「悠理、そろそろ出ますよ。」
「わぁった。」
婚約者として、清四郎が正式に剣菱家に越してきたのは大学二年の秋だった。剣菱に婿入りするということは、必然的に跡取り候補となる。
とはいえ、兄である豊作も存在するわけだから、今直ぐ決定するわけにはいかない。
万作は「どっちでもええだがや。何なら二人で仲良く継いでくれたら。」と楽観視している。
清四郎は一度経営に携わった経験があるため、その厳しい道のりは予見していた。もちろん豊作よりは優秀だと自負しているが、かといって今すぐトップの座に立つ自信もない。大学生になり、がむしゃらに経営学を学んではいるものの、所詮は学問。実践を知らなければ、剣菱の経営陣を納得させることなど出来ないだろう。
今は───
そう今だけは、楽しい学生生活に浸るのも悪くはない。何よりも心を砕いた仲間がいる。そして愛しい恋人が側にいるのだ。
奇跡のように恋に落ちたのだから、それを壊すことだけは絶対にしてはならない。
経営学を学ぶ傍ら、清四郎は医学の勉強も続けていた。
もちろん将来、医師資格を取得するつもりでいるが、かといって医者になる予定はない。あくまで資格の一つとして持っておきたいだけだ。
少々腹黒い姉は、いつか弟をこき使おうとしているのかもしれないが。
「悠理。」
新調したパーティドレスには背中に大きなリボンが結ばれている。相変わらずド派手な衣装を好む恋人へ、清四郎は小さなプレゼントを渡した。
婚約指輪にマッチしたネックレスを。永遠の輝きを放つダイアモンドが彼女には似合う。
「あんがと。」
「どういたしまして。」
剣菱家に越してきて清四郎が驚いたのは、想像を超えた貴金属の数々だった。百合子だけでなく万作もまた世界各国の宝石、貴金属を集めていて、それは一目で莫大な財産だと解る。
可憐の母親が見たら目を輝かせて喜ぶこと間違いないだろう。
ダイアモンドはもちろんのこと、希少なパール、世界に二つとないサファイア、ルビー、エメラルドetc。
剣菱の金が枯渇しても、これらを売り払えばそれなりの生活ができると確信する。
そんな環境の中で、清四郎のプレゼントを頬染めて喜ぶ彼女はやはり変わったというほかない。
恋は偉大である───
よくある台詞が遠くから聞こえてくるようだ。
「なぁ、似合ってる?」
「ええ、おまえは首が細いですし、デコルテも美しいですからね。華奢なチェーンがよく似合います。」
「そ、そっか。」
照れながら腕を絡めてくる悠理に、清四郎は胸がいっぱいになった。
美しい婚約者は今や清四郎を愛している。あれほど結婚を忌避していたはずなのに、驚くほどあっさり受け入れてくれたのだ。
絶対に離さない───
そんな強固な意思と共に悠理の隣に立つ男は、薄化粧の額へそっと口付けた。こんなことで照れる悠理が愛おしすぎた。
さて、今日は久しぶりのパーティだ。
剣菱主催の豪華なイベントに、二人は仲睦まじい姿を見せる必要があった。
多くの記者がやってくる中、各界の著名人たちは襟を正し、それでも楽しく歓談している。
有名料理人の料理、名だたるワイン、高級フルーツなどなど。
悠理がオーダーした通り、いやそれ以上に豪華な立食パーティとなっていた。
「清四郎!悠理!」
いつも通り、仲間たちも到着する。
可憐はオートクチュールのタイトなドレスで、その豊満なボディを美しく飾っていた。常に気は抜けない。
どこに玉の輿が落ちているかわからないからだ。
野梨子は当然のように振袖を選ぶ。
二十歳の記念に父親から贈られた国宝級の友禅をしっとり着こなしていた。
美しすぎる大和撫子は会場でも注目の的である。
白いタキシードに身を包む美童は、そのブルーアイを光らせながらターゲットを探す。
美しく着飾った若くて気立てのよい女性を。
もちろん刹那の関係でもいい。むしろ好都合。
そんな野心を抱く貴公子は今宵も輝いていた。
魅録はブラックタキシードで登場。
鋭い眼光で周りを圧倒するも、礼節をわきまえた彼がトラブルを起こすことは滅多にない。
大人の魅力を身につけ始めたせいか、最近ではかなりモテている。
残念なことに趣味が優先されるため、未だ運命の相手には出会えていない。
6人が揃ったところで運ばれてきたシャンパングラスを鳴らす。
美しい泡が立ち上る中、美童が目を細め、悠理を褒めた。
「最近、いい感じじゃないか。ほんのり色気も出てきたよね。」
(は?フラミンゴ色した派手なミニ丈ドレスのどこがいいのよ?)
