戸惑いと変化とその結果(後・R)

前編

▲後編はR作品


 

 

明らかな戸惑いを、悠理の瞳はもの語っていた。
ヘーゼルカラーのそれは不安げに揺らめいている。
水の中の木の葉のように。

ほんのりと紅く色付いた瞼。
きっと飲みすぎたワインの所為に違いないが、今はそこに違った意味を探してしまう。

後ろから抱き締め、柔らかなラグの上に押し倒し、清四郎は真正面から悠理を見据えていた。
酒の力を借りるとはいえ、相手の意志は確認したい……。
誠実さの欠片が欲望を押し留めた。

「な、なんだよ……いきなり……」

本気で抵抗したならば、清四郎とて解放するしかなかっただろう。
しかし悠理はそうはしなかった。
‘何もわからない’といった顔で友人の顔を見つめている。

僕は一体、悠理とどうなりたいんだ?

明確な回答が頭に浮かばないまま、行動を起こしてしまっている自分が不思議で仕方ない。
‘衝動に任せたい’……なんてこと、今までの彼の人生では滅多になかったから。

「清四郎……?」

「…………身の危険を感じないんですか?」

こんな状況に置かれても、悠理は暴れたり逃(のが)れようとはしない。
それは今までの関係性がそうさせるのか、はたまた目の前の男は決して危害を加えてこないと信じているのか……。
あるいは男女の営みについて疎いのか。
どちらにせよ、悠理に男の心理を想像するなんてこと不可能に近かった。

「身の危険って……なんだよ、それ……」

醸し出される雰囲気は充分に妖しい。
清四郎の目がいつになく熱っぽいのも、大きな体で力強く組み伏せられていることも。
彼の口から飛び出す不可解な言葉も………全てが妖しい。

「覚悟もなく、ああいう言葉を口にするのは感心しませんね。」

さっき自分が告げた言葉だと、悠理は直ぐに気付いた。
もちろんそこに危険性が孕まれているだなんて、微塵も思っちゃあいない。

「覚悟ってなんだよ!あたいは……ただ単におまえと……」

一緒に居たい!
構ってほしい。
もっともっと自由に遊びたい。
他ならぬ清四郎と、仲間達と………!
世界はこんなに広いんだと感じたい。

身を捩り、ようやく置かれた状況を打破しようとするも、清四郎はいとも簡単にそれを防いだ。
悠理の鋭角な顎を大きな掌で掴むと、触れるギリギリのところで唇を開く。

「僕を欲しがるなんて、度が過ぎた我儘ですよ。」

見開かれた瞳。
ざわめく肌。
次の瞬間、悠理の酒に湿った唇が一分の隙もないほど塞がれた。
みっちりと的確に。
それは清四郎の唇とは思えないほど柔らかく、頭はたちまち混乱を覚える。

(な、なんだ?)

首筋を彼の指が這い、喉の形を確かめるようにゆっくりと滑り下りてゆく。
くすぐったさともどかしさの合間で、悠理の身体は仰け反ろうとするが、清四郎の厚い胸板がそれを許さない。

これはキスだ……!

いくら経験がなくとも、この年齢だ。
悠理は分かってしまった。
いや、分からないはずがない。
可憐や美童、映画の中のヒロインたちがうっとりと身を委ねる甘やかな行為。

しかし自分の身に起きることを想定していなかった彼女はその息苦しさに混乱した。
海の中でなら何分も潜水出来るというのに、今は少しの酸素を求め、心臓の鼓動がけたたましい。
耐えきれず唇を開いたところへ確信犯の舌はすかさず忍び込み、悠理の粘膜を卑猥に探り始めた。

