熱い腕
熱い視線
熱い────吐息
清四郎の全部が熱くて、こっちまで燃えちゃいそう。
なぞる指が、一つ一つ、炎を灯してゆく。
触れる指が、一つ一つ、心を剥き出しにしてゆく。
意地を張ったままじゃいられないくらいに、
熱のこもった瞳に灼かれ、何もかも引きずり出されてしまう。
いつもはクールぶった男のくせに、どうしてそんな情熱をあたいに見せるんだ?
んなことされたら、もう、逃げれなくなるじゃんか。
肌の内側がじわじわと火照りだし、組み敷かれる悦びに震える。
暴力的なまでに強く掴まれた腕が、甘い痛みを感じてしまう。
「悠理……」
「せぇしろ………?」
なぁ?
さっき飲んでた酒、そんなに強かったっけ?
瞼が、頬が、ほんのり赤いぞ?
いや、かなり。
「………抱きたいんですけど。」
「………。」
それ、わざわざ言う必要あんのかな?
おまえのその手、もう逃がさないってくらい強いじゃんか。
「悠理………答えて?」
「そ、そんなの…………解ってる………くせに…………」
「答えて。」
・
・
“好きだ”って言われたのは七日前。
清四郎の部屋で、英文レポートを唸りながら書いている時だった。
苦戦を強いられている中、休憩がてらカフェオレを差し出され、それを受け取ろうとしたら、大きな手があたいの手をカップごと包んできた。
いつもと変わらぬ、自然な態度で。
「僕は…………悠理が好きなんです。」
「………え?」
苦労して考えたはずの文章が、一瞬で飛び去っていく。
正しかったかどうかは定かじゃないが。
「恋人になって貰えませんか?」
コイビト?
────“白い恋人”?……って、そりゃお菓子だ。
「好き」
「恋人」
どちらも自分とは縁遠い関係の言葉。
あり得ない人物からのあり得ない告白に、頭は一瞬で真っ白になってしまった。
「“あり得ない”───そう思ってるでしょ?」
人の心を読むことが得意すぎる男。
あたいの考えなんて、手に取るようにわかるんだろうな。
普段なら癪に障るけど、今は助かる。
コクン
頷けば、聞いたこともないほど優しい声で「ずっと好きだったんですよ。」と囁いた。
嘘だ。
だって清四郎はあたいを玩具か何かと思ってたはず。
仲良くなってからも、野生猿としてしか扱われていない。
信じられるわきゃないだろ?
「なぁ、冗談?」
「残念ながら本当です。中学の頃から好きでした。いや、もしかすると初めて会った時からかな?」
想像もつかない言葉をすらすら口にする。
握られた手にほんの少し力がこもっていて、 清四郎の大きな手がこんなにも余所余所しく感じたのは初めてだった。
いつもと違う、男の手。
誰よりも頼りになる手なのに─────今は怖い。
「んなこと………いきなり言われても………」
「───ですよね。かと言っておまえの頭では、いくら考えても答えなんて出ないでしょう?」
「む?」
「となると、身体で理解する方が早い。遠慮はしませんよ………長い付き合いですし。」
「は?」
胡散臭さ満点の笑顔で距離を縮めてくる清四郎は、強引過ぎた。
避ける間もなく抱きしめられ、そのまま床に転がされる。
「な、なっ、なにすんだ!」
「気持ち………いい事です。」
「あ……うそ、ちょっ──待て!馬鹿!!」
手も足も出ないまま、逃げ場のない空間に閉じこめられ、口を奪われてしまう。
現実か?
これは現実なのか?
