false friend

━━━━なんなの?この子ったら。

夕食時のダイニングにて。
ボリボリと肌を掻き毟る娘を、百合子は痛々しげに見つめる。
先程飲ませた薬はまだ効果を示さないようで、とにかく後でもう一度主治医へ連絡しなくては、と彼女は思い至っていた。

「貴女、まさか拾い食いでもしたんじゃ・・・・・?」

娘の食い意地は底知れない。
母の危惧は尤もだった。

「んなことするもんか!」

「でも蕁麻疹なんて、何年ぶりかしらね。」

「記憶にないほど昔だい。」

身体だけは丈夫な娘。
腐りかけの食べ物でも平気で消化出来る胃を持っているはずなのに、一体どうしたことだろう。

「悠理、おまさ、玉ねぎでも食えばいいんでないか?あれは昔っから毒素を出すっちゅう話だがや。」

そう父に勧められ、悠理は用意された玉ねぎサラダをモリモリと食べ尽くす。
心配そうに肩を寄せ合っていた両親は相変わらずの食欲を見せつけられ、取り敢えずはホッと息を吐いた。

「食べ物じゃないとすれば…………まさかとは思うけれど、ストレスだったりしないわよね?」

自由気ままに育て、欲しい物はほとんど買い与えているはず。
それでも娘に隠された‘何か’を敏感に察知した母はそう尋ねる。

「ストレス?あたいが?」

悠理はほぼ見た目通りに生きているが、時々小さなストレスを感じる事があった。
しかしそれを発散する方法は’ごまん’とある為、決して蓄積はしない。
少し身体を動かせば、
美味しいものを食べに出掛ければ、
僅かな憂いはあっさりと消え行くものばかり。
元々大したストレスでもないのだろう。
彼女はいつでも元気印を掲げ、笑顔を見せている。

しかし…………

━━━ストレスからの蕁麻疹?

思い当たる理由は一つしかない。
亜理子と清四郎のことだ。
折角出来た友人の頼みを、梃子でも叶えたくないという冷淡な自分。
それに戸惑いながらも、考えを覆すことが出来ない。

━━━‘橋渡し’なんてしたくないんだ。

明確な理由は解らないけれど、考えれば考えるほど胸がぎゅうぎゅうと痛み、発疹が酷くなるのだ。

一見利己的に見える彼女は、しかし 一度懐に入れた物(者)を、おいそれと見捨てる事が出来ない性分でもある。
それも全て、お嬢様特有のお人好しな性格によるもの。
弱者に同情しやすく、多少の無理をしてでも助け船を出してやりたいと考える善良さと、あわよくば漁夫の利を得ようとする狡猾な部分を併せ持つ悠理。
だが今回は、折角出来た友人の頼み事であり、本来ならば絶対に協力してやりたいと思うはずなのだが・・・・。
心はどうしても否定し続ける。

「もしかすると……ほんとにストレスかも。」

娘の反応に驚いたのは両親だけではない。
お茶を配るメイド達もまた、カップを落としそうになるほど驚愕した。

「悠理………原因は一体何なの?」

「・・・・・・・。」

珍しく心配そうに窺う母。
耳を疑ったままの万作は、ただただ呆然と娘の顔を見ている。

「ん~・・・・人間関係、かなぁ?」

「「人間関係??」」

口を揃えて鸚鵡返しする両親を苦笑いで受け止める悠理。

「大丈夫だって!すぐに何とかすっから!」

根拠も何もない答えは、自分自身へのもの。
慌てて残された食事を掻き込むと、「ごちそーさん!」と椅子から跳ねるように立ち上がり、自室へと駆けていく。
残された両親の複雑な表情は見ぬままに…………。


部屋に戻ると、携帯電話にメールが二通届いていた。
一つは亜理子。
もう一つは可憐だった。
まずは亜理子のメールを開く。
内容は予想通りの物だった為、直ぐに可憐のものへと指を滑らせた。