「んっ!……っっ…………ぅ……んッ……」

耳を覆いたくなるほどやらしい湿音が脳内をこだまする。
静かな室内に漂う、二人分のくぐもった呼吸。

不思議なのは、ちっとも嫌悪感が生まれないことだ。
清四郎の口に塞がれ、
清四郎の手になぞられ、
清四郎の身体に固定された自分。

遥かに高い体温で覆われ、まるで清四郎の中に取り込まれてしまったような錯覚が悠理を支配した。
真綿に包まれたような、ある意味安心感とも言えるそれに。

「………は……ァ……っ……!」

ようやく開放された唇から漏れた吐息は、自分のものとは思えないほど艶めかしく………

「………意外と……いい顔をしますね。」

清四郎もまた溜息を吐くように告げた。

酒に酔ってもこうはならない。
薬を盛られてもきっと……

「せい……しろう…………」

目の前の清四郎は“男”だった。
まぎれもなく“雄”だった。
悠理の脳裏にそのことだけが叩きつけられ、明らかな真実に身体の中の何かが弾け飛ぶのを感じた。
それはもしかすると生まれて初めての“欲情”だったのかもしれない。
長年やり過ごしてきた小さな種が、彼の手により発芽し、全身へと勢いよく茎を伸ばしてゆく。
揺るぎない本能は、悠理が持つ微かな理性を片っ端から壊してしまったのかもしれない。

「この先も…………試してみましょうか。」

それはもう問いかけではなかった。
清四郎もまた彼女の剥き出しとなった本能を感じ取り、完璧に管理されたはずの理性の鍵を取り外してしまったのだから。

 

これは現実だ。

確かな正体を知るよりも早く、悠理の身体を欲した自分に、清四郎は静かに溺れていく。
情動には逆らえない。
コントロール不能に陥る快楽はあまりにも甘美で……酔心を引き寄せる。

相手は悠理だとわかっていた。
だからこそ確認したかった。
どんな真実よりも必要とする、彼女への想いを……今、ここで。

 

そうして夢のような一夜が明けた。
隣で爆睡する友人を見つめる朝。
カーテンの隙間からは淡い光が射し、
よほど疲れたのか、大きく口を開けたまま胸を上下させている姿が照らされている。

清四郎は一晩かけ彼女の身体の全てを知り、聞いたことのない喘ぎ声を存分に堪能した。
それが思いのほか可愛くて、男の単純な欲望を煽ったことに間違いはない。

均整のとれた体はどこを触っても適度に柔らかく、小さな乳房の手触りはむしろ極上だった。
きめ細やかで透明感のある肌はしっとり汗ばみ、甘い香りを漂わせる。

美しかった。
いつもの少年ぽさを感じさせないほどに。

何度もキスを重ね、思考を奪う。
抵抗されないのを良いことに、ありとあらゆる愛撫で啼かせ、性技を尽くした。
しがみついてくる細い腕に興奮し、腰を振り続ける。
泣くような細い喘ぎが耳に心地よい。
間違いなく悠理なのに、彼女ではないか弱さを感じ取り、そのギャップが清四郎の本能を限りなく揺さぶった。
愛欲にまみれ、激しく交わる獣のような自分に、どこか陶酔を覚えていたのかもしれない。
きっと流されているだけの悠理の中を、存分に味わい尽くす背徳感。
それは身悶えるほどの快感でもあった。

 

もはや友人……とは呼べない。
じゃあどう呼ぶ?

羽毛のような髪を梳かせば、まだ幼さの残る額が露わとなる。

「綺麗な顔をしているとは……知っていましたがね……」

泣き顔もまた格別だったと思い出し、下半身がずくっと疼いた。

『せいしろうっ……』

何度も呼ぶその名が自分であって良かった。
他の男の名など、欠片も口にしてほしくない。
切なげに放たれる呼び名が、清四郎をより貪欲にさせ、彼女の意識を奪うがごとく打ち付ける。
より深い場所へ、刻印を刻むかのように。

これほどまでの快感をセックスで感じたことはなかった。
女の全てを支配したいと思ったことも。
悠理以外には一度もないのだ。

中には清四郎を支配しようとする女が居たが、性格の不一致によりすぐに別れた。
元々そんな関係を求めていないのだから当然とも言える。

気付かされる傲慢さと得体のしれない独占欲。
彼の中に生まれた確かな感情こそ、紛れもない「恋情」であったのだ。

たった一晩でその存在に気付かされた清四郎は、未だ夢の中にいる悠理を優しく抱き寄せる。
酒に酔った勢い……なんてただの口実。
本当はもっと前からこうしたかった。
ただ、自分の心から目を背けていただけ。