「んっ………んんん!!」
滅多に気を乱さない清四郎が、むしゃぶりつくような情熱を見せる不思議。
キスってこんなにも乱暴なんだ。
もっと優しくてロマンティックなものだと思ってたのに。
ああ、漫画も映画も─────全部嘘っぱち。
鼻と鼻をくっつけたまま、清四郎の目があたいを見つめる。
「好きだ…………」
消えるような声で囁いて、また口付ける。
呼吸するタイミングが見つからない。
頭はぼぅっとして、どうせならそのまま意識を失ってしまえればいいのに、とすら思う。
ん?それは───やばいな。
気絶してる間に何されるか分かったもんじゃない。
とはいえ………このままだと同じか。
「せ、せぇしろ………待った!」
渾身の力で胸板を押せば、清四郎は気を削がれたかのように眉間に皺を寄せる。
「何です?」
「こ、こ、これは………さすがに駄目だってば!」
「何故?」
「え?何故って………あたい、まだなんも言ってないだろ?」
「…………考えるだけ無駄だと言ったでしょう?もし考えるにしても僕を受け入れてからにしなさい。」
なんつー自分勝手な言いぐさ。
反論したくても、呆れてモノが言えない。
「悠理…………僕ほどおまえを好きな人間は居ないんだ。後悔なんか絶対にさせないから………だから………」
「僕のものになりなさい。ね?」
────清四郎はそう静かに告げた。
・
混乱に乗じて奪われた純血。
まあそこまで大事に考えてた訳じゃないけど、初めての相手がこの男だとは予想もしていなかった。
引き裂かれるような痛みと、ひっきりなしに与えられる快感。
どっちも中毒になりそうなほどの刺激で、朝を迎えた時、脱力したまま立ち上がることすら出来なかった。
そんなあたいをバスルームまで抱えていく男の顔は、見たことがないほど上機嫌。
こっちが恥ずかしくなるほど浮かれていた。
「あのな。 あたい………まだ、何も言ってないぞ?」
「でも、身体は悦んでましたから。今はそれで充分ですよ。」
「あ、あほぉ!!」
むっつりスケベの本性はただのスケベ。
この先が思いやられる───そう思った。
ん?この先?
あたいってば………
ほんと付ける薬がないほど、馬鹿なのかもしんない。
・
・
あの日から一週間。
今、こうしてベッドに押し倒され、二度目のエッチを要求されている。
さっきまで父ちゃんと飲んでくせに。
涼しい顔で、兄ちゃんと経済論語ってたくせに。
母ちゃんは何故か上機嫌で───なんとなーくだけど、ヤな予感がしてた。
なんとなーくだけどな。
飲み過ぎて汗かいちゃって、シャワーを浴びるため寝室に戻ったところ、清四郎までくっついてくる始末。
それで今の状況。
「抱きたいんですけど………」と来たもんだ。
部屋に入るなり強引に押し倒しといて、そのお窺いはおかしいだろ?
でも清四郎の目。
懇願するようなその目。
────おまえ、そんな目、するんだな?初めて知ったよ。
「答えて。」
答えが欲しい?
ならもう一度、あたいを好きだって言ってよ。
昔からずっと、あたいだけだって言ってよ。
信じてやるから。
有り得ない話を、鵜呑みにしてやるからさ。
だっておまえ、普段は嘘つきだけど、今のその目は真剣なんだもん。
信じるしかないだろ?
目と目で通じ合う心。
清四郎はふ、と優しく微笑んで口を開いた。
「悠理。」
「………うん?」
「愛してるから………抱かせてください。」
愛してると来たか。
うーん、ま、合格?
「………いいよ。おまえだから………許してやるよ。」
二度目の夜は、慣れた身体が悦びに弾けた。
労りすら感じられる優しいセックス。
甘くて、緩やかで、少しの痛みも感じない、恋人たちの時間。
それでも朝までエンドレスはかなりきつい。
これってこんなにも体力が必要なんだな。
知らなかったよ。
昼過ぎまで寝坊して、ようやく飯を食うため、二人してダイニングへ降りていくと───
部屋いっぱいに
「祝・剣菱家、菊正宗家」
と書かれた横断幕が掲げられていた。
唖然、呆然、さもありなん。
開いた口がふさがらない。
「待ってたわよ、悠理、清四郎ちゃん!早速マスコミを集めて婚約会見、開きましょうね!」
母親の嬉々とした顔と声は、猛烈な眠気を遙か彼方まで吹っ飛ばす役目を果たし………
その後ろに立つ友人達の意味ありげな笑顔は………全てを後悔したくなるほど、いやらしかった。
「清四郎………」
「はい?」
「謀ったな?」
「両想いですから、問題ありませんよね?」
「…………ぐっ」
「幸せにしますよ。必ず───」
「くそっ………あったりまえだい。」
どこか遠くで鐘が鳴る。
七日前には聞こえなかった鐘が───
それを幸せの鐘と信じて、あたいは清四郎の手を握りしめた。
もう───逃げたりしない。
これからもずっと一緒。
おまえだけを──────信じてる。