「後でそっちに行ってもいい?今から美味しいケーキを買うつもりなの。楽しみにしてて。」

短い文面だが、可憐が本気で会いたいと望んでいる事が伝わる。
送られてきた時間を見ればそれは4分前。
悠理は急いで送り主へと電話をかけた。

一時間後に可憐が到着する旨、メイドに伝え、トロピカルアイスティを用意してもらうことにした悠理。
そこでもう一度、亜理子からのメールを開き、内容を確認した。

〈悠理ちゃん。明日の夜、良かったら菊正宗君と三人でご飯食べに行かない?私から誘うのは恥ずかしいから、悠理ちゃんから誘ってくれると助かるな。場所はどこでもいいよ。それと………然り気無くでいいから、私のことアピールしてくれないかなぁ?学食五回分でお願い!!(。-人-。)〉

のらりくらりとかわしてきた悠理に、とうとう具体的な手助けを求めてくる亜理子。
読めば読むほど気持ちが重くなる文章だ。
亜理子の純粋な気持ちを可愛いと思うと同時に、どこか薄ら寒く感じてしまうのは、やはり自分がひねくれているからだろうか?
それとも、恋をしたことがないから?

薬のせいか、はたまた玉ねぎのせいか?
治まり始めた発疹痕を悠理はじっと見つめる。

━━━━ストレス、か。あいつらと居て、こんな風になったことないな・・・・。

倶楽部の面々はそれぞれが自分勝手に生きている。
けれど、ひとたびトラブルが起これば、自ずと集まり全力で助け合う、強固な絆を感じさせてきた。
薄情そうに見える清四郎も、女の事しか頭にない美童も、余計な傷を背負いたくない可憐だって・・・皆、身体を張って対峙してきたのだ。
そしてもちろん、悠理自身も・・・・・。

亜理子という人物は、大学部で初めて出来た親しい友人だ。
他の5人がどんどんと交友関係を広げていく中で、自分だけは「男の目」から逃れるように、仲間の中に閉じこもってしまった。
だから、余計に嬉しかったのだ。
剣菱の娘だと知った後も、彼女の態度は変わらなかった。
媚びてくることも、何かを求めてくることも無かった。
男からの誘いをあっさり断り続ける彼女は、自分と同じできっと恋愛に興味がもてないのだと思いこんでいた。

心地良い関係。
野梨子とも可憐とも違う、居心地の良さを感じていた。
だからまさか・・・・彼女が清四郎に対してそんな気持ちを抱くなんて、想像したこともなかったのだ。

トントン

「可憐よ。」

思考を巡らせている間に、一時間はあっさりと過ぎ去ったらしい。
扉を静かに開けた可憐は、薄紫色のワンピース姿で登場した。

「よっ!」

片手を上げ、ソファに促す。
その腕を見た可憐の目が、何かを探るようゆっくりと細められた。

「あんた・・・・それ、蕁麻疹?」

「ああ・・・うん。いきなり出てきたんだ。これでも少しはマシになったんだけど・・・目立つ?」

「そうでもないわ。でも・・・珍しいわね。拾い食いでもしたんじゃないの?」

母親と同じ台詞を投げかけられ、悠理の眉が八の字に下がる。
誰しもが同じ評価を下しているのかと感じれば、しょんぼりと気落ちしてしまった。

しかしそれも僅かの間。
間を置かずして、メイドが可憐の預けたケーキとトロピカルアイスティを持って現れると、一転、表情を明るくさせる。
夏色をしたオレンジのシフォンケーキをフォークで刺し貫くと、大きな口を開けて「いっただきまーす」と一気に放り込んだ。

その様子を見届けた後、可憐も小さく切ったケーキを口に運ぶ。
時間はまだ8時。
ダイエットに大敵なスイーツもギリギリOKといった時間だろう。

「んで?どしたの、今日は。」

「ああ、ちょっとあんたに話があってね・・・・」

珍しく歯切れの悪い可憐。
何かを踏み切れずにいるのだろうか。
何度もアイスティを啜り直す。

「何?」

「あの’亜理子’って子の事なんだけど・・・・」

「亜理子?何かあった?」

グラスの氷をかき混ぜていた彼女は、とうとう意を決したかのように顔を上げた。

「距離を置いた方が良いと思うわ。」

「え?」

「あの子、あんたを利用するつもりだったのよ。最初っからね。」

話が見えない悠理を置いて可憐は先を続ける。

「私の友達が彼女の中学生時代の同級生なんだけど、彼女、昔からすごく裏表の激しい子だったみたいよ。」

「裏表?」

「そう。表だっては清楚な優等生。けど裏を捲れば男関係も派手で、その上、略奪もお手の物だったらしいじゃない。特定の恋人を作らないのもまだまだ遊び足りないからって噂よ。」