「僕の方こそ……おまえが居ないと、きっと寂しくて仕方ない。」

それはもう、ずっと昔から。
友情という隠れ蓑により見逃してきた真実。
だから………

共に過ごせる方法を選択しよう。
後悔などしなくても済むように。

「結局、“お前以外の女”と結婚する気持ちにはなれなかった……ということか。」

古い縁だ。
しかし何よりも強固な縁。
一生かけてこの縁を結び続けよう。
運命と言う名を付けて。

 

「……ん…………」

目が覚めた時、悠理はいつもと違う窮屈さに違和感を覚えた。
背中がやけに温かい。
裸であることは直ぐに気付いたが、その上から覆う太い腕に唖然とした。
そしてあまり優秀とは評価されない脳を必死に回転させ、昨夜の痴態を思い出す。

そうだ!
清四郎と……
清四郎としちゃったんだ!!

「しちゃった」という言葉に後悔は含まれず、ただ悠理の激しい混乱がそう選んだだけ。
やがて記憶の中に自分の乱れた姿が生々しく甦ってくると、頭は蒸気機関車のように熱くなり、心臓は早鐘を打ち始めた。

ドクンドクンドクン……!

「目が覚めましたか?」

当然、清四郎は起きている。
彼はここぞとばかりに悠理の髪の感触を確かめ、その香りを楽しんでいた。
天然素材のシャンプーの香りを。

「さ、さ、さ、さめた……」

色んな意味で。
吃る悠理の混乱を落ち着けるかのように清四郎は優しく問いかけた。

「よく寝てましたね。そんなに疲れましたか?」

体力には自信のある悠理がヘロヘロのクタクタになる“あの行為”。
それなのに清四郎は最後まで余裕の表情で見下ろしていた……ような気がする。

『場数が違うんですよ』と言わない清四郎は偉かった。
「直ぐに慣れますよ。」
そう言葉を選び直し、まだアワアワしている悠理の耳へ唇で触れた。

「ひゃ!」

「最高の夜でした。」

「さ、最高!?」

「おまえはどうなんです?」

より密着する男の肌が悠理の背中を完全に覆い尽くす。
昨夜の清四郎と今の清四郎。
同じようでいて、決定的に何かが違う。

「わ、わかるわけないだろ……んなもん……」

「気持ち良さげに啼いてましたけど?」

「!!!」

彼の言葉通り、言葉に言い表せない赤裸々な記憶が悠理を襲った。
まさに破廉恥としかいいようのない数々の痴態。
時に言われるがまま清四郎の上に跨り、キスを強請り、肌を擦り合わせ、
理性を見失ったまま快楽に溺れ、それでも清四郎から逃げることはしなかった。
強い引力に導かれるがまま、彼の全てを知ろうとする衝動に逆らえず……、悠理は堕ちていったのだ。

「僕は……こうなって良かったと思っていますけどね。」

ピンと尖った胸先が、美しく長い指で捏ねられる。

「……んっ!!」

感覚を残したままのそこが、むず痒さと甘い痛みで熱を帯びてゆくのは早かった。

「悠理……」

耳たぶをくすぐるように甘咬みしながら、清四郎はそっと囁く。

「僕たちもそろそろ落ち着く所に落ち着きましょうか。」

「………へ?…………あ……っ……ちょ、ま、待て……やぁ………っ……」

いつの間に開かれたのか……。
脚の間に差し込まれた彼の膝は、悠理の秘所を優しく、しかし意図的に擦り始めていた。
全身を羞恥が襲う中、その計算された動きは、彼女から抵抗する気力を確実に削いでいく。