喉元まで出かかった可憐だったが、何とか口を閉じた。
「そ、そう?あたいは全然変わったつもりなんてないけど……」
「い~や、変わったよ。な、清四郎。おまえの手柄だよね。」
「ま、そういうことにしておきましょうか。」
整えられた黒髪に一分の隙もない。クラシカルなタキシードが当然のよう似合う男は不敵に唇を歪ませた。
美童としても彼が素直になるとは思っていなかったが、それでもまずまずの反応である。
「美童の言うとおり、悠理は綺麗になりましたわ。どことなくかわいらしくもありますし。恋をするとやはり変わるものですのね。」
野梨子の真っ当な評価に顔を染める悠理。そんな風に褒められることには慣れていない。
「清四郎、あそこにいる男は誰だ?知ってるか?」
ほんわかムードを切り裂いたのは魅録だ。
彼はお得意の観察眼で扉付近に立つ青白い顔をした男を顎で指し示した。
年は20代半ばだろうか。
パーティだというのに、ロングコートを着たままキョロキョロ辺りを見回している。どう見ても不審者だ。
「知りませんね。招待客とも思えないが………」
「でもあのコート、ヴァレンティノのものよ。あたしの元彼が持ってたから間違いないわ。」
可憐がそう断言し、清四郎と魅録は互いの顔を見合わせた。
しっかり前を閉じたコートの中身が気になる。
「怪しいな───」
「───ですね」
そんな二人の予感は残念ながら的中する。
男はゆっくりパーティ会場の中心へ歩みを進めると、一気にコートを開き、そこから手榴弾を取り出した。
手榴弾だけではない。
細身ながらもダイナマイトを思しき爆弾をコートに張り付けている。
玉砕覚悟と言わんばかりに。
「ここにいる全員、よく聞け!!!動くなよ!」
ともすれば倒れそうなほど顔色の悪い男だが、手榴弾を右手に持ち、声を張り上げた。
途端に空気が変わる会場。
目の当たりにした女性客の悲鳴。
もちろん悠理たちは慣れっこの為、落ち着いているが、壇上の万作夫妻は目を丸くし、男の動向を見つめていた。
「おまえら富裕層は下の者の生活なんか知ったこっちゃないんだろう!俺の親父は剣菱に切られ、その後自殺した!いい年をしてたからな。再就職なんて出来なかったんだよ!それなのにこんなパーティ開きやがって。皆くたばっちまえ!」
リストラされた父親の敵を討つといった内容の発言に、一同唖然とする。
今にも手榴弾のピンを引き抜きそうな男は、多くのセレブ達をぐるりと見渡した。
完全に目が血走っている。
興奮のせいか、瞳孔も開いているような気がした。
もしかすると違法な薬物を服用しているかもしれない。
「魅録!」
「わかってる!」
魅録はジャケットの内ポケットから手製のスリングショットを素早く取り出した。威力こそ抑えられてはいるが操作性は高く、正確に的を射ることが出来る。以前の教訓を活かしたアイテムの能力は既に実証済みだ。
覚悟を決めた魅録が思い切り弾く同時、悠理と清四郎が飛び出した。
二人の俊敏性と敏捷性は雲海和尚のお墨付きだからして、あっという間に男の元へとたどり着く。
そして魅録が放った弾が男の眉間を撃った瞬間、悠理が自慢の飛び蹴りを繰り出し、清四郎が転倒した男の喉仏を大きな掌で掴んだ。
意図せず床を背にしたまま目を白黒させる犯人は、黒髪の青年の冷めた言葉に戦慄する。
「動かないほうがいい。2秒であの世逝きですよ?」
悠理は恋人の背後で鼻を鳴らすと、転がり落ちた手榴弾を魅録のほうへ蹴り飛ばした。
「ナイスアシスト!」
会場には慌てた様子の警備員が入ってくきて状況を把握するのに躍起だ。
男の身柄は瞬く間に拘束され、招待客たちは安堵のため息を吐いた。
そして盛大な拍手を彼らに贈る。
「素晴らしい!」
「ありがとう!!」
多くの称賛と共に一件落着。
一人のけが人も出ず、パーティは万作の言葉で仕切りなおされた。
その日の夜───
多くの食べ物とワインで満たされた悠理は、ベッドの上で大の字になる。
コットン100%のキャミソールとショートパンツ。
お風呂上りの心地良さが堪らない。
「お疲れ様。」
レモン水入りのグラスを差しだされ、それを一気に飲み干すと、彼女は清四郎の腕をつかみ引き寄せた。
「こら。」
「へへっ・・・」
同じく風呂上がりの恋人は真っ白なバスローブ姿。
今日は六人とも近くのホテルでのんびり過ごすことにしたのだが、他の四人は今頃二次会に繰り出しているはずだ。
「あたいら、無敵だよな。」
ずいぶんと機嫌がいいらしい。
久々の大立ち回りは悠理のテンションを上げていた。
「そうですね………。僕たちは無敵です。」
念を押すよう伝えると、満足したのか、清四郎の頬を両手で掴み、口付ける。
チュ!