「そ、それがあたいと何の関係があるんだよ。」

目から鱗の話に悠理はたじろぐ。
可憐は自分の手をギュッと握りしめ、覚悟をもって言い切った。

「あの子が今、ターゲットにしているのは清四郎。でも魅録と美童にも同じように色目を使おうとしてる。これは同じ学部の女から聞いた話。」

「・・・・・・・・・・・・ウソ。」

「ほんと。」

「・・・・・・・・・・・。」

「それに、ね・・・・」

可憐は瞬時に傷ついたような表情を浮かべ、悠理から目を逸らす。

「あんたの事を陰で’使い勝手の良いバカ娘’って詰っていたらしいの。あたし・・・・悔しくって・・・・・言おうかどうしようかすごく迷ったんだけど・・・・」

(なるほど・・・・)

悠理は思わず頷く。
可憐は以前からずっと、亜理子の事を気にしていたのだ。
彼女が6人に交じり始めた頃、複雑な表情で自分たちを見つめていたことを今更ながらに思い出す。
きっと最初から怪しいと感じていたはず。
呑気な友人の側で舌なめずりする’偽の友達’の存在を、恐らくは不快に思っていたに違いない。

「ごめん。あんた達、すごく仲が良かったから・・・・言うのが遅くなっちゃった。」

「ううん・・・・・いいんだ、可憐。サンキュ。このコト、他の奴らも知ってる?」

「美童と野梨子には伝えたわ。」

「そっか・・・・・・・・。こっちもこれで何となく話が繋がったみたい。」

「話?」

訝しむ可憐に悠理は携帯電話を見せる。
もちろんそこに書かれている内容は、彼女の怒りを急激にエスカレートさせた。

「なんて図々しい女なの!!でも、あの清四郎がこんな女に引っかかるとは思えないわ。あの男、馬鹿じゃないもの。」

「でも、亜理子は可愛いぞ?」

「可愛くなんかないわよ!」

「あんだけモテてるのに?」

「騙される男は多いかも知れないわね!でも絶対に化けの皮剥がしてやるんだから!」

「あたいは・・・・・・・・何もしない。」

憤慨する可憐の横で、悠理は静かに告げた。

「あんた・・・・・怒ってないの?」

「怒ってないよ。むしろこれで蕁麻疹から解放されるなら、ちょっと嬉しいかも?」

「蕁麻疹・・・・って、まさか・・・・・・・・彼女が原因?」

「恐らく。」

悠理は手にした携帯電話で、亜理子への返信メールを打ち始める。
たった一言、「バイバイ」 とだけ。
それを見た可憐は、悠理の頭を衝動的に抱き締めた。

「あたしたちが居るじゃない。あんたは何も傷つく必要はないのよ?」

「うん、傷ついてない。だいじょぶ。」

「悠理・・・・・」

可憐の温かい胸の中で、悠理は一筋の涙を流す。
それは亜理子との決別を意味していたが、それ以上に可憐の深い友情を感じ、感動したからに他ならない。

その後、亜理子からの返事は一度も無かった。



翌朝、いつも通り大学へと出向いた悠理。
講堂に入った瞬間、何か違った雰囲気が漂っていることに少しだけ違和感を覚えたが、元々鈍感な彼女のこと。
深く考えず、窓際に腰掛ける。
今日一日続く、面白くも無い講義に嫌気を感じながら・・・・・・・・。

いつの間にか、亜理子が目の前に座っていた。
一人ではない。
見知った学部生と隣り合わせで歓談している。
悠理に気付いていないはずはない。
けれど、彼女は振り向くことなく、楽しそうな笑い声すらあげていた。

そんな姿を悠理は冷静に見つめる。
彼女の本性が解った今となっては、寂寥感も抱かない。
だからといって憎しみが湧いてくるわけでもなく、彼女はただ蕁麻疹からの解放に心から喜んでいたのだ。
清四郎との橋渡しをしなくてもいいと考えただけで、胸がすーっと落ち着きを取り戻す。
胸を巣くうざわついた不快感は、悠理にとって何よりのストレスだった。

