片思いの終着点(清四郎ver.)

片思いの終着点(ショート)


 

後悔なんて柄じゃない
常に前を向き、己を磨くことが人生に置いて最も重要なことだと思っていた。
そんな人間でも、どうしても忘れられない「後悔」がある。

野梨子に平手打ちされた時、それを甘んじて受け入れたのは僕に非があったからだ。
それでも野心の暴走は止まろうとせず、あの時、自分は剣菱を思い通りに動かそうと躍起になっていた。
それこそが自分の価値を示す手段であるかのように。
がむしゃらにプライドを振りかざしながら、あの大きな船の操縦士であり続けたいと願ったのだ。
悠理の気持ちをほったらかしにして。
友人たちの心配を無下に扱って。
今から考えても不思議でならないが、剣菱万作という圧倒的な力を持つ男に対する挑戦だったことは間違いないだろう。

刺激されるプライドは学歴から。
器の大きさが違うことを無視し、突き進んでいく男の姿は憐れとしかいいようがない。
そして、力で押さえつけようとした悠理にすら、手ひどいしっぺ返しを食らう。
まさかあそこで和尚を引っ張り出してくるとは………侮れない女だ。

そう、解っていた。
頭の片隅で。
心の奥底で。

悠理のような人間には一生勝てないと解っていたんだ。
凡人は足掻くしかないと解っていたのに………

和尚からの一撃が僕を変えた、とまでは言い切れないが、それでも変化は訪れた。
積み上げたプライドの綻びを仲間にだけは見せられる。
そんな心地よい変化だった。

 

 

悠理の想いがチラチラ見え始めたのはいつだったろう。
確か春の始まりだったような気がする。
あいつの考えていることは手に取るようにわかるつもりだったが、それでも何故そこに至ったかまでは読み取れない。

ちらりと交わる視線。
彼女の方から目を逸らす。
恐らく、悠理自身戸惑っていたに違いない。
自分に訪れたその感情に慄いていたのかもしれない。

恋愛を馬鹿にしてきたわけではないが、僕には不必要なシロモノだと思っていた。それが大間違いだったなんて、もはや笑い話にしかならないな。

 

悠理の請うような目が堪らなかった。
何か言いたげな口元が愛しかった。
剣菱悠理という存在が、常に自分を上昇気流に乗せてくれるような錯覚があった。

恋────

いや、これは本当に恋なんだろうか、と何度も考えた。
未だ打算的な自分がいて、背中合わせとなった野心が勘違いさせようとしているのかもしれない。
そう勘繰っていた。
理由はわからぬが、そんな男に愚かな彼女が引っかかり、また間違った関係を築こうとしているのではないか。
そう深読みする自分がいた。

いつかの夜。
6人で訪れた旅館で、悠理は盛大にはしゃいでいた。
酒が進めば、気も大きくなるのは当然のこと。
皆がそれぞれいい感じに酔い始め、結局まともな対応が出来るのは僕一人だった。
全員分の布団を広い座敷に敷きつめれば、それぞれが海亀のように潜っていく。
たった一人を除いて。

悠理は大の字に寝ていた。
座卓の下で。
浴衣がはだけ、高いびき。

一瞬、自分の気持ちを疑ってみたが、それはあまりにも日常的な姿だった為、特に気持ちが冷めることはなかったように思う。
それにしても、これはあんまりだ。
彼女の小さな胸がちらっと視界に入るも、それを隠すべく自分の羽織物を被せる。
そして体ごと引き寄せ、布団の上に横たえれば、ムクムクと湧き上がる青少年のソレ。

身長のわりに軽い体
骨格のわりに柔らかい体
じっと見つめればその肌は美しく、透明感を見せつけるように白かった。

「ん………せいしろ………」

夢を見ているのか?
僕の夢を──
それは高波のような喜びを与え、今直ぐにでもその中へ飛び込んでいきたいと思ってしまう。

 

好きでいろ

このままずっと

僕だけを見て

僕の事だけを考えて

そして思い浮かべればいい。

幸せな二人きりの世界を────

 

悠理への想いが飽和状態となった今、何も躊躇うことはなかった。
思うがまま彼女を手に入れ、思うがまま心を注ごう。
それこそが望んだ未来であり、これこそが片恋の終着点。

新月に宿る言葉を信じ、僕らは今、ようやく恋の始まりを味わっている。