尖らせた唇が風のように去るも、そんな挨拶程度のキスで許すはずもなく………清四郎は悠理の唇を食むと同時、慣れた手付きでキャミソールから腕を抜いた。
「………したいの?」
「もちろん。24時間、いつでも。」
「馬鹿……どんだけ盛ってんだ……」
「おや?知らないとでも?」
濡れた唇をさらに貪欲に貪る男の本性。
誘ったのは自分だが、それに応える清四郎は、いつも飢餓状態で求めてきた。
「ん……、あ……待っ……て………んんっ………!」
喰らいつく恋人はもはや箍が外れている。
いつもそう。
清四郎のキスは欲望の塊。
悠理の全てを取り込もうとするかのように激しく、情熱に満ちている。
馴染んだ手が胸をなぞり、もう片方の手で尾てい骨を刺激されると、それはまるで獣の弱点を探るかのように、やらしく官能的な接触だった。
「……ぁ、あぁ……っ…………せいしろ………」
「いい声だ……もっと聞かせてくれ」
首元にある細いチェーンの上から、彼の舌が滑り出す。
これは独占の証。
他の雄には触れさせないという牽制の意味がある。
今日だけじゃない。
野梨子の言う通り、美童の言う通り、悠理は美しくなった。
元が悪くないのは当然だが、ピュアな色気を纏うようになり、男たちの視線を浴びる機会が増え始めている。
婚約者が側に居るというのに、あからさまな誘いを投げかける輩もいて、清四郎としては気が抜けない。
もちろん悠理が靡くはずもないし、浮気心など抱かせるような愛し方もしていない。泥のように深くて重い愛情を与え続けることが、清四郎の歓びであった。
耳たぶを舐り、熱い息を吹き込めば、ぞくぞくとした快感が悠理の体を覆ってゆく。
甘咬みし、舌を差し込むだけで、腰が砕けてしまうのはいつものこと。
「はぁ……ぁ……ん……」
「悠理……愛してる…………」
びくつく体を腕に閉じ込め、愛を囁く。
己の独占欲を刻み込むが為に、特別甘ったるい声で囁やくのだ。
ヒクヒクと肩が揺れ、尾底骨が熱くなる……と同時に自分では抑えることのできない愛液が溢れ始め、受け入れる準備が出来たことを伝える。
「せ……しろ……こっちも……して?」
「もちろん………」
恋人の長く器用な指を期待し、悠理は頬を赤らめた。
彼の美しい指は一切の痛みも与えず、的確に悠理を昂らせてくれる。
何度も何度も、体の中心が溶けていくまで……。
小さな花芽を親指で捏ねられつつ、他の指が泥濘を掻き混ぜる。
吐き出される荒い息を奪うかのような口付けが始まり、悠理の脳が微睡んだ。
「んっ!ぅぅん……んっっ!!」
夢と現実の境界が分からなくなる。
快感を追うだけの身体が切なさに啼くも、この先の絶対的なそれを知っているわけだから、途中で止まることはない。
自分じゃなくなるような感覚は何度味わっても心地よく、下腹部から押し寄せてくる抗いようもない熱波を、彼女はいつも素直に受け入れていた。
「ほら………もう、イケるでしょう?」
息を継ぐ、たった少しの合間に囁かれたサイン。
甘く鋭い感覚にのたうつ身体を抱きしめられ、悠理は呆気なく達した。
揺蕩いながらも、さらなる熱い水底へと堕ちてゆく。
そんな悠理を嬉しそうに見つめ、肌に光るミストのような汗を舐め取る清四郎は、それでも胎内にある指を抜いたりしない。
「昔は怖がっていたのに、随分上手になりましたね。」
「やめろってば……恥ずかしいから……」
「何が恥ずかしいんです?」
クチュクチュ
わざとらしい音を聞かせてくる意地悪な恋人。
甘美な疼きを甦らせようと、悠理の弱い場所を何度も擦り上げ、歓びを与え続ける。
「中がねっとりと熱く、僕を受け入れる準備をしてくれてますよ?たくさん擦って、何度もイカせてやりますからね………」
「も、もういいから………早く挿れろ!」
言葉責めが始まるとなかなか終わらないのが清四郎だ。
追い詰めるだけ追い詰めて、懇願するまで与えてこない男の意地悪な部分はもう嫌と言うほど知っている。
「おや……色気のない言葉だ。ほら……お強請りはどうすればよかった?」
──知ってるでしょう?