講義が始まる直前、携帯電話の電源を落とそうと、悠理は鞄の中からそれを取りだした。
しかしメールの着信があるのを見て、慌ててフォルダを開く。

20件

「え?」

迷惑メールにしては随分と数が多い。
悠理はその内の一つを恐る恐る開いた。

「剣菱さん、今度は僕のお相手お願いしまっす!090-●●58-78××まで!いつでも待ってるよ。」

「は?」

どういう意味だ?
悠理は念のため次のメールも開く。

「取っ替え引っ替え男漁りしてるんだって?是非とも俺を仲間に入れてください。」

不快な内容のメールはそれからも続いた。

クスクス・・・・・

耳障りな笑い声は徐々に悠理の鼓膜を蝕んでいく。
ふと顔を上げ、見渡せば、チラチラと投げかけられる男達の視線。

(何だ、こいつら・・・・・・!)

イラッとした悠理が立ち上がろうとした瞬間、目の前に座る亜理子の隣人が口を開いた。

「男は全員自分のモノだと思ってるなんて、ほんと根性悪いよねぇ。さっすが桁違いのお嬢様は感覚が違うわ。」

明らかに自分への誹り。
それを聞いた亜理子がゆっくりとこちらを振り返った。
あれほど愛らしいと感じていた顔には、醜い悪鬼が宿っている。
にやりと口端を上げた姿は、まるで鬼女の如く・・・・。

悠理はぞっと肌を震わせた。
途端に現れる発疹。
クスクスと広がり続ける、意味深な嘲笑。
メールの内容から察するに、亜理子の仕業としか思えない。
あれだけ親密にしていた関係が驚くほど簡単に崩壊していく様は、悠理の心に深い傷を刻む。

とはいえ、彼女の堪忍袋は限界まで膨らんでいた。
今すぐにでも飛びかかって、彼女の首根っこを掴み、罵りたい気分に陥る。

自分は今、確実にアウェイな世界の真っ只中に居る。
80人ほどの学生達は、どんな噂を耳にしたのだろう。
半数以上が男の学部で、亜理子の流言は瞬く間に広がったに違いない。

悠理は唇を噛んだ。
友人だったはずの女を睨み付けながら。
しかし彼女にとっては「友人」ですら無かったのだろう。
最初から「都合のよい駒」として扱っていたに違いないのだから・・・・・・。

チャームポイントである艶めいた唇がゆっくりと象る。

(お・ば・か・さ・ん)

間違いなく、彼女はそう告げた。

悠理の怒りが頂点に達する。
わなわなと震える身体が、類い希なる瞬発力をもって飛び出そうとした。
相手が女だと解っていても、リミッターが外れた拳を抑えることは出来そうになかった。

しかし・・・・・・・・・

「こらこら。」

不意に腕を掴まれ、身体ごと後ろに傾く。
頭上からは冷めた男の声。
しかしどこか優しさも感じる、馴染んだ声だ。

「おまえが殴れば、相手は簡単な怪我じゃ済まないでしょう?」

「せぇしろ・・・・・・・」

しっかりと絡められた腕に、悠理は為す術も無い。
彼女を捕獲するだけの力が、彼には存在するのだから。

「清四郎の言うとおりだ。おまえが暴れたら講堂が無茶苦茶になる。講義どころじゃなくなるだろ?」

続く親友の言葉に悠理は目を剥く。

「悠理は直情バカだからねぇ。あんまり煽ると大変な事になっちゃうよ?ね?宝川亜理子さん。」

金髪の貴公子が片目を瞑れば、女学生達は一気に色めき立つ。
密かに遅れて入ってきた教授は一体何事かと目を瞬かせていたが、気の弱い彼は口を出せない。
亜理子もまた驚きのあまり、顔を硬直させたまま、彼らを見つめている。

「あんたもちょっと軽率すぎやしね~か?」

魅録がバサリと投げつけた紙は、彼女が学部生に広めたメールの内容。
それは構内のパソコンを使った嫌がらせであったが、彼にとって大した障害ではない。
亜理子は失念していたのだ。
パソコンの履歴に残る学籍番号の存在を。

「それにさ。悠理を使って清四郎や僕たちを落とそうだなんて、随分と甘く見られたもんだよ。僕たちは世界中の良い女を見てきてるんだ。そう簡単に捕まってなんてあげないよ?」

秘めていた企みをさらりと公言され、亜理子が忌々しげに目を細める。
それでもまだこの危機から脱却する可能性を模索しているのだろう。
一転して、にっこりと笑顔を作った。

