞬間訪れる彼の晴れやかな表情は、私の胸にチリッとした痛みを与えた。
「なんです?」
「次の休み、じっちゃんとこ行こーぜ!ほら、最近喧嘩してないだろ?あたい身体鈍っちゃって。」
「別に構いませんが。………月曜までの課題、全部クリア出来るんですか?」
「うぇ~・・・やなこと思い出させんなよぉ。」
苦虫を噛み潰した顔で腕組みする悠理に、彼はいつも救いの手を差し伸べる。
「一回分の夕食で、手伝ってやってもいいですよ。」
「マジで?お安いこった!じゃ決まりな!」
笑顔に満ちる単純な彼女。
喜びをおし隠すポーカーフェイスの彼。
そして━━━何故か痛みを増す私の胸。
珈琲の香りは完全に失われてしまった。
そう遠くない未来、“彼”はもう、“私の清四郎”ではなくなるだろう。
予感はしていた。
もっと……………
ずっと……………
遙か昔から。
もしかすると、あの桜の下の出会いから。
変わり始めた幼なじみの背中を見送るようなってから。
“サミシイ”
そんな本音を押し殺し、私はいつものように薄く微笑む。
彼らは何物にも代え難い私の宝。
たとえどんな変化が訪れようとも輝きを失うことはない。
そう。
たとえ彼が悠理を選んでも、
私にとって、たった一人のヒーローなのだから。