口元の緩みが悠理を急かす。
ここは素直になったほうが得策。
「せ………せぇしろの……このおっきいやつが……欲しい……。頂戴?」
甘えた上目遣いと涙目。
この2つの起爆剤が彼には一番効くと知っている。
「いいですね……狡くなったおまえも、好きですよ。」
どうやらお気に召したらしい。
バスローブを脱ぎ去った男の身体は、どこをとっても欠点がなく……
悠理は毎度のことながら、見惚れてしまう。
浮き出た鎖骨、流れるような筋肉、引き締まった腰……そしてその中央で待ち構える美しい竿。
思わず触れてしまいたくなるその手を清四郎は制止し、悠理の足を思い切り開かせた。
「こちらも我慢の限界なので……」
そう言って、なんの躊躇もなくズブッと挿し込んでゆく。
「ああっ!………んっ………っ!!!」
叩きつけられる火杭は悠理の中心をしっかりと捉えた。
当然の如く、清四郎の形に作られた淫蕩な壺が嬉しそうにそれを絞り上げる。
腹の奥底から溢れてくる痺れは彼が動かずとも与えられ、悠理を歓喜の坩堝へと叩き落した。
もうこうなれば、とことん乱れるほかない。
「悠理………すごいですよ。」
言葉こそ冷静だが、彼の額は想像を超えた心地よさに汗ばんでいる。
全身の感覚が下腹部に集中し、悠理の細い腰を掴んで揺らせば、溶けるような感覚に捕らわれ、このまま一つになってしまいたいと願うほど。
それは制御したくない昏い歓び。
ただただ腰を振る稚拙な自分が恨めしいが、彼女の粟立つ肌と強請るような喘ぎ声に逆らえず、狂おしいほどの激情をぶつけた。
「ひぁ………!や、せいしろ………はげし………」
悠理の濡れた叫び。
耳に届く湿った音。
肌と肌がぶつかる鮮明な感覚。
やがてシーツを掴んでいた手が清四郎の背中に回ると、悠理は熱い吐息を細切れに吐き出した。
己の身体にすっぽりと入り込む華奢な身体が、刻一刻と絶頂に向け駆け上っていく様は何度見ても興奮をもたらし、清四郎もまた同じタイミングで達するべく準備を始める。
「せぇしろぉ………もう、ダメ………」
「僕も………ダメだ…………くっ………」
互いを飲み込もうと、縋るように絡み合う二つの身体。
大きな波で攫われるような錯覚を感じ、彼らはそのまま白い世界へと溶け落ちていく。
たとえようもない多幸感に二人は自然と唇を寄せ、何度も何度もおいしいキスを味わった。
悠理は清四郎の胸の中でほぅ………と息を吐く。
汗ばむ体が心地いいなんて本当に不思議だ。
しばらくすると、彼の胸板にまた欲情し、二度目の行為を強請ってしまうのもここ最近の決まり事。
「………いけそう?」
「もちろん。今夜は寝かせるつもりはありません。」
「え………そんなに?」
当惑する恋人の思考を奪うべく、再び始まる清四郎の愛撫。
蠟燭の火を灯すようなキスと共に、二人はやがてもう一艘の船に乗り込み、更なる荒波へと漕ぎ始めた。
確かめずともそこは愛欲の世界。
清四郎が求めるがまま、
そして悠理が望むがままの満ち足りた世界が広がっている。