「全くの言いがかりだわ。私が悠理ちゃんにそんな真似するわけないじゃない?」

「’友達ごっこ’はその辺にした方がいいですよ?」

鋭い声で遮られた弁解。
悠理からそっと離れた清四郎は亜理子の真横に立ち、愛らしいピアスが揺れる耳元に顔を近付けると、女は反射的に顔を赤らめた。

「過去の男遍歴を拝見しました。いやはや見事な数ですね。一度うちの病院で性病検査をお勧めしますよ。」

低く透き通る声は、水を打ったように静かな講堂へと広がる。
驚愕に目を見開く亜理子はさっきまでの顔色を瞬時に青く変え、そのまま絶句してしまった。

「さ、悠理。今日はどうせ授業に身が入らないでしょう?美味しいデザートでも食べに行きますか?」

放心したままの悠理の腕を掴み、清四郎は足早に講堂を後にする。
親友の荷物を抱えた魅録と、惜しむ声を背中に受ける美童がその後に続き、ようやく講堂内は日常を取り戻したのだが・・・・・
佇む亜理子の顔はまるで人形の如く、凍り付いている。
隣に座っていた女生徒はその様子を見上げ、何かを諦めたような深い溜息を吐いた。



「あの顔!!さすがに胸がスカッとしたぜ。」

街の中にある静かなカフェで、悠理を囲んだ5人はそれぞれの感想を口にする。

「わたくしも是非とも見たかったですわ。」

「ほんとよぉ。」

野梨子の言葉に大きく相槌を打つ可憐。
夕べ、悠理の家を後にした彼女は、すぐに清四郎へと連絡していたのだ。
その後の危険性を予測し、悪意の芽は小さい内に摘み取るべきだと判断した彼は、次に魅録へと相談を持ちかける。
そして美童をも巻き込んで、宝川亜理子との因縁を断ち切ることに乗り出したのだ。

しかし彼女は思ったよりも気が短かったらしい。
もしくははじめから利用しようと考えていた’手’だったのかもしれない。
悠理を貶める手段として・・・・。

清四郎は元々亜理子を排除したかった。
悠理が男の視線を浴びるようになった時、彼は強く自覚する。
初めての恋心と、膨れあがった独占欲を・・・・。
彼女に纏わり付く存在は、たとえ女であろうとも邪魔なだけ。
男を排除し終わった後に現れた亜理子への憤りは、相当なものだった。

そう、清四郎は虎視眈々と待ち続けていたのだ。
自ら綻びを見せる、この決定的瞬間を・・・・。

「しっかし、すごいわねぇ。これほんとに彼女の男性遍歴?」

前もって魅録が調べ上げていた調書には50人以上の名が連なっている。

「’深窓の令嬢’も裏を返せばこんなもんか。」

「そんな重い看板を背負う女なんて、ここにいる野梨子くらいよ!ね?」

「わたくしは一般的だと思いますけど?」

「「「どこが??」」」

四人が騒ぐ中、清四郎と悠理は横並びに座り、アイスティを啜っていた。

「ショックでしたか?」

「ん・・・・ま、ちょっぴりな。」

「この年になって’友達’などというものはそう簡単には作れません。僕たちのような環境に身を置く人間は・・・・特にね。」

「ああ・・・・・そだったな。」

悠理はその言葉の意味をよく理解している。
だからこそ、有閑倶楽部は居心地が良いのだ。

「清四郎。」

「はい。」

「あたい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「ん?」

「・・・・・・・・・・いや、何でも無い。」

喉まで出かかった言葉は一体何だっただろう。
それを手繰り寄せることをしないまま、悠理は紅茶と共に飲み下した。

彼女はこの日、一つ大人になる。
亜理子との出会いは決して後悔していない。
とても大切な’何か’を教えてくれたような気がするから。
それと共に、仲間達の愛を強く感じさせてくれたから・・・・。

顔を上げれば、曇り無い笑顔の4人が悠理を見つめていた。
そして誰よりも頼りになる男が、いつになく優しい表情を浮かべている。

「みんな・・・・・・・・あんがと。」

些細な傷は、いつか綺麗さっぱり消え去ることだろう。

偽りの友など要らない。

悠理が持つ5つの宝石は、紛うことなき本物の光を湛えているのだから・・・・・・。