「は……ぁん……!ゃだぁ………」

泣き啜る声に興奮を覚えながら、清四郎は激しく擦り上げ、狡猾に強請った。

「…………もっと……その声が聞きたい。」

胸と下腹部への同時進行。
あまつさえ清四郎の硬いアレが腰に押し付けられた悠理の視界は、キラキラとしたピンク色に染まる。
口を塞ぎたくても勝手に声は洩れ、奴の思うがままの嬌声を響かせるのだ。

「いい声だ…………」

触らなくてもわかるほどに濡れそぼった秘所と、甘く痺れる快感。

「も……無理……ぁ……っ……!ぁ……ああっっッ!!」

まるで釣られたばかりの小魚のように達してしまった悠理を、清四郎の腕が強く抱きしめる。
そして満足げにほくそ笑むと、彼女の息が整うのを待たずして、脱力したままの腰を後ろから掴んだ。

「いきますよ……」

ゆっくり、ゆっくりと沈み込む熱い怒張。

「はぁ………」

彼女の心地良さを記憶した肉根は、挿入と同時、ブルっと震えてみせた。

「せ、清四郎……ま、まだ……」

無理……と涙目で首を振る姿はいつもの悠理とは思えない。
まるで生まれたての子羊そのもの。
仄かに性を感じさせるか弱い存在に、清四郎はつい意地悪をしたくなった。

「まだ?充分過ぎるほど柔らかいのに?」

下腹を大きな手で確かめるように撫でれば、ピクピクと痙攣する己を感じられる。

ここに………
悠理のここに自分の分身が居るのか。

なにものにも代えがたい悦びと背徳感。
このまま彼女の中を占拠し続け、幾度となく精を浴びせたい。
野蛮な雄の本能が芽吹く瞬間だ。

「悠理………!」

腰を激しく振れば、弓のようにしなる身体。
とても初心者とは思えない柔軟さで、清四郎のものをキツく締め上げる。
片手で腰を抱き、もう片方で胸を揉みしだく。
浮き上がった肩甲骨を舌で味わいながら、清四郎は己の欲望で深く深く貫いた。

「ひぅ……ん……ぁあ!!あっ……ン……も……やぁ……ァ!!!」

官能的な声はより高く響き渡る。
毟るように爪を立てシーツを手繰り寄せる悠理を清四郎は再度引き寄せ、穿ち続けた。

どこへも逃さない。
逃げ道を用意するほど甘くはないんだ。

自分でもこれほどまでにかき乱されるとは思っても居なかった。
たった一夜で全てが露わとなり、清四郎は飢えた獣のような面持ちで悠理を抱き続ける。

ポタポタと滴る二人分の愛液が、
肉のぶつかる艶めかしい打音が、
どんな理性をも吹き飛ばし、ただただ溺れるようにお互いを求め始める。

「せぇし……ろ……」
「悠理……」

慣れたわけではないけれど、舌を絡め合うキスを、悠理は求めた。
それに応える清四郎もまた、過去に与えたことがないほど情熱的なキスを繰り出す。

嗚呼……ダメだ………

歯止めの効かない欲情が次々と湧いてくる。

「ゆうりッ……!」

感極まった叫びで悠理を抱きしめた清四郎は、彼女の最奥に思いの丈を全て注ぎ込んだ。

「たのむ…………………結婚…………してくれ…………」

そう呟いて―――――

 

 

それから半年後。

仲間たちの祝福のもと、二人は晴れて夫婦となり、翌年には百合子夫人待望の可愛らしい女の子が産まれた。

全てはあの夜が始まり。
互いを意識することとなった一夜は、色んな変化をもたらし、結果、幸せな家族が誕生したのだ。

「清四郎。」

「なんです?」

「後悔……してない?」

寂しがり屋な妻の肩を抱きながら、清四郎は爽やかに笑う。

「おまえと生きる人生は確かに波瀾万丈ですがね。今まで後悔したことは一度もありませんよ。」

何はともあれ結果オーライ。
二人は今、誰よりも幸福な日々を送っている。